第十四話
「いやいや、こんなに頂けませんよ! そもそも、ギルドに依頼を出してそれを俺が受けて、達成報酬としてギルドに預けた金から報酬を受け取るのでそれで十分ですよ!」
もしかしたら、この金持ちはギルドの仕組みを知らないのか? そう思ったため、クライブはできるだけ丁寧に、そしてわざわざ説明口調で、受け取りを遠慮している。
「それはわかっているよ。だが、今回の依頼では正直なところ外壁が少しでも綺麗になればいいと思っていた程度なんだよ。なかなか手が届かない場所もあるからね。しかし、君たちは屋敷全体を綺麗にしてくれた。外壁も屋根も、床も窓も全てだ」
マクスウェルにそう言われて、クライブは自分たちがやったことを思い出す。
スライムを大量に呼び出して、壁が綺麗になっていくのが楽しくて、屋根も全部綺麗にするように命じた。
その結果、屋敷はまるで新築であるかのような輝きを取り戻している。
(うん、やりすぎた!)
思い浮かべたことで、クライブは相手が求めていたことと、こちらがやったことの差を認識していた。
「だから、それに見合う対価を支払うのが当然だと思わないかね? 私はそう思う。だから、遠慮などせずに、是非とも受け取ってほしい!」
細めた猫目からは有無を言わせぬ威圧感が伝わってきたため、クライブは軽く身をのけ反らせる。
「ガウガウ!」
「きゅー!」
それを見たガルムとプルルが、前に出てクライブのことを守ろうとしている。
「おぉっと、こ、これは申し訳ない。敵対するつもりはないんだ。昔から目つきが鋭いと言われていてね。まあ、とにかく受け取ってくれ」
ついやってしまったというようにぽりぽりと頬を掻いたマクスウェルの視線を受けた執事のシムズが袋を持ちあげると、クライブに手渡してきた。
「あー、はい。わかりました。確かにかなりのことをやったので、ありがたく頂戴することにします」
これ以上意地をはってもしかたない、とクライブは渋々ながら受け取ることにした。
「うむ、それはよかった。また何かあれば頼む。どうだね、お茶のお代わりは?」
まだゆっくりしていっていいと、マクスウェルが空になったカップを確認して質問する。
「いえいえ、ご馳走様でした。報酬も頂けましたし、あとはこちらに依頼完了のサインをお願いします」
雑用系の依頼の場合は、確かに依頼は終わりました。という証明のため、専用の用紙にサインをもらうことになっている。
「あぁ、忘れていた……これでいいかな?」
「はい、ありがとうございます。また機会があればよろしくお願いします。次の依頼があるので帰りますね」
大きな屋敷であるため、未だ落ち着かない気持ちがあるクライブは帰りたい気持ちが強かった。
「そうか、次の仕事があるなら引き留められないな……気が向いたら遊びに来るといい。君たちなら歓迎する」
「それでは失礼します」
マクスウェルが手を差し出して、握手をかわしてからクライブたちは屋敷をあとにした。
「はあ、あんなデカい屋敷に行くのなんて初めてだったからなんか気疲れしたよ。お前たちは大丈夫だったか?」
「ガウ(うん)」
「きゅー(うん)」
ガルムとプルルはクライブが仕事をこなせたことに満足しており、それ以外は気にならなかった。
「ならよかったよ。さて、次は西の森を抜けた先の鉱山に手紙配達だったか」
「ガウ、ガウガーウ(うん、乗ってよ)!」
ガルムは屈んで、クライブを背に乗せようとする。
「ちょ、ちょっと気が早いって。ここから乗ったら目立つから、まずは街を出よう。さあ立って」
クライブは慌ててガルムに身体を起こすように伝えると、街の西門へと向かって行く。
その途中、テイマーギルドがあった場所が視界に入るが、あのボロボロの建物は既に解体されて、更地になっていた。
それを見たクライブは少し切ない気持ちになるが、首を軽く横に振ってそのまま足を進める。
そして、西門に到着して外に出ると今度こそクライブはガルムにまたがった。
「ガウウ(いくよ)」
クライブがまたがって、プルルはガルムの頭の上に乗っている。
そして、気合十分のガルムが走り出した。
「うわっ!」
その瞬間、クライブは身体が後ろに引っ張られるような感覚を味わう。
それほどにガルムの加速はすごかった。
「わわわあああ」
顔に風を受けながらクライブは焦ったように声をあげる。
「ガウガルル(口を閉じてて)!」
「うぐっ」
ガルムの指示に従って、口を閉じ、身体を前傾にしてしがみつく。
すると、幾分か楽になって周囲を見る余裕がでてくる。
風景がすごい速度で流れていた。
「これは……」
(すごいな!)
少しだけ声を出すことができるほどには慣れてきた。
獣魔契約を交わしたことで、能力が高くなっている。そのため、風圧にも慣れてきていた。
「ガルム、お前すごいな。プルルたちが外壁掃除をした時もすごかったけど、二人とも別のすごさがあるよ!」
そんな二人の主であることをクライブは誇らしく思っていた。
言葉が聞こえたからなのか、思いが伝わったからなのか、ガルムはご機嫌になって速度をあげていく。
途中、魔物に出くわすこともあったが、ガルムの動きの速さに驚いており敵対するものはいない。
そして、あっという間に森を抜けて岩場のエリアへと到着する。
ガルムはここに来て少し速度を緩めていた。
「なるほど、ここからは知らない場所だから慎重にってことか」
「ガウ(うん)」
クライブの言葉にガルムが頷く。
ガルムは北の森で産まれて、北の森で育った。
そして、西の森にはクライブの依頼で立ち寄ったためおおよその状況を掴んでいる。
だが、鉱山までの岩場地帯にはどんな魔物がでるのか、どんな環境変化があるのかがわからない。
わからない場所でむやみに進むことで主を危険にさらすわけにはいかないと、周囲を探りながら進む。
「静かだな……」
周囲を見回しながらクライブは思わず呟いた。
森では木々のざわめき、鳥や虫の鳴く声、風が通りぬける音が聞こえていた。
しかし、この岩場では耳が痛いほどの静かさを保っている。
ゆっくりと進んでいく一行だったが、何事もなく鉱山の入口へと到着した。
鉱山の入り口手前には寝泊まりするための小屋とテントが設置されている。
作業から上がって来たのか、顔が煤まみれの作業員が焚火を囲んで休憩しているのが見えた。
「あの、すみません」
クライブが声をかけると作業員たちは訝しそうな表情で見てくる。
街ではクライブが魔物を連れているのは徐々に広まっているが、彼らはそのことを知らない。
この場にいる作業員の数は三人。
三人が三人とも髭面で、上はタンクトップ、下はお揃いの作業着を着用している。
「えっと、俺の名前はクライブと言います。冒険者ギルドで依頼を受けて、手紙を届けに来たのですが……ダコルさんはいらっしゃいますか?」
クライブの言葉に一人の作業員が立ち上がる。
座っていた時には気づかなかったが、彼はクライブが見上げるほどの身長でおよそ三メートルはある。
「あ、あなたがダコルさんですか。この手紙を預かってきました」
一瞬驚き固まったクライブが我に返ってカバンから取り出した手紙をダコルと思われる人物に渡す。
彼はそれを裏返して差出人の名前を確認する。
次の瞬間、涙をポロポロと流し始めた。
「う、ううう、うわああああん!」
その声は身体のサイズに比例して、周囲に響き渡るほどの声量である。
「ははっ、にいちゃん。クライブっつったか。驚いただろ? 恐らくその手紙は娘からのものだ。ダコルは娘のことを溺愛していてな。にもかかわらずこんな仕事をしているだろ? しかも家には二週間帰っていないときたもんだ」
温かなまなざしを向けながらそう説明してくれたのはダコルの同僚らしき作業員で、彼はクライブと同じ人族で身長も同じくらいだった。
「な、なるほど」
それはさぞ寂しい思いをしているのだろうなと、クライブは相槌をうつ。
「そこにきて、お前さんが届けてくれた手紙だ。ここに手紙なんて届けてくれるもの好きはそうそういないからなあ。にいちゃん、ありがとうな!」
そう言うと彼はクライブの背中をバシンと一度叩き、もう一人の作業員も無言でクライブの肩をポンポンと叩く。
「えっと……とりあえず泣き止むの待ちか……」
完了のサインをもらう必要があるため、クライブは泣きじゃくるダコルを困った表情で見ている。
ダコルの足元には、涙でできた水たまりができていた……。
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