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ニアパンデミックと警備員と小遣い稼ぎ

 日光浴をするのが似合いの穏やかな空気の中、どこか間抜けな音が響いた。


 音の壁を越えぬよう装薬を加減されたサブソニック弾と、空気を震わせる発射ガスの逃げ道を作るサプレッサーが生み出す銃声だ。


 くぐもった銃声が一つ鳴る度、老人ホームに続く坂道の何処かで死者の頭が爆ぜた。


 「見事なものだ。全部綺麗に頭か」


 「お褒めにあずかり恐悦至極。けっこ難しいんだよね、この子。大食らいだし」


 単眼鏡を借り受けて観戦する老紳士の賛辞に対し、屋上の縁に二脚で銃を預け、胡座を組んで射撃姿勢を作った警備員は過去と未来の混血児を丁寧に扱いながらぼやいた。


 というのも、この混血児そのものは民間モデルであるが、実態としては“ゾンビハントモデル”と呼ばれる特注品だからだ。カートリッジ経が通常より短い特注のサブソニック弾を飲み込める機構と、銃剣を想起させる長大な減音機は7.62×51mmという大口径弾の銃声を抑えるために相当の無茶をしている。


 それもこれも、小口径弾では遠距離での無力化が難しく、さりとて野放図に銃声を鳴らせば包囲されるという再起死体の厄介さが原因だ。無茶を通すには無理をするしかなく、無理は当然現場の負担として表出する。


 一発一挺当たりのコスト増大に合わせ、扱いづらさという形で。


 「専用弾はお高いし、330ヤード越えると滅茶苦茶当てづらいし」


 「ふむ……初速を落としているが故の弊害が」


 「いえーす、ご明察」


 再び銃声。隣に立っていても耳を痛めない程度に抑えられた銃声は、減装薬されて初速が亜音速にまで落ちた弾丸の恩恵であるが、当然世の中あちらを立てればそちらは沈む物である。通称ゾンビキラーと呼ばれる亜音速の大口径弾は静粛性の代償として、ライフルの利点である高い初速による長射程と精密性を投げ捨てているのだ。


 それ故にある程度を越えると弾頭はエネルギーのロスによって風の影響を強く受け、射線も安定しなくなる。されども、死者を相手にするのであれば330ヤード、300メートルほども離れれば十分過ぎるので実用に問題は無いのだが。


 「が、今のは500ほど離れているように見えたが」


 「そりゃープロですから」


 次いで銃声が三度。きっちり一拍ほどの間を開けた三連射の後、遙か遠くの角から顔を覗かせた死者三人が頽れた。男女と子共、親子連れだったのだろうか。


 「あ、雑貨屋のロッシュさん達じゃあーりませんか。あそこ、沢山買うとオマケしてくれるから好きだったのに」


 「そうか、残念だ……私もたまに使っていたのだが。せめて冥福を祈ろう」


 視界の端で十字を切る老博士に、警備員は皮肉な笑みを浮かべて見せた。


 「死んで尚も這い回ってんだから、死後の安寧もへったくれもありゃしないでしょ」


 「だとしても祈るのは人の性というものさ、お嬢さん」


 「悲しい性だこと」


 視界に入る亡骸を掃除し終えた警備員は、短くなったシガリロを縁に押しつけて消すともう1本取り出して咥えた。仕事のために短く切りそろえた髪を掻き上げて、無骨な軍用腕時計に目線をやる。


 「来るか分からない天国のお迎えより、確実にやってくる家のお迎えのが頼りになるよ博士」


 「物質的なものにばかり縋ってはいかんよ、君」


 「科学の徒たる博士が仰る言葉でしょうかねぇ……」


 遠方から煙を蹴立てながら、しかし恐ろしい静けさを纏った車列が姿を現した。マットグレーに塗装され、巨狼の社章を刻まれた車達は警備員のクライアントが組織する回収部隊だ。全ての車両が静粛性を極限まで高めた特殊EVで構成されており、要人ピックアップ用の大型バスですら徐行すればタイヤが地面と擦れる以外の音を立てない。


 六台の護衛をするハンヴィーと二台の装甲バスはしずしずと坂道を通り、銃座に着いた警備員達はすっかり掃除されてクリアになった道を見て暇そうにしていた。銃座に据えられた軽機関銃が火を噴くことも無く、車両群は門扉を潜ってアプローチへと入り込む。


 「さて、私のお仕事はここまでっと。博士は荷物纏めて乗ってちょうだいな」


 警備員は車両で乗り付けた追加人員が忙しなく散っていくのを見届けると、愛銃に安全装置をかけて立ち上がった。シガリロを燻らせながら、チェストリグの合間に手を差し込んで完全なリラックス体勢に入り、先ほどまで寝そべっていたビーチチェアへ足を向ける。


 「おや、君はついてこないのかね?」


 「私は施設警備がお仕事なの。どうせスケールⅡかいってもⅢなら区画ごと消毒されるこたぁないし、火事場泥棒を防ぐ人員が必要なのさー」


 多くのゾンビ映画やゲームのオチでは、結局一番恐ろしいのは人間である、という身も蓋もない物が多いが間違いではない。ニアパンデミックの規模が小さければ、街路を彷徨く死者の数は大した物ではない。それこそ、銃社会であるアメリカでは簡単に排除できるほどに。


 しかし、パニックは十分に起こる物で、パニックには略奪が付きものだ。なればこそ、パンデミック時でも警備施設に駐屯し、人物だけではなく施設や財産を守るための人員が必要なのである。今時はパンデミックを想定した重装備警備会社が銀行や宝石店なんぞに雇用され、1~2チームが常駐するのは当たり前だ。彼女のクライアントのような警備会社は、2005年の追加条項で存在が認可されて以後米国では爆発的に広がった。


 このホームも地域の洗浄が終わったら、また入居者が帰ってくる。その為には、留守居がどうしても必要だった。


 「そうかね。では君に迷惑をかけるのも忍びない。さっさと乗り込むとしよう」


 「はいはい、じゃあね博士。まぁ遅くても一月もすれば帰って来られるさ。それまでバカンスでも愉しんできたら?」


 無精してチェストリグを着込んだまま寝そべられたビーチチェアが悲鳴を上げる。老博士は屋上から立ち去ろうと単眼鏡をおろしかけ、一つの光景を目の当たりにした。


 近くの建物から出て来た家族連れ、勿論生者の彼等がダイアウルフセキュリティの一団に助けを求めて駆け寄ったと思えば、何かの用紙を提示されているのだ。


 「君、あれはなんだね?」


 「あれってー?」


 「助けを求めてきた者が、揉めているように見えるのだが……」


 質問に対して、警備員はあっけらかんと答えた。


 「あー、小遣い稼ぎだねぇ……護衛対象以外は車に乗せちゃいけないことになってるから、臨時の警護契約を取り付けようとしてるのさ。やらないと乗せられないからカエレ! って具合に」


 コンプライアンスを盾にした、体の良い小遣い稼ぎだったらしい。突きつけられている紙は、契約の申込用紙なのだろう。


 「ふむ……それはいくらかね」


 「さー、確か大人一人5,000ドル、子共一人で3,000ドルだったかな」


 「……タクシー代にしては、些か法外ではないかな?」


 色々な感情を滲ませた老紳士の言葉に対し、警備員は命よりは安いでしょと答える。どれほど無法に思え、非道に感じる行為でもあくまで合法であるなら全てが看過される。こと、経済活動と自衛についてうるさい米国においては特に。


 「……彼等に伝えたまえ。助けを求めに来た者の分は私が持つから乗せてやれと」


 老紳士は双眼鏡を警備員へと放り投げ、パイプの煙と一緒に吐き捨てた。この末世もかくやの光景を目の当たりにしながら、営利に走る彼等の姿に嫌気が差したのだろう。


 「わぁお、太っ腹。流石特許持ち」


 「どうしてこう、人が終わるやもしれぬ状況になって尚、助け合えぬのやら……」


 「どうしても何も、人間がそういう生き物だからですよ」


 ご覧の通りね、と地獄の中で日光浴を愉しむ体勢に入った警備員に一瞥くれて、博士も今度は何も言わずに扉の向こうに消えた。ここでのんびりしていて、自分が置いて行かれては笑い話にもならないのだから。


 「我が子よ、我が教えを忘れず、我が戒めを心にとどめおきたまえ。さすればそれは、お前の日を長らえ、命を延ばし、平穏を増し与えるだろう」


 警備員は若き日に親の都合で異国に旅立って以来、そして就職に当たって帰国した後も尚教会を訪ねることはなかったが、その教えだけは今も覚えていた。諳んじる箴言は詩を吟じるように朗々と響き渡れど、死者が這い回る巷においては酷く虚ろなものであった。


 「あーもしもしHQ? ちょっと下の連中に伝えて。親切な顧客がお大尽してくれるってさ」


 神の言葉と同じようにシガリロから立ち上る煙は立ち消え、皮肉か嫌味かのように蒼く澄み渡った空に消えていった。


 その下で行われる営みが、時間の流れによって消えていくのと同じように…………。












 ニアパンデミックは、今のところ全世界で39回観測されていて、内22回がスケールⅠ、スケールⅡは10回、スケールⅢが6回、スケールⅣは1回のみでスケールⅤは観測されていないそうです。


 手元にある“部外秘”“複製禁止”“持ち出し禁止”としつこい位に判子を捺された資料には、そう書いてありました。その内の4回は日本で起こっていますが、全てスケールⅠの“施設内ニアパンデミック”止まりです。介護施設や養護老人ホームなどの密閉性が高い施設で再起現象が偶発的に起こり、逃げ場が無かった故に壊滅。先だって僕が強制執行に赴いた家と同じ悲劇が、施設規模で起こっただけに過ぎません。


 最大スケールのⅣでも区レベルで数千人の感染発生ですが、それとて内線地帯で起こっただけで即消毒――いわゆる熱殺菌――が施されて終わりですから、今のところ映画のような悲劇に襲われた土地は無い訳です。


 そして、今回起こった40回目のニアパンデミックも、発生から2週間経って終息宣言が為されました。


 「存外早く終わったな」


 「向こうは処理方法もダイナミックですから。さっさと諦めて州軍を頼るあたり、家より賢いと思いますよ」


 似たような報告書や新聞を捲りながら、早朝のデスクで班長と先輩も同じ事を話題にしていました。あの後、結局緊急呼集こそあったものの、やはり家の出番は無かったため日本WPS関西事務局はいつも通りでした。


 ただ、パンデミックに対する講習がしつこいくらいに始まっただけで。


 「誘引スピーカーで集めて50calで挽肉にってのは賢いが、その後の除染がなぁ……」


 「連中だったら普通に燃料で燃して終いでしょう。揮発物質には感染性はないんですし」


 「家でもそれくらいやれたら楽なんだが」


 朝から酷く物騒で食欲が失せる話をしているお二人ですが……今のところ、雰囲気や空気は何も代わっていません。あの日の夜、先輩の普段より濁った目に滲んだ何かを再び見ることも無く、何事も無かったかのように仕事は続いています。


 「無理でしょう。ああ、でも一つ良いことがありますよ」


 「お、なんだ?」


 まぁ、最近の若者らしく僕も日和見を決め込んで、あの日のことを掘り返すことはしませんとも。ただ、不用意な発言は控えようと思いましたし、仕事の姿勢に対して少し考える事もできました。


 僕はこの仕事が心底嫌いです。再起性死体はトラウマ物ですし、過去のトラウマを掘り起こしても来るので好きになれる訳もありません。


 それでも、感じ入ることくらいはあるのです。


 「高槻の方に、ようやっと家もキルハウス作るそうですよ」


 「ほぉ、マジか。豪儀だな」


 だから、うじうじした考えは止めようと思います。僕が頑張ることで、助かる命があって、生きてこそ人間は苦悩するけど幸福にもなれるのですから。


 「まぁ、今回は結構大げさに報道されましたからね。05条項企業が活動を許されてない分、その辺に予算をぶっ込んでくれたんでしょう」


 「民間からの突き上げ万歳ってところか。どうせならアサルトライフルも支給してくれりゃいいのに」


 「それは流石に高望みでしょう」


 そう考えれば、少しは気も楽になります。僕らの仕事は必要な仕事で、世界がまた変わる事がなければ欠かせないのですから。


 「いや、でも自衛隊で小銃の更新始まるだろ。古くなった89式を家にもだな」


 「良くて64式でしょう……ああ、キルハウスは来月からテストですか。良かったですね、ビギナー」


 なので僕も今まで以上に訓練を……。


 「はい?」


 「これで今まで以上に訓練ができますよ」


 「なー。今までガチのキルハウスは東京事務局に併設されたのしかなかったから不便だったんだよ。タスクチーム選抜の練習で一々出張させられてたらたまらんぞ」


 「その点、ビギナーは大変恵まれていますよ。来月から目一杯やれますから」


 いや、あの、その……なんでしょう、なんです? この……あの……。


 とりあえず、人を地獄に叩き込んでニヤニヤしようとするのをやめていただきたい。


 ……拝啓ご両親、朝令暮改どころか、一分経たず決意が壊れそうです…………。 

現実逃避してて早めにお届けできました。

そろそろ話数も嵩んできたので、用語集+設定集でも作ろうかと考えております。

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