第十二話
ひととおり話を聞き終えたクライブは、ダンに礼を言って家をあとにする。
ダンの話を聞くことで改めてわかったことは、クライブはどうやら普通の魔物使いとは違うということ。
それはもちろん魔物の回復ができる時点でそのとおりではあったが、それ以外にも魔物との契約数や懐かれ具合なども大きな違いだった。
「なあ、例えばだけど他の魔物がダンさんに会ったとして、仲間になりたがると思うか?」
あたりに人の気配がないため、クライブがガルムとプルルに質問する。
すると、否定するようにガルムは首を横に振って、プルルも身体を横にぷるぷる揺らしていた。
「やっぱりか。なんだろ? 魔術が使えることと関係するのかな……?」
改めて考えてみるものの、とにかくクライブは特別なのかもしれない――その結論にしか至らなかった。
「とりあえずダンさんには色々聞けて助かったよ。他の魔物使いに会った時に変なことを言って恥をかかなくてすむからね。さて、これでエラリアさんへの義理は果たせたし……宿で寝よう」
もうクライブの眠気は限界に達しており、ふらつきながら道を歩いていた。
宿に入り金を支払って部屋に入ると、そのままベッドにバタリと倒れ、寝息をたてていた。
ガルムとプルルは床の上で眠りにつき、しかしクライブがゆっくり眠れるように部屋に近づく気配への注意は怠らないようにしていた。
クライブも二人がいることによる安心感からか、朝まで目覚めることはなくぐっすりと休むことができた。
翌朝、クライブたちは何か仕事はないかと冒険者ギルドへと向かうことにした。
クライブが魔物を連れて歩いている姿は、冒険者たちにとって見慣れた光景になりつつあり、気に留める者も少なくなってきている。そうなることをクライブは望んでいた。
しかし、連れている魔物の姿が次々に変わっていることに、冒険者たちは首を傾げている。
「さ、さて、なんの依頼を受けようかな。とりあえず、色々受けて金を稼ぎたいんだけど……」
そんな態度に気づきながらも、クライブは依頼を確認していく。
他の魔物使いに比べて、回復手段や契約数でアドバンテージがあるが、それでも何かがおこっても大丈夫なようにクライブは堅実にお金を稼いでいこうと考えていた。
「きゅーきゅきゅー(あれー)」
すると肩に乗ったプルルが一つの依頼を指し示す。
「なになに? えっ……これ?」
その依頼は冒険者の中ではあまり歓迎されていない、雑用系の依頼。
プルルが選んだのは屋敷の外壁掃除の依頼だった。
屋敷は大きいため、報酬はそれなりの料金である。
なぜこの依頼をプルルが選んだのか、少し考えるとクライブはすぐにあることを思い出す。
「あー、そういうことか。アレって、もしかしてみんなできるのか?」
「きゅ(うん)」
彼らスライムが集まれば、一気に汚れを食べてしまえる。プルルの返事を聞いて、クライブはその依頼用紙を剥がす。
近くで同様に依頼の確認をしていた冒険者は、クライブが受ける依頼に気づいて目を丸くしていた。
「他には何を受ける?」
「ガルガル(これこれ)」
ガルムが一つの依頼を指している。手がさす先を見ていくと、こちらも雑用系の依頼だった。
「お届け物? ギルドで預かっている手紙を、西の森を抜けた先の鉱山にいる父親に届けて欲しい……なんでこれを?」
クライブの考えでは、ガルムは戦闘に特化している。だから、魔物討伐などを選ぶと思っていた。
「ガウガ、ガルガーウ(乗せて、走るから)」
改めてガルムの身体を見ると、以前よりも大きくなっており、クライブが背中に乗っても大丈夫なように見えた。
「なるほど……それは面白い。それじゃあこの二つを受けてみることにするよ」
クライブはガルムとプルルが選択した依頼を受けることにする。
ただ彼らの意見を尊重したというだけでなく、他の依頼も見た上でこの二つの依頼が彼らの能力を活かすものであり、何より安全に行えることを嬉しく思っていた。
自らも力が強くなり、仲間も強い。
とはいえ、クライブは本来回復魔術士である。
戦闘に特化した職業ではなく、パーティで行動する時ももちろん前線に出ることはなかった。
それゆえに、今回の二つの依頼のように安全なものを受けるのはどこかホッとするものであった。
「すみません、この二つをお願いします」
受付カウンターに依頼の用紙を二つ持っていくと、受付嬢が笑顔で迎えてくれる。
「クライブさん、いらっしゃいませ! 今日も依頼を受けられるのですね……って、この依頼ですか?」
受付嬢は前回の時も、納品の時も担当してれくた女性職員であり、クライブたちの実力の一端を理解している。だからこそ、雑用系の依頼を選択したことに眉をひそめていた。
「えぇ、その二つなら安全ですからね。戦う依頼を受けて、安全な依頼を受けてとバランスが取れているかなあって……まあ、あとはこいつらが活躍できそうな依頼なんで、今回はこの二つをお願いします」
そう言われてしまっては受付嬢も引き下がるしかなく、依頼の手続きを進めていく。
「はい、こちらが手紙と宛先の地図。こちらは、お屋敷の地図になります……先ほどはあんな反応をしてしまいましたが、雑用系の依頼も受けて欲しい気持ちはありますので助かります。ただ、クライブさんの実力にも信頼を置いていますので、戦闘系の依頼も受けて頂けると助かります」
要約すると、どっちも受けて欲しい。そんな思いが言葉の端々から伝わってきた。
「ははっ、わかりました。色々な依頼を受けようと思っているので、その時にはまたお願いします……えっと」
ここに来てクライブは一つのことに気づく。
何度か話しているのに、相手は自分の名前を知っているのに、自身は彼女の名前を知らなかった。
「えっ? あぁ、もしかして私の名前ですか? そういえばそうですね、他のパーティメンバーのみなさんには挨拶したことがありますが、クライブさんにはなかったかもしれません……」
クライブはいくつかのパーティに参加してはいたものの、あくまで臨時採用のような立場であったため、前に出ることは少なかった。
「それでは、改めまして……私は当ギルドの受付嬢をしています。フーミナといいます。以後、お見知りおきを」
彼女はスカートのすそを軽くつまんで、頭を下げる。
クライブはその優雅な一礼に見惚れてしまう。
改めて見るとフーミナは美人に分類される女性であり、クライブと同じ人族である。栗色のストレートの髪で、笑顔を良く見せる優しいお姉さんというタイプだった。
「これからは、前よりはギルドにも貢献できると思いますのでよろしくお願いします」
クライブは改めてそう宣言をしてフーミナに頭を下げると、背を向けて出口に向かう。
「お気をつけて!」
フーミナはその背中に向かって大きめの声量で声をかけて、一礼した。
そんな様子を見ていた他の冒険者たちは唖然としている。
どの冒険者に対してもフーミナはニコニコとしており、態度を崩すことはない。
ぶしつけな態度をとったとしても、笑顔でうまくかわしていく。
そんな彼女が、ホール内に響くほどの声でクライブに声をかけていた。
戦う力を手に入れ、実績も残したクライブ。
そして、今回の依頼は雑用系のものだったが、どこか放っておけない。
そんな空気を持っている彼に対して、フーミナは思わず声をかけてしまっていた。
当のクライブは声に対して背を向けたまま軽く手を挙げて、ギルドを出て行った。
お読みいただきありがとうございます。
「面白かった」「続きが読みたい」と思った方は、感想、評価、ブックマークなどで応援して頂ければ幸いです。




