拝啓ご両親、過ぎたるは及ばざるが如しって本当ですね
自然死と変死の違いをご存じでしょうか?
ざっくばらんに言えば、死因が明確か否かです。例えば心臓が弱っていて通院していた人が心不全で死んだなら、それは紛れもない病死で自然死です。どんな病気かはともかく、定期的に通院して、医師から診断を受けていた病気で死ねば自然死になる訳です。
しかし、それ以外の死全てが、法的には変死に当たります。変死体=バラバラにされてるとかの、明確に変な死に方をした人じゃないってことですね。
そして、自然死であれば普通にお医者様が死亡届を書いてくれるのですが、変死であれば死体検案書という死因を特定して認める報告書が死亡届には必要になるのですが、これ、当然ながら何で死んだか調べないといけないんですよね。
ということで僕ら執行官は、一応の検視――検死ではありません――ができるように研修を受けています。一応、出張るとどうしても非再起処置をしなければいけないのですが、それをやるとどうしても遺骸を傷つけてしまい、死因の特定が難しくなってしまうので、予防策として僕らが見ておくのです。
その後で警察の検察なり監察医なりが検死の後に司法解剖だとか行政解剖なんぞをするのですが、再起性症候群の発生以後、これがどうにも面倒臭くなってしまいました。
というのも、年間八万人から死んでいる大阪府民の中で、大体一万人ちょっとがご自宅で亡くなっている訳でして……。
「HQ、HQ、E-35と24現着だ……ってか、さっさとマスコミ下がらせろよ! 鬱陶しいわ!!」
班長がインカムに向かって盛大に怒鳴り、それを予期していたのか先輩は運転席で耳に指を突っ込みました。
時刻は朝八時。世の人々はそろそろ労働に勤しむかと電車に詰め込まれている時間帯ですが、僕らは閑静な住宅街の一角に訪れていました。勿論、仕事でですが。
通学路表記がある道なので、平素であれば平日の今日この頃は学童達が賑やかに学校へ駆けている頃でしょうが、今は大勢の警察関係者やらマスコミ陣で埋め尽くされていました。
「ビギナー、装備整えて下さい。時間ありませんよ」
「あ、はい……」
「もう降りてええかぁ?」
「もう少し待ってください」
僕らが大仰な装備を担ぎ、後部座席に一色さんと二朱さん――あとついでに外川氏。今日、初即応対機だったそうです――を載せているのですから、まともな理由の筈がありませんよね。
「え、何コレ、臭いやばくね……? なぁ、今締め切ってるよな?」
「すぐ慣れますよ」
外川氏が困惑しながらマスクを付け、不快そうに鼻を鳴らしていることからお察しいただけるでしょうが、例の如く5,000円案件です。よかったですね、外川氏。ご執心のソシャゲでガチャが引けますよ。
とりあえずの事態としては……。
「いいからさっさと退けさせろ! 府警ののろま共に給料分の仕事させんだよ! じゃねぇと空にに2~3発ぶっ放して追い散らすぞ!!」
『言葉を慎めE-35! 上に報告するぞ!!』
「やってみろ! 議案に乗ったら乗ったでこっちの勝ちだ!! あのゴシップ好きの変態共を公式発表でけちょんけちょんに罵ってやらぁ!! 報道する自由とか知った事か!! 誰か連中の脳髄にTPOって言葉を電極で焼き付けてこい!!」
「はい、ヒートアップしている班長はさておいて、装備つけながら念のための現状確認しますよ。初めての子もいますからね」
激怒して青筋立てている班長を完全にスルーし、先輩は普段の抑揚がない淡々とした調子で、僕らが朝から駆り出された理由を述べ始めました。
といっても、捻りもなにもないことなんですけれどね。夜中に家の中で誰かが頓死し、気付かれないまま再起して家人を食い荒らす……嫌な話ですけど、よくあることでもあります。割と一塊になって寝る文化がある我々なので、どうしても年に何件かはあるんですよね。
最近は寝てる時に心停止したら警報を鳴らす装置とか、頓死対策グッズみたいなのも色々売り出されてはいるのですが……。
「対象は4~6体。吉田家の夫婦、夫の祖父母と高校生の長女に小学生の次女。直近での通院歴や大病は無しなので、変死後の再起案件と想定され、事件性は薄いと思われますので普通に執行してください」
健康な人ほど「自分は死なない」と思っているからか、普通にぽっくり逝ってしまったりするんですよね。そうして死に損なった所を新聞配達員に発見されて、今日みたいなことになるんです。ほんと、原因はどうあれワイドショーを騒がせて、ブン屋共の飯の種にはなりたくないものです。
それにしても、二世帯同居での惨事か……血族が多い身としては、中々身につまされる案件ですね。
「今のところ、騒音を不審に思って庭から覗き込んだ新聞配達員によって、夫婦の死体がリビングを彷徨っているのが確認され、その後包囲している府警が祖父母がも確認済みです。姉と妹は生死不明、基本的にはいつも通り外へ誘い出して……」
言い終えるか終わらないかという辺りで、外から悲鳴とざわめきが聞こえました。ああ、この何処かで聞いたことのある女性の混声合唱は……。
「い、いまゾンビが見えました! ゾンビがリビングの窓に!!」
車の近くに居たレポーターの女性が、悲鳴混じりに実況するのが聞こえました。ちらとスモークガラス越しに目線をやれば、遠くの家、その窓に人影が張り付いているのが見えました。距離があるのではっきりしませんが、身体の線からして男性でしょう。
「あーあ……手遅れだな……だからマスコミは嫌いなんだ」
問答を切り上げた班長は、心底鬱陶しそうに呻いて一房たれた前髪を掻き上げました。先輩、相当急いでやったのか、今日の班長のシニョン出来は出来がイマイチですね。
「仕事の遅いやっちゃ……もー出るで」
「あー、任す。もーやだ……」
ぎゃあぎゃあと外が騒がしくなって来て、警官隊の封止を押し切って近くで撮ろうとするマスコミ達を横目に一色さんがバンの後部を開けました。その後に二朱さんは影の如く付き従い、外川氏が遅れて転びかけながら出て行きます。
「国際公衆衛生維持局やぁ! 退けブン屋共! 噛まれたり血ぃ浴びたら遠慮無く感染者として病院にブチ込むでぇ!! いややったらのかんかい!! 公務執行妨害でぶちこんだってもええんやぞぉ!!」
見上げるほどの巨体と分厚い胸板や腹筋を総動員して張り上げられるダミ声は、近くのガラスが振動するほどのものでした。ああ、アレがある意味での“名物執行官”なのですね。始末書の枚数が班長より上という辺りで察していましたが、あの人の周囲だけなんだか昭和なテイストが漂っています。
権力の横暴がどうとかいう雑言を巨体と手帳でのし退けて、その後をぴったり張り付くように二朱さんが付いていく。破城槌と歩兵のような絶妙なコンビネーションは、コンビ歴が長いからこそできることなのでしょう。一歩遅れたせいで人波に呑み込まれてしまった外川氏が何とも哀れでした。
「よし、小うるさいブン屋共は連中に任すぞ、適当に散った所で私達も行こう」
「……こすい」
重戦車のような背中を見送りながら、班長は半笑いで拳銃を抜いて初弾を装填しました。僕は引き金引くだけなので要らないんですけど、何かああいう動作って少し憧れてしまいません?
漸う事態が動いて府警の方々も仕事をする気になったのか、封鎖帯を押し出し始めてくれました。そもそも、初動が遅くてこんな現場近くまでマスコミ入れてるのが間違いだろって話ではありますが、今の仕事ぶりに文句は言いませんとも。
ご苦労ご苦労と通り抜けて現場に近づけば、詳細が分かってきました。
庭付きの立派なお家は、閑静な住宅街にマッチした高級そうな一品。しかしながら、そんなハウスパーティーが似合いそうなお庭も、大窓に着崩れた寝間着姿の男性が張り付いていたら台無しですね。
五十路手前といった所の男性は、元々ダンディーだったと思しき顔面の過半が消失していました。更に破られた腹の皮がだらしなく垂れて、空になった腹腔を爽やかな朝の陽光に晒しています。どうみても再起死体ですね、HQからノータイムで強制執行許可が下りるくらいに。
「派手に食われてんな。あれが第一感染者じゃなさそうだ」
「ですね、連中共食いはしませんし」
今回のケースだと、第一の再起死体は何らかの理由で頓死したと推察できるので、外見上は無傷なはずです。食い荒らされた痕跡があり、その後に再起したということは他の家族にやられた哀れな犠牲者というところでしょう。
再起死体の嫌らしいところです、被害者が加害者になり、その連鎖は誰かが物理的に断つまで延々と続くのですから。この武器に乏しい日本だと、最悪のケースだと二時間で市が一つ陥落する可能性があるとも言われる、最悪の螺旋。それを断つために僕らがいるとは言え、難しいものですね。
しかし、妙ですね。死体は窓に貼りついて、近場の生者を求めバンバンと窓ガラスを叩きまくっているのですが……。
「割れないな」
「割れませんねぇ」
さぁ来いとばかりに盾を構える一色さんを煽るかの如く、待てど暮らせど窓ガラスは割れませんでした。再起死体の膂力は成人男性の数倍にもなり、人間を蟹やチキンのように解体できるのですが、果たしてその力で破れない窓とは一体……。
「ああ、先……班長、これ見てください」
「あん?」
先輩が何かに気付いたようで、玄関口に貼り付けられたシールを指さしています。見やれば、最近は何処ででも見られるようになった警備会社のシールと一緒に、何処かで見た社章のシールが貼り付けてありました。
あれ、これは確か。
「あー……あれか、ほら、例の」
「ええ、対ゾンビ住宅会社の物件です」
言われて、前に見た新聞の広告を思い出すことができました。再起性死体からの襲撃を完全にカットする目的で作った、戸建ての姿をした個人要塞。頑強さは最近になって外国の警備会社も太鼓判を押した程らしく、突破するには装甲車と火砲が必要と言われるほどだとか。盛んにCMも打っているので、人気なのでしょうが……。
「頑丈さが徒になりましたか」
「まぁ、外から壊せないなら、内からでも壊せないわな」
今回は、その頑丈さが徒になったようです。
特殊フィルムを用いた積層構造の窓ガラスは、ハンマーでぶん殴っても破れず、再起性死体の力でも打ち破れません。それは内側の再起性死体が外に出られないことにも繋がり、強固な要塞が逃げ場の亡い監獄に転ずることでもありました。
再起性死体の習性は、長く続けられた研究の中で既に明確にされています。彼等が受け取ることができる刺激の中で、より強い刺激に惹かれてゆきます。外を歩く人や車の音に惹かれて庭に出ていたから、家人には被害が無かったという事件もあるのですが、今回は外へ出るに出られない。
全ての情動は、必然内側に叩き付けられたことになります。
「参ったな……面倒だぞ、これは」
『E-35、報告しろ』
「あー……HQ、例の特殊構造物件だ。このままだと外におびき出せん。家屋の侵入手続きを取ってくれ」
未確認である姉妹の生存は、益々絶望的になりましたね。その上、僕らもちょっと手間が増えました。強制執行の手続きは兎も角、家屋内の強制侵入に関しては司法の縄張りに触るので手続きが別なんですよね。
普段なら外におびき出してから執行という形を取るので、家屋の検査は後で令状取った警察にお任せーという流れが多いそうなのですが、これではどうにもなりません。
「じれったいわ……窓割ったらあかんのかい」
待っていても無駄と悟った一色さんは、構えをといて唾を吐きました。その後ろで、外川氏が安堵の息を吐いているのは……まぁ、よく分かります。うん、でもそれ、嫌な事がちょっと先に伸びただけなんですよ。
「無理ですよ、この間CMやってましたけど、数発なら50口径弾にも耐えるとか」
「マジか」
果たしてそこまでの頑強性は必要だったのでしょうか。大は小を兼ねると言っても、限度というものがあるでしょうに。
ただ、屋内侵入の許可が出たからといって、どうしたものでしょうか。僕らが手持ちの執行実包を全部叩き込んだ所で窓は割れないでしょうし、扉や壁は強化していないなんて片手落ちでもありますまいし、それこそ重機でも援軍に呼ばないといけないのでは。
「……何やっとるんや、二朱」
ごろんと何か重い物が転がる音がしたかと思えば、一色さんが不思議そうに言いました。見やれば、二朱さんがブーツの先で庭に置かれた鉢植えを転がしています。
一つ二つと季節の植物が植わった鉢植えが無残にひっくり返されていきました。これが班長あたりなら、無聊の慰めに破壊活動にでも出たのかと思う所ですが、二朱さんはそういうことをする人じゃありませんし……。
「ああ、なるほど」
「え、先輩、意味分かったんですか?」
「閉め出された時のため、鍵をどこかに仕込んでおくのは昔からのお約束でしょう」
「あー……」
なるほど、言われてみれば聞いたことがあります。鍵を忘れた時の為、家人だけが知る秘密の鍵を置いておくということが。僕の家の場合、常に誰か居ましたし、最悪お手伝いさんに連絡すれば予備の鍵で開けてくれたから思いつきませんでした。
「ありきたりなのは鉢植えの下とか」
「玄関マットの下、照明の中」
「家はポストん中やったなぁ」
「俺ん家は自転車のサドルの下でしたねー。テープで貼り付けてました」
二朱さんの行動を参考に、全員が散らばって鍵を探し始めました。二朱さん、無口な性質なのは知ってましたけど、せめて宣言してから初めてくれないものですかね。先輩が解説しなければ、初動が大分遅れた気がするんですが。
それと外川氏、それ誰かが乗って出かけたら詰むのでは?
庭に埋めた骨を探す犬のようにフラフラと家の周りを探し回り、最終的に鍵はポストの中にありました。内側にもダイヤル錠があったのですが、一色さんが短気起こして手斧でこじ開けたら、蓋の裏側にテープで留めてあったのです。防犯的には、確かに手を突っ込んでも取れないからいいのかもしれません。
「これ、後で修理費請求されないよな?」
「そういえば、まだ許可出てませんしね」
「いけるやろ……な? なぁ?」
「相続する人間が居たら、直接交渉してください」
先輩が冷たく切って捨てた瞬間、無線機がなって屋内への進入許可令状が降りたとの連絡が来ました。こう言う時のため、警察と一緒で事務官が何人か裁判所に待機しているおかげで事務作業が素早くて有り難いです。
令状は後からバイク便――単に事務官の誰かが届けに来るだけですが――で届くので、大抵の場合は先行して執行に入ってしまいます。だって、届くのを待っていたら時間かかっちゃいますし。
まぁ、言うまでも無く緊急時なら令状をとらずに踏み込むこともあるそうなのですが。流石に人死が出る出ないの問題になると、書面の有無くらいは大目に見て貰えるのです。ただ、今回は全滅の可能性が極めて高いので大人しく待ちましたが。
「さて、じゃあおびき出すか」
「せやな」
班長の提案に一色さんは頷き、ガンと防盾と手斧を打ち合わせました。
室内でのCQCを再起性死体相手に挑むのは危険なので、おびき出して処置するのは割と一般的なことです。警察が周囲をガッチリカバーしていて、民間人の退避が済んでいないと取れない手ですが、マスコミも退いて今なら良い感じです。
誰だって捕まれたら一発アウトの高難易度ゲームに挑みたくないですからね。特に僕らは残機なんて持ち合わせていませんし、コインも一枚こっきりなんですから。
一応警戒しながら扉を開けるも、妙に分厚く重厚な扉が開く重々しい音に驚いた以外は、何事もありませんでした。家の中からは、濃密な血の臭いが漂ってきます。盛大にぶちまけられ、再起できない状態に陥った誰かがいるのでしょうか。
大音を出せば、再起性死体は習性に従って寄ってきます。後は盾を打ち鳴らすなりして此方に誘導し、誰かに注意が行っている間に処置するだけの簡単なお仕事が……。
「助けて!! 助けてぇ!!」
「ああっ!?」
子共の声!? 上から!?
突然、丸っきり予測していなかった事態です。まだ小さな子共の声は、全滅したと思われていた家族の次女でしょうか。随分と泣き続けていたのか、酷く掠れた声は必死さで上ずっています。
それもそうでしょう。彼女はきっと、何時間も救助が来るのを待ち続けていたのでしょうから。死んでしまい、彷徨うようになった家族のなれの果てに囲まれながら。
「いかん! 突っ込むぞ!!」
「HQ、ぶっ放すから細かいこと言うんとちゃうぞ!!」
顔色を変えて班長と一色さんが手斧を放り投げ、拳銃を引き抜きながら駆け出します。一歩遅れてというより、カバーするため敢えてタイミングをずらした先輩と二朱さんが後を追いました。
後に残されるのは、咄嗟のことで反応が遅れた僕と外川氏……。
「ああっ、そうか!?」
「な、何だ!? ど、どうすればいいんだ!?」
班長達が慌てた原因が分かりました。死体が惹き付けられるのは、より近く、より強く彼等の感覚を刺激する物……つまり、彼女です。
「僕らも行きましょう!」
「だ、大丈夫か!? マジで!? なぁ!?」
内心は完全に怯えながら、僕もニューナンブを引き抜いて家に入りました。外川氏はこの際もういいです。僕も場慣れしていないのは一緒ですが、冷静にさせている暇はありませんし。
生存者が居るのと居ないのとでは、ケースが大きく異なってきます。命の軽重を論じる訳ではありませんが、局としては民間人>職員となる訳でして、執行官が殉職しても生存者が救助できればマスコミも大人しいです。
しかし、逆だった場合のやかましさは、想像を絶します。特に今回、僕らはHQまで含めて、経過時間からしてどうせ全滅しているだろうと暢気していた節があるのですから。
グリップを握りしめる手が汗ばみ、グローブの中が嫌な感じに湿るのを感じながら、僕は敷居を跨ぎました…………。
大変お待たせ致しました。色々あってメンタルが腐れていたこともあり、筆が遅くなっておりました。
今年中の完結を目指し、奮起努力して参りますので、今年も何卒よろしくお願い申し上げます。
Twitterで活動報告したりしておりますので、其方の方もよろしくお願いいたします。




