黒い梟
会社の同僚Nと一緒に隣の県でのイベントの帰り道、時刻は夕方を指していたが夏が近いせいかその日は空が明るかった。
Nが小便行きたいと我慢してたのかやや真剣な顔で言い出した。
どこかに寄ろうにもここはコンビニどころか廃屋くらいしか無い山の中、内心舌打ちをしつつ、仕方なく他の車が通っても大丈夫そうな道に車を端に寄せて止めた。
よほど限界だったのかNは車を降りるとドアも閉めずに小走りに行ってしまう。
俺はNが開けっ放しにしたドアを閉めNが戻ってくる間に少し運転の疲れでも癒そうとタバコに火を点けゆっくり味わいながら、この糞田舎の緑以外売りがなさそうな景色をぼんやりと見渡す。
どれだけゆっくり見ても見つかるのは雑草でコーティングされた古い木造の小屋くらいだ。
そうやってタバコの灰が落ちるくらいの間見ていると、Nがいつの間にか戻り幾分すっきりした顔で同じようにタバコを吸いながら景色を見ていた。
俺は若干イラッとしたがそうとも知らず、Nが何か見つけたのか
「おい、あそこになんかいないか?」とか言ってきた。
Nが指を指すが俺にはそれが何か見つけられなかった。
そこでNがスマホのカメラで写真を撮りそのズームして画質が少し荒くなった画像を俺に見せてきた。
そこに写っていたのはフクロウ?
いや、一見したらフクロウなのだがカラスのように真っ黒で目が一つ目小僧のように真ん中に一つしかなく足も一本だけでよく見れば翼も無い。
「なんだこれ?作り物か?」
「でも、鳴き声みたいなの聞こえるし動いてるぞ?」
Nはそう言うが俺にはこいつが本当にいるようには思えなかった事とNの言う鳴き声が俺には聞こえなかった。
「俺には鳴き声が聞こえないんだがどんな感じなんだ?」
「おっさんみたいな声であーあーとか鳴いてる」
おそらくNがふざけて適当な画像を拾って俺を怖がらせてからかおうとしてると思い、先ほど若干イラついたのもあり、無言で車に乗って置いて車を走らせる。
後ろからNが慌ててついてくるのを見て多少溜飲が下がったのでNを乗せて帰る事にした。
その翌日、Nが少し眠そうな様子で会社に来た。
「あの後飲みにでも行ったのか?」
「なんかあれからずっとあの鳴き声が聞こえてて眠れなくてな」
まだ俺をからかっているのかと思ったがどうもそんな感じではなく本当に悩んでる顔をしている。
「そんなに眠れなくなるまで気になるなら今から耳鼻科でも行ったらどうだ」
「いや、今日中に終わらせたい仕事あるからそれが終わってから行く」
そう言ってNは上司にその旨を報告をし、しばらく仕事をした後に帰って行った。
その日を最後に俺はNの姿を見ることは無かった。
次の日、Nが会社に来ていない事に気付いたがその時は遅刻でもしたのかと思った。
しばらくしても来ないので俺は上司にNはどうしたか聞いてみると医者もわからないらしいから別の所で行くので休むらしい。
心配になった俺は昼休み中にNにLINEで連絡をとってみると、
『医者からはもしかしたら精神性の病気かもしれないから精神科へ行くように言われた、あと昨日よりあの鳴き声が大きくなっててうるさい』
その内容に俺は『まぁ、こういうのは何も気にせず頭空っぽにしてるといいらしいぞ』と返した。
仕事が終わったのでNに飲みに行こうかと電話をしてみると眠そうな声でNが電話に出た。
「それでなんの病気かわかったか?」
「すまん……もう一回言ってくれよく聞こえなかった」
俺は声を大きくして先ほどの言ったのを繰り返した。
「まだ詳しい事は断言できないけど鬱病じゃないかってさ、そんな訳だからしばらくのんびりするさ」
そうやってNは笑いながら電話を切った。
次の日、LINEで連絡するとなかなか返事が来ない。
昼頃に1件返信が来た。
『さっきから眠ろうとするとあの声で起こされてまだ眠れない』
今日は仕事が忙しいので明日差し入れでも持っていくと返信をした。
Nがフクロウを見てから4日目、Nに連絡をいくつかするが返答がまったく返ってこない。
心配した俺はNの住んでいるマンションに行くと何か複数の人の声とあーあーと大声で叫ぶ男がいた。
俺はなんだろうとその様子を見る。
どうやら警察官が大声で叫ぶ不審者を連れてこうとしている最中のようだ。
その男がパトカーに乗せられる瞬間顔が見えた。
それは両手で耳を塞ぎながら涙と涎で顔がぐしゃぐしゃに汚れたNだった。
その時、俺は聞いてしまった。
「あぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ」
どこかで聞いた事のある声、その声がするマンションの屋上を見るとあの山でNが見せた画像の一つ目の黒いフクロウがいた。
ただあの時見たのと違っていたのは、はちきれんばかりに膨れた腹、そしてあの一つしかない目は俺をしっかりと見ており、その目は心なしか笑っているように見えた。
Nが連れていかれてから1か月が経つ、Nはあれから精神病院に入れられたらしい。
あれから何もなかったから大丈夫と思っていた。
だが、どうやらあいつは俺も狙っていたらしい、もうじき俺もNのようになるのだろう遠くからあの時聞こえたあーあーという声が聞こえ始めた。
Nは気付かなかったみたいだが、俺は自分の声を録音して聞いたことがあって気付いた。
あの声は俺の声だ。
あの悲痛な声は俺だ
Nが連れてかれる一瞬で見た顔でわかった、わかってしまった。
あの声は魂を少しずつ啄まれ喰われる苦痛の声だ。
もしこの世界にあの世があるのなら、このまま奴等の腹に収まるよりましかもしれない。
だが、たぶんもう手遅れだろう・・・