拝啓ご両親、聖夜もへったくれもあったもんじゃありませんね。
本筋に関わりのないオマケです。
クリスマスイブといえば、日本においては宗教色が薄くなったお祭りの一つですね。恋人が愛を語らい、子共と親が和やかに一日を過ごし、楽しい仲間達と集まって大騒ぎの一日を過ごす日です。
「そして十月初旬産まれの子共が仕込まれた日でもあります」
「マジで?」
「いきなり雰囲気ぶっ壊すのやめてもらっていいですかね?」
そんな日に僕は局内即応対機でデスクに釘付けという憂き目を見ていました。ええ、警察や消防、あとお医者様と一緒ですよ。亡くなる人も「そっかー、聖夜かー、じゃあ空気読んで死ぬの延期すっかー」とはいきませんからね。
「そうはいいますがねビギナー、ここに十月初旬生まれが一人いまして」
「おっと、人の家庭をネタにするのはやめていただこうか」
机の上で器用に手を捌き合うお二人は、それでもいつも通りでしたが。多分班長は先輩にベアクローを喰らわせようとしているのでしょうが、先輩はそれを上手いこと捌いて手首を取ろうと試みているものの躱されているようです。下らない煽り合いに混ぜて、さらっと高度なことをしないでいただきたい。
「とはいえ、今更クリスマスといっても皮肉にしか思えませんけどね」
リーチを活かして多方面から攻めてくる手を無理せず弾き、時に掴もうとすることで動きを阻害しつつ先輩は嘆息しました。
まぁ、仰りたいことは分かります。中途半端に黙示録が始まってしまった今、人類の原罪を背負ったナザレのヨシュア君をお祝いする気にはなれませんよね。事実として再起性症候群が確認されて以来、キリスト教の宗教論争は絡みに絡んで凄いことになっていますから。やっぱり下手に人類の終末なんて予言すべきではありませんね。
「まー、我々んとっちゃ美味いケーキを食って玩具をねだるふんわりした日だから、別にこれといって変わることは何もないんだが」
「赤い服着た家宅侵入者とは縁が切れて久しいですし」
仮にも起源が聖人にある空想存在になんて評価を下すのですかこの人は。あの両親という背景を持つ御仁は、神道の家である家にも差別せずプレゼントを持ってきてくれたというのに。
「でも、思い出はきれいなままですよ。懐かしいなぁ、小学生の頃にDSを貰ったのは嬉しかったですねぇ……」
あの時の事はよく覚えていますよ。二つ折りの真っ白な携帯ゲーム機、クラスのみんなが持っていて、凄く欲しかったので何度も親におねだりしてようやくでしたから本当に嬉しかったものです。その日のうちに友達の家に行って、一緒にくれたゲームの攻略を教えて貰ったりしましたっけ。
「小学生で……」
「DS……だと……?」
懐かしさに浸っていると、お二人の動きが止まっているのが見えました。何やら信じられない物を見た、というような顔をして奇妙なポーズで固まっています。
「どうしました?」
「……時にビギナー、お前さん最初に触ったゲーム機って何?」
「えーと、PS2ですかね」
たしかよく分からないままパズルゲームを遊んでいたと思います。家族は主にDVDを見るのに使っていましたが。
「先輩は何でしたっけ?」
「スーファミ……お前は……?」
「ゲームボーイです……流石にポケットでしたが」
ただ、すっと答えたそれがお二人には何やら響いたようで、ずーんと沈んだ顔になってしまいました。班長は半笑いを浮かべようとして失敗した感じのやるせない表情に、先輩は珍しく眉をハの字にして伏し目になっています。
一体何があったというのでしょう。
「そうだよなぁ、歳もとるよなぁ……もう一年終わっちまうんだぞオイ」
「ですね。ああ、今年仕事しかしてない気がします……」
「お前まだいいだろ、私親から見合いの写真を遂に押しつけられたんだぞ」
「マジっすか」
何やらメンタルに重大なダメージを負ったらしいお二人は、ぼそぼそとあんまり聞き取れない声で会話しはじめました。はて、僕は何かしでかしたのでしょうか。
ふとPCの時計に目をやれば、時刻は二〇時を回っていました。夕飯を書類の作成でスキップしていたので、ぼちぼち何か食べた方が良さそうですね。
今のお二人に声をかけても碌な答えが返ってきそうにありませんし、コンビニで適当に色々買ってきましょうか。
あーあ、ゼミの同期が華やかに過ごしている中、上司二人とコンビニ飯か…………。
帰宅ラッシュが終わる八時過ぎともなるとコンビニも在庫処理に必死なのか、半額になっていたのでついついケーキなんぞを買ってしまいました。
コンビニスイーツなのでこってり甘そうで、時間的に胃にきつーくのし掛かりそうですが季節物は縁起物。期間限定に弱い日本人なので、ついつい財布の紐をゆるめてしまいました。何より女の子――強調――ですから、甘い物は大好きですとも。
「班長、先輩、御夕飯とケーキ調達してきましたよ」
戻ってくるなり机に突っ伏して死んでいたお二人に声をかけると、再起性死体を想起させるのっそりした動きで起き上がったので心臓に悪かったです。これでオフィスの灯りが落ちてたら、迷わず銃抜いてましたね。
「あー……メシか……クリスマスにコンビニなぁ」
「そこらに食いに行く訳にはいかないんでしかたないでしょう。シフト決めでクリスマス待機を引いた班長が悪いんですから」
「うるしぇー、仕方ねぇだろWPSはヨーロッパ基準なんだからよぉ」
ぶちぶち言いながらお二人は袋を漁り、結局何時も食べているカップ麺を取り出しました。
そういえば、WPSは国際組織でWHO隷下というのもあって、休日にたいする姿勢は西欧式です。人員不足故に長いバカンスこそありませんが、クリスマスを重視していて既婚者勢は基本的に勤務シフトから外される優遇措置があるのです。あと、デートを予定している人も優先的にシフトから逃れられるとか。
僕がメンター二人に引っ張られて出勤しているのは、お二人が一人身故の巻き添えでもあるのです。
とはいえ僕にはそれを口にしない分別と優しさくらい有りますとも。というか、口にしたが最後殺し合いか「お前だって一人身だろうが」という巨大なブーメランが頭に突き刺さる未来しか見えませんしね。
「だったら班長がさっさと野郎捕まえてくればいいんですよ。そうすれば連座して私もお休みでした」
「なら手前が合コンなりで捕まえてこいや。居酒屋で未だに身分証の提示を求められるチビに捕まえられるかはともかく」
「あ?」
「おおん?」
そして、僕が自重していても率先して殺し合う二人は一体何なんでしょうか。
「頼みますからお湯が入ったカップ麺挟んで乱闘しないでくださいよ」
「スープを相手の顔面にシュゥー!」
「超エキサイティン!!」
「やめてください」
この二人は仲が良いのか悪いのか、本当にもう……。
三人揃ってずるずると麺を啜りましたが、電話は静かで鳴る気配がありませんでした。きっと院内待機組が上手く処理してくれているのでしょう。あっちはあっちで病院での待機で陰気そうですから大変ですね。
「ぷは……聖夜にカップ麺ってのも味気ねぇよなぁ」
「唐揚げも買ってありますけど」
言って袋から唐揚げのパックを取り出すと、先輩が微妙そうな顔で天井を仰ぎました。
「正しくは七面鳥なんですけどね」
「仕方ないじゃないですか、日本じゃ誰も食べないんですから」
「そう美味いモンでもないしな」
コンビニに何を求めてるんですかね、この人。妙に油のキレが悪いですけど、これはこれでオツな味だと思いますよ。正しく寂しい夜勤の味って感じで。
もそもそ唐揚げを食べ終え、お次はケーキです。捻りのない生クリームと苺のホールケーキに申し訳程度のクリスマス要素で柊を模した飾りや、砂糖菓子のサンタクロースが乗っていました。
「あー、酒呑みたいな」
「生クリームならスパークリングワインかシャンパンですかね」
「おお、合いそうだな。クソ、それならちょうど良いのが何本かストックしてあんだがな……流石に飲酒勤務は訓告じゃすまんしなぁ」
そんなケーキを前に風情もへったくれもないオッサンみたいな事を宣うお二人。本当にお酒好きですね。いや、飲まなきゃやってられないって気持ちはよく分かりますけど。あと班長、お叱り程度で済むなら飲酒勤務上等発言はやめてください、普通に怖いです。
「あ、そうだ蝋燭つけます?」
フタの箱にテープで留めてあったカラフルな蝋燭を引っぺがして見せると、班長が不思議そうに首を傾げました。
「いやいらんだろ。てかなんでクリスマスケーキに蝋燭?」
「そりゃヨシュア君の誕生日ですから」
なるほど、確かに今日は本来ならキリストの生誕祝いですものね。とはいえ、彼のお父上がきちんと仕事をしていないからこそ、僕らの仕事が発生していしまっている現在を鑑みるに祝ってやろうという気にはなりませんが。
死体が大人しくしていてくれたら、僕は何をする人になっていたのでしょうか。きっとここにはおらず、別の場所で聖夜を過ごしていたのでしょう。
それがどんな形であれ、多分今よりは幸せそうなのが寂しいものですね。
「あれ? ビギナーお皿は?」
「あ、しまった……すみません、カップ麺のフタか何かで代用してください」
先輩に指摘されて気付きました。しまった、紙皿を調達するのを忘れていました。今から買いに行くのめんどくさいし、カップ麺のフタに乗せて食べることにしましょう。
「ナイフは?」
「ああ、店員さんにプラスチックのナイフをつけ……あれ?」
そしてなんと言うことでしょう、あの店員ナイフを忘れてやがります。どうしてカウンターの上に出すところまでやって、袋に入れるのを忘れるのでしょうか。こまりましたね、包丁も果物ナイフもありませんし……。
「一応ナイフならありますが」
ばちんと物騒な音を立てて先輩が折りたたみのナイフを展開しました。マットブラックに塗られた軍用メーカー製と思しきソレは、明らかな使用の痕跡が見られます。
「お前それ、仕事で使ったヤツじゃねーか」
「失礼ですね、きちんと煮沸してますよ」
そういう問題じゃないんですよ。甘い物を見て増していた食欲が垂直に落ち込んでいくのが目に見えるようでした。
「何より再起性死体には突き刺してません」
「たりめーだ。使った上で出してたらもっかい精神鑑定にぶちこんでるわ」
この人、常識が多少あるように見えて変な所でネジが吹っ飛んでるのはなんなんでしょうか。幾らオフィスでわびしく待機しているからといって、折角のケーキを戦闘にも使えるフォールディングナイフで切りたくはありません。
「じゃあせん……班長はナイフありますか?」
「あ? それこそ私のはダメだ、使用済みだかんな」
ここでいう使用済みというのは、言葉尻からして再起性死体に叩き込んだ経験があるということでしょう。流石にそれを持ち出されたら僕は帰ります。
「そんなの気にするタマでしたっけ……?」
「うるせぇ、お前も少しはビギナーを気遣ってやれ。まぁいいだろ、それぞれ箸でつついて食おうぜ」
ああ、班長なりに僕を気遣ってくれていたんですね。それでも失せた食欲は帰ってきませんが。
結局、なんとも滑稽なことに僕らは箸でケーキをへつりながら食べるハメになりました。少しでも聖夜をらしく過ごそうと思い買ってきたケーキですが、こんなしまらないことになろうとは。
どう食べても味は変わらない筈なのに、もったり甘すぎるクリームがより重く感じられました。
「何か見た目汚らしいですね」
「言うなよ、みんな分かってんだから」
抉られていき中央に立ったサンタがどんどん孤立していく光景は、無機質なオフィスの薄ら寒い蛍光灯の下で殊更に虚しく映りました。なんだか、どんどんと生きづらくなっていく今の社会をみているようで。
「サンタはビギナーに譲ってやろう。買ってきた本人だからな」
そういってサンタの砂糖菓子を箸でつまんだ班長が僕に箸を伸ばしてきました。白い髭の老翁と目が合い、笑い損ねたような出来の悪い顔と面を付き合わせていると非常にわびしい気持ちになってきました。ただでさえどん底だったというのに。
僕は何とも言えない気持ちを込め、このさもしい夜勤が具現化したといっても過言ではない砂糖菓子を噛み砕きました。
そして、それと同時に電話が鳴り響きます。HQからの内線を示す電子音は、不味そうに咀嚼されたサンタの断末魔なのでしょうか…………。
時間の流れは残酷。どれくらい残酷かといったら新入生に最近のガンダムの話題として00の話を振ったら「え? それって最近じゃないですよね?」と無情に斬って捨てられるくらい残酷。
ということでメリークリスマス。