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9/11

伸びる時間

 時計を見ると思ったより時間が経ってない。

 こんな時はあの夏の出来事を思い出す。

 それは中学の頃の夏休み、俺は太陽が肌をジリジリと焼く真夏の炎天下、セミのうるさい鳴き声が夏の暑さをさらに意識させる。

 俺は夏休みの宿題をほっぽって友人宅に遊びに行こうと汗をダラダラ流しながら自転車を漕いでいた。

 (暑い……喉が乾いた)

 この暑さと直射日光で体中の水分が汗となって流れた事で水分を補給しろとカラカラになった喉が訴えかける。

 アスファルトで舗装された道路の先は景色がゆらゆらと揺らめいている。

 その揺らめく景色の中に真っ赤に塗装された金属製の箱が見えた。

 (自販機だ!助かった!)

 俺は有料のオアシスを見つけペダルを漕ぐスピードを上げた。


 自販機の隣に自転車を止めて、T字路のカーブミラーの横にある自販機の前へ立つ、選ぶ品を吟味する必要もない。

 俺の目はもうすでにこの自販機のカラーリングと同じ缶を見ていた。

 ポケットから財布を取り出し、硬貨を素早く入れ、押す事を許可する事を示す発行するボタンを迷いなく押す。

 『ガコンッ』と俺にとって今は砂漠の中の生命の水のように思える刺激的な液体が入った缶が勢いよく吐き出される。

 プルタブに指をかけ『カシュッ』と中に入った炭酸が抜ける音を響かせ、それを合図とばかりに開いた穴に口をつける。

 乾ききった喉に炭酸は刺激が強く喉の奥が痛む、だが俺は構わず一気に飲み干した。

 普段ならば一気飲みをしても途中でギブアップしただろうがこの飢餓にも似た状態がそれを可能にした。

 (道中でこれなら念のため水を買っておくか……家からなんか持ってくればよかった)

 再び財布を開き多くはない所持金に悲しみを抱きながら、途中で倒れるよりはマシだと自分に言い聞かせ、購入したペットボトルの水を取り出し口から出す。

 どうせ行く道の途中でぬるくなるならとペットボトルを顔に当てて冷気を楽しみながら携帯で時間を確認する。

 (十三時三十分か……)


 ふと何気なくカーブミラーを見てると誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。

 腰まである黒髪にへそ出しの服装、ショートパンツを履いた女、そして思春期真っ盛りな俺にはそのすらりとした足と細い腰回りがこの太陽より危険だったがそれと同時に

 (こんな炎天下に日傘もささずに大丈夫だろうか)

 そんな事を思いミラー越しにジッと女を見ていた。

 そうして詳細に見続けていたからだろう、その女の口が耳まで裂けているのに気付いた。

 (まさか口裂け女!?本当にいたのか!)

 女はもうすでに俺を視界に捉えている。

 このまま慌てて逃げればあの女を刺激して何かされるかもしれない。

 俺は怖くなり気づいてない振りをしてやり過ごせないかと自販機に向かい合ったまま動けないでいた。

 手に持ったペットボトルの冷気が伝わったのか背筋が冷たくなる。

 (頼む!早く行ってくれ!!)

 そう心の中で必死に祈りながら口裂け女が通り過ぎるのを待つが女の気配が俺の後ろで止まってる。

 俺はジッと女の気配が消えるのを待ちながら、あれだけうるさかったセミの鳴き声が聞こえない事に気付く。

 (セミだけじゃない、他の音も……まるで……)

 「〇〇さんってどこにいるか知ってますか?」

 そうかわいらしい声がした。

 あまりの予想外の声と言葉に一瞬振り向きかけたが耐えた。

 (〇〇って俺の苗字だよな、なんで知ってんだ!?)

 俺はどうするかしばらく迷った。

 (もしかしたら俺が見たあれは見間違いかもしれない……でも)

 「知らない」

 俺は緊張で擦れる声でそう答えた。

 「そうですか」

 女はそう言って気配が遠ざかる。

 気配が消えた後も念のためそのままの状態でもう行っただろうと確信した俺は自転車に乗ってここから去ろうと自転車のある方向を向くとあの女が目の前にいた。

 目は前髪で見えなかっただけだと思っていたが目は無く、あの裂けた口は血のように紅い口紅が塗ってあった。

 俺は咄嗟に下を向いたがそいつと目と目が合った。

 何故ならそいつのヘソに目があったからだ。

 そいつの目を見つめてしまった俺は蛇に睨まれたように視線が逸らせなり意識がぼんやりとする。

 「うそつき」


 そう女が言った瞬間、目が覚めるようにハッと意識がはっきりとし、見渡すと女がいない。

 (あんまりに暑いから白昼夢でも見たか?)

 俺は時間を携帯で確認すると時刻は十三時三十一分を指している。

 自販機でペットボトルの水を買ってから一分しか経っていないらしい。

 ただ手に持っているペットボトルは買ったばかりとは思えないくらいぬるくなっていた。


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