第二十七話
エルフの男性は、ゆっくりと振り返るがその表情はもの悲しそうなものであった。
「……あぁ、ミーナ。それにお客さんかな? お客さんが来たというのに、こんな場所でぼーっとしているのは失礼だね。それで、どういった方々なのかな?」
エルフの男性はミーナにクライブたちのことを尋ねる。
なんとか笑顔になるようカラ元気を出しているのは、クライブたちの目から見ても明らかだった。
「街でお買い物をしたのだけれど、ちょっと量を多く買いすぎてしまって、この方たちが運ぶのを手伝ってくれたんですよ」
それでも気にした様子を見せずミーナがニコニコと経緯を説明していく。
「おぉ、それはそれは。妻がお世話になりました。私はディアニスといいます。何もない家ですが、お茶くらいはお出しできますのでこちらへどうぞ」
ディアニスの案内で一行は、応接間へと移動する。
そして、メイドがお茶を用意してくれるが、そこで一つお小言がある。
「ミーナ奥様、お買い物に行くなら声をかけて下さいと何度も言っているじゃありませんか! こんなにたくさん買い物をして……みなさんがいなかったらどうするおつもりだったのですか!」
注意するのはこの家に長年勤めているエルフのメイドだった。彼女は二人とは異なり、銀色の髪をしておりそれを後ろでまとめている。
「ああん、そんなに怒らないで頂戴。私もたまには一人でお買い物したくなるのよ。それより、お客様の前で失礼でしょ?」
ミーナに指摘されてメイドはハッとした表情になり、クライブたちに頭を下げると慌てて部屋をあとにした。
「うちのメイドが失礼をしました。あらためて、妻を助けていただきありがとうございました。先ほどメイドが注意したように、一人で大量に買い物をする癖がありまして……いや、本当に助かりました」
中庭にいた時とは打って変わり、ディアニスは優しい笑みをたたえて頭を下げる。
「それはいいんですけど……立ち入ったことを聞きますが、あの木に何かあるんですか?」
中庭にいた時のディアニスの悲しそうな表情を思い出して、クライブは質問する。
もし、聞くなとディアニスに突っぱねられても、たまたま知り合った関係であるため別に仕方ないと考えていた。
「ははっ……いやあお恥ずかしい。あの木は思い出の木なのですよ。私の祖父がこの地に居を構えた際に植えたもので、代々守りついできたもので小さい頃からあるのが当たり前だったんです……」
そこまで言って、ディアニスは一度言葉を切る。
この部屋からは見えないが、視線は木がある中庭の方向を向いていた。
「ですが、樹医に見てもらったのですがあの木はもう、長くない、と……」
「主人はあの木とともに生きてきたんです。辛い時も、楽しい時も、家族と一緒の時も、いつもあの木とともにあったのです。それがなくなってしまうなんて……うぅ」
ディアニスは苦痛にゆがむ表情になっており、ミーナは涙をハンカチで拭っている。
すると、クライブの服の袖がくいくいっと引っ張られる。
その犯人はフィオナで、彼女は悲しそうな表情でクライブのことを見ていた。
──なんとかしてあげられないか?
彼女の目はそう語っている。
「……はあ、わかったよ」
クライブの言葉にフィオナは目を輝かせる。彼女にとってクライブは救世主であり、なんでもできる人とという認識になっている。
その期待にできるだけ応えてやりたい、そんな思いがクライブの心に浮かんでいた。
「すみません、俺たちも木を見てもいいですか? 何もできないかもしれないけど、ちょっと見てみたいので……」
クライブがこの時点で考えた可能性、それは木が元気がない理由として虫などが巣くっていること。もしそれが原因だとすれば、プルルたちに中に潜り込んでもらって原因を取り除くことができる。
「わかりました。しかし、高名な樹医も匙を投げたほどですから何もできないと思いますが……」
ディアニスの目は諦めの色が濃かった。
「まあまあ、いいじゃありませんか。せっかくですから、みなさんにも木を見てもらいましょう」
一方でミーナは、何か解決のきっかけになればいいと思っており、その顔には笑顔が浮かんでいた。
中庭に出たクライブは木に手を当ててみる。
回復系の力を持つクライブは、なんとなくではあるが木が持つ生命力が落ちてきているのを感じ取る。
「プルル、木の中に虫とかがいないか調べてもらえるか?」
「きゅー(うん)!」
プルルは元気よく返事をすると、木に取り付いて隙間から中を探っていく。
要した時間は数分、戻ってきたプルルがクライブのもとへと戻ってくる。
「きゅきゅーきゅ(いなかった)」
木に巣くう悪い虫はいない。それがプルルの調査の結果だった。
「参ったな」
虫によって中から弱っているのではないか? というのがクライブの考えだったため、いきなり手詰まりになってしまう。
呆然と立ち尽くし木を眺めているクライブのズボンのすそをガルムが引っ張る。
「ガウ(主殿)、ガウガルガウ(回復魔術を)」
ガルムの言葉にクライブは首を傾げる。ガルムは怪我をしているようには見えない。もちろん木の調査を行ったプルルにも怪我は見られない。
すると、今度がガルムが顔を木に向けてそちらを指し示している。
「えっ? 木に、回復を?」
その問いにガルムは頷いた。なんの意味を持っているかわからないためクライブは再度首を傾げながらも手のひらを木に向かって向ける。
「念のため知り合いの治癒魔法使いに回復魔法をかけてもらったこともありましたが、それでもなんの効果も得られませんでした」
もしかしたら木にも効果があるかもしれないと考えたディアニスが頼んだ方法だったが、木はなんの反応もすることなく、ただ弱っていく姿を見せるだけだった。
「なるほど、回復『魔法』ですか。それなら、いけるのかも……ヒーリング!」
ディアニスの言葉、そしてガルムの何かを確信した表情を見てクライブはいけると感じ、回復魔術を発動する。
「そんなことをしても無駄なんです……」
諦めの境地にあるディアニスはそんなことを呟いて肩を落とし、うつむいて地面を見つめている。
「あ、あなた! ちょっと見て下さい! あなた、早く!!」
しかし、その隣にいたミーナは驚いた表情で木を、クライブを見つめ、その変化に驚いてディアニスの身体を大きく揺さぶっている。
「いったい何だと言うんだ……えっ?」
顔をあげた先にはいつもの木の姿が、いつもとは違う状態で存在した。
クライブの回復魔術によって光を放つ木の姿がそこにはあった。
その光はクライブが回復魔術を終えるまでしばらくの間続く。
「ふう、これでだいぶ落ち着いたんじゃないかな?」
回復魔術を止めて数歩下がって木を見上げる。
そこには青々とした葉をつけて活力に満ちた木の姿があった。
「あ、ああぁ、あぁ……」
「な、なな、なにが、なにが起こったんですか?」
ディアニスは声にならない声を出し、ミーナは目の前で起こったことが信じられずクライブに質問を投げかける。
「自己紹介していませんでしたが、俺の名前はクライブ。職業は回復魔術士です」
そう言ってニコリと笑うクライブだったが、夫婦は一層に首を傾げることとなった。
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