第七夜 ついに出陣の時
翌日の昼休みの事です。
わたしはヨミちゃんと一緒に、同じ中学校の屋上で昼御飯を食べておりました。
わたし達の上を飛び回る二匹のマジサポ以外は誰もいません。
そもそもこの屋上、生徒は立入禁止なのですがヨミちゃんの手筈で無理やり浸入しているのです。
この子、本当に末恐ろしいお人です。
「ねえ、いのりーん」
「なあに、ヨミちゃん?」
ヨミちゃんがねっとり声を掛けてきました。
「せっかくだからさー。いのりんのカーワイイ小学生時代のお話し聞きたいなー」
「うーん、ボンタンと遊んでいた事とママに怒られた記憶以外ないんだけどな」
福岡旅行の件を話したいのですが、お昼休みだけでは時間が足りません。
「そっかー」
ヨミちゃんは相変わらずの無表情で何度も頷きます。
「じゃあさ、マジサポには名前とか付けないの?」
「あっ、もう付けてるよ」
「おお、なんて名前かにゃー?」
「アベちゃんだよ」
「えっ、なぜゆえ?」
ヨミちゃんは驚いているみたいです。
「わたしが大好きな洋画のアベンジャーから取ってみたの! こう呼ぶと可愛い名前だよね?」
「あー……うん。前から思ってたんだけどさ」
「なあに?」
「ボンタンもイノリが付けた名前なの?」
「そうだよ。わたしが幼稚園のころ福岡旅行に行った時、たまたま食べたボンタンアメってお菓子が美味しかったから付けたの!」
鹿児島県産のお菓子なのですが、九州全土に売っております。
「そっかー、とんこつラーメン食べたいねー……って、そうじゃなくてさ。いのりんの名前付けるセンス、偏りが過ぎるってば」
なんだかヨミちゃんのツッコミが厳しいです。
「えっ、そうなの!?」
「まー自覚は無いよね……」
「で、でも……そういうヨミちゃんは、あの子になんて名前付けてるの?」
上空を飛び回る緑色の丸い鳥さんを、わたしは指差しました。
「うん、あの子の名前は疾風だよん」
「なるほど……ヨミちゃんのEWと合わせると確かにカッコいいかも」
「ふふん。まあ名前の付け方なんて人それぞれだからいいけどねー」
ヨミちゃんは寛容なお方です。
「そうだねっ! あっ、因みにわたしのあの大きな剣なんだけどね?」
「うん、なあに?」
「たくさんの憎悪を破壊するために人を斬らなくちゃいけない業の深い剣……って意味から、『業剣アニムスバスター』って命名したんだけど……」
凝り過ぎて、なんだか恥ずかしくなって来ます。やっぱり変えようかな?
「えっ、なにそのいのりんにしてはカッコよすぎる名称と意味合い!」
「は、恥ずかしいな……」
余計な一言が耳に障りますけど。
「うむ、いのりんにはある意味才能があるよー。このあたしが補償したるってー」
ヨミちゃんは自信たっぷりに言い切りました。
「ヨミちゃん、ありがとねっ。それと今更なんだけど、ヨミちゃんがわたしと同じ学校だなんて知らなかったよ」
「あはは、まあそうだよねー。でも実はあたし、地味にいのりんのこと知ってたり」
「えっ、そうなの?」
わたしはヨミちゃんの事、一切知りませんでしたのに。
「うん、いのりんの事を知ったのはつい二日前ぐらいだけどね」
「えっ……入学式の日じゃない。どうしてそんな時にわたしを?」
思わず、お弁当を食べる事を忘れてしまいます。
「いやね、バカな男子達の間で隣のクラスにすげえおっぱいデカい子がいるって、うるさくてさー。そこで初めて知ったんだよねー」
「うっ、ヒドい……やっぱり男子は怖いよ……」
だからこんなもの、いらないんです。
「まあ気にしないであげてよ。ああいう思春期真っ盛りな男の子達はそういうサガなのさ」
「そうなの?」
言われてみればごく稀に、パパもわたしの体から目を反らす時があった様な気がしますが。
「うん、だから嫌いにならないであげて。年を取ればいいヤツになるかもだし」
「うん、ヨミちゃんがそう言うのなら……」
「まああれだよ。万が一男子がいのりんにちょっかい出してきたら、あたしがぶっ飛ばしたげるし」
ガッツポーズする格好良いヨミちゃんを見て、わたしは安心しました。
「えへへ、ヨミちゃんは頼もしいな。まるで男の子みたい」
「んまっ、あたしだってこう見えて女の子なのよー?」
もしかしたら怒らせてしまったのかも。
「ごめんなさい、今のはわたしが悪かったです」
「いや、別にそこまで謝らなくてもー」
「えへへ……」
「うーん……やっぱ男らしくなっちゃったのも兄ちゃんがいるせい?」
そう言えばヨミちゃんには、イケメンなお兄さんがいましたね。
「あっ、そうだよね。ヨミちゃんはお兄さんと二人兄妹だもんね。仲のいい兄妹って羨ましいなあ……」
わたしは思わず俯いてしまいましたが、横目で見たヨミちゃんはボーッと晴れた青空を見上げておりました。
「確かにいいんだけど、ちょっと色々ありすぎて面倒なんだよ?」
「いろいろって?」
「ふふ、秘密だよん」
「気になるなあ」
「それよりいのりん、これ見てよ?」
ヨミちゃんが突然、制服のポケットからESDを取り出し、罪人リストをわたしに見せ付けました。
「あわわっ、ヨミちゃん! こんなところで出したらダメだよ! 誰か隠れて見てるかもしれないし……」
「まあいいじゃーん。一般人には見えないみたいだし」
「そ、そうなの?」
「間違いないね。だってこれを初めて手に入れた時、嬉しさのあまり兄ちゃんに見せびらかしたんだけど、何もないぞって真顔で言われたもん」
「そ、そうなんだ……」
わたしも恐る恐るポケットから取り出して眺めましたが、言われてみれば誰にも気付かれていない気がします。
「でさ、今CLを起動してるんだけど、これに罪人の情報とかが詳しく載ってるじゃん?」
ヨミちゃんのESDに注目しました。
「あっ、本当だ。えと、名前は桐崎悠里。ランクはBの25で、殺傷数が150……百人越えてるの!?」
あまりの凶悪さに、大声を上げてしまいました。
「シーっ、流石に大声はまずいって」
「ご、ごめん……」
「うん、おまけにこの桃の種みたいなマーク見える?」
ヨミちゃんが指差す箇所に注目しました。
「う、うん。なにか禍々しい種にも見えるね……」
「これこそが罪人の中でも超極悪人の証でさ。規則によるとエボルブシードって言うんだって」
「そ、そうなんだ! ……でも、そんな危険すぎる罪人をわたし達二人で処刑できるのかな?」
「おっ、いのりんったらヤル気満々だねー」
「違っ、そういうわけじゃないの……」
慌ただしいわたしに対し、ヨミちゃんはずっと冷静です。
「うん、知ってるよん」
「むう……」
「まあ冗談はこれぐらいにする。むしろこんな凶悪な罪人だからこそ、あたし達断罪者が活躍できるんじゃないかな?」
「警察には頼まないの?」
「あんま規則を信じるのも癪だけど21条1号を解釈すれば、あたし達にとって雑魚い罪人でも、ベテラン警察官が20人いないと相手にならないんだってさ」
話を聞くだけで、血の気が引きます。
「うう……っ! そんな危険な罪人とも戦わないといけないなんて……」
「怖いならやめとく?」
それは絶対に駄目だと思い込んだわたしは、何度も首を横に振りました。
「ううん、誰かがやらないと犠牲者が増える一方だもん」
「うん、つまりはそういうことー」
「でもそんなことより相手は人間……なんだよね?」
「同じ存在とは思いたくないけど間違いなく人間だね」
「だから……わたしは困ってるの! 相手が人じゃないなら……それこそLOKの魔物だったならどんなに楽だと思う!?」
思わず熱が入るほど、深刻な問題だとわたしは思っているのです。
「うん、いのりんの言うとおり。相手がただの魔物だったら、あたしだってこんな表情してないだろーし」
「あっ、ごめん……なさい。ヨミちゃんの方が辛いに決まってる……のに」
ヨミちゃんが好きでこんな事している訳じゃないって知っているのに。
わたしは自分勝手で、バカな女の子です。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
自分に対して悔しくて、涙が溢れて止まりません。
そんなわたしをヨミちゃんが優しく抱きしめてくれました。
「ねえいのりん、人間って怖いよね」
「……?」
「昨日も言ったけどさ。あたしだってもっと幼いときは人を傷付けることが怖かったよ?」
「うん……」
「でも、今となっては罪人に対して、そんな気持ちは微塵もないんだ。それがどうしてだか分かる?」
「想像もつかない……」
ヨミちゃんが殺気立った様に、鋭く目を細めます。
「大切な家族を殺した罪人ども全部、心の底から憎いから」
「ヨミちゃんーー!」
あまりの殺気に、わたしの体も震えてしまいましたが、ヨミちゃんの事情は理解出来ました。
だって、ヨミちゃんは兄弟二人で暮らしてますし、幸せそうな家族の写真立てを机の上へ大切に飾っている事や、彼女が自分で料理を作っている事実を知っているんですもの。
「うう……っ、ごめんなさい!」
そんな辛い事情を考えただけで涙と鼻水が止まらなくなったわたしの頭を、ヨミちゃんが優しく撫でてくれました。
「あはは、そんなに泣かないでよー」
「で、でもそんなの……ぐすっ! ヨミちゃんやお兄さんがあまりにも可哀想だ!」
「うん、いのりんは本当に優しい子。あたしの心も癒されちゃうよ。できればいのりんには処刑……ううん、人殺しなんてさせたくないな」
「ううっ……」
「よしっ、やっぱりこうしよう」
勢い良く立ち上がったヨミちゃんが、正面に移動しました。
「えっ?」
「やっぱこんな優しい子の手を汚させるなんて、あたしにゃ無理ー」
「そ、そんな……っ」
このままじゃヨミちゃんと離ればなれになると、わたしは思い込みました。
「やだ……っ、ヨミちゃんと別れたくなんかない!」
「えっ、どゆこと?」
ですが、ヨミちゃんは首を傾げてます。
「えっ、断罪者やめろって事……じゃないの?」
「あー、違う違う。いのりんにはあたしの隣でサポートしてもらいたいの」
「サ、サポート?」
なんの事だかサッパリ分かりません。
「うんっ。簡単に説明すると断罪者を処刑するのはあたしで、いのりんは現場に他の罪人や断罪者とかの邪魔が入らないよう警戒してもらいたいんだ」
「あの……それでいいの? その……週に1回の処刑を果たさなくても」
「ふふんっ、規則の第12条3号を読んでみ?」
「う、うん。ちょっとまってて……」
「早くー」
ヨミちゃんが急かすので、わたしは急いで読み上げました。
「あっ……『リンカー登録者内の誰かが罪人を裁き、且つリンカー登録者内で処理執行に立ち会った者のうち、もっとも活躍した五名のみが第4条である「断罪者の義務」を果たしているものとみなす』だって!」
「つまり五人以内なら隣にいるだけで『断罪者の義務』を果たすことになるから、いのりんがわざわざ手を汚さなくてもいいってわけ」
「そうなんだあ……」
なんだか拍子抜けし過ぎて、思わず一息吐いてしまいました。
「でもヨミちゃん……やっぱり後方支援だけじゃなく、戦闘支援もしたいよ」
「どーして? 処刑するのが怖いんじゃないの?」
「うん、とても怖い……でもね?」
「でも?」
「ヨミちゃん1人に……罪を押し付けたくないから!」
「そっかー……。あはは、嬉しいこと言ってくれるねー」
ヨミちゃんが嬉しそうに笑ってくれました。
「えへへ……」
「わかった、いのりんの気持ちを組むよー」
「ーーうん!」
「ちゃんとあたしの背中、守ってよねー」
「うん、善処しますっ!」
ヨミちゃんが差し出した手を、わたしは優しく握りました。
「それじゃあ話が決まったところで、今からあたしの言う通りにESDを操作して?」
「うんっ」
「まずは人の形が二つ並ぶアイコンを探して?」
言われた通り、操作しています。
「人の形二つ……あったよ」
「次にそのアイコンをタップして起動してみ」
「うんーーえと、起動したら注意書きが出てきた」
注意書きにはこう書いております。
ーーこのアプリを起動した一切の責任を、断罪者の職務に関する規則第17条3号に基づき、監督官及び管理者は負い兼ねます。
「うう、文面が難しいのに監督官とか管理者とか……頭くらくらする」
「うーん、あたしは元から慣れてるからなー」
「ヨミちゃんったら頭が良すぎる!」
やっぱり超人でした。
「あはは、別に成績はそこそこなんだけどなー」
「……そう言う子は基本的にいい点取る子ばかりなんだよ?」
「まあいいじゃーん。とにかく同意をタップしてよ」
「あっ、うん。ごめんね」
「いいよん」
わたしは謝りながら〈同意〉の吹き出しをタップしました。
すると隣に、わたし自身がキラキラ光りながら現れました。ヨミちゃんも同様です。
「な、なにこれっ!」
「ふふ、スゴいっしょ。これがあたし達の日常生活を代わりに送ってくれる代理人なんだってさー」
ヨミちゃんがヨミちゃんの肩を叩いてます。頭おかしくなりそう。
「ちょっとあたしったら痛いってばー」
「わっ、喋ったよ!」
「やっぱ驚くよねー。この分身ったらまるで、あたしそのものみたいに喋るんだー」
「そうだよー」
ヨミちゃんの分身も肯定しました。
「なんか怖いよ……ドッペルゲンガーみたいで」
「わたしも怖い……」
ほら隣のわたしも怯えてますし。
二人のヨミちゃんは意地悪く笑ってますけどね。
「あはは、面白いねー」
「面白いよねー、大きなおっぱい四つあるしー」
「そんな酷いこと言わないでっ」
「ヒドいよ二人とも!」
ハモると少し、面白く感じます。
「まっ、そういうわけだからしばらく日常生活のほう頼むわー」
「任せろー」
ヨミちゃんの分身さんは気軽に返事をして、わたしの分身の手を掴みました。
「よしっ、いのりん行こうかー」
「ひゃっ! う、うんっ。それじゃあ……頑張ってね、わたし?」
「あっ、うん……わたしもお願いするね」
それから二人とも、屋上を後にしました。
「うーん……何かとんでもない事をしてしまったような気分」
あの注意書きが、不安を煽らせてくれるのです。
「まーまー気にしなーい! つうわけでゴハン食べたらすぐに移動するよ」
ヨミちゃんは残りのお手製サンドイッチを一口で食べきります。
「もぐもぐ……」
「はっ、早いよヨミちゃん」
「さあ、いのりんも急いで」
「うん!」
わたしも負けじと、お弁当の残りを掻き入れました。
「さていのりん、これから美術館に足を運ぶよ。そこに断罪者の体を弄ぶのが趣味っぽいヤバいヤツがいるから」
「もぐっ——!? うう、そんな事言われると食欲なくなる……」
「ごめん、ちょっと無遠慮すぎた」
でも、いま食べないと今後食べられなくなるかもなので、我慢して食べなくちゃ。
「もぐもぐ……それにしてもそんな事までCLで分かるんだ」
「そうだよ、罪人の個人情報がある程度書かれてる」
「もぐもぐーーうん、覚えとくね」
「この情報はきっと処刑の役に立つから参考にねー」
「わかったよーーごちそうさま!」
お弁当を食べ終え、わたしは立ち上がりました。
「お待たせ、それじゃあ美術館まで案内頼むね?」
「うん。と言うわけで……死刑執行!」
「し、死刑執行っ」
わたし達は執行状態に移りました。
「よいしょっと」
「ちょっ、ヨミちゃん危ないよっ」
いきなりヨミちゃんがフェンスを跳び越えて、屋上の端から飛ぼうとします。
「あー大丈夫。執行状態なら200mぐらいの高さから落ちても死なないしー」
「そ、そんなに?」
「とにかく怖がらないであたしに続きなよ? まるで鳥になったような気分だから」
ヨミちゃんはそう言って、本当に飛び降りました。
「本当に跳んでるし……」
「イノリも早く跳びなよー!」
「うう……やあっ!」
震えるわたしは意を決して飛びましたが、やはり怖いものは怖いです。
その途中、「うわあああーっ!」と絶叫していたのですから。
「いのりん! 落ち着いて地面に両足を着けることだけ考えてっ」
「う……うん!」
焦るわたしを落ち着かせてくれたヨミちゃんのおかげで、無事隣に着地出来ました。
「うしっ、その調子だよいのりん」
「うう、ほ、本当に怖かったんだからっ」
未だ、足の震えが止まりません。
「まーまー。こんな事で怖がってたら罪人から返り討ちされちゃうよー?」
「むう……」
「ふふ。あっ、あと死刑執行状態じゃない時にこんな事したら絶対ダメだからね。大怪我しちゃうだけじゃすまないよ?」
考えたくもありません!
「絶対に飛ばないから!」
「まあそうだよねー。じゃあ着いてきて」
「うんっ」
わたしはヨミちゃんの後を追い、走る車を超えて走っていました。
もう人間を止めてますよね、これ。
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