シングルマザーはハイレグがきられるのか?
水ぶくれした丸っこい手で、バックの中の鍵をさぐる。バックに手を突っ込んで、ぐちゃぐちゃとこねまわす。口紅だの古くなったポケットティッシュだのが、手にあたる。でも、鍵のガチャガチャいう音やひんやりしたゴツゴツの感触には、ぶち当たらない。いつも夫から
「お母さんのバックは、ドラえもんのポケットみたいにゴチャゴチャやなあ」
と呆れられているだけあって、これかと思って持ち上げると、いついれたのかすら思い出せないボールペンだのをつかまされてしまって「ちっ」と舌うちした。
私は、本田ミナミ、44歳。
5歳と14歳の娘2人がいる主婦だ。夫は電機会社に勤めるサラリーマン。夫は50過ぎで課長だし出世こそしていないが、給料はそこそこよくて、ミナミも今まで働くことなく、のんびりやってきた。
バックの中身こそ、いつもぐちゃぐちゃだけど、部屋はこれでも一週間に一度はお掃除しているのだ。夫のカズキは
「いっつも俺が掃除してるんやぞ!」と、いうだけあってとても几帳面。夜中に帰ってきて供のおもちゃを整理するような人だ。
おっとりした、いやどちらかというとズボラなミナミのことが気に入らないようだけど、ミナミはちっとも気にしていなかった。
だって結婚したら最後、釣った夫にエサをやってもしょうがないからね♡
やっと玄関の鍵がみつかってドアをあける。買い物袋をダイニングテーブルにほうりだして、一息つく。滅多に運動しないので、車で近くのスーパーに行っただけでも足が疲れてしまうのだ。
自分のためにインスタントコーヒーをいれて、買ってきたばかりのイモケンピをもってソファーへ移動する。借りてきたDVDをセットしコメディ映画をみる。クイーン・ラティファの大ファンなので、新作をどうしても一人で楽しみたかったのだ。
というか、毎日1本は欠かさず映画をみるほどの映画好きなのだ、ミナミは。中学生と幼稚園の娘がいるミナミは、日中のほとんどを、買い物か映画をみることに費やしていた。
今日もまた昨日の続きで、きっと明日も同じように続くのだと、何も信じて疑わなかった。
そう、その夜に、夫が帰るなりあるセリフをいうまでは。
「俺、降格になった上、転勤だ。しかも来月から給料、16万円になるらしい」