第二十二話
到着すると、フィオナはすぐに木の根元にあるガルムたちのねぐらに潜り込んだ。
「なんだか、なつかしいかんじがする……」
そういいながらフィオナは寝転がると、丸まって静かな寝息を立て始めた。
たった一晩の話だったがあれほどゆったりと、安心して眠れたのは彼女にとってしばらくぶりのことだった。
叔父との旅ではそんな気持ちになることは一度としてなかった。
しかし、あの時もクライブが近くにいたため、魔術力を自然と感じ取り落ち着いた気持ちになっていた。
また、ガルムとプルルの存在も他の魔物などを近寄せずに安心を生み出していた。
「まぁ、少し休憩していこうか」
眠りについたフィオナの頭を軽く撫でると、クライブは少し離れた場所で休む準備を始めていく。
朝出発して、森で休憩となればフィオナが目覚める頃には恐らく昼を過ぎている。
そのため、クライブが始めた準備は昼食のためのものだった。
二時間ほど経過したところで、フィオナがもぞもぞと身体を動かし顔をあげる。
寝ぼけ眼で周囲を確認、そしてクライブとガルムの姿を確認してホッとした笑顔を見せる。
それと同時に、プルルの姿が見えないことに疑問を覚えて首を傾げていた。
「もし、探しているのがプルルなら、ほらそこだよ。さっきまでフィオナの頭があった場所に」
言われるがままにフィオナがその場所を見ると、そこにはフィオナの頭の形にへこんだプルルの姿があった。
「プ、プルル! ご、ごめんね!」
フィオナは慌ててプルルを抱きかかえると、優しく頭らしき部分を撫でていく。
「きゅっきゅー!」
「大丈夫だってさ。スライムは軟体生物だから、あんな風に身体をぐにゃぐにゃにしてもノーダメージなんだよ。それに、プルルはかなり強いからな」
クライブがプルルの言葉を通訳する。プルルについての説明を付け足して。
「そうなの?」
首を傾げながら、再度プルルのことをフィオナが撫でる。
「きゅー」
「うふふっ、ならよかったあ」
今度の言葉は通訳を介さなくてもなんとなく伝わったらしく、フィオナは先ほどの心配顔は吹き飛んで満面の笑みになっていた。
その様子をクライブとガルムは微笑ましく見守っていた。
「っと、そうそう……ほら、こっちに来てスープを飲むといい。身体が目覚めるぞ」
クライブがスープをよそってフィオナに渡す。
「うん、ありがとう!」
まるであの時の再現であり、そのことはフィオナを笑顔にする。
フィオナは初めてクライブたちを見た時のことを話していく。
「あのときね、さいしょはなにがなんだかわからなかったの。しらないひとが、まものをつれていたから……」
この知らない人とはクライブのことで、魔物はガルムとプルルのことを指している。
目覚める前のことを覚えておらず、目覚めたら知らない男がいる。そんな状況にあれば誰もが戸惑いを覚える。
「でもね、スープくれて、やさしいめをしてて、ガルムもプルルもやさしいから……だいじょうぶだなっておもったの!」
この『大丈夫』には、信頼できる、安心できる、一緒にいても問題ない、そんな色々な思いが詰まっている。
「そう思ってくれたのならよかったよ」
シンプルな言葉だったが、クライブは優しい眼差しでフィオナの話を聞いている。
その後も、クライブたちと出会ってからのことをフィオナは身振り手振りを交えて話していく。
「さて、それじゃそろそろ出発しようか」
火の始末をしながらクライブが声をかける。
「おー!」
「ガウ!」
「きゅー!」
フィオナ、ガルム、プルルも元気よく返事をして、いよいよ森の先にある谷に向かうことになる。
谷に向かうにあたって、クライブは情報を集めていた。
主な情報提供者はマクスウェルと冒険者ギルド。谷は基本的には魔物が少なく、通り道としてもよくつかわれている場所である。
しかし、どうにもあまりよくない噂を耳にしていた。
谷の様子がおかしいとのこと。おかしいとは、ざっくりとした表現だったが情報を探っていくと強力な魔物の姿があったとのこと。
今までにそのようなことは起こったことがない。谷といえば、平和な通り道。それがみんなの共通認識だった。盗賊もいない、山賊もいない、魔物もいない。それが、ここ数日不穏な様子があると言われていた。
馬車で進みながら、クライブは仲間に声をかける。
「さて、何もなければいいんだけど……ガルム、周囲の警戒を頼む」
指示を出していき、警戒の度合いを高めるために他にも複数のスライムを馬車内に分裂させておく。
フィオナもクライブの表情の硬さに気づいて、クライブの隣で身を小さくして身体を預けていた。
「フィオナ、いざとなったらプルルと一緒にいるんだ。あいつなら絶対に守ってくれる」
「うん、よろしくねプルル!」
クライブの指示に従って、プルルに声をかける。その表情は笑顔だった。
「きゅー!」
任せろと、請け負ったプルルはフィオナの腕の中におさまった。
ゆっくりと進む馬車。
周囲は静かで、馬の蹄がたてる音、馬車が前に進む音。
そしてクライブたちの息遣いだけが周囲に響いている。
「しずか、だね」
「あぁ」
フィオナの言葉にクライブが返事をする。しかし、二人ともこの場所の異変を感じ取っていた。
静かすぎる。
魔物たちがいないといっても、それ以外の動物や虫の気配がないのは明らかにおかしかった。
空には普段は飛んでいるような鳥の姿もない。
谷の中央あたりまで進んだところで、空気が変わった。
「ガウ、ガルガル(主殿、注意を)!」
ガルムが声をあげ、上を睨みつけている。
それと同時に、空から何かが落下してきた。
「あいつ!」
それにいち早く声を出したのはフィオナだった。その表情は驚き、そして悲しみが浮かんでいる。
「知っているのか?」
クライブは努めて落ち着きながら、不安そうなフィオナの肩に手を置いて質問する。自分の体温を感じさせることで、少しでも安心感を与えようとしていた。
「あ、あいつ、あいつがおじさんを!」
「わかった……俺たちに任せてくれ。プルル、フィオナを頼むぞ」
それだけのフィオナの言葉を聞いて、クライブは全てを察して飛び出すように馬車を降りていく。
魔物の視線はフィオナに向いている。
魔物は四足歩行で紫の長い毛が身体を覆っており体毛が濃い。ゴリラや猿が魔物化したような姿をしている。
毛の間から見える身体は筋肉の鎧に覆われており、上から降りてきたのを見てわかるように高い身体能力を持っている。
「見たことのない魔物、フィオナの叔父さんを殺している。そして、最近発見報告がある謎の魔物の正体も恐らくはこいつだろう。となったら……」
クライブは、以前冒険者たちが残していった剣を抜き構える。
ガルムも牙をむき出しにして、既に戦闘準備万端だった。
プルルはフィオナの腕の中で、いつでも彼女を守れるように構えている。
それと同時に、その他のスライムたちも馬車から飛び出してきていた。
「みんな、目標は毛むくじゃらの魔物。あいつをなにがなんでも倒すぞ」
この道は多くの人が使っている。
それには、クライブが世話になったマクスウェルたちも含まれていた。
ここで取り逃がしては、放置しては、そんなみんなに被害が及ぶ可能性も考えられた。
であるならば、クライブがとる選択肢はこいつを倒す以外になかった。
「それと、一人として欠けることなくこいつを倒すからな!」
その言葉はクライブの決意表明であり、絶対にスライム一体として殺させるつもりはなかった。
「ガウ!」
「きゅー!」
「きゅー!」
「きゅー!」
「きゅー!」
みんながクライブの言葉に返事をし、戦いが始まる。
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