第八十四話 種族って大事ですよね
「おお!チラホラではあるが見るからに人間じゃないやつがいるな!」
現在俺は夏休み終わりに実装されたアップデートにより、人間種以外の種族に変化した冒険者を観察、はしゃぎながら街中を闊歩しています。
「良いね良いね!異世界RPGといえばやっぱり多種多様な種族が出てくるのが素晴らしいと思うんですよ!よりファンタジーを感じられるというかなんというか」
誰に言うでもなく饒舌に語りながら、ワクワクと道行く人外種族を見ていると見知った顔を発見。
見慣れた和装を少し軽量化、腰に小太刀、背中に大きなフォークを背負った犬耳娘。
その頭頂部には三角の耳、お尻にはふさふさの尻尾。
「ようルピー、もう転生したんだな!」
ルピーは尻尾と耳をピンと立てると、俺に駆け寄ってくる。
完全にワンコ、この際背中のフォークは気にしないようにしよう。
『はい!獣人種です!』
キラキラ光る笑顔のルピーの尻尾は、上機嫌なのかブンブン左右に揺れている。
獣人種か・・・確か俊敏値が高い種族だったな。
フードファイターとかいう訳の分からない職業は置いといて、ルピーの近接スタイルなら理想的な種族じゃないか?
ちなみにお腹が空きやすくなる特性もあった筈だが・・・彼女は順調にフードファイターの高みも目指しているようだ。
『えへへ、これでフーキお兄ちゃんとお揃いです』
「ああ、始めたばかりの時に助けられたんだっけ?」
音速ともいえる速度で尻尾をフリフリしているルピーさん、その風圧で野良冒険者がダメージを受けているのも気にしないでおこう。
しかしゲーム開始時に助けられたから憧れるのは分かるが、折角の転生先をそんな事で決めて良かったのだろうか?
最近では獣を異常に愛するレスラーが流行ってるらしいし、彼女の行く末が不安でならない。
・・・というか
「フーキなら鬼人種になってたぞ?」
『!?』
ルピーの頭上で何度も『!?』のエモーションが浮かび上がると共に、床にガックリと倒れてしまった。
それと同時に・・・ああ、ルピーの尻尾がしおれてペタンとなってしまった。
折角なのでモフって見たかったんだけどなぁ・・・
俺は地面に伏せて何やらシクシク言ってるルピーを尻目に、再び街中を見渡す。
今の俺はモフモフの無いルピーにあまり興味を持てないのだ。
「しかし思ったよりも転生してる奴が少ないな」
ステータス向上は勿論、折角の異世界ゲームなのに。
不思議に思いながら、近くのプレイヤーの話を盗み聞きする。
『聞いたか?獣人種の転生条件、何でも村レベルの獣人の集落を一人で壊滅させる必要があるらしいぜ?』
『聞いた聞いた、小人種に至ってはレジェンドアイテムを生産する必要があるとか、鬼のような素材アイテムを集めて確率数パーセントだぞ?ムリゲー』
ああなるほど、転生条件が厳し過ぎて転生出来てるやつが少ないのか。
だとすると今城下にいる人間種以外の冒険者は、軒並み化け物って事か。
未だシクシクと地面に伏せながら、俺のローブの裾で鼻をかむ獣耳娘を見下ろす。
つまりこの子はソロで獣人の集落を壊滅させた化け物という事か。
「というか汚いなおい!?」
ルピーから慌てて距離を取り汚れたローブを外す。
おかげでインナースーツに短パン、ブーツと多少見た目が弱そうになってしまった。
良い加減替えの装備を買うのも検討する必要がありそうだ。
「さて、立ち直れ無さそうなルピーの事は放っておくとして・・・ん?」
再び街中を見渡していると、またもや最近お馴染みのやつを発見する。
「グレイを発見・・・何か顔色悪いけどもしかしてもう死霊種になったのか?」
噴水近くに腰掛け、何やら虚空を見つめるグレイに話しかける。
「ああ、なんだアズか・・・生憎俺はまだ転生してないよ」
「何だとは何だよ」
グレイは横に腰掛ける俺に少しだけ視線を動かすと、興味無さそうに再び虚空を見つめる。
転生はしてないと言っているが、その横顔は本当に死人のように青白い・・・本当に転生してないのか?
「どうしたんだよ?随分と元気が無さそうに見えるけど?」
「・・・アズリエルさんが見つからないんだ」
いつになく元気がない風に見えたが、何だいつも通りか。
まぁアズリエルは俺だから見つかる訳がないんだが何で今更?最後にアズリエルで会ったのも大分前だし。
ただただボーっと虚空を見つめるグレイを見ていると、胸の奥から何とも言えない感情が込み上げてくる。
「だーっ!もー!グレイらしくない!」
俺はグレイの手を掴んで勢いよく立ち上がる。
本当はグレイを立ち上がらせようとしたのだが、身長のせいでただ手を繋いだだけになってしまったのには触れないでおこう。
「・・・何だ?」
「転生クエストに行くぞ!グレイは死霊種になるんだったよな?」
家主としてはホームが死体臭くなりそうだから避けたかったが、精神的に死んでるよりマシ?だろう。
俺は死んだようにフラフラと立ち上がるグレイを支えると、公式サイトから死霊種の転生について検索する。
「死霊種の転生は・・・死霊都市ネクロニアか」
〖回・・率・・・5・・』
白い空間に飽き、スースーと寝息をたてる少女の耳に聞き慣れた機械音が鳴り響く。
フワフワとした意識の中、再び夢の中にダイブしているであろう少女は、真っ暗な空をただただ見上げている。
これも自分の記憶なのだろうか?
しかし今までの記憶とは違い、胸には空虚な想いだけが込み上げてくる。
どれ程の時間こうしているのか夢現な少女には思い出せない。
無限にも思える時間、ただただ空を見上げていると、唐突に頭に声が聞こえてくる。
『そこの女よ、少女さん、何を見つめているんダイ?』
声の主人は姿も気配も無い、だがそこにいるのは理解できる。
「産まれるのを待ってるの、もうすぐ私のお父さんとお母さんと会えるんだ」
自分の言ってる意味は分からないが、少しながらの期待なこもっているのを感じる。
何に期待しているのか、これは考えるまでもなく今自分が発した通りなのだろう。
『ここは死の世界、否、その例えは的確ではないか』
しかし声の主人は自分のセリフに思考するように言葉を紡ぐ。
『君を産むべき人間に何があったのかは知らんが、この世界で君が生を受ける事はないでありますよ』
これは・・・思い出してはいけない記憶だ。
少女の心に警報が鳴り響くが、夢は無情にも終わる事はない。
『君に残された選択肢は三つ、一つはこのまま無意味に待ち続け消滅する事』
声の主人は淡々と話し続ける。
その度に記憶が・・・何も無い記憶が蘇ってくる。
『二つ、このまま無策にあらがい何かしらの魔物と融合して討伐される』
ああ、そうか・・・そういう事か。
自分の中で、アズリエルとしての記憶、少女としての記憶が混じり合うように一つの解を導き出す。
『三つ、私と共に・・・妖精としてこの世に生を受ける、どうだい?』
全てを思い出した少女は、涙を流しながらロッテの手を取る。
『ならば僕等、私達と共に行こう』
溶けるようにロッテの中に混ざり込みながら、少女は心の中で呟く
「何もせずに諦めるなん て ありえな い」