第八十九話 マイナスの世界
ステータスは大きい方が強い。
これはどのゲームでも大体同じだと思う。
実際BGOでも数値がデカイ方が強い訳だが、もしその数値をそのままに、頭にマイナスをつけたらどうなるだろうか。
「はっはー!遅い!脆い!俺さいきょー!」
俺は視界に残像を残し、急激にはやくなったグレイを見て眩暈を起こす。
いや、グレイが速くなったのではなく、速さのステータスにマイナスがついた俺の動体視力が遅くなったのか。
よくよく見ると、周りの風景も早くなって見える。
答えはどうやら、元々の数値が大きければ大きい程弱くなるという、簡単な物のようだ。
◇
緊急事態発生から一週間。
マイホームのテラスからこんにちは、アズです。
今日は冒険はお休み!BGO内で学校の勉強をしています!
「いやだって仕方ないじゃん」
今回の小人襲撃により、街は常に厳戒態勢。
ならこのデバフを活かして強敵を!とも思ったが、どうやらこのデバフはモンスターには効かないらしく、草原の雑魚ですらラスボスクラスになってしまったのだ。
もうゾーマが天空の剣を装備して大量にいる恐ろしさ・・・いや、訳の分からない例えはやめよう。
簡単な話、マイホームという安全地帯以外に行けば即DEADなのである、つまりする事がない。
この状態は他の冒険者も同じで、一部の低レベルを除き皆引きこもりになっている。
頑張ってもむくわれず、むしろ弱体化に磨きがかかるので当然と言えば当然である。
一部のM以外誰も冒険に出たがりなんかしないさ。
「クソゲー」
と、言いながらもログインしている俺はゲーマーだから仕方ない。
「アズー、飯はまだできねーの?」
声の方向に視線を向けると。
ストローの袋みたいなやつに水を垂らしていたグレイが、机に足をあげて椅子をガタゴトさせている。
「お前は別にそんなに弱体化されてないはずだが?」
さっきも言ったが、一部の例外はいる。
こいつもその一人なのだが、前回俺達に「俺の時代が来た」的な事を言っていた癖に、結局引きこもっている。
ステータスがマイナスになった所で、性格に関しては反転する訳ではないからな。
「はーーーーーーーーーーーーーーーー」
「おい、人の顔見て溜息吐くんじゃねーよ!」
「あーはいはい」
俺はながーい溜息を吐きながら、インベントリからグレイの前に料理をスワイプさせる。
「・・・何コレ?」
「目玉焼きとトースト、あとキャベツとかトマトを添えたやつ」
「ふーん」
グレイは興味無さげにダークマターAを口に含みもごもご、次にダークマターB、Cを咀嚼し、空になった皿を俺に返す。
「いや、全部ダークマターじゃねぁか!?ちげぇがわかんねぇよ!」
「仕方ないだろ?料理のステータスも反転してるんだから、嫌なら食うなよ」
空になった皿をインベントリにスワイプさせて収納する。
元々料理スキルが高かった俺は、現在何を作ってもダークマターになってしまうのだ。
他に調理で出来る事といえば、精々アーツを使って更にダークマターを不味くする事ぐらいだ。
というかこのやりとりも何度目だよ、反転してから毎食毎に言われるんだが?
「それはわかってんだよ?この際目玉焼きとかには目を瞑る、慣れたからな?けど何で添えるだけのサラダ系もダークマターになるわけぇ!?」
「それは知らん」
料理を作ろうと思った瞬間にはダークマターが生成されるのだ、サラダも添えようと手に持ったらダークマターになる。
プクーっと頬を膨らませながら宿題をしていると、グレイが不機嫌そうに覗いてくる。
「おい、そこ間違えてるぞ?・・・え?何その顔?」
「・・・グレイに間違いを指摘されるなんて信じられないって顔だよ」
「どういう意味だよ!?」
俺は喚きだしたグレイを無視して宿題をかたずける。
これ以上こいつに間違いを指摘されるのは、俺のプライドが許さない。
「しかし・・・そうなると本当にする事がないな・・・少し早いけど引退も視野にいれるべきか」
「・・・そうか」
頭の後ろで手を組み退屈そうに溜息を吐いていると、引退と言う言葉を聞いたグレイが何やら深刻そうな表情を浮かべる。
「・・・そうだアズ、言い忘れてたんだがこの前俺に憑りついた幽霊から面白い情報を手に入れたんだ」
「へー」
「・・・死霊都市の場所なんだがな?最初の草原を少し超えた所にあるらしい、折角の機会だし転生しに行こうと思うんだが・・・一緒に行こ・・・おい?何で急に空を見上げてる訳?」
「いや?雨か雪でも振るのかなーって、いやまぁ小人が降ってきてはいるか」
「どういう意味だよ!?」
こいつが自ら冒険に出ようなんて、天変地異の前触れ以外何者でもないだろうが。
なんかこの前とは逆の立場になってしまったのが更に腹立たしい。
「でも今の状態だと街も歩けないしなー」
「だったら街の外まで俺が護衛してやるよ、ついてきてもらうんだからそのくらいするぜ?」
・・・
誰だこいつは?俺の知ってるグレイは、自分の益にならない事は決してしない奴だった筈だ。
そんなやつが護衛までするだと・・・?本当に誰だこいつは?
「そんな目で見るなよ・・・俺もらしくない事言ってる事は理解してる」
自覚はあったか。
「まぁ折角だしついてくけどさ、しっかり守ってくれよ?」
「今の俺はこの街で多分最強の存在だぞ?任せろ」
「はぁ・・・どうかこれ以上面倒な事が起きませんようにっと」
そう呟きながら、自然と緩む口角を隠す。
久しぶりの冒険だ!




