暗いの苦手なんだから
「おかしい…この木の根にある窪み、さっき薬草を抜いた跡だ。それに俺達と同じサイズの足跡もある」
辺りは既に真っ暗になっており、フィルが持ってきた探索用の小型ライトだけが視界を照らす唯一の光だった。
「…同じ場所を回ってる…って事だよね?」
「…いや違う。この足跡を辿ると目の前に草むらがあるんだけど、俺達はここに来るまで土の道しか歩いてないはず。それにあそこにあるでっかい木は森の中心にあるはずなのに何故かこんなところに移動してる」
何かが変だ。フィルは8歳の頃から200回以上この森で遊んでいて目を瞑っても歩ける自信があった。
森が地形を変えている。そんな違和感を感じていた時、遠くで動く小さな光が目に入った。
「……姉ちゃん、隠れて」
フィルはリアの手を引き草むらの影に隠れ、ライトを消した。
「ひっ!急にライト消さないでよ。暗いの苦手なんだから」
「…静かに。あの灯りを見て」
「灯り?もしかして出口…だとしたら隠れる必要ないか」
フィルとリアは草の影からこっそりと灯りの方を見た。
「あの灯り、最初は横にゆっくり進んでたんだ。だけど途中からこっちに向かってきた。きっと俺達に気が付いたんだ」
「遅くまで帰らないから大人が探しに来てくれたのかも」
「だとしたら名前を呼ぶはず。あれは俺達を探すのが目的じゃない。何か別の目的でこの森に来て、たまたまライトの光が目に入り、探りにきた。村の人なら怒られて済む話だけど、念のため顔が分かるまでここで身を潜めよう」
「…うん、そうだね」
近付いてきた者は体型から見て恐らく男性。長身で黒のコートで身を包んでいたが、フィル達の位置から顔までは見えなかった。
男は足跡を見付けるとそれを辿り、草むら掻き分けた。
しかしそこには誰もいなく、男は再び元の道へと向かい去って行った。
「……行った?」
「うん。たぶん、もう大丈夫…それにしてもあの人、足跡を見付けた素振りがあった、なのにどうして逆に……!」
いつの間にかフィル達のいる場所が足跡とは真逆の草むらになっていた。
「やっぱり…この森、動いている」
「…前に学校で聞いたことがあるわ」
フィルはまだ習って無いから知らないと思うんだけど、とリアは続けた。
「祇の踪拉。これは昔から言い伝えられている神隠しの正式な名前で、目的もいつどこで起こるかも不明。だけど人間の理解を越えた何か超常的な現象が現れるんだって…そしてそれが起こる時は必ず……人が消える」
ごくり、とフィルは唾を飲んだ。リアがいなくなるかもしれない。それはフィルにとって初めて感じた本当の恐怖だった。
「姉ちゃん…絶対に手を離さないでね。何が起こるかは分からないけど、もし消えるのが1人ずつだとしたら、離れなければ大丈夫…このまま朝を待って太陽に向かって歩けば、森が動いていても関係なく出られるはず」
「うん、分かった」
リアがフィルの目を見て頷いた時、背後から物凄い勢いで足音が近付いてきた。気が付いた時には既に遅く、二人は逃げる間もなく何かに飛びかかられた。
「きゃあぁぁぁ!」
「うわあぁぁぁ!」