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第一幕 「ハッピーバースデートゥーミーⅢ」

 朝起きると、家の中は非常に静かであった。かすかに目を開けるが、少しの眩しさにやられてしまう。緑色のカーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいた。まだ、引っ越したばかりの頃、家具を揃えているときに、妹が選んで買ったものだ。母がいなくなってから、ふさぎ込んでいた妹を無理やり引っ張ってきて選ばせた。そこそこ大きなショッピングモールの一店だった。

母が好きだったカーキ色に近いものを抱え得て持ってきたことは、今でも鮮明に覚えている。値札を見て、想像より1つ多いゼロの数に驚いたが……

 まあ、どっちにしろ買わなくてはいけなくなったのだ。

その理由となった少女は隣の布団で眠っていた。布団を頭から被り、スースー寝息を立てている。小さい頃からまんじゅうのように丸くなって眠る癖は変わらない。

眠い目をこすり、枕元にある目覚まし時計を見ると、長針は8を指していた。8?はちじ。8時かあ。あれれー?大丈夫なのかな妹ちゃん……

「おい、おい、おい」

 丸いまんじゅう型布団人間を揺する。すると、その中から首から上だけがピョコっと出てきた。

「……んー、んー……」

 なんか言おうとしているぽいが、何も言えていない。

「おい、妹さん、8時ですけども」

「……んー、んー……」

 いつもは早起きな妹の寝顔を見るのは久しぶりだった。こう見ると化粧をしなくともそこそこ整っていることに気づく。ほんと、いつから差ができたんでしょうかね……てか、そこそことか言ってるの聞かれたらYABAI。

「遅刻しちゃいますよー妹さん」

「……」

 交信が途絶えた。妹の正面に回り込むと、目をつむっているカタツムリとご対面した。瞬間、バチッと目が開いた。思わず後ろに手をついて仰け反る。僕と目が合うと、こちらを睨んできた。あなた、こんなに可愛いんだからもっと笑顔にねえ、

「何時って言ったよおい」

怖い怖い。恐ろしい。可愛くない。

「えーっと……」

「何時」

「8時14分52秒であります、総司令殿」

恐る恐る現在時刻を報告する。

「……」

 総司令殿、再びの沈黙。早くここから抜け出したい。窓の外には小鳥がチュンチュン飛んでいる。いいか、君たちは大空へ羽ばたくんだぞ。

「やっば!」

 立ち上がり、急いで布団を畳みはじめた。僕も自分の布団を片付ける。ようやく素に戻ったような妹は普段どおりテキパキと体を動かしている。相変わらず寝起きのモンスターとは対峙したくない、と切に思った。

 その時、ふと、妹の横顔が視界に入る。なんとなく見ただけの表情に気を取られてしまった。見られていることに気づいたのか、こちらに視線を送ってくる。

「何見てんのユウ」

「いやー、なんで泣いてるんかなって」

 妹の目から流れる雫は、頬を伝って床に落ちた。

目元が赤くなって、眠っているときから涙を流していたことが分かる。頬にも涙が通った跡が残っていた。妹は、目元に溜まっていたものを拭うと、小首をかしげた。

「あれ、なんだろねこれ」

「僕が知るかって。なんか怖い夢でも見たんじゃないの」

「怖い夢……怖い夢……あっ!」

「おっ、あたり?」

 僕は彼女が放つ一言を待った。暫く考える素振りを見せたが、やがて首を横に振った。

「覚えてない」

 なんなんじゃそりゃ。珍しく予想的中のチャンスだと思ったのに。押入れの前で布団を持ち上げている。背伸びをして上段に布団を押し込んだ。二年前は僕が2つの布団を入れていたが、今では背伸びをすることでできるようになっていた。僕の手は、いらなくなった。

「まあ、どうでもいいでしょ」

 なんでもないように言うと、すばやくカーテンを開け始めた。シャーッと横に流している妹は、あの頃の風景と重なって見えた。

「なんか前にも泣いてたな」

「え?」

「そのカーテン買ったときさ」

「……」

 あのとき、カーキ色の布を抱え込んだ妹はめちゃくちゃに泣いていた。だが、子供みたく声を上げずに泣いていた。それは大人の泣き方ではないだろうか、と考えた記憶がある。そうしてみるみるうちに妹の流した涙がカーテンに染み込んだ。

僕はそれを見て何も言えず、ただ、そばにいることしかできなかった。僕がしたのは、財布の中身を空にしただけだ。店員さんに「これくらい濡れたのなんて気にしないでください」と声をかけてもらった。でも、今はこうしてうちにやってきた。カーキ色カーテンくんはマイファミリーだ。

「そんなのさ」

 カーテンを開ききった妹は横目で僕を見る。防ぐものがいなく鳴ったことに嬉しくなった太陽が朝日を燦々と降り注いでくる。自然と妹に影ができ、話している妹の表情を見ることができなかった。

「覚えてないよ」

 興味なさげに言った一言は、本当に覚えていないのか、その真偽なんてわからなかった。僕は妹の顔から目を離せない。表情だけでも確かめたいと思うが、降り注ぐ光に目を隠してしまうばかりだった。家の中には僕と妹の瞬きの音さえも聴こえるのではないかというくらい静かだった……

「おい、けんたー!聞けよー!ゆいちゃん、お前のこと好きだってー!」

「えええ!?」

「ちょっと何言ってるのよ!?」

「うわ、ふたりとも照れてやんの!顔真っ赤―!」

「やめろよコウキ!」

「なんだよケンタ照れてるくせにー」

「べっ別に照れてネーし」

「そうだよ、やめてよコウキくん!わたしケンタのことなんかなんとも思ってないの!」

「「え」」

「あっ……ごめんなさい……」

 タッタッタッという駆け足が聞こえる。その足音は次第に遠ざかっていった。元気出せよケンタ。これからいいこときっとあるって……

 うん、静かなわけないよねー。

さすが壁の薄さだけを世界に誇っているマイルームである。アパートの前を通る、小学生の話し声。大型トラックのエンジン音。先程も言った通り、小鳥のかすかな鳴き声だってよーく聞こえてくるのだ。でも、不思議とさっきまで耳に入ってこなかったんだけどな。それほど妹の一言を気にしていた、ということか。

「じゃ、行ってくるから」

 妹は既に馴染みの制服に着替えていた。部屋着で、どこかの知らない奴らの会話を聞いていた僕とは大違いだ。

「あっ今日もバイト」

「りょーかい。

「僕も……」

「なに?」

「いや、がんばって」

「なにそれ……ってやば。行ってきます」

 ピンクの腕時計を見ると、遅刻を危惧したのか、バタバタと出ていった。バッタンと勢いよくドアが閉められる。よほど急いでいたのだろう。いつもは必ずかけていく家の鍵がかけられていなかった。もう、おっちょこちょいなんだから。しかし、このように抜けている部分もあるのがかわいいとこなのだろう。ドジっ子キャラでいくにはもっとほしいな……

こうして、妹を送り出すというのも、休日を抜いたらもう40回ほどやっているというわけか。彼女が行った言葉がチラつく。いやいや、そうは言ってもまだ大丈夫だ。一ヶ月ちょっとだ。不登校とは呼ばないだろう。長引く体調不良で収まるはずだ。小学校時代のさっちゃんなんて1,2年も休んでいたからな。僕なんて足元にも及ばない。

「まあ、でもなあ」

 布団を押し込んだ押し入れに向かう。開くと、ベージュと白の布団が二段になって重なっていた。そのうちの1つ、ベージュの方の布団の中に手を突っ込む。

「あったあった」

 ずるずると引っ張って出てきたのは昨日もらったチラシだ。眉を寄せて表紙を見る。そこには相変わらずの胡散臭い条件が並んでいる。僕はチラシをめくり、裏面を見た。


“採用面接実施!希望する方は~”


 続いて、場所と日時が記載されている。調べてみると、ここから徒歩で15分ほどの場所に開催地となるビルがあった。住所を見てどっかで見たことあるな……とは思っていたがもはや近所だ、ここ。そして、日時は今日、12月2日である。よくもこんな間際のことを知らせてくれたな。悩む余地をさ耐えさせない、これってこの前テレビでやってたぞ。そのテレビ番組は詐欺の危険性と対策についてだった。ちくしょう、対策まで見とくべきだった。あれ系の番組おもしろいんだけどね、詐欺の現場の取り抑えだけ見たら、それで十分になっちゃうんです。チラシの”日給50万~”という文字を見る。50万か。一日でそれだけのお金が手に入るのか。 

「確かに腎臓でも誰かは救えるなあ」、「心臓はどうすんだろう?」なんてどうしようもないことばかり思い浮かんだ。

 白い長袖のシャツに灰色のスクールニットを重ねる。ズボンはもちろんクリスマスカラーだ。玄関で革靴の紐を結ぶ。しゃがんでいると、耳が身体に近づいた。少しだけ、少しだけ、心臓がどくどくとうるさく鳴っていた気がするが気にしない。片手にチラシを握りしめると、ドアを開け、僕は外へ出た。


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