第十六話
「うう……」
少女は寝ぼけ眼を擦って、周囲を確認する。
クライブたちは少し離れた場所にいるため、彼女はすぐには気づかない。
「えっと……えっ?」
ぼんやりとした視界が徐々にクリアになっていき、自分が木の中にいることに気づく。
更に、視線を木の外に向けていく。
「きゃっ! だ、だれ!?」
ようやくクライブたちの存在に気づいた少女が、驚いた様子で声をあげた。
自分がなぜこんな場所にいるのかわからず、近くに何者ともしれない男が魔物と一緒にいる。その光景は十分驚くに値するものだった。
「あぁ、起きたか。いきなり知らない男がいれば驚くか……とりあえず、俺は敵じゃない。何かしようという気もない。倒れていた君を休ませただけだ」
優しく穏やかなクライブの言葉を聞いて、少女の表情から幾分か警戒心が薄らぐ。
「俺は冒険者のクライブだ。こいつらは俺と契約している獣魔で、こっちの狼がガルムで、そっちのスライムがプルル」
クライブは自分と仲間の紹介をする。ちなみに、アカリはプルルと合体している。
「ま、まものさん? おにいさんはぼうけんしゃ?」
鮮やかな紅い瞳を揺らしながら少女が疑問を口にする。
なんとか状況を掴もうとはしているが、記憶にある最後の状況とあまりにも異なるため少女は混乱していた。
「あぁ、とりあえず、なんで今の状況にあるのかを説明するよ……俺はさっきも言ったように冒険者だ。依頼で、とある鉱山に立ち寄っていた。その帰りに森を通ったんだ。時間は夜で暗くなっていた」
少女はなぜ今の状況になったのかをしっかりと聞こうと正座している。
「で、森の途中で人の腕が茂みから生えているのを見つけて、近づいたら君だった。さすがに倒れているのを放っておくわけにもいかないから、とりあえずこいつらの住処だった場所に連れてきて休ませた。そういうことなんだ」
全て説明し終えたが、これで少女が納得してくれるかクライブは不安げな表情で見ている。
「なるほど……です」
少女が呟く。
次の瞬間、少女は土下座をした。
「たすけてくれて、ありがとうございます」
額を地面につけて少女はお礼を口にする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 顔を、顔をあげてくれ! 別に俺たちは大したことはしてないから! いいからこの光景はよくないから!」
誰が見ているわけでもなかったが、少女に土下座をさせている光景はよろしくないと、クライブが慌てて声をかける。
「でも、たすけてもらったら、ちゃんとおれいをいいなさいってかあさまが……」
ためらいつつも少女は一度頭を上げると首を傾げ、その後再び頭を下げようとする。
「いやいや、十分伝わったから! もう大丈夫だから!」
それをクライブが慌てて止めた。先ほどのような光景は心臓に良くないため、なんとか制止した。
「で、でも……」
「わかった、気持ちはわかったから、とりあえずほらこっちにきて」
「きゃっ」
状況を打開するためクライブは少女へと近づいて抱きかかえる。
びっくりしたのか少女も声をあげたが、クライブが悪い人ではないと感じていたため、目立った抵抗は見せない。
そして、朝食を囲む輪へと加われる位置に座らせられる。
「お腹が減っていたら色々余計なことを考える。だから、まずはこれを食べてくれ」
クライブは、持ってきた材料を調味料で煮込んだ簡単な料理を木の器にいれて渡す。
「あの……いいの?」
少女の問いにクライブは優しい眼差しで頷いた。
それに安心したのか、少女はゆっくりと器に口をつけ少し飲み込む。
すると、自分が空腹だったことに気づいたのか、勢いよく飲み込み始めた。
「あちちっ」
「ほらほら、火にかかってた容器に入ってたんだから熱いに決まってるだろ? ゆっくりと、冷ましながら飲むんだ。ふーふーって」
クライブが自分の器をふーふーと吹いて、冷ます真似を見せる。
「ふーふー……うん、おいしい!」
すっかり警戒心が解除されて、少女に笑顔が戻ったことでクライブたちも肩から力が抜ける。
少女もホッとしたようで、警戒心も過剰な感謝心も溶けてきていた。
「よかった、そうしているのを見ると年相応に見える。それで、俺たちが君を見つけてここに連れてきた流れは話したけど、君はなんであんな場所に倒れていたんだい?」
クライブの質問に少女の動きが止まった。
「えっと、そのまえに……ひとついい?」
クライブは首を傾げてから頷く。
「その、ごめんなさい。おなまえおしえてもらったのに、まだいってなくて……」
そう言うと、少女は器を横に置いて姿勢を正す。
「わたしはフィオナっていうの。その、じつは、わたしは……」
そこまで言ってフィオナは言葉に詰まる。
「いいんだ、何を話そうとしたかは予想がつく。だから言いづらいなら言わなくていいんだ」
彼女が言いたいことは恐らく、自分の角に関することだとクライブは予想している。
クライブは角の生えた人間に会ったことがない。
だから、恐らくそのことは彼女にとっても大きな秘密であるはずだった。
「だ、だいじょうぶ! だいじょうぶだから、はなさせて。わたしは、その……まぞくなの!」
彼女の言葉のあと、その場に沈黙が走る。
フィオナは勇気を振り絞って自分が持つ、最大の秘密をクライブに打ち明けた。
助けてくれた恩人にそのことを隠すのは、とても失礼なことだと思ったためである。
打ち明けられたクライブは腕を組んで考え込む。
(なるほど、もしかしたら俺の回復魔術が効果あったのは魔族だからなのか……回復魔術は魔に属する者に効果があるとかって書いてあった気がする。そう考えると、フィオナの怪我が治ったのも理解できるな……)
クライブは魔族であることをどうこう思うということはなく、自分の魔術が効いた理由に納得しているだけだった。
「えっと、あの、だから、ごめんなさい」
クライブはただ自らの回復魔術のことを考えていただけだったが、沈黙はフィオナにとってプレッシャーになっていたらしかった。
それゆえに色々な意味を込めて『ごめんなさい』とフィオナは俯きながらそう言った。
「えっ? あ、あぁそうか。普通は魔族だと怖がったりとかするんだったよな」
思考の海から戻ったクライブはこの世界での魔族に対する人の考えを思い出す。
魔族とは人の形をした種族の中にあって、唯一魔に属する種族である。
ゆえに、他の人類に害をなす種族であると伝えられている。
魔族と共にいれば不幸が訪れる。
魔族の存在は人にとって害悪にしかならない。
これが昔から言い伝えられてきた魔族に対する伝承である。
そもそも魔族は生息地域が離れており、遥か北の地域にしか住んでいない。
関わりが少ないがゆえに今でもそんな昔からの考え方が残っている。
しかし、この伝承というのは、数千年前に光の神と闇の神が戦った際に、唯一魔族が闇の神についたためにそう話されているだけだった。
今は、そんなことはないという考えも徐々に、少しずつではあるが広まってきている。
「フィオナ、俺はフィオナのことを怖いとは思っていない。そりゃ魔族なんていうのは初めて見た。でも、フィオナはしっかりと挨拶できてるし、魔族であることが俺に迷惑をかけるんじゃないかと考えてくれているんだろ? そんな心の優しいフィオナのことを俺が怖がるわけないじゃないか」
そんなクライブの言葉を聞いたフィオナは目を大きく開けて驚き、次の瞬間にはボロボロと涙をこぼしていた。
「……ひっく、うぐ、ひっく……そ、そんなやさしいこと、いってくれるひと……これまでいなかっだがら」
泣きたくない、泣いたらクライブに迷惑がかかってしまう。そう思いながらもフィオナの涙は止まらなかった。
「いいんだ、泣いてもいいんだよ……にしても」
クライブはフィオナの隣に座って彼女の頭を優しく撫でる。
撫でながら、様々なことに思いを巡らせていた。
魔族の本来の生息地域はここからは相当離れている。
そんな場所に、幼い魔族少女が一人でいるという事実。
しかも、優しい言葉をかけてくれる人はいなかったという彼女の言葉からも過酷な状況にあったことが予想できる。
フィオナの親は? 家族は? どうやってここまで来た? なんで一人でいる? これからどうする?
話さなければならないことは山積みだった。
「きゅきゅ、きゅー(なかないでー)」
そんな重い空気を察したのか、天然なのか、プルルがフィオナにぷるぷるとすり寄って元気づける。
「うふふっ、スライムさんなぐさめてくれてるの? やさしいね? きゃっ、わんちゃんもありがとう」
プルルに続いて、ガルムもフィオナの頬を舐めて涙を拭ってあげる。
二人の存在はフィオナの悲しみを半減させてくれていた。
「二人がいて本当によかったよ」
彼らをあたたかなまなざしで見つめながらクライブは心の底からそんな風に呟いていた。
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