第六十五話 廃人
「ああ、こんな暑い日に外出なんてまじやばたん」
うだるような暑さに顔を顰めながらも、更に暑さが増すであろうニット帽をかぶる
これは一体何の罰なんだろうな・・・
本日は身体検査の日
実はリアルがゲームアバターになってから度々行っているこの検査、今回で10回を超えている
だがまぁ今の所は特に進展は無い、精々異常な身体能力でナースが驚くだけだし
最近ではどうやって驚かすかを楽しみにしている所もある
「さて、今日はどうやって驚かせようかなぁ」
「あらあら、あんまり女の子をいじめちゃだめよ?」
「女の子って歳でも無い方が多・・・おっと俺は何も言ってませんよ?」
病院の待合室、隣から差し出された紅茶を受け取りながら一服
「・・・なんでメアリーさんがいるの?」
「アズちゃんいるところにメアリーありですわ」
聞くだけ無駄だったか
というか俺が検査の日は大抵出会うんだが、もしかして彼女はかなりの重病なのではないだろうか?
「ええ、とはいっても私の場合は恋の病、だけどね?」
「はいはい、そして当然のように人の心を読まないでください」
こっちは本気で心配しているというのに
「心配なのは私のほうですわ、今もアズちゃんに不埒を働く人間がいないか見張っているのですから!」
だから読むなというに、そして絶賛不埒を働いている人間が言う台詞ではない
「んなもんいるわけないでしょうに、今の俺に興味を持つとか余程の変態ですよ?」
俺は抱き着くメアリーさんを払いのけながら周りを見渡す
たしかーに若干目立ってはいるが、常連さんばかりだからもう慣れられている
「ほら、皆俺達に興味なんか・・・」
そんな病院の常連患者の中に、普段見慣れない男を見つける
黒いもじゃもじゃ頭にガイコツのような顔つき
目には物凄い隈で無精髭を伸ばしっぱなしの男
そんな男が虚空を眺めながらブツブツと何かを呟いている
「あれは・・・関わっちゃいけないタイプの人・・・かなぁ?」
俺がこっそりと椅子の影から覗いていると、ふと男と目が合う
「ひゅいっ!?」
その瞬間、突如全身に嫌な感覚が駆け巡り軽い悲鳴をあげる
まるで何かに見つかったような、まるで見てはいけない物を見てしまったような
顔を青くしながら椅子によりかかっていると、いつの間にか先ほどの男が隣に立っている
男はニタリと気持ち悪い笑みを浮かべる
『見つけた・・・ミツケタ、アズ、あおば、ひろ?ヒヒ、ひヒヒ』
男が一言喋る毎に気持ち悪い感覚が押し寄せる
俺はこの人とどこかで・・・
「アズちゃん!」
暗い暗い、底知れぬ何かに囚われそうになった俺は、手に何か温かい物を感じ我に返る
「あ、あれ?」
気付くと男の姿は無く、メアリーさんに手を握られていた
「大丈夫ですか?急に顔色が悪くなった風に見えましたが」
「え?いや、今変な男が・・・」
メアリーさんは首を傾げながら周りを見渡す
幻でも見たか?
それにしては随分と・・・
再び暗い思考に囚われそうになった瞬間、メアリーさんに紅茶を渡される
「何があったかは私にはわかりませんが、そんな時は紅茶を飲むと落ち着きますよ」
そう言いながらメアリーさんが俺のコップに紅茶を注ぎ直す
「まぁ否定はしませんよ?今回は助かったので、毎度どこから出してるかは聞かないでおきましょう」
溜息を吐きながら紅茶を飲み干し、カップをメアリーさんに渡すとアナウンスが流れる
「おっと、呼ばれたみたいだな・・・メアリーさんは立たなくて良いから、座ってどうぞ」
◇
「という事があったんですよ、ドクターはあれが誰か知ってますか?」
俺はコップの中の水を逆流させながらドクターに視線を向ける
「ふむ、リアルでも精霊を扱えるとは・・・どうしてそれを私に聞くんですか?」
「あの人は患者服を着てましたからね、ドクターなら知ってるだろうと思いまして」
ドクターはカルテに何かを書き終えると険しい表情を浮かべる
「確かにアズ君が見た人に心当たりはあるよ、だが医者が個人情報を流す訳にもいかないでしょう」
ドクターは頭が固いなぁ・・・ウチのひっきーと足して2で割ったらちょうど良いぐらいなんじゃないか?
「個人情報という程の物はいりませんから、どんな人か教えてくれませんか?」
「はぁ、仕方ありませんね」
尚も渋るドクターに首を傾げて見せると、ドクターが何かと葛藤するようにぽつぽつ情報を出してくれる
「彼・・・大地さんは所謂精神疾患持ちの方でね、ここ最近おかしな言動を繰り返すようになって入退院を繰り返しているんだ」
「おかしな言動?」
「ええ、私は神を召喚した事がある!とか、この世界は偽りだ!とか」
「あちゃ~、厨二病を拗らせちゃったんでかね」
身内の厨二病患者も良い加減矯正する必要があるかもしれない
「・・・どうもそんな感じじゃなかったんだけどね、それからしばらくした後、急に心だけがどこかに行ってしまったような・・・いわゆる廃人になってしまったんだよ」
「廃人?その割に饒舌だったけどなぁ・・・」
ヤバイ人って感じだったけど
まぁ関わらない方向で行けば問題無いか
「ところで話は変わるけどね」
ドクターがコホンと咳払いを一つ
「なんだなんだなんですか?サトミ姉は今日は来てませんよ?」
「ちちち違いますよ!君の体の事です!」
アタフタするドクターを見ながらニマニマしておく
この人がサトミ姉を気にしているのは誰が見ても一目瞭然だからな!
まぁ今は大事な話っぽいし、あまり茶化さないでおこう
「本来私はオカルトは専門外です、それでも医学的側面から青葉さんのデータを確認するに・・・」
ドクターに手渡されたカルテには、何かのグラフのような物が書かれている
「青葉さんがリアルでBGOに近い能力を発揮した時、青葉さんはアズというアバターに近づいていると考えられます」
「え?は?すでにアズになっちゃってるんですが?」
しかし俺の疑問にドクターは首を横に振る
「正確には違います、まだアズというアバター程の力は出せていません」
まじかー・・・こっちでは本気で動く事なんて早々ないから気づかなかった
「そして力を使わなかった時、青葉さんは元の青葉大和という人物に近づいているのがわかります」
ドクターがグラフの下限地点を指さして笑みを浮かべる
え?それってもしかして!
期待の視線をドクターに向けると、ドクターはニコリと笑みを浮かべる
「はい、このまま力を抑え続ければいずれ元に戻れるかと」




