第四十二話 波乱の幕開け
木漏れ日溢れる閑静な住宅地の一角にそびえ立つ真新しい料理店
カランカランという音と共にドアを開けると、少年とも少女ともいえる店主が笑顔で出迎えてくれる
「おや、いらっしゃいませ」
店主はグラスをキュキュッと拭きあげ、ニヤリと笑みを浮かべる
「いつもの・・・ですね?」
店主はわかっているとでもいうようにサンドワームを取り出し、調理していく
「お待たせしました・・・こちら、サンドワームのペペロンチーノにございます」
「アズ・・・おめぇ・・・」
「おっと、わかっていますよ、エレガントクック」
店主は何か言おうとする客に、人差し指を立てて口元に持っていく
「これは俺の店の秘密のおまじないです、他言は無用ですよ」
「いや、そういうのはいいがら」
◇
「アズ、おめぇ・・・依頼があるんだ」
くそ!何という事だ!!
なんとかその場の雰囲気で誤魔化そうとしたが駄目だった!!!
「いえ、俺も今や店主ですからね、おいそれと気軽に助っ人にいけませんよ?」
「つってもおめぇ・・・」
再びキュッキュッとグラスを拭く俺を見ながら、ドルガさんが周りを見渡す
「客なんて一人もいねぇじゃねぇが」
「うるっさいですよ!!!これから来るんですよ!!!」
俺はわかってないなーと言った感じで手を振る
確かーに、開店していらいお客が一人も来なかったりもするが、これは盛大なフラグなんですよ
これからこの店は大繁盛してうっはうっはな人生が待っているんです
「それで?一応聞くだけ聞きますが・・・厨房の助っ人でしょう?」
わかっています、わかっていますとも
「いや、今回は違うんだぁ」
「だとしたら恋愛相談ですか?俺には経験が無いんで漫画やアニメ知識になりますが・・・へたに頭脳戦を繰り広げるより素直に言った方が楽らしいですよ?」
「それは問題無いだ、俺とアリスはラブラブだがらな」
ふむ、これも違ったか
というか一瞬ドルガさんとアリスのデート風景が頭をよぎって気分が悪くなってきたぞ?
気分を害した事に対しての慰謝料をふんだくれないだろうか?
しかしドルガさんがその二つ以外の事で俺を訪ねて来るなんて珍しい、少し興味が沸いてきたぞ
「・・・だとしたらどんなクエストなんですか?」
俺の質問に、ドルガさんが険しい表情を浮かべる
「実はここ最近人攫いがでるんだ」
「人攫いですか?」
「そうだぁ・・・何でも子供を攫って悪ざしぢょるらじい」
随分と物騒な話だが、ゲームの世界では割と定番だな
「俺に人攫いの討伐依頼を・・・という事ですか?」
俺は強いほうじゃないし他の人が適任だと思うのだが・・・
顔に出ていたのかドルガさんが首を横に振る
「正確には違う、アズには囮になってほしいだ」
「はぁ・・・囮・・・?」
「人攫いがざらうのは強い冒険者を避けて12歳以下の子供が主なんだ」
確かにこのゲームでは年齢制限がかかっているので、よほど元が小さくないと冒険者で12歳以下はいないだろう、敵ながら中々考えているじゃな・・・そういうことか
店のガラスに映る自分の姿が見えたので、鼻で笑っておく
小さくなった俺にぴったりな仕事じゃないか
「しかし俺はバリバリの冒険者なので狙われないと思いますよ?」
「そごも問題ない」
そう言いながらドルガさんが一枚の紙を手渡してくる
「ふむ・・・グラフ王立学院初等部入学書?」
「んだ、俺がら国王に頼んで一枚斡旋してもらっただ、ごれで子供達に紛れて様子を見で欲しいだ」
ほほう、木を隠すなら森の中・・・は、ちょっと意味が違うか
どちらにせよこれなら俺も攫われる可能性が出ると、攫われなくとも何かしら不審な輩を探せるわけだ
初等部っていうのが気に入らないが、まぁ12歳以下を狙ってるらしいし・・・
「あれ?というかドルガさんって国王と仲良いの?」
「元々宮廷料理人をやっでだからなぁ・・・」
おおう・・・実は結構大物だったりすのだろうか?
「なるほど、んー・・・まぁそういう事なら引き受けますよ」
「ほんどが!?」
「俺は正義心強い一般ピーポーですからね、そういう話を聞いて断れませんよ」
何より王立学院というのは興味深い
正直夏休みに学校に通う事になるのはごめんだが、それ以上のロマンがある
「ありがでぇ!!なら俺は国王にその事を伝えてくるだ!!」
ガタリと立ち上がり、勢いよく店を飛び出していくドルガさん
そんな背中を見送りながら、開店いらいずっと拭き続けているグラスを棚に戻す
「さて、となるとしばらく料理店は休業か・・・」
メニュー画面を開き、訪問設定をクローズに変更する
「しばらく忙しくなりそうだし、お菓子の補充でもしとくかな」
◇
プゥンという音と共に、視界が黒く
徐々に戻って来た現実の感覚で、ヘッドギアを外す
見慣れた天井
「果たして俺はあと何十何百回この天井と挨拶しなくてはいけないのやら・・・っと!」
いつもの調子でベッドから降りようとした所で、服の裾を思い切り踏んでベッドから転落する
「いってぇ・・・顔打ったんですけどぉ!!」
このリアルに戻る時、若干感覚が狂うのは何とかならないのだろうか!
まぁ確かに?推奨ゲーム時間を大幅にオーバーしてたり、感覚が狂わないようにリアルと近い体型にしかできない所を無理矢理ちっこい体でやってたりはするが!
起き上がり、部屋のスタンドミラーを見る
「リアルの俺はこんな・・・あれ?まだゲーム起動中か?」
ベッドの上を見るとヘッドギアが置いてある
「ん?んー?」
再びスタンドミラーを見る
そこには青髪金目、小学生くらいのサイズの中性的な顔立ちの・・・アズがいた
「な」
息を飲んで一呼吸
「なんじゃぁこりゃぁぁ!」
困惑しながらスタンドミラーにへばりつく
「え!?は!?なにこれ!?」
鏡の中の自分の姿を再度確認する
黒かった髪と目は青色と金色に、最近ようやく伸びてきた背は逆行し
顔立ちは元々中性的だったのもあり、男か女かわからない
「・・・BGOのアバター?夢・・・じゃないみたいだし」
叩いて痛む頬を撫でながら深呼吸
どうみてもBGOのキャラクター、アズの姿である
「ゲームにログインしたままとか?」
普段ゲームでするようにメニューを開こうとするが出てこない
メニューは出ない、当たり前かな?
「じゃあ・・・」
目を閉じゲーム内のスキルを思い浮かべる
今回使ったスキルは精霊術
精霊を視る事が出来るようになり、精霊を意のままに操る事ができる
目を開けると見たことがない精霊が空中に浮かんでいる
「おかしいな・・・いや、すでにおかしい状態ではあったけどさ」
ゲーム内と違う所は精霊を視てもその精霊の種類がわからない事だろうか
「ゲームのやりすぎかな・・・俺も末期患者の仲間入りか・・・」
ただでさえ姿形が変わって病院送りなのに、見えない物が見えますとか言ったらそのまま精神の方の病院行きも決定しそうだ
「はぇー・・・どうなってんだこれ」
ぼーっとしているとお腹がなる
そういえば昨日は晩御飯も食べていなかった
枕元に置いていたカロリーメイトを取り出すべくベッドに登ろうとした所で
着ているダボダボシャツを踏んでベッドに倒れる
「なにがどうなってんだ・・・」
呟きながらうつ伏せのまま手探りでカロリーメイトを探していると、脇の下から持ち上げられる
「ん?なん・・・」
「あれー?小っちゃいひろがいる!!」
「なぁ!?姉さん!?てめ!無断で俺の部屋に侵入してくるとは良い度胸だ、腹を出せ」
俺が届かない手でシャドーボクシングしていると、姉が高い高いしながら遊びだす
「や・・・やめろおぉぉ!歳を考えろ!歳を!!」
「えー・・・ううん?」
姉がスンスン鼻を鳴らしだす
「ひろ・・・くさい」
「な!貴様!言うに事欠いて臭いとは何だ臭いとは!!」
確かにこの真夏真っ盛りに、ずーっとゲームをしてて汗臭いとは思うが!
「お風呂入ってきなさい!!!」
◇
姉が沸かした後なのだろう
風呂が温かい事を確認して浴室に入る
汗まみれだったからまじで生き返る・・・
「ふへぇぇぇぇ・・・」
小さくなって風呂でこんなに救われたのはゲーム内以来だと感慨深く自分の体を確認する
「というかサトミ姉は何であんなに普通に接してくるんだよ、少しは混乱しろよ」
俺なんてもう頭が真っ白で・・・・だーーーー!!!
風呂に入って頭がスッキリしてきた!
そこんとこちょっと問い詰めてやる!!
寝巻に着替え、キッチンでカロリーメイトを漁りながらサトミ姉の対面の席に座る
「姉さん?最近の俺どう思う?」
「・・・ひろもお年頃だもんね!大丈夫!自分に自信持って!」
姉が優し気な笑みを浮かべてスパゲッティを持ってくる
「ちげぇよ!?何思春期の子供を見るような目で俺を見てるの!?」
「太郎ちゃんはよく言ってくるよ?」
「あれと一緒にしないでくださいませんか!?」
机をバンバン叩きながら抗議の声をあげる
「そうじゃなくて・・・小さくなってるじゃん?」
「うん!小さくなったね!」
「普通おかしくない・・・?」
当然のように笑顔で姉が答える
「でもそんな時もあるよね?」
「ねぇよぉ!!??」
小一時間姉と話し合ったが姉は決して折れずに俺の変化を普通に受け入れていた
試しに厨二真っ盛りの太郎兄を呼ぼうとしたが、姉曰く爆睡しているらしい
「もう・・・いいです・・・」
深く考えていた俺が馬鹿らしくなった
いっそ社会もこのぐらいの包容力があったら楽かもしれない




