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第一話

新作投稿しました。

よろしくお願いします。


 クライブは一人で森を歩いていた。

 中肉中背という肉体的には目立った特徴がない。そんな彼は近隣で活動している冒険者だった。 


「はあ、いよいよ最後のパーティからも見切られたなあ……」

 ため息をつきながら歩くクライブは背中を丸めて、がっくりと肩を落としている。

 数時間前にクライブは、これが最後だと決めたパーティからクビを宣告されていた。


 そんなクライブの職業は回復魔術士。

その名のとおり回復を仕事としている職業である。


 回復を生業としているため、そのイメージを守るために髪の毛は短めに切りそろえており、服装も清潔を心掛けていた。

 動きやすさを重視しつつもローブを身にまとい、肩にはカバンを斜めにかけている。


「痛っ!」

 不意に襲い掛かった痛みにクライブは左手を押さえる。

 パーティを追い出された際にパーティリーダーに押され、しりもちをついて左手を地面についてしまった。


 その時に手のひらに傷ができたようだ。

 無意識のうちに拳に力を入れたことでその傷を握りこんでしまっていた。


「……『ヒーリング』」

 自らの職業、回復魔術士が使える治癒魔術を左の手のひらに向けて発動させる。

 すると傷口の周囲がぼんやりと淡い光を放つ。


「はあ、こんなものか」

 光が消え、そう呟いたクライブの左手の傷は少しだけ治っていた。

 言葉のとおりほんの少しだけ傷が良くなっており、血は止まったもののかさぶたのようになった傷口は完全にはふさがっていない。


 回復魔術士であるクライブの回復魔術は確かに傷を癒すことができるものだったが、その効果は発動に必要な魔力量に対して微々たるものであり、一般的にイメージする回復魔法とはほど遠いものである。


 これがクライブがいくつものパーティをクビになった理由だった。

 回復魔術士という職業だから、回復要員として役立つだろうとパーティに誘う。

 しかし、ふたをあけてみればろくに傷を治すこともできない役立たず。


 その結果、これまでに追い出されたパーティの数は実に八つ。


 一般的にはパーティを渡り歩いても多くて三つ程度。

 しかも抜ける要因は人間関係のトラブルや方向性の違いなどであり、一方的にクビを宣告、しかも八回全てにおいてなどというのは世界広しと言えどもクライブだけだった。


 今後の行動指針はない、まさに途方に暮れるという状況を体現していた。

 そんな状況にあるため、ただただあてもなく森の中をクライブは歩いている。


「はあ……母さんみたいに色々な人を回復してあげられると思ったんだけどなあ」

 心身ともに疲れはてたクライブは大きな木によりかかって座りこむ。


 両親ともに冒険者の家に生まれたクライブは、回復魔法を使い多くの仲間を癒してきた母に憧れを抱いていた。

 母さんのように仲間を癒して、色々な冒険をしていくんだ、と。

 しかし、現実は思ったようにはいかなかった。


 今から冒険者を辞めて帰るにしても、彼の実家は今いる場所から遠く離れている。そして財布の中も寂しい状態になっている。


「このまま、野垂れ死ぬしかないのかな……」

 諦め交じりにそう呟いて目を瞑るクライブ。


 ――ガサッ


「ん?」

 茂みから音が聞こえてきた。人かもしれない、動物かもしれない、もしかしたら魔物かもしれない。

 しかし、疲れ切ったクライブは慌てる様子もなく、ゆっくりと目を開いてそちらに視線を送った。


 逃げるつもりはなく、このまま襲われても仕方ない――クライブはそう考えていた。


 視線を向けた先にいたのは傷ついた狼の魔物だった。

顔や背中の毛が緑色なところを見る限り、『森狼しんろう』と呼ばれる種類。

 さほど強くはなく、初心者冒険者の相手になる魔物である。


 その魔物は怪我をしたのか左の後ろ足を引きずっている。毛皮が少し血で汚れていた。

 弱っているからか、牙をむき出しにしてクライブのことを警戒しているようである。


「怪我をしているのか……こっちに来るといい。大して効果はないと思うけど、少しは痛みが抑えられるはずだ」

 少しでも痛みが和らげばいいと思ったクライブは声をかけながら軽く両手を広げる。

 そうやって武器を持っておらず、敵意もないことを示す。


 しばらく狼は警戒してみせるが、クライブが変わった動きをせずに笑顔でいるのを見て、ゆっくりと近づいてきた。

 身動きせず、じっと待っているクライブの匂いを嗅いで危険度を調べている様子だ。


「よーしよし、大丈夫だ。ちょっと足を見せてみろ。これは酷いな。剣の傷ってことは、冒険者と戦ったのか? 今治して……やれたらいいんだけど、少し痛みが和らぐ程度だ。まあ、でもやらないよりましだろ」

 ひとしきり匂いを嗅いだ狼はやや警戒しながらも抵抗はせずにクライブに任せることにしたようだ。


「いくぞ……『ヒーリング』」

 右手に魔力を込めて、回復魔術を発動する。


「あ、あれ……?」

 魔術を発動しながら、クライブは首を傾げていた。

 先ほど自分の左手を治療しようとした時はぼんやりと光を放った程度だった。


『ガ、ガウ?』

 しかし、ヒーリングを使われている狼自身が戸惑うほどに強い光を放っている。


 クライブ、狼の双方が困惑しながらもやがて治療が終わる。


「ど、どうだ?」

『ガ、ガウガウ』

 狼が左足を動かすが、痛みはなく、見た目にも怪我は治っている。

 むしろ怪我を負う前よりもよくなっているようにさえ見える。

 

『ガウガウー!』

 そして、少し離れた場所を飛び跳ねたり走り回ったりするが、狼の怪我は完全に癒されたようだった。


『ガウガウッ!』

 クライブのもとへと戻ってくると、嬉しそうに顔をすり寄せてペロペロと頬を舐めてくる。


「ははっ! おいおい、やめろって。くすぐったいぞ。ほら、落ち着くんだ。怪我が治ってよかったな」

 なぜ自分の魔術が狼の怪我を治せたのかはわからなったが、喜んでくれているためクライブも自然と笑顔になっていた。


 しばらくはしゃいだところで、狼は改めてクライブの正面に座って頭を下げた。

 感謝の気持ちを伝えてなかったと気づいたがゆえに、あらたまった態度をとっていた。


「すごいな。魔物だっていうのに、そういうところはちゃんとしているんだな。俺の名前はクライブ。回復魔術士をやっている。といっても、まともに怪我を治せたのは今のが初めてだよ」

 自嘲しながら苦笑するクライブ。

 魔物に言葉が通じるとは思っていなかったが、賢そうな狼の反応につい人に話すのと同じように話しかけていた。


 しかし、狼は元気を出せといった様子で顔をクライブに擦り付ける。

 続けて、怪我をしていた左足をクライブに見せる。


 ――ちゃんと治せているじゃないか。

 まるでそう語りかけているようだった。


「そう、だな。うん、何が理由なのかわからないけど、俺の魔術が使えることはわかった。もっと前向きに……」

 その時ちょうどクライブの言葉を遮るようになったのは腹の音だった。

 パーティを追い出されたことに気を取られていたクライブは、すっかり食事をとることを忘れていた。


「ははっ、そういえばパーティを追い出されてから何も食べていなかったんだ。良くないな。空腹は考え方を悪い方向にもっていくなあ」

 困ったように笑うクライブはそういって腹をさするが、持っている荷物の中には食料はなかった。


「ガウガウ!」

 すると、狼がクライブの服をくわえて引っ張ってくる。


「なんだ? どこかに連れていくっていうのか? あぁもう、わかったよ!」

 首を傾げるクライブだったが、狼が何度も引っ張るため仕方なく立ち上がってついていくことにする。


 狼はクライブが立ち上がったのを確認すると、先導するように茂みの中へと入って行った。


「あんまり道を外れたくないんだけど……まあいいか」

 元の道に戻れなくなる不安があったが、今は自分を励ましてくれた狼に付き合うことにする。


 茂みをかき分けながら進んでいくとそこには小さな泉があった。


「おぉ、これはすごい。こんな森の奥深くに綺麗な泉があるとはね、しかも複数の魔物が共同して使っているなんて……」

 狼系、猪系、スライム系、リザード系、バード系と複数の魔物が一つの泉のもとに集まって、争うことなく水を飲んだり休んだりしている。クライブが現れたことに一瞬気づくも、彼に敵意がないことを感じ取ってか、再びそれまでの行為に戻っていた。


「ガウ!」

 しかし、どうやら狼の目的の場所はそこではなく、さらに奥にいった場所だった。

 ある木のふもとで狼が足を止め、木を顔で指し示す。


「なになに……おぉ、これはすごいな。もしかして、これを食っていいってことなのか?」

 そこには、木の実や果物などがたくさん貯めこまれていた。


「ガウ」

 狼はひと吠えすると頷く。怪我を治してもらったお礼ということらしい。


「これはありがたい……うん、美味い!」

 クライブは空腹に負けて果物を一つ手に取る。保存状態もよく、表面の汚れなども綺麗になっている。


「これはどうやってこんなに綺麗になっているんだ?」

「きゅー!」

 クライブの疑問に答えるのは狼ではなく、いつの間にか狼の頭の上に乗っていたスライムだった。

 こちらも緑色の身体で、いわゆるグリーンスライムと呼ばれる種の魔物である。

 こちらも森狼と同様、初心者冒険者の練習相手になることが多い。


「スライム……なるほど、スライムが表面を包んで汚れを食べているのか。ん? お前も少し怪我をしているみたいだな。どれ、『ヒーリング』」

 クライブが手を伸ばして回復魔術を発動させると、今回も強い光を放ってスライムの怪我をあっという間に完治させる。


「……きゅ? きゅきゅー! きゅっきゅっきゅー!」

 ずきずきと痛みを感じていたスライムだったが、それがあっという間に消えたことで驚き、喜び、興奮してクライブの頭の上に飛び乗った。ぽよぽよと嬉しそうに身体を弾ませている。


「はははっ! 元気だな。いや、でも俺の回復魔術が効いてよかったよ。いくらやっても人にはほとんど効果がなかった、んだけど……人、には?」

 そこまで言ってクライブは一つの推論に行き当たる。


「いや、でも、そんな……」

 思い返すと、回復魔術が使える冒険者をクライブ以外に見かけたことがない。


 回復のくくりで見られていたが、他の冒険者が使うのは『回復魔法』だった。


「な、なあ、他に怪我している魔物はいないか?」

 クライブの質問に狼がしばらく考えると、思いあたったのかどこかに姿を消し、数分後に小さな猪の魔物を連れて戻ってきた。


「左の前足か。これだと歩くのも大変だろ。今治してやるからな……『ヒーリング』」

 今回も狼、スライムと同じく、強い光とともにあっという間に怪我が治癒されていく。


「ぶひぶひー!」

 猪は喜ぶとしばらく跳ね回り、クライブに頭を下げるとものすごい勢いで走って戻って行った。


「やっぱり――俺の魔術は魔物専用らしい」

 確認のために呟いたクライブだったが、先ほど魔術を行使した自分の右手を見て呆然としていた。






お読みいただきありがとうございます。

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