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12/23

拝啓ご両親、僕も何時かアレをやるようになるのでしょうか

 上品な内装は外見に違わず上質な素材で作られ、その家の主が如何程の財を投じて作り上げた家かを伺わせるものであった。白い壁紙が目映い玄関や、吹き抜けになった二階に続く階段の上質な木材、全てが来訪客を感心させたであろう。金の使い方と、嫌味ではない見せ方を知っている本物の金持ちであると。


 しかしながら、土足の儘踏み込んだ執行官達には、その全てがどうでもいいものであった。


 「再起性死体確認! 強制執行!!」


 細身で長身の女性は教科書に載せられそうなほど綺麗なウィーバースタンスで拳銃を構え、上質な内装を汚すかつての主“だったもの”の頭部に9mm口径弾を叩き込んだ。


 重めに調整された引き金をしっかり二回引き、殆ど間を開けぬ二発の射撃。一発目は眉間に突き立って頭蓋を貫通。先端が窪んだホローポイントの弾頭が右脳と左脳の合間を縫うように走り抜け、腐敗が始まった内容物を攪拌しながら拉げて分離した。


 二発目は微かにずれて額に突き刺さり、分厚い頭蓋の表面を貫通した所で柔らかな弾頭が裂け、既に十分かき混ぜられていた頭蓋の内容物を念押しするかの如く切り刻む。


 そして、どちらの弾丸も貫通することはなかった。


 弾頭が独特な形状をしているホローポイント弾は、着弾の衝撃で窪みから拉げたり裂けたりしてバラバラになる特性を持つ。歪んだ弾丸の運動エネルギーは乱れ、本来持つ多大な貫通力を喪う。代わりに乱れた運動エネルギーは鼠花火のように転げ回ることによって発散され、内部で暴れ回るのだ。


 正しく生き物を効率的に破壊し、ただ単に殺すためだけの銃弾である。


  小脳を完璧に破壊されて機能を失った死体は、正しい姿に戻って頽れた。


 「ワンダウン! 撃破確実! 後輩、先導しろ!!」


 「アイマム」


 階段を滑り落ちてゆく亡骸を壁にへばり付くことで回避し、先行した凸凹ペアは流れるようにポジションをシフトする。


 そして、一階の正面左右の三方へ伸びる部屋や扉へ、後続の執行官二人も打ち合わもなく即座の判断で散ってゆく。


 「左側! 二朱、正面!」


 「承知」


 熟練の執行官二組は必要最低限の言葉で意思を疎通させ、よどみない動きで邪魔な亡骸を踏み越えて行く。小回りが利いて機動力のある二人が二階に上がり、彼等の後背を突かせぬ為に一階の亡骸を排除するのがベストだと経験が下した判断であった。


 「ビギナー、お前ら新入りは玄関確保! 階段上がってきそうになったら迷わずぶっ放せ!! 無理に斧でやろうとすんなよ!!」


 遅れて突入した新人二人に飛んできた指示は、極めて明快なものであった。現場の確保と後方の安全維持。つまらない仕事ではあるものの、未だ不慣れなビギナーと、初の強制執行現場でガチガチの外川には、むしろ丁度良い仕事であっただろう。


 「りょ、了解!」


 「え? あ、ああ、了か……ひっ!?」


 返答を待たずに二人は先に進んだ。外川の返答が潰れたのは、左手のキッチン側から壁を隔てて尚もよく響く銃声を聞いたからだ。次いで、ワンダウンと一色のダミ声でのキルカウントが響き、数泊遅れてキッチンクリア、との報告が続く。


 こういった室内制圧時、誰が何処で何体倒したかを報告するのは重要だ。非活性化させるべき再起性死体が残っているかいないかで、警戒の仕方もクリアリングの方法も全く変わってくるのだから。


 特に今回は何体の再起性死体が室内に居るか、最大数が分かっているので尚更重要になってくる。ゲームのようにメインクエストだけ達成して終わり、とならないのが現場仕事である。全ての再起性死体を非活性化させなければ、仕事が終わったとは言えない。


 「これが、実戦……」


 じわりとグローブの中で汗が滲むのを感じながら、長躯の新人はリボルバーのグリップを握り直した。先日味わった実戦とも言えぬ実戦とは違う、空気が剃刀になったような緊迫感に首筋が粟立つ。


 そして、彼女は自分がこの仕事をまだまだ理解しきっていないのだと認識した。


 亡骸を処置するときの申し訳なさや、起き上がってしまった死者への哀れみ。今まで心の中で大きな比重を占めていたそんなものが、欠片ほども沸き上がってこないだけの緊張。


 これら全てをひっくるめた混沌こそが、執行官の仕事なのだろうか。


 「ビギナー、一つ落としますよ」


 「はい?」


 上から落ちてきた声に反応する間もなく、吹き抜けになっている二階部分から何かが降ってきて凄まじい音を立てた。柔らかな質量物が床にたたき付けられる気味の悪い音と、何かがへし折れる乾いた音の連鎖。


 「おわぁっ!?」


 「しっ、死体……まだ動いてる!?」


 階段を上った二階廊下より、洗濯物でも投げるような調子で放り投げられたのは死体であった。上品なネグリジェタイプの寝間着を纏った貴婦人の亡骸は、首筋から胸の辺りの酷い損傷をさらけ出しながら仰向けに藻掻いている。この家の主人の連れ合いであろう。


 叩き付けられたせいで折れた骨が肉を突き破るのもお構いなしに死体はもがき、大口を開けることで妙齢の美貌を醜く崩している。


 無論、勝手に降ってきた訳でも無く、雨のように虚空から滲み出してきた訳でも無い。落とすと宣言した矮躯の執行官が、防盾を駆使した体術で放り投げたのである。


 「処理任せます、規則通りにどうぞ」


 「頼んだぞ」


 階上から届く勝手な指示。しかしながら、死体を放り投げたのには一応の理由がある。二階部分の廊下が狭く、そこで処理すると進むにも退くにも邪魔になるからだ。そういった場合、手慣れた執行官は往々にして死体を別の場所に放り投げて、後詰めに処置を任せ進路を綺麗に保とうとする。安全の為に進路と退路は常にクリアにしておくのが彼等の習性である。


 「おぼぇっ……」


 ビギナーは後方から、気味が良いとは言えない声を聞いた。


 あまりに鮮烈な、生の死を見た外川の緊張が閾値を超えたのであろう。初の強制執行現場ともなれば、肉眼で再起性死体を見るのも初めてに違いない。緊張の連続で吐き戻したとて、それは無理からぬことであった。


 実際、ビギナーも気分は悪かった。五感で感じられる、動き回る死はあまりに強く精神を蝕む。本能が逃げろと、あれは危険だと警鐘を頭の中で乱打させ、身体が本能に反射して震えを帯び、胃が蠕動し、肌が粟立った。


 「さ……再起性死体、確認!!」


 しかし、人間には理性というものが存在する。本能や感情を抑え込み、自らに課した役割に徹しさせる箍が存在するのだ。逃げ出したくなる身体を押さえ込み、ビギナーは教本通りに身体を動かす。記録装置に残すための確認措置を行い、幾らか教わった構えの中で一番しっくりときたモディファイトアイソセレススタンスに銃を構えた。腕を前に突き出し、軽く右半身に構えるスタンスは銃を左右に振りやすいCQBに適したもの。訓練時間を使えるだけ使って、身体に染み込ませた動き。


 一つの動作を始めると、身体は自然に連動して動く。親指が撃鉄を引き上げ、視線が照門と標的を結び上げる。そして、優しく引き金へと指が動き……。


 「きょ……強制執行!!」


 正しくことが為された。


 規則通りに。人が人のため、人が為すべきだと定めた理通りに。


 二発続いた発砲音は、頭蓋を叩き割って中身を攪拌する。ただ、今回は当たり所が悪かったのだろう。着弾の衝撃で頭蓋が割れ、その内容物が上品な床に飛び散って必要以上に凄惨な光景を生み出す。薄桃色の肉片や脳髄が足下に降りかかり、外川が反吐混じりの悲鳴を再び上げる。今、彼のマスクの中は随分と酷い有様になっていた。


 「ワンダウン!!」


 宣言は周囲に報せるというよりも、自身に言い聞かせるようなものであった。為すべきことを為せた、だから落ち着けと震えを帯びた腕を宥めるように。ふと、これでよく当たった物だとビギナーは思った。例え2m程しか離れていなかったとしても、ちょっとした銃口のブレで弾はあらぬ方向へと飛んでいくから。


 それでも、やれたのだ。あの時、老婆の再起性死体に非活性化措置をした時、自分が為さねばならぬと思った事が。


 引ききった引き金から力を抜くことができたのは、HQから状況終了との報告を受けてからであった…………。












 達成からの脱力に憑かれるビギナーを余所に、上階を進む二人の動きは止まらなかった。


 矮躯の執行官は、小柄さを活かした機敏な動作で廊下を行く。先ほども素早い足捌きで鉢合わせた再起性死体の体勢を崩し、倒れ込んできた死体を防盾に乗せるように受け止めて放り投げていたが、この男は外見に反して体術に秀でていた。


 彼を知る執行官達曰く、遠慮が無いから滅茶苦茶強い、とのことである。


 人が人を殴るとき、或いは人の姿をした何かを殴るとき、大抵は“手心”が働いてしまう。


 これは戦場でもまま起こることであり、マウントを取ったのにいざという所で銃剣を突き刺せず逆撃を受けるなど、実に有り触れた光景だ。


 人は本能的に暴力を振るえる生き物でもあるが、本能的に暴力を忌避するという、相反する性質も持っているのである。


 が、矮躯の青年には、その逡巡が一切無かった。かつて人であったもの。人であった物として丁重に見送るべき亡骸にも遠慮が無い。躊躇いなく引き金を引き、斧を振り下ろし、首をねじ切ることができる。


 ともすれば、未だ人間と認識できる感染者相手であったとしても。


 この世には存在するのだ。戦意や憎悪が無くとも、為さねばと思うだけで完璧な暴力を振るえる生き物が。


 しくじれば死ぬという現場において、その冷徹な機構は驚くほど効果的であった。なればこそ、執行官募集規定ギリギリの矮躯と体重であって尚、タスクチームに選抜されるだけの功績をあげられたのであろう。


 吹き抜けになった二階から、他の部屋に通じる廊下はドアで区切られている。オーク材の上質な扉に塗りつけられた血糊は、先ほど放り投げた婦人が遺した物か。本能的に、扉の向こうに“おいしいごちそう”があると知って取り付いていたのだろう。


 本来なら大きな洋館でもなければしなさそうな間取りに違和感を覚えつつ、熟練の執行官は迷い無く進んでいく。


 そして、矮躯の執行官は閉じられたドアに渾身の蹴りを見舞った。ドア向こうに再起性死体が居た場合を想定し、執行官達はドアを蹴り飛ばすか打ち抜いてから開けることが多い。これもまた、幾人もの犠牲を積み上げて漸く得られた戦訓である……。


 だが、無情にもドアは大きな音と共に震えるだけで、依然として行く手を阻むだけであった。


 「くっ……硬い……」


 二人の脳裏に表札に張られていた社章が過ぎった。対ゾンビ住宅は、こんな所にまで気合いを入れていたのかと。簡単にドアが破れないなら、確かに万一の場合は奥へ奥へと籠城場所を変えて凌ぐこともできるだろう。


 だが、中に取り残された人間を助けようとするなら最悪だ。ドアごと押し倒させることはなくても、ドアの隙間から腕を捕まれる危険はあまりに大きい。それによって処置された執行官や警察官の何と多いことか。ドアは文字通り、彼等にとっての鬼門なのである。


 「だー、もう! だから私達にもマスターキー装備させろよなぁ! 代われ後輩!!」


 蹴りによって痺れた足を庇う配下を下がらせ、長躯の執行官は蝶番に向けて銃を構えた。そして、一発ずつ叩き込みダメージを与えた後、背後の手摺りに背中を預ける。


 「無茶しますね……」


 「うるせ! 蹴り開けたら先ん行け!!」


 幾ら貫通力が低いが故に跳弾もし辛いホローポイント弾とはいえ、それはあくまで跳弾し辛いという程度であり“しない”訳ではない。跳弾でも当たり方によっては十分死ぬ可能性もあるというの、無茶をするものだと矮躯の執行官は嘆息した。


 配下からの呆れを余所に、彼女は手摺りに預けた背中と腕をを支点として跳躍。畳んだ足が床と水平になるに合わせ、全身のバネを解放して扉へと叩き付けた。


 普通であれば踏み抜き防止の鉄板が入ったブーツが扉を貫通するところであるが、無駄に強化されたドアは蝶番から吹き飛んで廊下に倒れ込んだ。


 騒がしい二人に惹かれてやってきた、目に見える外傷の無い老婆の亡骸を押し潰しながら。


 「おっしゃ行け!!」


 「御意に」


 下敷きにされた死体がジタバタ暴れるせいで揺れるドアを器用に踏み越え、矮躯の執行官は廊下に飛び込んだ。背後で響く乱打の銃声は、上司がドアに隠れた死体に向かって“とりあえず”の狙いで銃弾を叩き込んでいるのだろう。


 「ああ!? 弾が抜けねぇ!? 馬鹿じゃねぇのこの会社!?」


 次いで響いた絶叫に思わず頬が引きつるのを覚えつつ……矮躯の執行官は、正解の扉を見つけた。


 再起できぬほど損壊した亡骸が横たわり、もたれ掛かったドアがある。背格好からして、まだ若い少女のものだろう。少し開いた扉に手が挟まって閉まるのを妨げているが、それは果てた彼女が差し込んだ物ではあるまい。


 廊下の奥に面した窓は、丁度庭を見下ろす位置にある。庭で騒いでいた彼等を見つけ、助けを呼びかけるのにちょうど良い位置に。


 執行官は微かに開いたドアをこじ開け、身を滑り込ませる。


 そして、小刻みに震えるカーテンを見て安堵の息を吐いた…………。

大変お待たせして申し訳ありませんでした。


色々あってメンタルが死んでおり、キーボードをタイプするのもおっくうになったりしておりましたが、少しずつ持ち直してきております。


そして、イメージイラストを発注しました。可哀想なイケメン(仮)と物狂いお二人は茂木康信(Twitter:@Moginiki)氏に依頼して描いていただきました。いやぁ、小さいしでかいなぁ、何処をとも何がとも言いませんが。挿絵登録が何やら面倒な仕様になっておる故、Twitterの投稿に貼り付けております故に是非そちらでご確認ください。(Twitter:@schuld3157)


次はそこまで間を開けないでやれたらいいなぁ(定型句)

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