第十一話
しばらく二人を撫でまわしたのち、ダンはハッとなって顔を真っ赤にする。
「すすすす、すみません! その、私、魔物ちゃんが大好きで、可愛くて、愛らしくて、はあはあ、いやいや、そのとにかくそういうことで、見境なくなっちゃうんですよ……と、とりあえず、中に入って下さい。お話、聞きます。聞かせて下さい」
ダンはガルムとプルルをたくさん触ってしまったことを悪く思ったため、クライブたちのことを家に迎え入れることにした。
ダンは自らを落ち着かせるためにも、クライブたちにお茶を用意して茶請けとして菓子も一緒に出す。
「えっと、それでクライブさんはどういった御用でいらっしゃったんでしょうか?」
そもそもクライブが何をしにやってきたのか? その疑問を解消することから始める。
「そう言えば、何も言ってなかった……えっと、見ておわかりだと思いますが、俺は魔物使いなんです。本業は違うんですが、まあこっちもやってるみたいな」
クライブはまず自己紹介から入る。
「なるほど」
まだ続きがあるようなクライブの様子を見て、ダンはとりあえず相槌を打つ。
「テイマーギルドはもうたたんだので、この街では俺が最後の魔物使いになると思うんですけど……」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って、待って下さい!」
クライブがそこまで言ったところでダンが慌てて続きを遮った。
「た、たたんだんですか? さ、最後の魔物使いって……エラリアさんは? そう、エラリアさんの紹介で来たんですよね?」
ダンは動揺しながら、質問する。
「あぁ、エラリアさんはテイマーギルドをたたんで旦那さんと引っ越されたんですよ。で、最後に契約とかについて教えてもらったのが俺ってことです」
知らなかったのか、とクライブが説明をつけたした。
それに対してダンは目と口を大きく開いて驚く。
その後ガックリと肩を落としていた。
「そう……ですよね。いずれそうなるかとは思ってました。私も他の方のように辞めてしまいましたから……。すごく驚きましたけど」
自身もテイマーギルドが終わる原因の一端を担っていると感じたダンは責任を感じて落ち込んでいた。
「うーん、誰に責任があるかといえば、ギルド全体だとおもいます。それに、エラリアさんは旦那さんとの新しい暮らしを楽しみにしているみたいでした。だから、きっとエラリアさんにとって、良いことだったんだと思います」
クライブは引っ越しの時に旦那さんと楽しそうに話していたエラリアのことを思い出しながらダンを慰める。
「そう、なんですね。うん、それならよかったです。でも、そんなエラリアさんがなんで私を紹介したんでしょうか?」
クライブは既に魔物使いになっている。その証拠がガルムとプルルの存在である。
「えっと、エラリアさんが俺のことを気にかけて手紙を残してくれて、そこに元魔物使いのダンさんを紹介するので、色々話を聞くといいですよ! と書いてあったので来てみました……いや、いきなり見ず知らずに男に尋ねられても困りますよね?」
何を聞けばいいのかもわからずに勢いで来てしまったことにクライブは今になって気づき、右手で顔を覆っていた。
「うふふっ、構いませんよ。でも、お話をする前に一つお聞きしたいのですが、クライブさんは魔物ちゃんと契約してどれくらいになるんですか?」
ダンの質問にクライブは指を折って数えるが、すぐに止まる。
「えっと、二、三日?」
疑問形で口にするクライブ。知り合ってからと、契約してからと、それによって状況が変わるため曖昧だった。
「ええぇえええぇ!? た、たった数日でこんなに懐いているんですか? しかも、こんなに強そうな魔物ちゃんたちと!?」
ダンは驚きのあまり立ち上がってしまう。
それを見たクライブたちはキョトンとしていた。基準が自分たちしかないため、ダンが何にそこまで驚いているのか理解できなかった。
「はあ……なるほど。わかりました。これは色々とお話をしたほうがいいようですね」
クライブたちの反応を見たダンは、あまりに無知なことに気づいた様子だった。
「まず、魔物使いが契約する際に相手の了承を得ることが必須になります。なりますが、それは最初から打ち解けあっているという意味ではないんです。少しでも認めてくれているという意味で、とりあえず契約してみようみたいなレベルなんです」
ダンはそう言いながらガルムとプルルに視線を送る。
ガルムはクライブの足元で丸まっており、プルルはクライブの肩の上に載っている。
そんな仲の良さそうな三人を見て、そんな関係にすぐすぐなることはないんですよ? と暗に説明している。
「そうなんですか……なんていうか、初めて会った時からこんな感じだったので気づかなかったなあ」
ガルムは足元で頷き、プルルは肩の上でプルプル震えて同意する。
「し、しかも、なんだか魔物ちゃんたち二人とも話を理解しているような……こ、こんなに知性高かったかなあ?」
クライブたちの会話を理解しているようなそぶりのガルムたちにダンは首を傾げていた。
「ま、まあこいつらはたまたま頭が良かったんですよ。それより、他に注意点はあるんですか?」
クライブは慌てて話を逸らす。
ダンの話が本当であれば、普通に会話できるというのおかしいことであると予想できたためである。
「そうですねえ……クライブさんは狼ちゃんとスライムちゃんの二人と契約していますよね?」
「そう、なりますね」
クライブはなんとか動揺を抑えこんで、ダンの言葉に頷く。
「魔力量の問題とか、契約許容量とかいうものがありまして、一般的には一体の魔物と契約できればいいほうみたいです。多い人でも三から五体くらいとからしいですね。既に二人と契約されているクライブさんは一般的な人よりも魔力量も契約許容量も多いみたいです!」
笑顔で説明してくれているダンを前にして、クライブも笑顔で頷いている。
しかし、クライブの内心は動揺しまくりであり心臓がバクバクなっている。
(ええええぇぇぇえええええぇぇぇえ!? 多くて三から五体ってなんだよおおおお! 百以上のスライムと契約したけど疲れたくらいだぞ? え? もしかしてちゃんと契約できてないの? いやいや、そんなこと、ないよね? 繋がりはちゃんと感じてるよ? ほら、今も集中したらプルルの中にいるスライムたちの存在を感じるし! さっき魔力量って言ってたけど、これも魔術力が関係しているのか?)
「私は一人としか契約できなかったので、クライブさんが羨ましいですよ。いいなあ」
「あはは、そ、そうですかねえ」
乾いた笑いを浮かべながら返事をするクライブは奇妙だったが、ダンの視線がガルムたちに向いていたため気づくことはなかった。
「こほん、私情が入りました。説明を続けますね」
ガルムとプルルに集中していたことに気づいたダンが、話を元に戻した。
「魔物使いにはいくつかパターンがあります。一つ目が魔物をメインにすえて、本人はサポートに回る場合。この場合は魔物が傷つくことが多いので、酷い言い方をすると魔物が使い捨てになることが多いですね」
そんな魔物使いのことをダンは嫌悪しているらしく、厳しい表情になっている。
「気を取り直して、二つ目が本人がメインになって魔物がサポートに回る場合です。私もこのパターンだったのですが、そもそも本人に高い戦闘能力があるならわざわざ魔物と契約しないんですよね。なので、私の場合も魔物ちゃんが庇ってくれてそのまま……」
再び肩を落とすダン。これが彼女が魔物使いを引退するきっかけだった。
「三つ目ですが、魔物と一緒に戦う場合なんですが、先ほどと同じ理由で戦闘能力に差が出てしまってなかなか連携が難しいようです。そして、やはり最大の問題は魔物の怪我を治す方法がほとんどないということですね」
これもクライブには方法があるため、うんうんと頷いて見せて、内心では慌てている。
(ぐああああ、やっぱりそうかあ。回復魔術なんて使うやつ聞いたことないし、魔物に普通のポーションとか効かないもんなあ……)
ダンが話してくれたのは全て一般的な魔物使いの話である。
それに対して、魔術使いであり、魔物使い(真)であるクライブは違いの大きさに驚き、頭を悩ませていた。
しかし、ガルムとプルルは主のすごさに、自然と機嫌がよくなっていた。
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