幻桜
肌寒い今の季節には凡そ有り得ない光景。まるで異世界に来てしまったみたいだ。しかし、他の周りの景色は変わっていないのだから、これは現実なのだと思う。
先程までは何も付けずに枯れていた目の前木は、瞬きをした一瞬のうちに、桜が満開になっていた。どういう事だろうと思いつつ、取り敢えず写真を撮っておこうと、桜に顔を向けたまま、ポケットにあるスマホを取り出そうとした。すると、手を握られた。驚いてそちらを見れば、小さな女の子がいた。
「それは、撮らないで」
「え?」
「消えちゃうから」
それだけ言うと、どんな質問をしても答えることはなく、その子はただ静かに隣にいた。
「手、洗ってくる」
声をかける間もなく、行ってしまった。
また一人になったので、つい好奇心に勝てず、その桜を写真に収めてみた。すると、目の前の木はあっという間に風に流されるように消えてしまった。思い出して手洗い場に行くと、女の子は居なかった。
「そういえば、あの子の髪は桃色だったなぁ」
写真は、スマホから消えていた。