第十八話
フィオナの角を隠すことができたため、クライブたちは街へと戻ることにした。
子どもの足で長時間歩くのは大変だろうと考え、フィオナはガルムの背中に乗っている。
これまで魔物を連れていることで注目を集めてきたクライブだった。そのクライブが連れている魔物の背中にかわいらしい子どもが乗っている。
そのことは、更なる注目を集めることとなった。
「パーティを追い出されて魔物を連れ歩きだしたと思ったら、今度は幼女かよ……」
「誘拐、じゃないよな?」
「はあはあ、可愛い!」
そんなうわさ話をする声がクライブたちの耳に届くが、クライブは涼しい顔で肩を竦め、ガルムとプルルは全く気にしていない。
ただ、フィオナは自分ではなく家族とも呼ぶべき仲間が馬鹿にされているという経験は初めてであるため、微妙な表情になっていた。
「フィオナ、そんな顔をするなって。俺は気にしていないから大丈夫だよ。それよりも、宿に泊まって休みながら今後のことをゆっくりと話そう」
優しい表情をしたクライブはフィオナの頭を軽く撫でながらそう言った。
ここにくるまで食事もしたものの簡易的なものであり、夜寝たといっても木の根元やスライム布団の上という状況だったため、ゆっくりと身体を休めたかった。
「うん……」
目を細めながら、撫でられることを受け入れているフィオナだったが、クライブが傷ついていないか心を痛めていた。
「まあ、いい状況じゃないっていうのはわかっているけどね。そうやってフィオナが気にしてくれるだけで、俺は嬉しいよ」
「……うん!」
先ほどまでと違い、今度は少し喜びを含んだ返事をする。
宿についたクライブたちはベッドが二つある部屋をとり、部屋に向かうとベッドにそのままダイブする。
「はあ、やっぱりベッドはいいなあ。ふかふかだあ」
「ふかふか、きもちいい」
クライブもフィオナも、宿のベッドの魔力に襲われてそのまま眠りについてしまった。
昼を過ぎて、日が傾いて、夕方になった頃、部屋の扉を叩く音がする。
『下の食堂で夕食が食べられますのでどうぞ』
それは宿の職員の声であり、気遣うように扉の向こうから声をかけてくれていた。
「ふわーい……」
声に気づいたクライブが、眠りから覚めたかどうかという状況で返事をする。
顔をあげて目を擦り、部屋の中を見ると夕日が窓から差し込んでいた。
「もう、そんな時間か……」
依頼を二つこなして、帰りにフィオナを助けて外で一晩休んで、そこから街に戻ってきた。
睡眠という意味であれば、確かに外でとっていた。
しかし、落ち着いた場所ではなかったため精神的な疲労は拭えない。
精神的な疲れは、身体にも影響を及ぼす。そのため宿のベッドで安心して眠れたことは、クライブの疲れを大きく軽減させていた。
「フィオナ、フィオナ」
クライブが隣のベッドで気持ちよさそうにすやすやと眠っているフィオナの身体を揺する。
小さな身体であるため、力を加減しながら呼びかける。
「フィオナ」
少し大きめの声で呼びかけた三回目。
「う、ううん……ふわあ、あれ? クライブ? わたし……ねてた?」
クライブは寝起き独特のふわふわした口調のフィオナの問いかけに頷く。
「俺も寝てたよ。まあ、色々あったから疲れていたんだろうな。それより、そろそろ夕食の準備ができたって宿の人が声をかけてくれたんだ。いけるか?」
そう質問すると同時に、ちょうど二人の腹がぐーっとなるのが聞こえる。
「ははっ」
「ふふっ」
二人はどちらともなく笑いだし、そして頷きあうと部屋の扉に向かう。
この宿は入るとすぐ受付カウンターのあるホールがある。
そして、二階に上がると宿泊客用の食堂があり朝食と夕食はそこで提供されることとなっている。
ガルムとプルルは二人を見送って部屋で待機することとなる。
宿をとる際に注意されたのが、魔物を怖がる客もいるため食堂には連れてこないでほしいとのことだった。
その分、必要な食事などは言えば部屋に持ってきてくれるとのことだった。
「それじゃあ、俺たちは行ってくるよ。留守番よろしく頼む」
「いってきます」
念のため部屋の扉に鍵をかけてクライブたちは食堂へと向かって行った。
食堂では既に他の客が夕食を食べている。
夕食のメニューは三つから選択する方式をとっており、クライブは肉料理のディナープレートを、フィオナは魚料理のディナープレートを食堂の入り口で選択して席へと案内された。
案内されたのは窓際の席で、二階から見える景色は街灯や家の灯りが見えて綺麗だった。
「フィオナは好き嫌いはあるのか?」
クライブがそんな他愛のない質問を投げかける。
「うーん……そんなにないけど……どうぶつさんのなまのおにくはにがてかも」
その言葉はクライブをぎょっとさせる。
動物の肉は火を通して食べるのが一般的であり、クライブもこれまで生で食べた経験はなかった。
「その、ここにくるまでのあいだおかねがなくて、しかたなくたべたんだけど……あんまり、うん」
美味しくなかった――もしくは、その結果叔父さんかフィオナ本人が食中毒にでもなったのだろうと微妙な反応から予想がつく。
「だから、今日も魚を選んだのか」
クライブの指摘にフィオナは頬を赤らめながら頷いた。
好き嫌いがあることを恥ずかしいと思ったためであり、その考えはクライブに伝わっていた。
「なるほどな……でも、俺も結構嫌いなものあるぞ。まず、エルフ豆が苦手だ。別に出されれば食えないこともないけど、好んで食べることはないな。他にも、焼き魚は魚によっては骨が多くてあんまり好きじゃない。味は好きなんだけど」
クライブは自分の嫌いなものを教えることで、フィオナが気にしないように配慮していた。
「うふふっ、クライブはおとななのにすききらいあるんだね」
「あぁ、あるぞ。でも注意してくれ」
ニヤリと笑うと、クライブは一つ指をたてて含みのある表情をとる。
「俺は、苦手なだけだ。好きじゃないだけだ。つまり……大抵のものは食べれられるんだよ。まあ、食べて具合が悪くなるようなものは食べなくていい。でも、好き嫌いはなるべく減らしておいたほうが、あとあと楽かもしれない」
食料が限られている場合などでは、好き嫌いを言っていられない場合がある。
冒険者のクライブとともにいれば、そんな状況に陥る可能性も十二分に考えられた。
だからこそ、無理強いはしないがこの先のことを考えて指摘した。
「うーん、わかった。ほんとうにだめなものいがいはがんばってたべるね」
親にも、叔父にもそんなことを指摘されたことがなかったため、フィオナはどこか新鮮な感覚を味わっていた。
クライブは強要させるつもりがなく、ちゃんと気遣ってくれているのが伝わっていたため、フィオナは嫌だと思わなかった。
そんな話をしていると、二人の夕食が運ばれてくる。
入り口で注文したとおり、クライブには肉料理が運ばれてきた。
シンプルに塩で味付けした塊肉。しかし下処理がしっかりとしているため、硬さはなくナイフがスッと通る。
「これは……美味い!」
クライブの口からシンプルな感想が漏れた。
その様子を見ていたフィオナも自分の料理を口に運んでいく。
魚の煮つけであり、甘辛い味付けになっている。
骨に気をつけようと、フィオナが確認するが身に骨はついていなかった。
「すごい……それに、おいしい!」
こちらの魚も下処理の段階で目にとまる大きな骨は全て外されている。そのことに感動し、更に味でも感動するというダブルの感動をフィオナは味わっている。
いや、ここまでの旅の間、まともな食事をほとんどとれなかったことを考えると、こんなに美味しいものがあるのかというトリプルの感動を味わっていた。
メインディッシュの料理に舌鼓を打っていた二人だったが、付け合わせのパンもふかふかで焼きたてが用意されており、こちらはお代わりをするほどのお気に入りとなっていた。
〆のデザートまで期待を裏切ることなく、夕食を終えた二人の表情は満足の二文字に満たされていた。
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