第四十五話 王国最高医師
背後から迫る炎を避け前線を離脱した俺は、現在気絶したムーたんを担いで医務室に向かっていた
「おいムーたん!しっかりしろ!傷は浅いぞ!」
徐々に息が荒くなるムーたんの様子に焦りを感じる
いかに防御魔法を張られていたとはいえ、普通に考えればたかだか数年生きた子供がドラゴニュートの攻撃を耐えれるはずが無い・・・
俺は背中で苦しそうに呻くムーたんの顔を覗き込む
「はぁはぁ・・・くそっ・・・なんでアズじゃなく僕がこんな目に・・・」
「・・・」
なんか平気な気がしてきた
というかこいつもしかして医務室に運ぶ必要も無いんじゃないか?
そうは思いつつも最悪の事態を避けるのは年長者の務め
俺はタックルするように医務室の扉を開け放つ
「急患です!・・・って!?くさっ!?」
入った瞬間鼻の中を充満する酒の匂いに鼻をつまむ
「あいったー!?」
「あっごめん」
手を離した事により地面に叩きつけられたムーたんが悲鳴をあげている
まぁ丁度目が覚めたみたいだし結果オーライだ
しかし・・・
「・・・なんでこんな酒臭いんだよ?」
そう言いながらも医者を探し声を張り上げる
「あのー!急患です!ちょっと頭の打ちどころが悪いみたいで!」
「おいアズ?それはもしかしなくても僕の事だよな?」
なんかムーたんが床でメンチ切ってるが知らん、今はそれどころじゃない
しばらくして、俺の叫びが聞こえたのか奥のベッドからのっそりと緑髪の男が立ち上がる
「だー!うっせぇなぁ!あんま大声出すなよ!二日酔いに響くだろ!!・・・あ、やばい」
そう言いながらエチケット袋にリバースしている人物
勤務中に昼間っから酒を呑んでぐーすかぐーすか・・・まるで駄目人間のお手本だな
「おいアズ・・・ほんとにこの人が救護班の人なのか?」
ムーたんが心配そうに聞いてくる
救護班の人かどうかはさておき間違いなくダメ人間ではあるのだが・・・
だが今はそんな事より気になる事があるのだ
「おいグレイ、お前こんな所で何してんの?」
グレイは自分の名前を呼ばれて怪訝な表情を浮かべ、俺を見て硬直する
「アズ!?てめぇこそなんでここにいんだよ!?」
「おい!吐しゃ物まき散らしながら俺の方に来るな!?」
「あ・・・悪い・・・ちょっとトイオロロロロロロロロロ」
「だー!?きったねぇ!おいグレイ!いい加減にしろ!」
そんな俺達のやり取りの中、ムーたんがオロオロと手を挙げる
「あのー、傷の治療を願いたいのだが」
グレイは虚ろな目でムーたんを見ると棚の一角を指さす
「あの辺りの薬品適当に使えば治る・・・」
「適当に!?」
驚くムーたんをよそに、グレイは気まずそうに俺の顔を見ている
「で?何でこんな所にいるんだ?」
「お・・・おう、実はホームを追い出されて新しい住処を探しててな・・・」
グレイは何やらインベントリを操作すると、一枚の書面を手渡してくる
<王国医、兼教師急募>
こいつはまた珍しい物を見つけたなぁ・・・
書面からクエストを受けれない所を見るに、期限が切れたか・・・元々クエストとして受注出来ないか・・・
まぁ後者は無いか、もしそうだったら実力で就職した事になるし
「この短期間で王国の医師に任命されたのか?凄いじゃないか」
「まぁな!俺にかかれば余裕だぜ!」
嫌味のつもりだったが、誇らしげにされてしまった
まぁクエストとはいえ王国医だもんな、勤務態度とかは今の状況を見るに酷いもんなんだろうけど・・・
「・・・はぁ、お前は俺が面倒見ないとよそ様に迷惑かけてきそうだな」
「おいアズ、その身長で面倒見るとか言われると複雑なんだが」
「だまらっしゃい!仕方ないからホームへの帰還を許してやるよ」
「ほんとか!?」
俺がコクリと首を縦に振ると、グレイがガッツポーズをしている
「ただし条件がある」
「じょう・・・けん?」
俺の発言にグレイが一歩後ずさる
「今ちょっとそこでドラゴニュートが暴れてるんだ、タンクに」
俺の言葉を最後まで聞く前に逃げ出そうとしたグレイは、酔いが回っているせいか足をもつれさせて地面に突っ伏す
それでも必死に腕を動かして逃げようとしている
そんなに嫌か?
グレイの上に跨り近くにあったロープを取り出す
「ふ・・・!ジロー君と二人がかりでやっとの癖に随分と浅はかだな!」
ロープで簀巻きにしようとしたが、逆に両手を塞がれ動きを封じられてしまった
捕まえるつもりがまさかこっちが捕まってしまうとは
「ここは冒険者としてか弱き民を守ると思ってさ」
「嫌だね!俺が酷い目に会うのは目に見えてんだよ!!」
グレイは正義感とか無さそうだもんなぁ・・・
さて・・・どうしたものか・・・
「よし、グレイがお城でさぼってる事をとある超有名NPCに伝えるか」
「はぁん?どうせまたアリスとかいう化け物だろ?俺は絶対行かない」
まぁそのつもりだったんだが・・・それをアリスの前で言ったら、お前はミンチになってそうだな
・・・仕方ない
「そうか?仕方ない、ここは俺達でなんとかしてアズリエルさんに報告するか」
「・・・いや、待て、わかった、協力する」
グレイが慌てたように俺の拘束を解く
「ムーたんは一応援軍を呼んできてくれ!俺達は先に演習場に向かう!」
俺の言葉に頷くムーたんを背中に、俺とグレイは医務室から飛び出す
「で?敵はどこにいるんだ?」
「こっちだ!多分大丈夫だと思うけど!」
『『『『きゃぁぁぁ!!ルピー様頑張ってぇ!!』』』』
演習場の扉に手をかけた所で、中から悲鳴にも近い声が聞こえてくる
「っく!間に合わなかったか!?皆!無事・・・か?」
演習場の中心では、ドラゴニュートとルピーの勝負が続行していた
そしてその勝負を観戦するかのように、黄色い声援を送る生徒達
あれ?何か思ってた状況と違うな・・・
とりあえず生徒達に混じるように観戦している先生に近づく
「・・・なぁ先生、これはどういう状況なんだ?確か生徒達の批難誘導をするんじゃなかったのか?」
「いや何、最初はそのつもりだったんだけどね、凄いねぇ彼女」
先生の視線の先では、ドラゴニュートの攻撃を紙一重で避けて牽制するルピー
あの子一人でレベル15前後のモンスター引きとめてんの?やばいな
「いざドラゴニュートを目の前にすると怖いな、なぁアズ、なんか俺必要無いっぽいし帰って良いか?」
こっちはこっちで何情けない事言ってんだよ・・・
「ほら!今頑張ったら夜ご飯グレイの好きなおかず付け足してやるから!」
「えー・・・魅力的な提案だが痛いのは嫌だしなぁ・・・」
ぐずるグレイの手を引きながら、ルピーに向かって声を張り上げる
「ルピー!援軍を連れて来たぞ!」
『アズさん!ちょうど良かった!』
俺達の姿を視認したルピーは大きく飛びのくと、グレイの影に隠れる
ヘイトは外れていないのでおそらくブレス対策だろう、ルピーもグレイの扱いが上手くなってきたな
『ああ!?あのルピー様が男の方の影に隠れられたぞ!?』
『わたくしあの方を知っていますわ!超優秀故に冒険者なのに王国最高医師の座を手にした天才ですわ!!』
『なんだって!?じゃああれが噂のグレイ様か!!』
何やらグレイの出現で生徒達が更に盛り上がっている
グレイに至っては満更でもなさそうに何かポーズを決めだしてるし・・・
「ある時はしがない宿屋のひっきー・・・そしてある時は王国最高医師ドクターグレイ・・・・しかしてその実態はひでぶ!?」
ドラゴニュートの拳が顔面に入りグレイの体勢が崩れる
ああ・・・呑気に前口上なんて喋ってるから・・・やっぱりあいつに頼んだのは間違いだったか?
「ふふ・・・フーハッハッハ!」
唐突に叫び出すグレイにドラゴニュートも含めその場の全員が驚愕に目を見開く
「俺はこう見えても冒険者だ!その程度のこぶへら!?」
再び顔面に拳を受けグレイが体勢を崩す・・・
しかしその顔には余裕が見える
「そう!この程度なんとぶへら!?ちょ!最後までいわぐへぁ!?」
何度殴っても倒れないグレイを見てドラゴニュートが焦ったように顔面を殴り続ける
「おい!いい加減にしぶへ!?死にはしなくてもほぅ!?痛いもんは痛いんだぞぉう!?」
所々奇声を挙げながらも徐々にドラゴニュートを追い詰めるグレイは
ついにドラゴニュートに抱き着き、追い詰める
その光景に俺以外の全員がこれから起こるグレイのなんか必殺技っぽいものに期待し・・・
「あ、ごめん、俺HPだけは高いけど他何も出来ないんだわ」
一気に俺と同じように冷ややかな目を向ける事になる
グレイはそんな俺達に向け不敵な笑みを浮かべ・・・
「俺も動けないから助けてください」
まぁこうなる事は予想通りというかなんというか・・・
俺は手を振り上げて土の槍を射出する、もちろんグレイごと
『『『『え!?あれ!?』』』』
コロシアムに残っていた生徒が驚愕の表情を浮かべているが、知らんな
『な・・・何故グレイ医師ごと?』
「それがあいつの役割だからな」
俺の回答に、生徒達が心底意味が分からないという顔をしている
・・・・あれ?今の説明?俺がおかしいのか?
『グレイ医師と仲悪いんですか?』
「そんな事はないぞ?やつとは同じ屋根の下で暮らしてた事もあるからな」
「ただまぁ・・・」と言葉を続ける
「あいつ、木偶の棒だからな、それよりここで武勲を立てたら成績が良くなるとは思わないか?」
『・・・撃っても問題無いですね!どんどんやりましょう!』
「もちろ「ふっざけんなよ!このおまえら!」」
あ、グレイがドラゴニュートに引っ付いたまま大声をあげている
「さっきから言ってるけど死にはしないが痛いもんはいたいやあああああ!?」




