なんとかにつける薬
部屋の中には、ごろりごろりと薬研を転がす音だけが響いていた。
辺りには、青臭い薬草の匂いが立ち込める。
常人であれば眉を顰めるのだろうが、すでにこの身の一部となりつつある香りだ。
どうして、この作業を厭うことがあるだろう。
むしろ、平穏の象徴ともいえるのではないか。
しかし、その穏やかともいえる時は、唐突に終わりを告げる。
遠くからでもはっきりと聞こえる足音。
またか、と思わず頭を押さえたくなった。
「ししょー! ししょー!」
「なんだい馬鹿弟子」
転がり込んできた賑やかな声にもなんのその。
振り返ることもなく、その手を止めることもしない。
これから始まるであろう馬鹿騒ぎには、既に慣れてしまった。
「いい加減その呼び名やめて下さいってばー!」
「本当のことだろう。何度言ったらわかる。足音を立てるな、語尾を伸ばすな、一度呼べば聞こえる、調合中に不用意に呼ぶな」
「はいはい、今度から気を付けますって!」
「はいは一回。まったく、それで直した例もないってのに」
「えー酷いですよー。人を出来損ないみたいにー!」
「実際出来損ないだから仕方ないだろう。で、何の用だ」
そこでようやく、振り返る。
「……」
途端に黙ってしまう弟子。すでに見慣れた光景とはいえ、やはり溜息が零れた。
「また、か」
「ちょっと待って下さい! 今思い出しますからっ!」
「いい。とりあえず、それを寄越しなさい」
弟子の手の中で、握りつぶされそうになっている薬草を指差した。
それは解毒の特効薬として使われる薬草だ。
素人目でも見分けられる特徴的なものではあるものの、調合は困難。
大方、誰かが毒に侵されて、助けを求めているのであろう。
「へ? これですか?」
「まさか、これが何かもわかっていないのか?」
「わ、わかりますよー!」
「言ってみろ」
「えーと、待って下さい! 今思い出しますからっ! 絶対です!」
愚鈍な弟子の悩む姿を見て、また溜息をひとつ。
「いいから、早く寄越しなさい。急患なんだろう?」
「あ! そうです、そうなんです! え、でもなんでわかったんですか?」
「……わかるまで考えておけ」
「えー、ひどいです師匠! 見捨てないでくださいってば!」
弟子の喚き声を綺麗に無視して、調合に取り掛かる。
当然、もとより手伝いなど期待はしていない。
むしろ、手伝わせたらどうなることか。
しかし、本当に何のための弟子だと、心から深くため息をつきたくなった。
そんな、ある日の日常。