第八十話 嵐の登校
「ついにこの日が来てしまった」
青い髪を後ろで束ね、子供服に身を包んだ姿でおはようございます。
体が小さくなってからの初登校、現在俺は久しぶりの玄関で元帥っぽいポーズをとっている。
「こんな状態なんだから療養という事で休ませてもらえないものだろうか・・・」
胸につけた名札を弄りながら後ろを確認すると、姉がニコニコしているのが視界に映る。
「姉さんや、やっぱり俺はさb・・・休みたいんだが」
「大丈夫!大和はちゃんとアズちゃん出来てる、心配する必要なんてないよー」
別にそこは心配してないんだが・・・駄目だな、今の姉と会話してもドッジボール状態にしかならなそうだ。
まぁ仕方ない、ここで駄々をこねたら姉が学校までついてきそうだし、フーキが来るまで学校での立ち回りを再確認しておこう。
今回俺はドクターのすすめで、海外から青葉家に留学してきた転校生設定を使う事になった。
一部の教師は知っているようだが、体が小さくなる奇病なんて前代未聞で混乱を招くとか何とか。
「ハジーメマーシテ!マイネームイズ青葉アズ、ヨロシークデース!」
髪の色からして日本人というのは無理があるし、外人設定でいこうと思ったのだが・・・完璧だ。
完璧すぎて思わず体が震えて浮かび上が・・・
「姉さん姉さん、何で俺を抱えるんだい?」
「えー、だってひろさっきからブツブツ不気味な事呟いてるんだもんー」
不気味・・・だと!?
馬鹿な!俺の外人設定は完璧だったはず・・・!?
姉の発言に目を見開いていると、姉さんが何かを思い出したように見慣れた物を見せびらかせてくる。
「あ、おい姉さん!勝手に人のヘッドギアを持ち出すんじゃないよ」
「違うよー!これは私のやつだよー」
は?どういう事だ?
ゲームをしない姉がヘッドギアを・・・こいつさては姉さんの皮を被った別人なのでは?
俺が疑いの眼差しを向ける中、姉はマイペースに表情を緩める。
「えへへー、太郎ちゃんから貰ったんだー、なんでも日頃の感謝のしるしなんだってー!」
嬉しそうにヘッドギアに頬ずりする姉。
馬鹿兄グッジョブ!
このまま姉さんをBGO星人にしてしまえば、俺のゲームライフは約束されたも同然だ。
「でも姉さんちょー機械音痴だったよね」
「うんー、でもお姉ちゃんこれでも小さい頃お父さんと一緒にパソコンでピコピコしてたんだよ!」
うん、もう言葉選びの時点で不安しかないが・・・
「へぇ・・・オンラインゲームやってた事あるんだ、どんなのやってたの?」
「なんとカチカチやってました!」
姉さんがドヤ顔でマウスをクリックするような動作をする。
ああ、多分意味わからずやってたんだろうなぁ・・・
「名前とかは昔お父さんと一緒にやってた時の名前を使うつもりなんだよー」
「へぇ・・・どんなの?」
「んふふー秘密ー」
姉さんが聞きたい?聞きたい?ってオーラを出しているが心底どうでも良い。
「そうこう言ってる間にそろそろ約束の時間」
だな、と言おうとした所で家のチャイムが鳴り響く。
来た来た、時間より少し早い気もするがまぁいいや。
「おーうフーキ、おはよー」
俺は挨拶をしながらドアを開き。
「来ちゃ・・・った♡」
モジモジと三つ編みを弄るメアリーさんを視認して急ぎドアを閉める。
あ、くそ!もうちょっとって所で足突っ込んできやがった!
「もう!アズちゃんったら連れないですわね・・・少し力を緩めてくださってもよろしいのですわよ?」
「冗談、今力を緩めたら問答無用で捕まりそうなんでね、というかどうやってウチの場所を!?」
「そんなのアズちゃんへの愛パワーですわ、愛の力で日々観察し、愛の力で私の持ちうる全てを用いてアズちゃんの情報を調べました」
「怖いんだけど!?なんかこの前の一件があってから前にもましてアピール酷くないですかねぇ!?」
「全ては愛故ですわ、心配ご無用、私がアズちゃんに危害を加える事なんてありませんわ」
現在進行形で危害を加えられてるんだけど!?
「大体何でメアリーさんがウチに来るのさ!?」
「何でと言われましても」
メアリーさんは力づくでドアを開けながら、見えやすいように自分の服をアッピルしだす。
この人生身でゲームパワーの俺に対抗してくんのなんな・・・あれ?
しかし俺はメアリーさんの服を見て首を傾げる。
「なんでメアリーさんがウチの高校の制服を?まさか俺と同じ転校生設定を使う気か!?転校設定初日からキャラ被りで俺のポジを奪うつもりか!?」
「あらあらー、私は確かに影が薄いですけどー」
メアリーさんが困ったように頬に手を当てていると、背後に見知った顔が見えてくる。
「よう大和、おまた・・・なんでメアリーさんもおるん?」
寝ぐせボサボサなフーキがキョトンとした表情を浮かべる。
「え?フーキはメアリーさんとリアルで知り合いだったのか?」
「知り合いもなにも・・・」
フーキとメアリーさんが苦笑いをしながら俺を見る。
「メアリーさんは同じクラスやろ?」
ふぇ!?
◇
〖修復率42%〗
聞き慣れた雑音を耳に少女はうっすらと目を開く。
「くぁっ・・・」
いつの間にベッドで寝ていたのか、軽くノビをしながら周囲を確認する。
初めて来たはずなのに見慣れた部屋、見慣れた風景。
少しづつ記憶が戻りつつあるのを感じるが、まだ完全ではない。
少女は周囲に危険がない事を感じ取ると、フラフラと部屋の窓を開け放つ。
「とにもかくに も」
背中の翼に力を込め、風に乗るように宙へ浮かぶ。
今必要なのは記憶よりも現在の状況、世界は確か戦に次ぐ戦でてんやわんやだった記憶がある。
何も知らずに巻き込まれ、何も知らずに戦死するのは愚かしい事だ。
「情報収集 市場が 効率的」
少女は昨日ロッテを追いかけた時の道のりを思い出し、そこから概ねの街の地図を脳内に浮かび上げる。
「そこから 最短ルート」
そんな言葉と共に空を直進、先日の市場に降り立つ。
一瞬周りの人間がビックリした表情を浮かべていたが、すぐに興味を失った。
昨日はあれだけ好奇の目を向けられたのに?
「昨日に くらべて 人外が多 い?」
少女はケモ耳や奇妙な肌の色の人達を見ながら首をかしげる。
他国家の侵略があったのだろうか?それにしては平和だし・・・
『そんな物騒な事は起きてないでありますよ、アナタが寝ている間に大規模な改竄があったんでありますよ』
「わ」
どこからともなく聞こえてくる子供の声に小さい悲鳴をあげる。
「幻聴・・・ちが う」
少女は先日の出来事を思い浮かべ、頭の中でパズルを組み立てていく。
「かてい ロッテが中にい る」
そう言いながら自分の胸をさすってみると、ほんのりと光を帯びる。
『ピンポンピンポン大正解、寝坊助さんの割によく頭が回るでありますね』
クスクスという笑い声と共に、脳内に直接ロッテの声が響く。
「なん で?」
『なんでアナタの中にいるのかでありますか?そうでありますね、アタシは今魂だけの存在に戻りつつあるので、存在が不安定なのでありますよ、それで・・・』
「なる 安定するまでの 宿り木」
『・・・頭の良いガキは嫌いでありますよ』
得意気にネタ晴らしをしていたロッテは、自分が言おうとした事を先に言われ、不貞腐れたように呟く。
かと思いきや、今度は歳相応な無邪気な声で笑いだす。
『そういえばアナタは随分と面白いうまれ方をしたでありますね』
「知ってる の?」
『ああいえ、昔のアナタを知っているとかではなく今のアナタの生まれ方についてでありますよ』
「そっか」
ロッテはクスクス笑いながら、街の上を飛ぶ少女に話しかける。
子供特有のくだらない話から、何かとんでもない事まで。
少女はロッテの言葉に耳を傾けながら、適時自分の話も織り交ぜていく。
しかし少しの発言で何が言いたいのか察してくれるのは、自分の中にいるから心が読めるとかなのだろうか?
喋るのは疲れるのですごく助かる。
『へぇ・・・記憶喪失ってやつでありますかねぇ』
「たぶん」
少女が自分には現在記憶がない事を離すと、ロッテは何か良いアイデアがある!とでもいうように「ピコーン」と声をあげる。
『だったらアタシがアンタの記憶を引き出してやるでありますよ』
「そんな事 できるの?」
『モチロン!アタシは最強の妖精でありますからね!』
恐らく相当なドヤ顔をしているであろうロッテを頭に思い浮かべながら、少女は無表情なままクスリと笑う。
「おねが い」
『あいあいでありますよー、とは言っても始まったばかりのアナタの記憶なんて・・・なんでありますかこれは・・・』
能天気な声から一転、ロッテの声が険しい物に変わっていく。
「なにか わかっ た?」
『いえ、それは今からでありますが・・・何か得体のしれない封印がかけられているであります』
「封印?」
『はいであります、ただの迷い子に何故こんなにアーカイブキャウン!?』
ロッテの小さな悲鳴と共に少女に電流が走り、頭の中に様々な情景が浮かび上がる。
それは自分の槍に尻を貫かれた強敵を見ていた記憶。
それはハゲ軍団を率い、強敵を倒した記憶。
それは異形の者の王を拉致し、裏切り渦巻く戦場を勝ち抜いた記憶。
それは神の尖兵達から翼の毛という毛を毟り取った記憶。
そして、長き時を共に過ごした戦友と争った・・・
少女は唐突に溢れかえる記憶に、しかしどれもどこか遠くで見ていたような記憶に強烈な吐き気と頭痛を覚える。
〖エラー、予期せぬ介入を感知、修復作業を一時停止〗
聞きなれた機械音が何かを発している。
『ちょちょちょ!?アンタ大丈夫でありますか!?』
聞きなれた子供の声が何かを発している。
しかし揺れる世界の中、少女はどちらの言葉も正確に聞き取る事が出来ず・・・
〖深刻なエラーを検知、強制終了プログラムを起動〗
そんな音を耳にしながら、静かに意識を手放すのであった。
◇
「ふーむ!我ながら中々良いイタズラを思いついたぞ!早速この街で実験を・・・む?」
路地裏で何やらごそごそしていた細長い男は、突如空から振って来た何かを片手で掴む。
「わーっはっはっは、これは面白い!悪魔王たる我が天使を拾ったぞ!」
どうやら中には色々面白そうな物が入っていそうだ、これも使って更にイタズラを面白く・・・
「ふむ、やめとくとするとしよう」
何故かこの少女を見ていると、無性に懐かしい感覚に襲われるのだ。
「そんな事より今は重要な事があったのだった!忙しくなるである!ワーッハッハッハ!」




