フクロウの前日譚
むかし、ネクロマンサーとしての悪名と実力が広まり、襲撃してくる冒険者達も少なくなったころ、私の住む森にたった1人で挑んで来た聖騎士の男が居た。
決して弱くは無い、しかし強いわけでもない、どこにでも居る普通の男だった。
私は、他の数多くの挑戦者達と同じように男を打ち倒したが、男は再び私に挑んで来た、次も、その次も…。
幾度となく男は打ち倒され、それでも男は私に立ち向かい、少しづつ強くなっていく。
きっと私は、この男に呪いを掛けられてしまったのだろう。
打ち倒された男に触れる度に、その銀髪を見る度に、閉じた瞼に隠された青い瞳を見る度に、私は少しづつ弱くなっていく、男を倒せなくなっていく。
やがて、かつてはスケルトンに苦戦していた男が、ドラゴンゾンビさえ圧倒し、私の傍を護るテラーナイトすら打ち倒す日が訪れた。
全ての障害を打ち倒した彼の手が迫り、ネクロマンサーの証であるフクロウの仮面を奪われても、弱くなってしまった私には、もはや抵抗する気すら起きなかった。
彼になら、もはや奪われても構わないと、私が生まれて初めて敗北を認めた相手は、仮面を胸に抱いて跪き、こう言った。
「貴方を、お慕い申し上げています。」
今更ながらに、お互いに不器用だったと思います。
それでも彼が、不器用ながらに精一杯に示す愛は、私の心を満たしてくれて。
私も彼の不器用な話に、喜んだり、驚いたり、笑ったり。
共に過ごす時間は何よりも幸福でした。
眠るとき、目覚めるとき、人の温もりを感じる事。
誰かの腕の中で過ごす事をこれほど温かいと知ったのもこの時が初めてでした。
しかし、幸福な時はいずれ…それも思うよりもずっと早く過ぎ去るものです。
或る日、私だけが自分のお腹に命が宿った事を知った日。
運命のあの日、何も知らない彼は、私に指輪を捧げたのです。
「自分と共に生きて欲しい。」そう告げた彼の手から受け取った指輪を踏みつけて、
私は・・・私は、男を嘲笑い告げました。
「夜を舞うフクロウが、銀の鳥籠に捕らえられると思うなんて…愚かな人。」
呆然とする男を打ち倒し、私は全てを捨てて逃げ出したのです。
幾人もの追手を撒き、誰にもお腹に宿る命を知られぬように出来るだけ遠くへ。
本当はもっと早く分かっていたはずなのです。
あれだけ強くなった聖騎士が、何の身分も得られない訳がありません。
申し出を受けるなら、彼は何を捨ててでも私と共に生きるつもりだったのでしょう。
愛した人が外道に堕落することを恐れて、私は逃げ出したのです。
やがて、遠く見知らぬ国の端にある小さな森の中にて、
遥か遠く、銀の国にて新たな王が任じられたと風の噂に伝え聞く頃、
私は1人の女の子を産みました。
あの男はきっと、私に呪いを掛けたのでしょう。
あの日から私の心には、まるで穴が開いたようです。
あの男がきっと、私を弱くしたのです。
私の大切な娘は、人を救いたいと言って私の許から旅立ちました。
血は争えぬものです、きっと父親に似たのでしょう。
あの男は・・・いいえ、愚かで不器用だったのは、私の方だったのでしょう。
左手の薬指に通した指輪を陽に透かせば、あの日と変わらない美しい銀色のリングに青い石。
大切な銀の鳥籠から逃げ出して、もう帰る場所すらなくなって分からない愚かで不器用なフクロウの、未練がましい絆の証。
「私も、貴方をお慕い申し上げています。」
FIN・・・?