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拝啓ご両親、別に誰も居ない自室のドアをノックするのは病気ではありませんから心配しないでください

 職業病というものが世の中にあるのはご存じでしょうか。


 まぁ、色々ありますよね。知人はコンビニバイトしてたせいで棚の商品を前出ししたくなるとか言ってましたし、両親は挙動不審な人間を見たら職質しなきゃと使命感に駆られたりしていましたから。


 僕の場合は曲がり角と扉に酷く敏感になってしまったことでしょうか。


 ドアの向こう側にある気配を探ろうとしたり、狭い角に近づくと手鏡が欲しくなったり、もう日常生活でも嫌になるほど神経質になってしまいます。クローゼットをノックしてから開けるとか、状況を知らなければただのパラノイアでしょう。


 「うああー」


 それもこれも、飽きることなくアンブッシュを喰らい続けたせいだと悪態を内心で吐きながら、僕は曲がり角から伸びてきた手の手首をひっつかみ、前進する勢いを都合の良いように乱してやりました。


 「うおわっ……」


 掴みかかってきた人影は小さく声を漏らし、受け身を取りながら派手に転倒しました。その人影がボロボロの衣服を纏い、ヘッドギアの識別表に出血、欠損、腐敗臭などと確認要素があることを認めると右手の拳銃を頭部に向けます。


 「再起性死体確認! 強制執行!!」


 そして引き金を二度絞ると、圧搾ガスによるリアルなリコイルが手首に伝わりました。そして、僕の目には見えないレーザーが発され、弾着箇所をコントロールセンターに報せるのでしょう。


 ただ、その結果は僕に分からないので、念のために倒れた人影の足先を軽く蹴っ飛ばし、反応を見ます。


 返答は沈黙。まぁ、この距離では流石に外さないですからね。


 さて、ここは高槻市の山の中、完成から僅か二ヶ月というできたてほやほやの訓練施設です。キルハウスとも呼ばれる仮想築物群が立ち並ぶ、僕たち強制執行官の主戦場である市街地や屋内を模した妙に風通しの良い街でした。鉄パイプを組み合わせ、灰色のシートを被せて塀や建物という設定にした障害物が並ぶ光景は、サバイバルゲームのフィールドのようだと同僚達が噂しているのを耳にしました。


 現在、僕はそこで単独行の訓練中です。シチュエーションはスケールⅤのニアパンデミック区画を移動中に搭乗車両が事故で擱座。装備は喪失し拳銃一挺と弾倉二本、手斧が一本だけという状態で目的地まで脱出しなければなりません。


 護衛対象も負傷した味方も、運ぶべき大型パッケージもなし。実にノーマルな難易度の訓練ですね。


 そして、今引き倒して模擬銃で無力化したのも訓練を積んだパートタイムのエキストラです。演技指導を受けたスタントマンが――時給がいいのと“リアルなゾンビになれる”という触れ込みで存外人気だそうです――再起性死体の習性や挙動を真似して、こうやって敵として配置されているのです。こっちも実戦を想定して無力化に当たるので、適当な素人を放り込む訳にもいかないそうで中々面倒ですよね。


 エキストラを跨ぎ越して通りを走り抜け――後ろでゴソゴソ移動する音がするのは、きっとリスポーンして別の所から襲ってくる為でしょう――目的地を目指します。嫌らしいことに頻繁に形が変わるから覚えゲーにすることもできず、しかも設定が無駄にリアルなので……。


 「あっ、こっちも行き止まり……」


 車両で道を塞ぐなど死ぬほど陰湿なイベントが盛りだくさんなんですよね。一回、護衛対象として子共のエキストラとか車椅子の老人を配置された時は、デザイナーの正気を疑いましたね。


 しかもご丁寧に赤い看板が上に載っけてありました。炎上中、と書いてあるので乗り越えられないので実に性根が悪い。


 今回の訓練デザイナーはかなり陰険ですね、ここが通れないと脱出地点まで相当の回り道を強いられることになってしまいます。しかも脱出時に車が燃料漏れで荷物も満足に持ち出せなかったという設定上、地図もカーナビを使って四~五分しか覚える時間が貰えなかったから迂回路を探すのも苦労しますし。


 ほんと、ハプニング表を作って賽子転がして決めてるってのもあながち嘘じゃなさそうですね。訓練デザイナーのオフィスが陰で畜生小屋と囁かれるのも納得……。


 更にいやらしいことに、何処かに設置されたスピーカーから助けを求める声が流れ始めましたから。職務上、そして訓練シチュエーション的にこれを見過ごすことはできません。あれ、もしかして僕、心読まれました?


 既に弾倉は一本使い切ってしまっていて、今は二本目です。マガジンリリースを押して弾倉を引き出せば、P228の模擬銃には残り6発の弾丸が収まっています。


 残りは少なく、市街地とスケールⅤという想定からして再起性死体の数は多く配置されているでしょう。となると在庫は全然足りませんが、仕事はしなければいけないわけで……。


 やむなく僕は声の方向に進路を移し、仮想の救出劇を急ぐことにしました…………。












 「よぉ安楽死待ち、ご苦労だったな」


 「うう……」


 コントロールセンターの評価室で項垂れていると、班長が入ってきて中々に強烈な皮肉と一緒に缶コーヒーを奢ってくれました。


 結局、僕は今日“殉職”判定を喰らいました。というのも、助けた人が感染者であることのチェックが甘かったせいで二次感染判定を貰ってしまったのです。もしこれが実戦であったなら、僕は今頃拘束衣を着せられて、右手だけ動く状態で最後の手紙でも書かされている頃でしょう。


 それくらい訓練はガチなのです。救出したエキストラにかみ傷のメイクがあったのに気付いていれば、また別の対応がとれたでしょう。勿論、エキストラは実際の感染者に近い行動を分析した台本を読み込んでいるので、巧妙に怪我を隠してきましたから、実際なるべくしてなった感はありますが。


 「で、今月何回くたばったよ」


 「もー覚えてないですよ…………」


 ごんと額を打ち付けた机に転がるクリップボードには、E判定――A~E判定、志望したら勿論最低評価です――の赤いスタンプが押された評価書と寸評が転がり、似たような評定の書類が挟まったファイルが隣に置いてあります。


 すべてキルハウス完成後、妙に増えたニアパンデミックシチュエーション訓練の結果です。多分、マスコミが大きく騒いで広報部に色々とぶっこまれたんでしょうね。


 「えーと? 殉職6回、感染7回、脱出失敗による消毒に巻き込まれること3回、なんでぇ20いってねぇじゃねぇの」


 ファイルをペラペラ捲る班長が禁煙パイプを咥えながら仰いますが、結構な回数だと思いますよ。エキストラ数人に群がられて殉職判定喰らうのはもう嫌です。こんなんでもおっぱいついてるんですよ僕は。


 「でも不適切行減点とかないから、あの仏頂面よりマシだろ」


 「え? 先輩なんかやらかしたんですか?」


 「上級訓練で結構なー」


 咥えた禁煙パイプをぴこぴこ動かしながら、班長は評価室のモニターを操作して画面を切り替えました。すると、今正にライブで動き回っている先輩の訓練光景が映し出されたではないですか。今回の僕と同じく軽装で、あまり面識のない執行官数人と共同して動いているようでした。


 「いつも通りに見えますけど、何やったんですか……?」


 「おう、訓練序盤に感染判定くらった同僚のドタマを脱出口付近で眉一つ動かさず無言で後ろからぶっ飛ばしたり、感染が明確な生存者を囮に使って血路を開いたりと、公の場で口にするも悍ましい外道行為多数に手を染めてなぁ」


 「うわぁ……」


 「後にも先にもアイツくらいだろ、訓練の評定に、RTAじゃないんだから加減しろと書かれる奴は」


 そういって班長は口の端を吊り上げて歪に笑いました。ほんと、本当に何してるんですかねあの人は……。


 訓練は実戦のように、実戦は訓練のようにとよく言われますが、それだけに訓練中の行動は実に細かく分析されます。訓練でとる行動は実戦でも出やすいですからね。


 何より警察官と一緒で拳銃を携行して市街地を彷徨き、次いでもって彼等より発砲件数が比べ物にならないくらい多い職業ですからメンタルチェックも結構多いのです。そして、実戦と同じシチュエーションに身を置いた時の行動は、人間の本性をさらけ出すのに十分過ぎるものでしょう。


 というか、下手すると精神鑑定にブチ込まれるかもしれないのにあの人は何だって……。


 「な、アイツがタスクチームの選抜に引っかかるあたり、判断基準がマジで謎だよな」


 僕が思っても内心で済ませていたことを班長はずぱっと言い切りました。この人の凄い所は、これを陰口で終わらせず後で本人にもキチンと言う所でしょう。それで尚昇進できている対人能力の凄まじさと言えばもう。


 ああ、あと班長、でっかいブーメラン頭に刺さってますよ。


 「ってあー、まーた外道行為を……」


 声に反応してモニターを見れば、先輩が何を思ったか再起性死体役エキストラの頭に発砲して無力化したと思えば、襟首をひっつかんで強引に立たせているではありませんか。そして、それを殺到するエキストラ相手に防壁にしていました。


 「み、ミートシールド……」


 「いちお、機能停止したら再起性死体でも囓るからなぁ、連中……だがバイトのエキストラが一瞬ドン引きして動き止めるような手段をノータイムでとるなよ」


 映画やゲームで見る敵を盾にする挙動ですが、ガチでやられると色々と絵面が酷くてドン引きです。これが現実の光景であったら、食料に群がる亡骸相手に拳銃を短刀染みた使い方をしながら倒していく血みどろ残虐ファイトですよ、とてもお茶の間には流せません。


 「敵味方共にドン引きってのもどうなんですかね」


 「とはいえ、そのおかげでアイツ、訓練での死亡回数未だ二回だぞ」


 「マジですか?」


 訓練で二回しか死んでいない、その凄まじさは実際にやってみないと分からないでしょう。


 というのも、いざ有事になると僕らは死ぬのです、ぽんぽんと。


 数に押されて、路地で鉢合わせて噛まれ、扉ごと押し倒されて潰れ、返り血が粘膜に入って、暴走した車両に突っ込まれて、騒ぎで起こった火事に巻かれて、何かの弾みで倒壊した建物に飲まれて、区画毎の消毒から逃れきれずに。


 僕らは死ぬのです、実に簡単に。それを実戦訓練で嫌と言うほど思い知りました。キルハウス完成から二ヶ月しか経ってないのに、50回は余裕でくたばってるでしょうね。


 それをたった二回……異常な数字です。


 「あの、もしかしてそれって……」


 「ご想像のとおり通しでだよ。私達はタスクチームの選抜で東京のキルハウス通いもしてたからな。アレは生存本能に手足が生えたみたいなモンだかんなぁ」


 向こうじゃニュータイプってあだ名貰ってたぜ、と班長はパイプを本物の煙草のように扱いながら笑っていました。そりゃあの理不尽な死に覚えゲーをたった二回しか死なずに今までこなしたら、そのあだ名も納得でしょう。


 「あの人、実は外で誰かコントローラー握ってたりしないでしょうね」


 「セーブ&ロードしてても不思議はないな……ああ、終わったか」


 ビビって動きたがらない難物の要救助者役エキストラを拳銃で脅すという暴挙をかまし、脱出口に先輩が辿り着くところをモニターは映していました。これ、後の評定で超叱られるんじゃないですかね。


 「これまた物議を醸しそうなフィニッシュを……」


 「あの野郎はしれっと「死ぬよりマシだと思いますが?」ってぬかすだろうがな」


 「正論という棍棒で撲殺しにくるスタイル……」


 呼び出された会議室で悪びれもなく、真顔で淡々と宣う先輩の顔が見てきたようなリアルさで脳裏に浮かびました。


 あの人、たまに信じられないくらいの効率中毒者になりますからね。ああ、そういえば僕が始めて非再起処置をやった時も思いっ切り背中を蹴倒してくれたっけ。きっと、結果があれば仮定を気にしない性質なんでしょう。


 「あ、そうそう、次は屋内制圧の集団訓練な。それが終わったら今日の感想戦纏めてやっから」


 一頻り先達と部下のことで言葉を交わした後、班長は思い出したように新しいシチュエーションシートを押しつけてきました。時刻は20分後……いやいや、もう今日4回こなしてるんですけど?


 「密度エグくないですか……?」


 「まぁ、こうも上が焦ってっとフラグにしか思えないわなぁ」


 「フラグ?」


 後で聞いたことですが、映画やドラマの良くある展開をなぞる言動をフラグというらしいです。そして、上が焦っているというのは、役職持ちだからこそ分かる班長のアンテナに何かが引っかかってきたのでしょう。


 「さてな。まぁいいさ、励めやビギナー。こいつでもお賃金が発生してんだ。私もちっとお勉強せにゃならんしな」


 訓練要項の冊子をぺらつかせながら、班長は笑って立ち上がりました。


 よくみれば、小脇に抱えている英語の教範は上級執行官試験向けのソレでした。国際公務員でいう所のミドルクラス、民間会社で言い換えれば係長クラスの選抜試験。


 WPSにおいては区の執行指揮管にもなれるクラスですが、運動試験もあるので密度的には博士号よりダルいと噂の難題です。


 「班長、昇進したいんですか?」


 「いや、上がうるさいんだよ、はよ昇進しろって。あれは多分私を本局に送りつけて厄介払いする気だな」


 けたけた気楽に笑う班長ですが、厄介払いで昇進させるって何か違わないですかね?


 確かに本局詰めの執行官は、殆ど重要地に詰めてアドバイザーをするだけだから、実働がないので班長も問題を起こしづらくはなると思いますが。


 「ま、お互いやるべきことは多い。さ、さっさとケツ上げろ」


 話題の転換に覚えた一抹の不安も拭いさられてしまい、僕は次の訓練のため装備受領に向かいました。


 そして、後々後悔するのです、早い内にやめときゃよかったと…………。

はい、よーいスタート(幻聴)


また間が開いて申し訳ありません。色々ありました、色々と。

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