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第四話



「あ、朝日が、眩しい……」

 窓から差し込む光を見たクライブは顔をくしゃりとゆがめつつ目を細めて、右手で光を遮る。

 目は真っ赤に充血して、足どりもフラフラしており、明らかな疲労感がみてとれた。


「もう、あれくらいでだらしないですよ? あっちにシャワー室があるので、すっきりして来て下さい!」

 そう言いながらエラリアはクライブの背中を軽くおして、シャワー室へと向かわせた。


「は、はーい」

 通路の突き当りがシャワー室になっており、クライブは服を脱いでそこに入るとバルブを回した。

 シャワーヘッドから出てきたお湯がクライブの身体を温め、疲れを洗い流してくれる。

魔道具で調整されているため、誰でも簡単に温度を設定することができる。


 同じ姿勢で何枚もの魔法陣を作成していたクライブの身体は血流が滞っており、指が冷たくなっていた。 

 じんわりと温まっていく身体から徐々にではあるが疲労が消えていくのを感じていた。


「ガウガウ!」

「きゅっきゅー!」

 お湯の暖かさにほっとしているところへ、ガルムとプルルが飛び込んできた。


「お、おい! 騒ぐなって! まったく……ほら、動かなければ洗ってやるから。ガルムからな」

 クライブに身体を洗われると、静かになってガルムが身を任せてくる。

 プルルも順番をしっかりと守って待機していた。


「おぉ、汚れが落ちていく。確かに森の中に住んでいると身体を洗う機会なんて、というかそもそも魔物に身体を洗う習慣なんてないだろうからなあ……にしても、洗われるの嫌がらないんだな」

 わしゃわしゃと洗いながらそんな疑問を持つ。


 なんとなく、動物や魔物はこうやって洗われることに抵抗があるイメージを持っていた。


「ガウガウ(気持ちいい……)」

 抵抗どころか、ガルムは自分の身が綺麗になっていくことに、そしてクライブの手で洗われることに気持ちよくなって目を細めている。温かな水で流される分には心地よいようだ。


「そ、そうか? ほれ、これで洗い流したら……完了だ! 濡れてるからまだそこで待っていろよ? 出たらタオルで拭いてやるから」

「ガウ!」

 クライブの言葉に素直に返事をすると、濡れていても大丈夫な範囲でお座りの姿勢で待機をする。


「次はプルルなんだが……普通に洗っていいのか?」

「きゅー(うん)」

 プルルがそう返事をしたため、クライブはガルムの時と同じように石鹸でプルルの身体を洗っていく。


 洗ってみるものの、表面部分の汚れは自らのみこんでいるため汚れていないように思われる。

 それでも、クライブが身体を洗うと身体をぷるぷると震わせて喜んでいた。


(なんとなく震え方に感情の変化を感じられるようになったな……)

 明確に震えの差がわかるわけではないが、感情が直接伝わってくる――そんな気がしていた。


「さて、プルルも洗えたから身体を拭いて出よう」

 最初に自分の身体を拭いて、次にプルルを拭こうとしたら既に濡れておらず乾いていた。

 そして、プルルを背中に乗せているガルムの身体も乾いているように見える。


「あれ? なんで? 自然乾燥するには時間が短すぎると思うけど……」

 クライブが首を傾げていると、ガルムの上でプルルが震えている。


「きゅっきゅきゅきゅー(ぬれてるからみずをたべたの)」

「なるほど……それはすごいな。果物の表面の汚れを食べたのと同じ考え方か。これはすごい発見な気がする!」

 プルルを抱き上げたクライブは嬉しそうな表情で大きな声を出す。


「こらー、シャワー終わったなら早く……なんで裸でいるんですか! 早く着替えて戻って来て下さい! 料理が冷めてしまいます」

「あー……もうしわけないです……」

 いけないものを見てしまったと思ったエラリアは目を手で覆いながら怒った。


 下半身にはタオルを巻いていたため、大事なところは見せずにすんだがクライブは申し訳ない気持ちになっていた。

 そのままでいるわけにもいかないので、クライブはそそくさと着替えてガルム、プルルを伴って戻って行った。



「おぉ、こ、これは!」

 戻ってテーブルの上を見たクライブは、感動して大きな声を出す。


「ふふっ、残った食材を全て使ってお料理してみました。もうこのギルドも、居住スペースも全て引き払うので最後に一緒に食べて下さい」

 エラリアは手を合わせておねだりするような笑顔を見せた。


「もちろんです! というか、もうお腹ペコペコですよ!」

 料理の匂いが鼻をくすぐり、自分が空腹であることに気づいたクライブは即答すると自分の席につく。


「どうぞ召し上がれ。えーっと、ガルム君とプルルちゃんは何を食べるのかしら?」

 クライブの足元にいる二人を見てエラリアが首を傾げていた。


「ガウ(野菜とか)、ガウ(果物とか)、ガウ(生肉とか)」

「つまるところ、ガルムは素材をそのまま食べる感じなのか。まあ、魔物だと料理なんていう考え方はないだろうしな。ということなので、とりあえず果物かなにかあればお願いできますか?」

 クライブの通訳を聞いて、エラリアはキッチンから果物をいくつか持ってくる。


「これなら食べられますかね? どうぞ」

 床に皿を置いて、そこに果物を用意してくれる。


「ガウ!(ありがとう!)」

 礼を言うと、ガルムは果物にがっついていく。


「さて、それでプルルちゃんは一体何を?」

 そちらも訳してくれと、エラリアがクライブを見る。


「プルル、どうだ?」

「きゅー……きゅー(とくにない……なんでも)」

 さっきは水を食べ、森では果物についた汚れを食べていた。

 スライムでありプルルは雑食中の雑食であり、言葉のとおり本当になんでも食べることがわかる。


「うーん、余った食材とか、野菜くずとか、皮とか骨とかそういうのでもいいみたいです。なんでも食べるらしいので」

 なんでもいいというが、そういうわけにもいかないのでクライブは片付けに役立つようなものを提案した。


「なるほど、それは便利ですね。それじゃ、お片づけを手伝ってもらっちゃおうかな。あ、そうそう。クライブさんは気にしないで先に食べていて下さいね」

「い、いただきます!」

 エラリアが席につくまで待とうとしていたクライブだったが、許可を得た今となってはその食欲を止めることはできず、食事にがっつき始めた。


「美味い! 美人で、ギルドマスターで、料理も上手ってすごいな……」

「あらあら、褒めても何もでませんよ」

「っ!? き、聞こえてました?」

 いないと思って口にした呟きが本人に聞こえていたため、クライブは動揺して背筋を伸ばした。


「ふふっ、ありがとうございます。私も昔は料理が苦手だったんです。でも、亡くなった夫がどんなものを出しても美味しい美味しいと喜んでくれていたので、もっと喜んでほしくてたくさん練習したんです!」

 そういって力こぶを作る真似をするエラリア。その様子は可愛らしく、またどこか悲しい表情にも見える。


「そう、ですか……」

 亡くなった――聞いてはいけないことを聞いたと思い、クライブはそこで言葉が止まる。


「もう、なんだか雰囲気が暗くなっちゃいましたね。ささっ、気を取り直してご飯を食べて下さい! 今日中に私は出発しますので、早く片付けなくっちゃ! さあ、私も食べますね!」

 エラリアはあえて元気よく食事を開始して、先ほどの雰囲気を払拭しようとしていた。


「俺も! 美味しいですね!」

 クライブもエラリアの意図をくんで、明るい声で食事を再開した。


 そうして、別れの時が近づいて来る。


 食事を終えて、洗いものを終えて、昨晩の成果をひと通り片づけ終えるとクライブたちはいよいよ出発することとなる。


「えっと、そのエラリアさん。色々とお世話になりました。魔法陣の作り方、材料のそろえ方、シャワーも貸してくれましたし、料理もすごく美味しかったです。ありがとうございます!」

「ガウ!」

「きゅー!」

 クライブの一礼にガルムとプルルも続く。


「うふふっ、みなさんのその様子を見ると最後に技術を教えられたのがクライブさんで本当によかったと思います!」

 そう口にしたエラリアは笑顔だったが、その目じりには涙が浮かんでいた。


「エラリアさん……」

 泣いている彼女の姿はどこか儚く、今にも折れてしまいそうな可憐な花のように見えた。


(俺が守ってあげないと!)

 そう思ったクライブは泣いているエラリアを抱きしめようと一歩踏み出す。


「――おーい、エラリア。大きめの馬車借りて来たぞ! 荷物の積み込みを始めよう。知り合いにも声をかけてきたから、一気にやっちまうぞ……おっと、お客さんか? すみませんね、今日引っ越しなのでちょっと忙しくて。おーい、みんな始めてくれ」

 しかし、急に現れた男がその場を仕切り、エラリアの引っ越しを始めていく。


「あなた、来てくれたのね。ありがとう、みなさんもありがとうございます。ふふっ、あなたはやっぱり頼りになるわね!」

 先ほどまで儚い表情を見せていたはずのエラリアはあなたと呼ぶ男に抱き着いて、これまでで最高の笑顔を見せていた。


「は、ははっ、亡くなったのは前の旦那さんで、今の旦那さんがいるんですね……」

 クライブは踏み出した足を戻し、幸せそうにキスをするエラリアとその夫を見てガクリと項垂れていた。


 そして、クライブの目じりからポロリと一粒の涙が零れ落ちる。


 当のエラリアはといえば、引っ越しの細かい指示を出す必要があるため、既にクライブたちのことは忘れさっていた……。


「ガウ(元気出して)」

「きゅーきゅー(げんき、げんきー)」

 ひとりがっくりとうなだれるクライブを励ますようにガルムとプルルが寄り添っていた。







お読みいただきありがとうございます。


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