夜の踏切
夜中、寝る前にタバコを吸おうと箱に指を入れるが指に目的の物が当たる感触が無かった。
(タバコが無いな)
普段から咥えてる物が無いとなるとますます欲しくなる。
またタバコが高くなるから禁煙しようと決意しても1時間もしないうちに吸ってしまう俺には明日まで待つという選択肢は無い、多少歩くが近くにあるタバコの自販機まで行くことにした。
(外は寒いから何か羽織るか)
俺は上着を羽織り、無駄に鳴るアパートの階段を降り、自販機までの道を歩いていく。
自販機までの道の途中には踏切があり、その時間が昼とは違う顔を見せるこの不気味なほど静かな場所を通り過ぎ、角を曲がれば俺の肺と唇と掴んで離さない恋人がいる。
自販機の光に照らされるタバコが早く私をその手の中に抱いてと言ってように思える。
(待ってろよ、今そこから出してやるからな)
とアホな事を考えながら、タバコを買い封を乱暴に開け、タバコに口づけをし、ポケットをまさぐる。
(……ライターが無い……)
自分のうっかりを呪いながら自宅に戻ることにした。
自宅に戻る途中、タイミングとは悪い時に重なるもので
『カン、カン、カン』
という音とともに遮断機が下りてくる。
俺は舌打ちをしつつ電車が通り過ぎるのを待つことになった。
(早く通り過ぎないかな)
とぼんやりと電車を待っていると、踏切の向こうの所に何かいる。
気になった俺はそれを目を凝らして見ると子供の膝から下だけの足が見える。
最初は電灯に照らされていないから暗くて足だけしか見えないのかと思ったが、やけにはっきりと見える。
(幽霊か初めて見るな……)
そんな事を思っていると電車が勢いよく通り過ぎる。
人が作り出した鉄の箱、ここは現実でそんな非現実的なものはいないと言うかのように風圧で俺を殴ってくる。
それを証明するように電車が通り過ぎた後にはそれはいなかった。
(何かの見間違いだろうか?)
そう思い遮断機が上がっていくと視界の端に何かが写る、気になり視線をその何かに向けるとそこには踏切の向こうにあったはずの足があった。
その足先が俺の方に向いている。
遮断機が上がりきる前に俺はなんかやばそうだと思い走った。
急に走ったせいで足がもつれそうになりながらもあの足に追いつかれないように全力で走った。
後ろを振り返りあの足がついてきてないか時々確認し、アパートの前までなんとか帰ってくることができた。
降りる時より大きな音を響かせながら階段を駆け上がり、鍵穴を何度か差し損ねながら自分の部屋に入る。
チェーンをかけ、あの足がいないのを確認すると段々と冷静さを取り戻せた。
顔からは汗が滴り落ち心臓が痛いくらい鳴る。
走れば体も多少は暖かくなるはずだが体は外の寒さとは違う冷たさを感じている。
しばらくしてだいぶ落ち着いてきた俺はあんな事があったにも関わらず、タバコを吸おうとテーブルのライターを手に取り、腰掛けようとベッドに近づいた。
(!??)
痛みを感じるほど強く足首を圧迫される感覚があった。
俺はまさかと思いながらゆっくりとゆっくりと嫌な事を先延ばしするかのように下を見る。
目に映るのはうつ伏せの姿勢の小柄な人間、髪は年を取った老人のように所々灰と白が混じり、その手には赤黒く錆びた鋏の中ほどを握り持っていた。
先ほど収まったはずの汗がまた流れ始める。
視線は外したくても恐怖で外せず見ていると、首がゆっくりゆっくりと回り人間が可動できる範囲を超えて首を真後ろに向けた。
小柄な男は目を見開きジッと俺の顔を見つめる。
どれくらい時間が経ったかわからない、ただどうなるかわからない緊張感で俺の心臓と呼吸は段々と荒く激しくなっている。
「違う」
男は急に声を出したかと思えば俺の足首から手を離し吸い込まれるようにベッドの下に消えた。
俺はベッドから即座に離れ、あの男はいるか確認してみたがそこにはいつもの埃が積もった床があるだけだった。
俺はやっとタバコに火を点け肺一杯に吸い落ち着いた時、子供の頃聞いた話を思い出した。
踏切で電車が来る合図が鳴っている時、小学生がふざけてぶつかり、ぶつかられた子が電車で足を切断され死んだという話だ。
あの小柄な男はその話の子で今でも自分の足が無くなる原因を作った奴を探して殺そうとしてるんではないだろうか。