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変わらないもの

作者: 一日一説

「またいつか会えるよ」

 そう言い残した彼女の後姿を、僕はいまでもはっきりと覚えている。

 彼女はそう言ったきり、振り返らなかった。


 あれから10年が経って、世界は、日本は、だいぶ変わった。

 10年。

 たったの10年と言ってしまえば、そうなのかもしれない。いよいよ20代の終わりが見えてきた僕にしてみたら、10年というのはどこを切り取っても人生の起伏のほとんどを占めている、アイデンティティーの塊みたいなものなのだけど。

 では彼女にとってみればどうだろう。彼女にとっての10年は、本当に10年なのか。時間という概念から隔絶された、時間とは縁のない世界を生きる彼女は、この10年という不可逆的な矢印をどう考えているのだろう。

 3人サイズのソファに体を預けたまま天井を見つめる。最近こんなことばかり考えるのは、その日が迫っているからだ。テーブルに置かれたケータイのカレンダーアプリには、赤いバツ印まで3日の位置に今日の日付があった。


「ただいま」

 彼女は何食わぬ顔で帰ってきた。庭の植物を傷つけないように、彼女は家に面した道路へふわりと着陸した。2つの足首が変形して、人間の足の形になる。これでもう、見た目において人間との違いはない。こう言うと、おそらく彼女は怒るだろうけれど。


「変わらないね」彼女の背後に浮かぶ太陽がひときわ眩しい。

「あたしは変わらないよ」彼女はにっこりと白い歯を見せた。

「あのさ、結婚しよう」僕はもったいぶらずに、むしろ家へ入る前にプロポーズを済ませた。

 さっきまで眩しかった彼女の表情が、少し曇った。

ややあって「あたしはいいけど。なおくんはそれでいいの?」と彼女。

「いいに決まってるだろ。全部知ってるし、わかってるよ」

「そうなんだ・・・・・・。じゃあなにも言わない。こんなあたしでよければ、よろしくお願いします」彼女はきれいな背筋のまま頭を下げた。

 僕はゆっくりと起き上がった彼女を抱きしめた。


 新婚3日目。彼女はもう一人の旦那のもとへと飛んでいった。今日会いに行く旦那さんは僕と同じ日本人らしい。今日籍を入れたその足で、同じ日本でもほとんど真反対の寒い地方へと向かった。

 ちなみにもう一人の彼女の婚姻相手はアメリカ在住のスイス人らしい。そのスイス人は女性らしいので、彼女は男に変形して暮らすのだと言っていた。

 僕は彼女が飛んでいった方角の空を眺めて、次はもっと短くあることを願いながら、その帰りをぼんやりと待ちわびた。

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