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煮っころがし

作者: 日下部良介

今年も花見の季節が近づいて来た。

東京で花見の名所と言えば、上野恩賜公園。我が社でも毎年花見は上野だ。


営業の外回りで上野の近くにやって来た。時計を見る。

「そろそろ昼か…」

ボクは途中のコンビニで握り飯を買って上野へ足を向ける。

「さて、桜の具合は…」

ここ最近、暖かい日が続いた。気象庁の発表だと東京での桜の開花は3月20日頃だと言っていた。

「さすがにまだ早いな」

桜の木はまだ蕾の気配すらない。けれど、至る所でシートを広げて弁当を食べている人も居る。


「お兄さん、一緒に食べませんか?」

声を掛けて来たのは二人組でちょっと早い花見を楽しんでいるおばあさんたちだった。

ボクがコンビニの袋をぶら下げていたから声を掛けたのだろう。

「いいんですか?」

「どうぞ。年寄り二人で申し訳ないですけど」

「いえいえ、そんなことはないですよ」

ボクは彼女たちが座っているカラフルなレジャーシートに腰を下ろした。

「桜、まだ咲いていませんね」

「いいんですよ。花が咲いたら、こんなにのんびり出来ませんから」

「すごいご馳走ですね」

彼女たちの弁当は三段重ねの重箱に煮物やら唐揚げやらが盛りだくさんだった。

「よかったらどうぞ」

ボクは里芋の煮物を一つ頂いた。懐かしい味がした。田舎の祖母がよく作ってくれていたものに似た味だった。

「これは美味いな。懐かしい味だ」

「それは良かったわ。最近の若い人たちはこういうのを食べないから」

聞けば二人とも同じ年頃の息子が居るのだと言う。どちらも結婚して同居をしているのだけれど、食事の支度をする嫁が作るのは彼女たちの口には合わないのだとか。

そんな話を聞いていると、あっという間に時間が経ってしまう。そろそろ、会社に戻らないと、口煩い上司に何を言わられるか判らない。

「そろそろ、戻らないと。美味しいご馳走をありがとうございました」

「こちらこそ、年寄りの愚痴を聞いていただいてすみませんでしたね。お気を付けて行ってらっしゃい」

ボクは立ち上がり、一礼するとその場を離れた。そして、携帯電話を手に取った。

「もしもし、母さん、5月の連休には帰るから、ばあちゃんに里芋の煮っころがしを作ってくれって頼んでおいて」


風はまだ肌寒い。けれど、ボクの心は満開だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あたたかな、それでいて爽やかな気持ちになりました。良作だと思います! ありがとうございました。
[良い点] お洒落な料理ではなく、素朴感のある煮っころがしが、物語の良い味を引き立てているところが良かったです。
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