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「いい事思いついた!
ねぇ、俊。結婚しよう!」
うん。すごく名案だね。
私、天才だね。
一人ニヤニヤが止まらない。
そんな私の前には、嫌そうな顔をした幼馴染の俊がいる。
「何を突然。お前バカなの?
ねぇ、バカなの?前から知ってはいたけど。
本当のバカだったの?」
人の事をそんなバカバカ言わなくても良いと思うんだけど。
私は物心ついた時から俊の事が好きだ。
いや、大好きだ。
いや、愛している。
そして、俊も物心ついた時から
幼馴染の事を好きになっていた。
その幼馴染は私。
ではない。
大事な事なのでもう一度言う。
俊が大好きな幼馴染は私ではない。
もう一人の幼馴染。
聖奈が好きなのだ。
私が俊に恋した時。
その時すでに彼は聖奈に恋をしていた。
私が見つめる先には
聖奈を見つめる俊がいた。
私は恋に落ちた時点で失恋していた。
あはは。はい、ここ笑うところ。
あれ?視界がボヤけてきた...
「おい!花!聞いてんのか?」
おっといけねぇ、自分の世界に入ってたわ。
「すまん!聞いてなかった!」
私がそう言うと、
俊はまた、あからさまに嫌な顔をする。
「なんで、聖奈の話をしてる流れで
お前との結婚の話になるんだよ。」
「だってさ、俊ずっと片想いじゃん。
ウチら今年28歳だよ?三十路と言う闇がすぐそこまで迫ってきてるんだよ。」
「わ、分かってるよ。でも、」
「聖奈以外を好きになれないんでしょ?」
「おう。聖奈以外を好きになれない。
だから、誰とも結婚する気ないし。
一生独身でいいと思ってる。」
俊はサラリと私の心に傷をつける。
何度も。容赦なく。いろんな角度から。
しかーし!そんな傷慣れたもんよ!
長い月日をかけて、傷つけられた私の心は
痛みに鈍感になっている。
いや、違うな。鋼の心になっているのよ。
ちょっとやそっとの傷なんて屁でもない。
こんなんで心が折れているなら
とっくの昔にこの恋をやめている。
「だから!私と結婚しようって言ってるの!
なんで分かんないかなー。
ねぇ、バカなの?本当バカなの?」
「お前は人をイラつかせる天才か?
何をどう解釈すれば
お前との結婚に繋がる?」
「はぁー。しょうがない子ね。
おバカちゃんには細かい説明が必要なのね。
それでは説明しよう。
私は俊が好きだ。それは分かってる?」
「あぁ。分かってる。」
そう。俊は、私が俊の事を好きと言う事を幼い頃から知っている。
「そんで、俊は聖奈の事が好き。」
「うん。」
「しかし、俊は片想い。
聖奈には彼氏がいて、婚約している。」
俊の顔が曇る。
が、そんなの構っていられないので流す。
彼はまだ鋼の心を取得していないようだ。
「俊は聖奈以外好きになれない。
一生独身?あなたのお母様がお許しになると思って?」
「うっ。」
そう。俊は一人息子。
好きに生きて良いと言われているが
結婚だけはしなさい。
と昔から耳にタコが出来る程言い聞かせられていた。
俊は片親だ。おじさんが病気で早くに亡くなった。俊が小学3年生の時。
おばさんは自分が死んだら俊が一人になっちゃうから、結婚して家族を作って欲しいと望んでいる。
「そこで!私の出番よ!
私は俊が好き。俊と結婚できたら
それだけで幸せ。それ以上何も望まない。
そして、俊はおばさんを安心させてあげられる。その上、嫁公認で一生、聖奈を好きでいられる。」
こんな事言ってて悲しくないのか、自分よ。
「お前、何言ってるのか分かってる?
それでも良いわけ?
もっと自分の事大切にしなさいって
昔から言ってるじゃん。」
うーん。
それでも良いと思っている私は
自他共に認めるバカなんだと思う。
「だってさー。
こんなにずっと好きなんだよ。
そろそろ報われてもよくない?」
「それを言ったら俺もだぞ。」
「...。確かに。」
「お前さ、何回も言ってるけどさ。
可愛いんだから、俺みたいな奴
やめて早く幸せになりなさいって
言ってるでしょ?」
昔から嫌になる程聞いたセリフ。
毎回可愛いんだからの所で
ニヤついて、その後の言葉は
シャットダウン!!
両耳に人差し指を突っ込んで
聞こえませーん。のポーズ。
「そのセリフ聞き飽きた。
私だって努力したさ!
告られた人と付き合ってみたり
俊と聖奈と違う大学に行って
距離を置いてみたり。
それでも好きなんだから
しょうがないじゃん!」
「お前ほんとバカだよな。」
「まぁ、考えておいてよ!
悪い話じゃないでしょ?」
「だから、俺は一生独身
「お待たせー!遅れてごめんねー!」
店内に可愛い声が響く。
ファミレスで待ち合わせしていた私達。
聖奈から少し遅れると連絡が来た。
その待っている時間に
さっきの話をしていたのだ。
「聖奈おせーよ。」
聖奈が来た事が余程嬉しいのだろう。
綻んだ顔をしながら文句を言う器用な俊。
「だって、就業時間ギリギリに
上司が仕事追加するんだもん。
ほんとハゲればいいんだ、あの上司。」
聖奈は綺麗な顔をして口が悪い。
サバサバした性格で、綺麗な顔。
スタイルも良く、面倒見もいい彼女は
誰からも好かれる。
私も大好きなのだ。
俊も聖奈も。
どっちも大好き。
本当はこの2人がくっついてくれたら
私は俊への恋心に終止符を打てるのに。
幼い頃からずっとそう思っている。
「そんで、誰が一生独身でいるって?」
「えっ、いや、それは」
「俊殿であります。」
「ちょっ!花!」
狼狽える俊。いい気味だと思う私は
性格が悪いのだろう。
「また、そんな事言ってんの?
俊はあたし以外に恋をしなさい。
それで、おばさんの事安心させてあげなさいよ。」
「っ...。俺は死ぬまで聖奈が好きなんだよ。」
「俊...。」
「あ、すいませーん!オムライスが1つと
サラダとポテト、コーラにパフェくださーい。」
「「...花。」」
「ふふっ。花は相変わらずなんだから。
わが道を行くスタイルよね。
あたしもお腹空いたー。
何食べようかなー。」
「空気を読む機能は
お母さんのお腹の中に置いて来たのかな?
おい、花さんよー。」
「わざわざ空気読んであげたんでしょーが。
あんたさー、フラれるの好きだよねー。
もうさ、ドMなのかな?って思うよ。」
「好きでフラれてるんじゃねーよ。」
私と俊のやり取りを聞いて
聖奈がケラケラと笑っている。
「もうさ、2人結婚したらいいのにー。」
おぉ、神よ。
私と同じ考えのお方が
ここにもいらっしゃった。
「でしょ!?聖奈もそう思うでしょ?
私もつい先ほど同じアイデアをひらめいた所だったのだよ!」
先ほど俊にした説明を
聖奈にも話す。
自虐的な部分も包み隠さず。
それを聞いた聖奈は
あんたって子はどうしようもないね〜
と笑っている。
「俊!いい機会じゃん。
試しに同棲から始めてみたら?」
そっと私を後押ししてくれる聖奈。
そんな所が好きだ。大好きだ。
「聖奈様。なんて名案なんでしょう。
賛成!同棲賛成!
明日から俊のアパートに転がり込もう。」
「ちょっ!勝手に決めんな!
花が言うと本当にやるから怖いんだよ!」
「私有言実行タイプっすから!
明日からよろしくお願いします!先輩!」
「だから!勝手に決めんなって!
おいっ!オムライス食ってないで
人の話を聞きなさい!」
ギャンギャンとうるさい俊を
完全に無視してオムライスを食べながら
明日のスケジュールを頭の中で確認する。
「本当あんた達は相変わらずなんだから。
俊も諦めな。同棲してダメだと思ったら
花も諦めるでしょ。ほら、あたし達もなんか頼もうよ。」
俊が見えるようにメニューを開いて渡す聖奈。
こう言うサラッと気の利く事が出来る大人の女性なのだ。
私には真似できないなと思う。
うん。オムライスうまっ。
「ったく。しょうがねぇな。
明日何時に来るんだよ。
車で迎えにいってやるから。
あんまり荷物持ってくんなよ。
なんなら直ぐ出て行けるように
手ぶらでこいよ。」
メニューを見ながら話す俊。
うん。こう言う所が好きなんだ。
なんだかんだと文句を言いながらも
私の気持ちを尊重してくれる。
「ういーっす。だいたい15時ぐらいで
お願いしまーす。」
私と聖奈のナイスアイデアで
俊との同棲生活が決まったのである。
「ちょっと!俊!
私のプリン勝手に食べたでしょ!」
「あぁ?俺んちの冷蔵庫に入ってるもんは
全て俺の物という決まりがある。
お前の物も俺の物。俺の物も俺の物だ!」
「そんな某ガキ大将みたいな言い訳が
通用すると思ってんのか!?
青い猫型ロボット呼ぶぞ!あぁ?」
「青い猫型ロボットなんざ怖くねぇんだよ!
どら焼きをワイロに手懐けてやるよ!」
「くっそ!じゃぁ聖奈様召喚すんぞ?
有る事無い事吹き込んで、
お前の好感度マイナスにしてやるからな!」
「どうもすみませんでした!!」
「最初から素直に謝れー!
罰として1ヶ月間毎日仕事帰りに
スイーツを買って来るのだ。
分かったか我が下僕よ。」
「ちくしょー。
なんでプリン1個が
スイーツ1ヶ月分になるんだよー。」
「何か言ったか?」
「滅相もございません。
喜んでお受けいたします!」
「ふぉっふぉっふぉっ。」
うん。あのね、幼い頃から毎日一緒に居た私達。
同棲しても何も変わらなかったよ。
お互いの気持ちも。関係も。
私は俊が好き。俊は聖奈が好き。
それでも朝起きてから、夜寝るまで
ずっと一緒にいれる。
本当に幸せ。
2LDKの俊のアパート。部屋は別々だけど。
朝から晩まで...
あ、ちなみに言い忘れてたけど
私と俊は同じ会社に勤めてます。
フロア違うけど。
いや、私ストーカーじゃないよ!!
俊を忘れようと、違う大学に行って
就職活動で色んな会社を受けて
採用された会社が俊と同じだったの。
忘れようとした恋心は
これって運命じゃね?と言う
私のお花畑全開な頭のおかげで
さらに燃え上がる結果となったのだよ。
まぁ、フロアも部署も違うから
そんな頻繁に会わないし
帰宅時間もバラバラ。
それでも、同棲を始めて
一緒にいる時間が増えた。
まぁ、子供の頃も2人でいる事が多かったのだけど。
聖奈も幼馴染だけど、習い事や
塾などで忙しかった彼女は
ずっと一緒というよりは
時間がある時は一緒に過ごす感じで。
俊のお母さんは仕事で遅くなる事が多かった。
私の母と俊のお母さんは仲が良かったから、
俊はうちでご飯を食べて、お風呂に入って、寝る直前まで一緒に過ごしてた。
私は上に兄がいるので
3人兄弟のようだった。
兄が遅い時は2人でゲームしたり
勉強したり。
兄が帰ってきたら
3人で遊ぶ。
そんな生活だった。
なんだかんだで回数は減っても
同じような生活が高校まで続いた。
だから、今さら同棲しても
何も変わらない。
逆に元に戻った感じで。
居心地のいい空間がそこにはあって。
あぁ、もう。やっぱり
俊と結婚したいと思ってしまう。
次の日の仕事帰り、俊はちゃんとコンビニでスイーツを買ってきてくれた。
約束を守ってくれた事。
そのスイーツが私が1番好きな苺大福だった事が嬉しくて
ひっっっっさしぶりに
笑顔でありがとうと言ってしまった。
長年一緒に居たからか
せんきゅーとか、ありがとさん。とか
適当に言うのが当たり前だったから。
笑顔でお礼を言った自分に驚いた。
そんな私以上に俊が驚いて固まっていた。
数分フリーズしている俊に
「いつまでそうしてんの?
笑顔でお礼とか気持ち悪いとか思ってるんでしょ?
私も無意識だったんですー。
気分を害して申し訳ありませんでしたー。」
と、嫌味ったらしく言うと
「お、お、おう!
お前が笑顔でお礼とかびっくりしたわ!」
と動揺している。
そんなにびっくりする事でもないがな。
と一人ツッコミをいれながら
大好きな苺大福に手を伸ばす。
ピンク色したモチモチの生地。
その中には丁寧にこされた
ちょっと甘めな口当たりの良い白餡。
そして中央には、甘めな餡と相性の良い
酸味のある苺ちゃん。
一口食べるごとに口の中では
爽やかな酸味と心地のいい甘さが
私を包み込み幸せな気持ちにさせる。
「幸せ〜。」
勝手に頬が緩む。
心が満たされている。
こんなに幸せでいいのか私!
おぉ神よ!明日は朝早く起きて
街のごみ拾いでもしようかな。
このままじゃバチが当たりそうよ。
ニヤニヤしながらそんな事を思う。
そんな同棲生活も3ヶ月がたった。
1ヶ月間のスイーツの刑が終了しても
なぜか俊は毎日スイーツを買ってくる。
そんな。いいのにー。
なんて言わないよ。
もらえるものはもらっとくのだよ。
今日のスイーツは何かなー。
と、1人ニヤニヤしながら仕事をしていると
「花さーん。ヘルプお願いできる?」
と、上司が私の名前を呼び
断る事はできないであろう
お願い事をしてくる。
あー。残業決定だなー。
と思いながら了承の返事をする。
仕事の休憩時間になり
携帯を開いて
本日残業。日をまたぐ可能性あり。
夜ご飯はいらない。
と、簡単に俊にメッセージを送る。
直ぐに返事が返ってくる。
了解したよ。あんまり無理しないようにね。
お風呂は沸かしておくから。
何かあれば連絡ちょうだい。
あまりに遅くなる時は車で迎えにいくよ。
俊の返事を見て暖かいものが胸に広がる。
なんか、熟年夫婦みたいだな。
しかも、私が旦那のようだ。
文章が素っ気なさすぎるわ。
と、笑いをこらえ
1人で幸せを噛み締めていると
電話がなった。
相手は聖奈だった。
仕事している時間帯にかけてくるなんて珍しい。何かあったのかな?
と思いながら、電話に出る。