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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

HOUNDS

作者: 神谷優

 雨の日だった。降り始めて間もない。気まぐれのような雷鳴だけが、暗く荒んだ部屋を時折明るみにさせた。


 ある一室。ゴミ溜めのような街中に聳えるビルの5階である。


 タバコの煙が揺らめいた。部屋の中心に位置する使い古された安物のソファ。そこに男が足を大きく開いて座っていた。


 ふぅ……と器用にも小さな灰色の輪を吐き出す。


 男の後ろには、手を後ろで組んで背筋を伸ばす連中が数人いた。まず間違いなく、男の下についている者たちだろう。いつ妙な行動に走らないか、緊張感が部屋の中を包んでいた。


「……で、ブツは?」


 タバコを咥えた男は呟いた。またも轟いた雷鳴で少し光が射す。少し頬がこけている。口髭を生やし年季の入った男である。


 だが、爬虫類のようにぎょろりとした眼が相手を射抜くようなプレッシャーを放っていた。


 対面する男に訊いたのだろう。尋ねられた男も、向かい合うソファに座っていた。ただ、こちらは対照的に小太りな男である。自分の後ろに部下を後ろで立たせているのは変わらないが、色素の薄い髪。髪と同じように茶色い眼からハーフか何かだろうか。


 また、頬、腕、腹とシルエットからも分かるように余計な肉付きがある様子だ。


「そうあわてるなって。ちゃんと持ってきてんだから」


 小太りな男は答えた。そして首だけ後ろに回して「おい」と部下に指示を下す。命じられた部下は、持参した鉄製の鞄を胸元で見せたあと、互いの中心にあるテーブルへと移動した。


 部下がロックされたジュラルミンケースを開錠している頃、小太りの男は表情を歪めて訴えた。


「ごほっ……前にも言ったが、そのタバコを控えてくれないか。私はどうもその臭いが嫌いなんだがね」

「そりゃ悪かった。むしろ俺はこいつがないと落ち着かなくてな。ついついハジきたくなる」


(……この中毒野郎が)


「ん……? 何か言ったか?」

「いいや、別に」


 苦情を言われた男は携帯用の灰皿で火を消した。何か思うところはあったようだがあえて言わなかった。今はブツの交渉のほうが先決と取ったのだろう。


「それより確認してくれ。ちゃんと用意してある」

「……そうだな。間違いなさそうだ」


 爬虫類のような男は、白い袋をひとつ摘まみあげた。自身のぎょろりとした眼元まで持ち寄って確認したようだ。


「なら金だ」

「わぁってるよ。おい、渡してやれ」


 金での取引が行われる。互いに欲していたものが自分の手元にきた。その瞬間である。凄まじい音がその場の者全員を襲った。いや、正確にはその音ともに部屋の扉が両者がつくテーブルにまで吹き飛んだのである。


「何だっ!?」


 不測の事態が起きたため、取引の二人以外が銃を構える。そこには、金髪の優男が君臨していた。扉を蹴とばしたというのか。片足を上げた状態でだ。


「はーい、そこまで。それって巷で出回ってる新型サイクロンでしょ。一度摂取すると廃人まで一直線コースって評判の。当然売買は禁じられてるから現行犯ってことで全員お縄ね」


 何人もの人間に銃を突き付けられているこの状況で、暢気な口調は当然相応しくない。一瞬呆気に取られた男たちだが、銃を持った一人がいち早く我に返る。


「何だてめぇ! がはっ!」

「っ……」


 引き金にかけた人差し指に力を入れた瞬間、その男は後ろに吹き飛んだ。翻るように浮いたのである。一体何が起こった。男たちは事態を掴むのに少々遅れてしまう。爬虫類のような男が誰より早く気付く。優男の右手には、銀色のリボルバー拳銃が握られていた。


(何だ……まさか、M29………なのか。今、あれで撃ったってのか……)


「サツだって言えば分かるかい?」

「ち……どこからかかぎつけてやがったか」

「お、お前ら撃て。撃つんだ」


 爬虫類のような男は一目散に離脱する。テーブルに乗ったままの、欲したブツが入った鉄製鞄をしっかり抱きかかえて、扉とは逆のほうへと走り出す。


 対して小太りの男は応戦する選択をしたようだ。部下に命じるとともに、自分も懐から拳銃を持ち出した。


「諦めが悪いね」


 銃声が一斉に鳴り響く。雷鳴の音とともに木霊した。部下の二人の眉間から血を吹き出して倒れ込む。

優男の早撃ちにより撃退されたのだろう。


 優男は大胆にも、さらに部屋に侵入して距離を詰めた。銃弾がもったいないとの判断ゆえか、体術に持ち込むつもりだ。


 態勢を低くして潜り込み、吹き飛んだ二人を除き、手前にいた部下の男を狙う。


 左の掌で突き上げるように男の顎をかち上げる。急所に叩き込んだ一撃で気絶に持ち込めただろうが、浮いた一瞬、回し蹴りを叩き込んで障害物であるかちあげた男の体を退かす。


 ソファがあるせいで両端に位置する男たち。一瞬の判断。どちらか片方を片付ける頃にはもう一方に撃たれてしまう。優男は眼の色を変えて滑り込む。


 選んだのは左にいる男だ。部下の男たちも馬鹿じゃない。間合いを詰める頃にはナイフを携帯する者もいた。

 が、ナイフ捌きは所詮素人に毛が生えた程度のようなものだ。本来避けることは容易いが、ソファがどうしても邪魔となる。すぐさま片付ける為に左手を犠牲にすることにした。


 突き付けられたナイフを受け止めるようにして刃を掴む。当然赤い血が噴き出る。部下の男はろくに人を刺したことがないのか。その血で一瞬怯んだ。


 その隙を狙い、リボルバー拳銃で殴り飛ばす。倒れかける男は早くに倒れてもらわねば障害でしかない。そのまま優男は目の前の男の腹を容赦なく踏みつける。


 ひらけた視界にはもう一人いる。そのまま横目に右を一瞥すれば、小太りの男、またその部下が狙いをすませるところだ。右に掴んだリボルバー銃で連射する。計三発の早撃ちした銃弾は、見事全員の眉間に命中させる。小太りの男の頭は当たり所が良かったのか吹き飛んでしまった。すぐさま視点を変えて目の前に戻す。

 残りは一人。勢いを殺さぬまま、目の前の男にタックルをかます。男は不意の衝撃にバランスを崩して背中を強打してしまう。


「がはっ」


 何が起こったのか眼を開けて確認できたのは、木目の天井と、上から覗く金髪の殺気を込めた眼光と向けられた銃口である。


「なっ……」

「はーい、大人しくしといてね」

「ぐぼぁっ」


 眉間ではなかったものの、腹を吹き飛ばす。抵抗できないように重傷を狙ったのだろう。


「ってやばっ、一人逃がした」


 優男は爬虫類のような男を逃したことに気付く。ドンパチしている間に、窓を割って逃げたようだ。


 五階なんだからもう死んだんじゃないか。むしろそのほうがありがたい。


 慌てたように窓から顔を覗かせると、そこを狙ったかのように銃弾が飛んできた。


「うわっと……やっば生きてるよ」


 優男は反射的に身を引いてギリギリのところを躱す。ポケットを探り、携帯で急いでどこかにかけ始めた。死体と血の海の部屋の中、優男は呑気な調子で電話の向こうに現状を伝えた。


「シド~、ごめ~ん。一人逃がした~」

「あぁ、知ってるよ。勝手に突っ走るてめえなら大方そうなると思ってたからな。そいつなら今目の前にいるよ」

「お、さすがシドちゃん」

「てめぇにちゃん付けを許可した覚えはねぇよ。死ね!」


 それだけ言うと、一束だけ銀色の黒髪の男は電話を切ってしまう。


「ってことで、てめぇは逃がさねえよ」


 黒髪の男は薄暗い裏通りで張っていた。まともに表から逃がしはしないだろうが、取り逃がすことがあるとすれば、奴さんはこの道をを通ることになると踏んでいたのである。


「ぐ……、俺を捕まえるつもりか」

「あぁ、そのつもりだ。余計な抵抗はすんな。この国の法制は知ってんだろ。Dead or Alive(デッド オア アライブ)。逃がすくらいなら殺してもいいってのが上の考えだ。日本ジパングと違ってな」


 鉄製の鞄を持つ男は拳銃を持っている。対して、黒髪の男はギラついた視線で自信に満ちているが徒手である。何も持っていない。

 爬虫類のような男が逃げおおせると感じてしまうのも仕方ない。


「馬鹿が。俺を誰だと思ってやがる。俺はこんなとこで捕まらねぇ。死ぬのはお前のほうだ」


 何も恐れることはない。奮い立たせるように声を張り上げると、銃口を目の前のスーツの男に向けた。そして、何の躊躇もなく引き金を引いた。


「知らねェよ。てめぇが誰かなんてな」


 初動は間違いなく、爬虫類とも思しき男のほうが早い。が、それよりも早く黒髪の男のほうが、撃ち出したのは早かった。


「がぁっ!」


 拳銃を持った右肩が吹き飛ぶ。肉片が吹き飛んだ激痛のあまり、左手で肩口を抑え込む。鉄製の鞄はその場に手放してしまった。


「く、くそっ! こんなところで……」

「いいや、終わりだよ。全部な」


 膝を突き、自分がのし上がる思惑が潰えたのを嘆く。そこに、黒髪の男がゆっくりと歩み寄る。


「お、おい……、どういうつもりだっ」


 驚いたことだろう。捕まることになると思っていたはずが、目の前にまで来た黒髪の男は、自分に銃口を向けていたのだから。


「お前、その新型サイクロンでどれだけの人間を殺した?」

「あ……え……?」

「捕まるだけだと思ったか? 自分だけのうのうと生きてられるって思ったか?」

「ま、待てっ!? い……いや、そ、その銃……!?」


 ぎょろりとした眼で、向けられた銃に対して違和感を感じる。黒光りする拳銃。形はデザートイーグルに近い。が、微妙に違う。より強力に改造したオートマチックピストルである。


「ま、まさか……お前、いやお前らは……ハウぐぼらぁっ!?」


 吹き飛んだ頭部は風船のように破裂した。薄暗い裏通りが血で濡れるが、今日は幸い雨の日だ。すぐに洗い流してくれるだろう。

 黒髪の男は先ほどと同じように携帯に連絡を入れる。


「終わったぞレン……あぁ……」






「それで、腕は確かなんですか?」

「あぁ確かだ。間違いないぞ」


 警察組織上層部。ごく限られた幹部しか入れない一室での会話である。


「信用なりませんね」

「これだけの実績があるのに信用できないか?」


 まだ若い幹部がお偉いさんに喰ってかかっていた。それを、恰幅の良いちょろひげの署長が柔らかく相手をしている。分かりやすく、データをまとめた書面の資料を机に広げるが、若い幹部はまだ納得はできていないらしい。


「そうではありません。鳴神シド、如月レン。この二人の経歴が信用ならないと言っているんです。いつか噛まれることになりますよ」

「噛まれる……か。随分上手いことを言うじゃないか」

「え……?」


 若い幹部は「飼い主の手を噛む」というよくある言葉を揶揄しただけだ。それ以上の意味はない。使い古された表現の、何処に上手い言い回しがあったのか分からなかった。


「何だ知らないのか? この二人には異名があってな……」




 がやがやと騒がしい中華レストラン。夜遅い時間でも人は多い。寂れた街だが、その中でも繁盛している店である。 金髪の優男と一束だけ銀色の黒髪の男が、対面に座って遅い夕飯をとっていた。


「結局シドも殺しちゃうだもんな」

「うるせぇぞ。逃がさなかっただけマシだろうが」

「でも大した相手じゃなかったし、次は骨のある相手がいいな。シドみたいなさ」

「あぁそうだな。勝手に期待してろ」


 そんな軽口よりも、腹の減ったシドはもぐもぐと大盛のチャーハンを頬張っていた。


「あれ、シドってから揚げ嫌いだっけ。食べないならもらっとくね」

「あ、てめっ、こらぁ。それは俺が後で食べようと……」


 シドの必死の訴えは最後まで続かない。その時爆音とともに、店内に顔をヘルメットで隠した連中が乗り込んできたからである。


「な、何だ!」

「きゃああぁぁ」

「騒ぐな!! 騒いだらこいつをぶっ放すぞ!」

「っ……」


 すぐさま二人は身を引き締める。


「とりあえずから揚げのことは後だ。いくぞレン」

「あいよシド。HOUNDSハウンズ始動だね」

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