第四十六話 シープ・ムートン
王国室外演習場
グラフ王国が誕生する前から存在する施設の一つ
旧国により作られたこの施設はコロッセオのような円形闘技場の作りになっており
数々の罪人とモンスターが争った処刑場である
その地下深くには未だ旧国の亡霊が彷徨い続けていると言われている
byグラフ幻想譚
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そんな演習場の片隅に野太い声が鳴り響く
「いいか?ただ剣を振るうだけでは意味が無い!まずは己の型を見つけ、そこからどうやって鍛えていくかを見出すのだ!」
『『『はい!!!』』』
そんな野太い声に追従するかのように子供達の声が鳴り響き、ブンブンという音がコロッセオ内に鳴り響く
一・・・十・・・百と鈍い音が鳴ると野太い声から罵声が飛ぶ
「全然ダメだ!そんな状態じゃあゴブリンの足元にも及ばないぞ!まずは筋肉と一体となれ!お前が筋肉だ!」
『『はい!』』
棒を振り回しているだけのような鈍い音に、野太い声が苛立ったように声を張り上げる
そんな声の期待に応えようと子供達の声がコロッセオに鳴り響く
「よし!お前等に剣はまだ早い!少し休憩してろ!」
『はい!』
先生の休憩の言葉に音も無く崩れ去るムーたんと学友達
俺?とっくの昔にダウンして日陰で倒れてますよ
冒険者とバレるわけにはいかないんでね、レベル1設定にしたんだが
後衛ステータスの俺にはついていけない
先生は息も絶え絶えなムーたん達を軽く担ぐと
俺が倒れている日陰まで運び寝かせる
『お前はそろそろ動けるんじゃないか?』
「無理ですね、見てくださいよこの足、まるで生まれたての小鹿です」
『そ・・・そうか』
プルプル震える足を指さしたら、なんか先生にしっぶい顔されてしまった
『まぁ良い、水分はしっかりとれよ』
先生は腰についていた麻袋を俺に手渡すと、何やら演習場の隅で筋トレを始めてしまった
残された生徒達は、半分以上が木陰でダウンしているがもう半分はまた素振りを始める
「体育会系のノリにはついていけませんなぁ・・・お!これ水が入ってるのか!」
手渡された水を飲みながら、素振りをする学友達に視線を向ける
こっちはもう立ってるのもやっとだっていうのに
ムーたんを見てみろ、息を荒くして地面に伏してるぞ?
「これが筋力適正の差ってやつか?俺達適正cとは比べ物にならんな」
ムーたんが寝返りを打ちむっとした表情を浮かべている
俺とムーたんは魔力適正、筋力適正共に平凡以下
冒険者だからそれなりに高い能力適正かと思ったが、それとこれとは別の話らしい
「・・・努力すれば追い抜けるかもしれないだろ」
ムーたんの何かにすがるような言葉にだがしかし
「今の所適正値の差は絶対だぞ?wikiで見た」
俺の言葉に「wiki?」と首を傾げ沈黙するムーたん
なんだろう?珍しく弱弱しいな、プライド高いっぽいし落ち込んでんのか?
チラリと顔を覗くとそっぽ向かれてしまった
ここは励ましの言葉の一つでもいれてあげるのが年長者としての義務というやつだろう
「まぁ才能があろうが無かろうが勝負事っていうのは最後に勝てば良いんだよ、勝てば!」
「才能が無いと・・・勝てないだろう・・・」
なんだ?これはガチでへこんでるのか?
俺は溜息を吐きながら水筒を投げ渡す
「別に才能が無くても勝てないわけでもないぞ?」
俺はニヤリと笑みを浮かべる
ムーたんは半身を起こすと水筒の水を飲もうとして・・・やめる
「正攻法で勝つ必要なんてないだろ?」
「・・・どういう事だ?」
水筒の飲み口を険しい顔で見ていたムーたんは
言葉の意味を確認するようにこちらに顔を向けている
「つまり!ズルしようがイカサマしようが勝ぁてばよかろうなのだー!!!」
「な!?」
俺の言葉にムーたんが勢いよく立ち上がる
「お!おま!少しはプライドとか無いのか!?」
「無いね!」
俺は地球育ちの温室ゲーマーだぞ?
正々堂々なんて糞くらえだ
というか水を飲まないならかえして欲しい
「ムーたんも少し気を緩めろよ、周りをよく見てみな」
俺は溜息を一つ吐くと知り合いの人間を思い出す
自分本位の駄目人間、心底クズの駄目人間、そんなのばっかりだ
俺の言葉に反論しようとしたムーたんも、何か思う所があるのか黙り込んでしまった
「なにより気に入らないのがそいつら全員それなりの力を持ってるって事だ」
俺はゴロンと横になると空に向かって手をかざす
お昼真っ盛りな現在、日陰とはいえ空はまだまだ青く、蒸し暑い風に汗が頬をつたう
「そんなやつらばっかりなんだ、もう少し気楽に生きたほうが人生楽しいぜ?」
俺はただ無邪気に、心の奥から笑顔を浮かべる
じわじわ汗ばむコロッセオの中を、生徒達の素振りの音だけがこだまする
少し気障ったらしかったか?
何も言ってこないムーたんの顔を確認する
「・・・どうした?俺の顔になんかついてるか?」
俺の顔を見つめてぽけーっとしているムーたんを睨むと慌てたように動き出す
「あ!いや!?うん!?」
ムーたんはコホンと咳払いを一つすると頭を掻きながらぽつぽつと言葉を発する
「おかげで少し・・・気が楽になった・・・その・・・ありがとう」
「んんー!?聞こえないぞムートン君!!!もっと大きい声で!!!!!!!」
「・・・うるせー!アズお前調子乗んなよこの野郎!」
「なんだとぉ!ていうかいい加減飲まないなら水かえせよ!あ!おま!?全部飲み干すやつがあるか!?」
『お前等ぁ!!!目ぇ離したらすぐそれか!!!』
「「げぇ!?」」
まだ暑さ残る闘技場に、俺達の悲鳴がこだまするのであった