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第二十三話


 毛むくじゃらの魔物の目は赤く光っている。

 その目はフィオナをぎらぎらとした目つきで睨みつけていた。


「ガルム、まずは俺たちに集中させるぞ」

「ガウ(うん)」

 フィオナが狙われているという状況をなんとかしようというのがクライブの考えだった。


 まずはガルムが向かっていく。

 最初はゆっくりと歩いていき、距離が近づくにつれて徐々に速度をあげる。

 相手を油断させておき、一段階、二段階と速度をあげた段階では毛むくじゃらの魔物も大きな反応を見せることはない。


 言葉は発しないが、その程度の動きならいつでも対応できると言いたいような視線をガルムに一瞬だけ向けて、再度フィオナに戻す。


 しかし、それは油断である。

 もちろんガルムは本気を見せていない。


 三段階目を一気に飛ばして五段階目までギアを入れ替え、あっという間に距離を詰めた。


「ガアアアア!」

 ガルムが速度を上げてから全力のタックルをぶちかます。

 視線をフィオナに向けていた毛むくじゃらの魔物は、対応が遅れ、そのまま直撃を受けることとなる。


「ガハッ!」

 吹き飛ばされた毛むくじゃらの魔物は壁に衝突して、その衝撃を大きく息を吐くこととなった。

 それだけでクライブたちの攻撃は終わらない。


「くらっえええええ!」

 クライブが振りかぶって、毛むくじゃらの魔物へと向かって思い切り放り投げる。


「きゅううううう!」

「きゅっきゅううう!」

「ぴーーーーー!」

 クライブが投擲したのは剣ではなく、スライムたちだった。


 三人のスライムを投げたが、一人目の特性は毒。二人目の特性は火。三人目の特性は風だった。


「GRRRRR」

 言葉ならざる言葉を発しながら、毛むくじゃらの魔物はスライムたちを睨みつけて思い切り腕を振って吹き飛ばそうとする。


 しかし、彼らはそんじょそこらのスライムではなくクライブと契約して強化されているスライムである。


 毒スライムは吹き飛ばそうとした腕に張り付き、張り付いた場所から毒を生み出しダメージを与えていく。


「GAAAAA!」

 毒によって浸食された腕は強烈な痛みを生み出していた。

 すぐに毒スライムは離れる。毒のダメージを受けた腕に向かって風スライムが風の刃を飛ばす。


 毒によって、皮膚が柔らかくなっているため、風の刃は腕を両断する。

 一瞬のことだったが、切り口が再生を始めようとしているのが見えた。すかさず火スライムが切り口を燃やして再生を止める。


 クライブがスライムたちを投げてからここまで、わずか数分のできごとだった。


「…………」

 クライブは近くにいたスライムをランダムで選んで放り投げていた。

 しかし、その結果が見事な結果を生み出している。

 そのことに唖然としていた。


「……すげえ優秀だ」

 仲間たちが毛むくじゃらの魔物を圧倒している姿を見て、クライブは感動すらしていた。


「ガウガウウ!」

 ガルムは反対の手に噛みつき、そのまま噛みちぎった。

 今度も火スライムがちぎられた腕の付け根を燃やして再生を防ぐ。


 あっという間に両腕を失った毛むくじゃらの魔物は困惑してガルムとスライムを交互に見ている。

 格下の魔物にここまで圧倒され、腕を失った状況が理解できず、何をすればいいのかもわからなくなっていた。


「こうなったら、みんないけええええ!」

 クライブはプルルから分裂したスライムたちを次々に投げていく。二十を超えた頃には、クライブの肩は限界を見せた。


「もう……投げられない。あとは頼んだぞ」

 右腕をぶらぶらさせながら、クライブは成り行きを見守ることにした。


 スライムたちはそれぞれの特性を活かした攻撃を繰り出していき、毛むくじゃらの魔物にダメージを与えていく。


「ガウガーウ!」

 そして、とどめだとガルムが首元に噛みついた。

 紫色の血が噴き出して、毛むくじゃらの魔物の身体から力が抜けていく。


「倒した、か」

「ガウ」

 クライブの言葉のとおりにガルムも判断し、毛むくじゃらの魔物から離れていく。


 しかし、倒されたと思った毛むくじゃらの魔物の目がカッと見開かれる。

 そして、首だけが身体から分裂して飛び上がり、ガルムの横を通りぬけ、スライムたちを横目にして、クライブすら通り過ぎる。


「まずい!」

 毛むくじゃらの魔物の狙いを逸らせたと思っていたクライブたちだったが、やつの目的は終始フィオナだった。長く伸びた髪を振り乱しながら、大きく開かれた口がフィオナへと迫る。


 クライブが手を伸ばすが、今更毛むくじゃらの魔物の動きを止めることはかなわない。

「きゃああああ!」

 フィオナの悲鳴が響き渡る。


「……頼んだぞ」

 それでもクライブの表情には焦りはない。

 ここまでの戦いで、多くの仲間がその力を発揮してくれた。

 その中において最も活躍したのはガルムである。


 ガルムは最初に出会った魔物であり、クライブが最も信頼している魔物である。


 クライブは今回の戦いにおいて、同じく最も信頼できる魔物に一番大事な役目を任せていた。


「きゅううううううううううう!」

 プルルの身体の中にはまだまだ多くのスライムたちが混在している。

 だからこそプルルは毛むくじゃらの魔物を飲み込むほどの大きさに巨大化する。


「GRA!?」

 完全にクライブたちの隙をついて、目的を達成できる。

 そう考えていた毛むくじゃらの魔物だったが、眼前に立ちはだかる巨大な壁のようなプルルの姿に驚愕していた。


 プルルの身体は最大限に膨れあがり、まるで巨大な風船のようになって、毛むくじゃらの魔物を大きくはじき返した。


「GRRR!?」

 吹き飛ばされた顔は再び自らの身体があった場所へと戻って行く。

 そこにはガルムが大きな口を開けて待ち構えている。


「ガウ!」

 ガルムは毛むくじゃらの魔物の頭を足で受け止めると、そのまま踏みつぶし完全に絶命させることに成功した。


「きゅー」

 今度は火スライムの協力も得て、完全に燃やし尽くし復活の余地も残させなかった。


「今度こそ、俺たちの勝利だ……けど」

 勝ち誇るかと思われたクライブだったが、微妙な表情でけむくじゃらの魔物だったものを見ている。


「あんな魔物見たことないぞ……」

 クライブはそう呟きながら、しばらくそのまま視線を動かさずにいる。


「クライブ……こわかった」

 そんな彼の足にフィオナがしがみついていた。彼女の表情は恐怖にゆがみ、目には涙が浮かんでいる。

 確かにプルルが守ってくれることには安心感があった。それでも、クライブから離れていたことや、叔父を殺した魔物が襲い掛かってきたことは彼女を恐怖に陥れていた。


「……悪かった。やっぱり俺が近くにいればよかったな」

 フィオナの不安を感じ取ったクライブは少しでも今の不安を軽減できるようにと、彼女の頭を優しく撫でる。


「ん」

 フィオナはというとそれだけ返して、顔をクライブのズボンに埋めていた。

 ガルムもフィオナにすり寄って励ます。プルルもフィオナをぷるぷると慰めていた。


 しばらくして、フィオナは顔を上げる。

「うん……大丈夫」

 そこにはまだ少し元気がなかったが、それでも笑顔のフィオナがいた。


「じゃあ、行こうか。これで当分は大きな問題には出くわさないだろうし、もっと俺自身も強くならないとな……」

「わたしも!」

 今回、スライムを投げることしかできなかったクライブは自らの強化を考える。

 そこに、フィオナも名乗りをあげたためクライブはキョトンとした表情になる。


「わたしもつよくなる……なりたい!」

 キョトンとしていたクライブだったが、その言葉の意味とフィオナの強い気持ちを受け取って自然と笑顔になる。


「あぁ、一緒に強くなろう!」

「おー!」

「ガウ!」

「きゅー!」

 クライブとフィオナだけでなく、ガルムとプルルも宣言に加わり全員が更なる強化を胸に秘めた。


お読みいただきありがとうございます。



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