第二十六話 氷の精霊
「へぇ!もうすぐ公式イベントが開催されるのか!!」
公式サイトを見ていた俺は、小躍りしながら情報を斜め読みする
行われるイベントは三つ
<荒ぶる空の王者>
<一週間の間、グラフ草原にてドラゴンがエンカウント
<討伐成功者には報酬アイテム
<天下一武闘会>
<3日間ランクマッチを行い、勝率が高い者が4日目から7日目の朝にかけてトーナメント形式で優勝を争う
<優勝者には豪華景品
<夏の花火大会>
<7日目の夜より
<グラフ全域が夜間フィールドとなり、花火が打ちあがる
どれもかじるだけかじってみたいイベントだが、ドラゴンの説明欄に全プレイヤーレイドって書いてあるから多分相当強いんだろう、おそらく何度か攻略組が出張る事になる
ドラゴン組みはランクマッチでの勝率稼ぎは厳しいだろうし、逆にランク勢はドラゴン討伐に本腰を入れない
同時期に行うイベントでもないだろうに
まぁ俺はドラゴンを間近で見たいので必然的に武闘会は観客側になる、ランクマッチ次第ではもしかしたらドラゴンより優先するかもしれん
フーキは重度の格闘バカだからおそらくランクマッチに入り浸る、間違いないね
ドラゴンは一緒に見れないだろうなぁ
ルピーはどうだろう?どこに行っても通用するだろうが常にごはんを食べてるイメージから花火大会にしか目がいかないんじゃないだろうか
グレ・・・あいつはどうでも良いや、どうせホームで寝て過ごすのだろう
興奮が収まらないまま、俺はヘッドギアを被る
とりあえずこの感動をフレ達(二人)と分かち合いたい
二人もイベントに合わせて帰ってくるとかいってたし、その辺の段取りも音声チャットで済ませよう
ヘッドギアのスイッチを短く三回押すと、静かなファンの音が流れ、浮遊感に襲われる
最近覚えたのだが、クイックスタートというのをすれば最初のログイン画面を飛ばせるのだ
徐々にリアルの感覚が薄れていき、BGOの感覚が鮮明になり
ヒンヤリとした空気が体をつつみこ・・・んん?
「さっぶぃ!?冷たい!?」
ベッドから跳ね上がるように起き、足の裏を襲う冷たさにそのまま横転する
「おいおい、夏場真っ盛りにこいつぁねぇだろ」
尻をさすりながら周りを見渡した俺は、その周りの風景に眉をひそめる
部屋の中は氷漬けになっており、若干古びた壁からは隙間風がビュービュー吹いている
確かにボロい家だったが、BGOだと寒いとこんな事になるものなのだろうか?
俺は身も凍る寒さに震えながらも部屋の扉を開け・・・れないので窓から脱出する
「ん?んー?外はあったかいぞ?」
冒険者特有の身体能力で2階から飛び降りた俺は、首を傾げながら周りを見渡す
外はいつも通りのポカポカ天気、決して寒くなく温かいくらいだ
というかよくよく見ると俺のホーム・・・具体的には2階スペースが氷漬けになっている
「さてはグレイが何かしたな?」
これはとりあえず文句の一つでも言っておくべきだろう
そそくさと階段を駆け上がり、こけないように気を付けてグレイの部屋の前に移動する
むぅ・・・扉はやっぱ固まって開かないか・・・
「とりあえずドーン!!!」
グレイの部屋のドアを粉砕して中に入る
ドアが無い方が引き籠る気も失せるかもしれんし
「おいグレイ!これはどういう・・・」
とりあえずベッドに向かって文句を言おうとした俺は、ベッドの上で氷漬けになったグレイを見て絶句する
「これは生きているのだろうか?」
仮に生きていても動く事は出来ないし・・・というかこの状態で死んだらどうなるんだ?
グレイは確か復活地点をこの部屋に変更していた筈だ、もしかしたら延々と死に続ける事に・・・
「まぁグレイなら大丈夫か」
なんか気持ちよさそうな寝顔のまま凍ってるし・・・若干青いけど
そんな事を思っていると、チャット欄に新たな文字が表示されている事に気が付く
『はやく助けろ』
ああ、自分がどういう状況にいるかはわかっているのか
「というかこれはグレイのせいじゃないのか?」
『知らんな、俺がログインした時にはもうこうなってた』
「ほー・・・ちなみにいつからその状態なんだ?」
『6時間だ、窒息ダメージで死んでもここで復活するから動けん』
うわ・・・予想していたとはいえ、えっぐいな・・・
しかしこの様子だとグレイが原因じゃなさそうだな・・・あてが外れた
とりあえずグレイに手を合わせて合掌していると、廊下の方から物音が聞こえてくる
・・・さては犯人だな?
俺はリビングを覗き込む
「なんだあれ・・・?」
蛇口の水を全開にし、その水を凍らせてなにやら芸術的アート作品を作っている全身青色の生き物
青色の生き物はしばらく氷の彫像を恍惚の表情?で見ていたが、俺に気付くとふよふよと近づいてくる
「・・・とりあえずお前が犯人だな?」
青色の生き物は何の事だ?とでも言わんばかりに首を傾げると、笑ったような動作で俺に向かってダイブしてくる
唐突な行動に思わず目を瞑ってしまった・・・だが・・・ダメージは無い?
おそるおそる目を開けると、目の前にシステムログが現れる
<氷の精霊と契約が完了しました>
<アーツ:アイスピッグハンマー>
<アーツ:精霊化>
もうわけがわからないよ・・・
小さな青い玉がクルクル回る指輪を見ながら、頭を抱える事になるのであった
◇
「おーここがアズの言ってたホームやね・・・何でこんな氷漬けなんや?」
『夏なのに寒そうですね』
お?この声とチャットは
「その声はフーキか?良い所に!手伝え!」
俺はひょこっと二階の窓から顔を出すと、フーキに上がって来るよう手で合図する
しばらくして上がって来たフーキとルピーが困惑の表情を浮かべている
「何がどうしてこうなったん?」
「俺にもよくわからん、というか随分とはやい帰りだな?」
俺は和服姿のフーキとルピーを一瞥すると、バーナーで火精霊を少しづつだして氷を解凍していく
「ああ、色々と便利なもんを見つけたんよ、そっちはなんかあったん?」
「今現在進行形で異常気象と格闘中かな・・・そういえばなんか色々アーツを覚えたぞ?」
氷を解凍しながらもフーキにドヤ顔をかましておく
「へぇ・・・?どんなんなん?」
「一つはアイスピックハンマー、知能×10%の氷追撃効果を武器に付与する技だ、ほれアイスピックハンマー」
俺の一声で、ルピーの小太刀の先っぽに大きな氷の塊が生成される
『すっごーい!・・・でもちょっと重たいですね』
ルピーがぶんぶんとハンマーを振り回しながらチャットを送って来る
「まぁルピーが重いって言ってる時点で察してると思うが、俺だと重くてまともに振り抜けない」
使うとしても何かしらの工夫が必要だろうな
「んでもう一つは精霊化・・・こっちはMPが足りなくて使えなかったが、契約している精霊と融合するアーツだとさ」
ちなみに必要なMPは30、今の俺では3足りない
次のレベルアップで使えるようになるんじゃないか?
「へぇ・・・どっちも珍しそうなアーツやね」
「だろ?まぁその代わりに家がこんな状況になったわけだがな」
「そこが一番の謎なんやけど」
あんまり追及するなよ、俺だってよくわからんのだから
俺が渋い顔をしながらもチマチマ氷を解凍していると、背後から声が聞こえてくる
「おうおう性が出るなぁ」
こいつよくあの状態から脱出出来たな
俺はニヤニヤと部屋の中からこちらを見物しているグレイを睨む
なんでこいつわざわざドアを開けっぱ・・・ああ、俺が壊したんだった
「おお!怖い怖い!・・・で、こいつらは?」
「あぁ、グレイは会うのは初めてだもんな、俺のフレンドのフーキ、んでルピー」
ルピーが『よろしくお願いします』と礼儀正しくお辞儀をしているが、こいつにそんなものは必要ないぞ?
グレイは「いやいや、こちらこそよろしくね」と笑顔を向けると、フーキに向き直る
初対面の相手には基本礼儀正しくする縛りでもしてるのか?こいつは
「フーキというと・・・あの風紀委員か」
グレイの何やら興味深そうな視線に、フーキがしっぶい顔をしている
というか風紀委員?
「なんだそれ?」
「ああ、困ってる人の所に颯爽と現れては解決していく正義の味方って聞いたなぁ・・・今は悪党クラン、赤金の鷲を一人で潰していってるとか」
俺の知らないとこでそんな事してたのかこいつ
怪訝な目で見ると、思いっきり首を横に振られた
「ちゃうちゃう、わいが行く所にたまたま困ってる人がおるんよ・・・あといつも悪さしとるやつが赤金の鷲ってだけで、わいから潰しに行ったことはないんよ」
まぁフーキは若干巻き込まれ体質だからな、仕方ない
グレイは興味が無くなったようにフーキから視線を外すと、何かを思い出したかのように手を叩く
「へー、あっ自己紹介がまだだったね!」
グレイが勢いよく立ち上がり、滑って頭から壁にダイブする
「・・・知っとるよ、グレイさんやろ」
「たっはー!やっぱ俺って超有名人!だったら話が速いな!」
顔を抑えながらもドヤ顔を決めるグレイを見ながら、俺は溜息を一つ
・・・手伝わないならせめて静かにして欲しいもんだ
とりあえず契約書だけは渡しておいてっと・・・
三人の会話を半分に、氷の解凍を続けるアズであった。




