第四夜 手加減して、ヨミちゃん!
只今の時刻は午後五時三十分。
わたしはヨミちゃんの自宅へ遊びに来ておりました。
「じゃあまず、いのりんに基礎的なこと教えるね」
「うん、お願い」
ヨミちゃんはESDの画面を指差しながら、ステータスとやらの説明を始めてくれます。
「昨日はランクやEXPを説明したから、今日はこのSTRとかの能力値を説明するよ。ここは規則にない情報だから、ESDに入ってるメモなり使ってちゃんと覚えてね?」
「うん、わかったっ」
言われた通り、ESDでメモを開いておりますとも。
ヨミちゃんのステータス説明が長かったので、簡単に要約しました。
ステータスにはそれぞれ、STR、AGI、DEX、INT、MND、LUKとあります。
STRは腕っぷし。
AGIは瞬発力。
DEXは武器の扱い安さ。
INTは知能指数、魔力とやら。
MNDは精神力と打たれ強さ。
LUKはその人の運の良さ。
らしいです。
英語の苦手なわたしにとっては、こうやって覚えるのが精一杯ですが、なんとかメモして覚えております。
これらの値は、断罪者のRANKを上げると増えるそうですが、その理屈が分かりません。
ヨミちゃんにRANKの事を聞いてみましたら「断罪者としてのそいつのキャリアじゃないのー?」と言われました。
因みにわたしはSTRが一番高く、LUKが鬼の様に低いのです。
まあ、わたしは昔から巻き込まれ型のとばっちりを受ける体質なので、その低さには納得してますけどね。
ヨミちゃんに話した運の悪い例としまして、晴れの日なのに水溜まりを弾いた車の水飛沫を浴びてズブ濡れになったり、男性女性問わず自分の無駄乳をジロジロ見られたり、つい先日通り魔にうっかり刺されて一度死んでしまったりとか……。
とにかく数を上げればキリがありませんが、それだけわたしは運が悪いのです。
「あははっ、いのりんったらホントにツイてないねー」
「笑わないでよ、本当に気にしてるんだから!」
この例を話したらヨミちゃんから相当笑われちゃったので、わたしは憤慨しております。
「ゴメン、マジで謝るから許して。この通りー!」
ヨミちゃんは反省してくれたのか、深々と頭を下げてくれました。
逆に申し訳なくて、なんだか謝りたくなる程にです。
「ううん、こっちこそ怒ってごめんね? とにかくわたしはツイてないの」
「悪かったよいのりん。まさかLUKがそこまで関係あるなんて思わなかった。でもひとつだけツイてる事があるじゃん?」
「えっ、何かあったかなぁ?」
頑張って思い出そうとしましたが、何も出てきません。
「ふふん、めっちゃ身近にあるじゃんかー」
「ごめん、全然わからないかも」
「もう、いのりんったら仕方ないねー! ほら、コレのおかげであたし達は友達になれたんじゃん?」
「あっ……」
そう言えば、そうでした。
断罪者と言う謎制度のおかげで、ヨミちゃんとお友達になれたのでした。
「それともあたしと友達になるのは、いのりんにとって運が悪いこと?」
なんだかヨミちゃんが悲しんでおります。
ここは勇気を持って、元気付けてあげなれければ。
「そ、そんな事ないよ! とっても嬉しかったし……運なんかじゃ図りきれないくらいだし!」
ああ、わたしはどうしてこう口ベタなのでしょう。
「うう、言葉にするのって難しいな……」
「ううん、今のでイノリの嬉しい気持ちはよく伝わったよ。なんて言うかあたしも嬉しいな」
「えへへ……恥ずかしいな」
「そだね、なんかあたし達青春してんね。青春なんてもうあの頃から諦めてたんだけどなー」
「あう……」
そんな事言われると、わたしも悲しくなります。
ですが、少しの沈黙の後にヨミちゃんは楽しそうに笑い始めました。
「あはははっ、んまーアレだよ。とにかくステータスの事は理解しただろうし数値の確認を続けよっか」
「あっ、うん!」
「こっちでもいのりんのステータス見てるけど、自分でステータス読んでみー」
「うんっ、ええと……STR85、AGI30、DEX35、INT29、MND41、LUK4……だね」
やっぱり運の数値が低くて、落ち込んでしまいます。
「うん、いのりんは完ぺきにパワータイプだね。すごく意外だけど」
「パワー……」
まあ腕っぷしには結構自信があります。
ふざけた男子は片手でポイしちゃえる程にです。
「それにしてもこのSTRは尋常じゃないね。そりゃぁ昨晩、口を抑えられた時に苦しかったわけだ」
「あっ、昨日は本当にごめんね……」
「ううん、いいよーん。それじゃあたしも自分のステータス読むから参考にしてよ」
「うん」
「STR31、AGI65、DEX70、INT61、MND60、LUK56。タイプは多分トリッキーだよね」
「何かわたしの能力値より全体的に高くないかな。とくにAGIやDEXなんて2倍もあるし……」
わたしは不満で仕方ないです。
「あはは、まああたしはいのりんよりランクが3高いしEXPを消費して能力値が上がるスキル習得してるからね」
「スキル?」
「うん、どういう仕組みか分からないけど、能力上げたり新しい技を覚えたりできるんだ」
「うーん、不思議を通り越して怖いかも」
「まー細かいこと気にしなさんなってー」
「うん、そうだね。気にしないでおこうかな。一度蘇った前例もあるくらいだし……」
本当にこの世界は理不尽だらけですね。
最初に話した五式さんと言う方の言葉は、間違っていないようです。
「うーん、蘇ったってのは意味不明だけど、とにかくあたしも最初は疑ったさ。このステータスの表示にね」
「そうだよね」
「うん、それじゃ次にスキルの説明をしよう!」
「お願いっ、とっても知りたいな」
「あははー。えっとね——」
スキルの説明も長いので要約します。
罪人を処刑したり、魔菓子を食べると増えるEXPを任意の数値を消費して覚えるものらしく、例としましてSTR等が常にアップするパッシブスキルが有ったり、普通に剣で斬るよりも強い一撃を放つ事が出来るアクティブスキルと言うものがあるそうです。
こちらのアクティブスキルはどうやら、仮想世界と言う謎の世界でこそ効果を発揮するスキルらしく、現実世界ではあまり使う意味が無いとの事です。
仮想世界の事は、後ほどお教え致します。
とりあえずヨミちゃんの言う通りにスキル習得をする為の操作をしましたら、EXPを100失う代わりにSTRが85から89まで上がりました。
STR自体が上がった事は嬉しいのですけどね。
「はあ、せっかく積み重ねたEXPが減るのは悲しいなあ」
「そこは大丈夫っ。TEXPは変わらないから」
ヨミちゃんの説明だとTEXPは総合断罪度、らしいです。
どうやらこの値で、断罪者の方の強さを測るそうなのです。
と、ここまでヨミちゃんに基本を叩き込まれましたが、頭の悪いわたしにとっては脳みそグルグル目が回ります。
「うう、なんだか覚えることが沢山あってメモが大変……」
「大丈夫だよいのりん。ゲーム感覚でゆっくり覚えてけばいいんだし。まあスキルをどう振るか迷ったら、あたしが助言したげるし安心しなよー」
「うん、その時はお願いするね」
「おうよー。さて次は実戦練習に移りたいからLOKに入ろうか」
このLOKと言う単語が、先ほど申しました仮想世界の略称なのです。
「エ、エルオーケー?」
この時のわたしは、なんの事だかサッパリでしたが。
「えっとね。ロードオブキングスの略で、
断罪者だけが入る事のできる仮想世界なのさー」
「うう……頭が痛い」
「うーんとね、規則通りだとESDを通じて仮想世界に意識を移せるんだって。まあ説明聞くより実践したほうが早いって!」
「う、うん。ええと、このESDに意識を移すの?」
「そうだよ。まずESDを自分の額に当ててみ?」
わたしはヨミちゃんを真似て、ESDを額に当てました。
「こうかな?」
「それでこう言って。リンクって……」
額にESDを当てたヨミちゃんがリンクと言った瞬間、意識を失って倒れてしまったのです。
「よ、ヨミちゃん大丈夫!? ええとっ、救急車……警察がいい??」
わたしは焦りましたよ。
これから1人で、どうヨミちゃんを助ければいいのか分からなかったのですから。
そんな時、わたしのESDからメール着信音が鳴り響きました。
「えっ、ヨミちゃんから?」
その内容ですが『いのりんも早く額にESD当ててリンクって言いなよー』、らしいです。
どうやらヨミちゃんは、意識自体はあるそうなので、妙に安心してしまいました。
「と、とにかくわたしも行かなくちゃ……リンク!」
ヨミちゃんと同じ真似をしたら、わたしの意識が何処かへと引っ越してしまったのです。
○
目を覚ましたと言うか意識を移した見晴らしの良い高い丘から見える仮想世界は、現実世界ではあり得ないほど空気が澄んでおり、広大に流れる川や、壮大な平原の奥に広がる大海は、全てが青く透き通っていて清らかなのです。
「わあ……大きな平原だあ……」
壮大な平原には見た事も無い村や町、それに大きな城と、城下町が見えました。
そして、わたしの居る高い丘を下った先には、中世ヨーロッパで見た事あるような建築物が、点々と建っているのです。
きっとこの高い丘は、小さな町の入り口か何かなのでしょうね。
「それにしても、わたしはどうしてあの時の大剣を持ってるんだろ? それに格好も白タイツに変わってるし……」
こんなエッチなタイツは、早々に着替えてあげないといけませんね。
「初めまして、ロードオブキングスの世界へようこそ!」
「ひゃぁっ!」
わたしの背中から、青いスーツを着た現実的なお姉さんが声を掛けてきたのです。
「あらら、驚かせてしまい大変申し訳ございません」
「あっ、ええと、大丈夫……です」
思わず頭を下げてしまいました。
「それではこの幻想的な世界をモチーフにした、ロードオブキングスのご説明をさせていただきますね」
「あ、あの……。わたしの友人が一緒にこの世界に来ている筈なんですけど……」
「あら? 只今ログイン履歴を確認しますから、少々お待ちくださいね」
「あっ、はい……」
ログインって、なんですか?
そもそもお姉さんが弄る黒いタブレットは、なんなのですかね?
「発見しました。今から2分程前にログインしてます。認識番号613番の卯ノ花ヨミさまでお間違いありませんね?」
「あっ、はい。その子で間違いありません!」
「卯ノ花さまは、この世界に何度かログインしているようですね」
「あっ、そうですよね?」
そんなこと知る由もありませんが。
「あのう大変失礼ですが、もしかして卯ノ花さまから初めてログインされた時のことをお聞きになってません?」
その通りだから悲しくなってしまいます。
「はい、そこまでは……」
「わかりました。それでは卯ノ花さまへ他のガイドから友人をお借りしますと連絡させますので、鬼頭さまにはこの世界でする事を説明しますね」
「ええと、ごめんなさい……」
いいのかな、ヨミちゃん放っておいて。
「いいえ、これも断罪者のみなさまの将来性を高める為ですから」
「しょ、将来性?」
「コホン、大変失礼しました。今のは私の独り言ですからお忘れください」
「あっ、はい」
「それでは改めまして、この世界のガイドを勤める私、御影ヒロミが説明をさせて頂きます」
「お、お願いしますっ」
御影さんが端末を操作すると、わたし達の周りの空間が歪み、真っ暗になってしまいました。
ですがすぐ真っ暗な地面に、地球の様な青く丸い天体が映し出されたのです。
「なんですか、これ?」
「こちらが今回、鬼頭さまがログインなされたロードオブキングス――略称LOKの惑星の映像でございます」
「この星がそうなんですね。あの、一つ聞いてもいい……ですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「ログインってなんですか?」
わたしの質問に御影さんが苦笑いしました。
「あららごめんなさい、私としたことが。最近の若者はこういうの知ってる前提で、お話を進めてました」
「あっ、大丈夫です。わたしが不勉強なだけですから」
「いいえ、そんな事ありませんよ。寧ろ最近の子は電子機器を与えられ過ぎなんですよ。まったく、私の幼少時代はそんな贅沢な物なんてグダグダ――」
なんだか愚痴をこぼしてヒートアップしております。
止めなければ。
「あ、あの……ガイドさん?」
「あっ、これは大変失礼しました! 私、たまに我を忘れる事がありまして……」
「いえっ、お気になさらず」
気持ちは分かるので、なんだか微笑ましいです。
「ふう……あなたの様な優しい子が初めてで良かったわ」
「えっと、ガイドは初めて……なのですか?」
「はい、実はそうなんですよね。これでも私、けっこう緊張しいなんですよ?」
わたしも緊張しいなので好感が持てます。
「そう聞いて、ホッとしました」
「うふふ、お互い初めましてで嬉しいね」
「あっ、はい!」
御影さんは優そうな方なので、緊張なんか吹き飛んでしまいます。
「それでは話を戻しますが、ログインとはESDの認識番号と個人情報を照らし合わせ、この世界へ入ることをいいます」
「認証番号なんてあったんですね……」
「ええ、因みにあなたの認識番号は666番よ」
その数字は確か、悪魔の数字ですよね。
不幸度マックスなわたしらしい、末恐ろしい数字です。
「あうぅ……」
「そうですねえ、他人事だから少し微笑ましいです」
カチンときました。
「ひどい!」
「ふふ、冗談ですよ。それではこの世界の目的を説明しましょう」
「お願いします」
「このLOKには沢山の住人と動物が暮らしております」
「はい」
「しかし、その住人達を脅かす存在が多々いるんです」
床の惑星が消えると、見るからにおぞましい化物達が横の壁に映し出されました。
「ひっ、なにこれ……気持ち悪い」
「でしょう? 因みにこの不気味な姿をした生物達が、住人や動物の暮らしを脅かす魔物なのですよ」
「魔物……」
「ええ、この魔物達は何処から来て何処へ行くのか不明……と言う設定なんです」
なんだか、聞きたくない単語を聞いてしまった気がします。
「あの、もしかしてわたしたち断罪者のお仕事って……」
「そう、鬼頭さんの考え通りです! この世界でも鬼頭さんは断罪者であり、主任務としてこの魔物達をひたすら退治してもらいます」
「あう、やっぱり……」
こんな気持ち悪いの相手にしなければダメなんて、気が滅入ってしまいます。
「うふふ、ですが沢山の住人との出会いもありますよ?」
「住人との出会いですか?」
映っていた魔物が消え、今度は異世界の住人(?)達が映し出されました。
「そうです。住人達の例としまして、ただの人間から気弱な妖精、はたまた勇敢な獣人や捻くれ者の魔人に怖がり者の幽霊と、とにかく沢山の種族が存在します」
「はあ……」
なんというか、指輪物語的な世界観という事で、よろしいのでしょうか。
「そんな住人達に頼まれたクエストを遂行する事で物語は進み、断罪者の真相も紐解かれていくんですよ」
「はい……わかりました!」
「あとの細部事項は断罪者の職務に関する規則第19条に載ってますので、絶対に目を通してくださいね。お姉さんとの約束――ですよ!」
「はい!」
御影さんが説明を終えると、元の高い丘へ戻ってきました。
「それでは良いLOKライフを」
「はい。ガイドさんも……お仕事頑張ってください!」
「ええ、精進しますね」
御影さんがタブレットを操作すると、姿が消えました。
その代わりのように、知らないおじさんが立っております。
「あのー……ここはどこですか?」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
「あ、なるほど……」
この人がLOKの住人なのですね。
「あ、あなたは誰ですか?」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
「いえ、あなたのお名前を……」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
「な、なにこの人……同じ事ばかり言って」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
絶対おかしい人に違いありません。
「やだ、怖いよ……」
「わぁーっ!」
「ひやぁぁぁっ!?」
誰かがわたしを驚かしたせいで、腰を抜かしてしまいました。
「やっほー、いのりん」
へたり込んだわたしの後ろに居たのは、大声を出した犯人でもあるヨミちゃんでした。
ヨミちゃんの隣には、何やら丸くて可愛い緑色の鳥さんが飛んでおりましたが。
「よ、ヨミちゃん!?」
「ゴメン、そこまでビビるとは思ってなかった」
「もう……っ、本当にビックリしたんだから! それにこの人も同じ事しか言わないし」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
なんですかこの変な世界は、頭に来ます。
「あれ、もしかしていのりんってゲームとかした事ない?」
「う、うん。そうだけど……」
「そっかー、そりゃ悪い事しちゃった」
「えっ?」
どういう事なのでしょうか。
「あのね、それはここの住人を模したNPC……んまー喋る人形みたいなものかな」
「喋るお人形?」
「そうそう。いのりんもガイドさんから話を聞いてると思うけど、ここは本当にゲームみたいな世界でね。一部だけど物語に関係ない住人が、こんな感じで突っ立ってんの」
「ええと……うん。なんとなく分かった……かも」
あくまで、なんとなくです。
「あははーっ。まあ最初は違和感すごいけど、慣れると楽しいんだよ」
「そうなのかな……」
「本当に楽しいって。とにかく南平原に出るから、あたしについて来て?」
「う、うん!」
わけも分からず駆けているヨミちゃんに、わたしは着いて行ってます。
緑色の丸い鳥さんが気になって仕方ありませんでしたが。
それから数分後、この広大な大地をシンパシータウン入り口である高い丘よりも、広く見渡せる高原へ辿り着きました。
ESDの画面には南シンパシー平原と表示されているのですが、きっとこの場所の名称なのでしょう。
「ここまで来たら誰にも邪魔されないでしょ」
「ええと、どういう事かな?」
「ガイドさんの話は覚えてる? 断罪者全員入れる世界なんだよ、ここ」
「あっ、なるほど……」
怖い人が乱入して来ないか、心配で堪りません。
「うん、だからこうしてだだっ広い高原まで来て、人目を避けたわけ」
「うん」
「まあそういうわけで、擬似的に罪人との戦闘を学ぼー」
「えっ?」
ヨミちゃんは戦えと、わたしに言うのでしょうか。
「んーとね。ESDを前に掲げてリンカーバトル・ルール・イーブンって、あたしの後に叫んでね」
「う、うん、分かった。でもその前に……その鳥さんやヨミちゃんの着てる衣装の事を知りたいな」
今のヨミちゃんの格好は、緑色の狩人さんの様な姿で、左腰にトゲの鞭を束ねて掛けているのです。
なんだかカッコいい姿なので、わたしもヨミちゃんみたいに着替えたくて仕方ありません。
「あっ、ゴメンゴメン。そう言えば教えてなかったー」
「あっ、そこまで気にしてないからいいよ。あと、その鳥さんも可愛いくて気になって……」
「ああ、確かにカワイイかもしれない?」
「うん、とっても可愛いっ!」
なんだか気の抜けた感じがして、大変落ち着きます。
「あははっ、まあいのりんがそう思ってるならいいや。でね、こいつはマジカルサポーターって言ってさ。ESD内にあるマジサポってアプリで作れんの」
「そうなんだ、わたしも鳥さん飼いたいな……」
ボンタン、君の事が一番大好きだし絶対に忘れないから、安心していてね。
「そうだね、じゃあこの鳥の作り方教えたげる」
「お願い!」
「じゃあね――」
わたしは言われた通り、アプリを起動しました。
まず、好きな色の選択肢に赤を選びました。
次に好みの男性のタイプが出たのですが、特にいないのでパパの名前——ケイゾウとでも入力しておきます。
最後に確認画面で『はい』をタッチしますと、わたしの隣に赤くて丸い熱血そうな顔をした鳥さんが召喚されたのです。
「わあ……とってもかわいい!」
ヨミちゃんが、わたしの赤い鳥さんと緑の鳥さんを見比べています。
「あはは、よく見たらあたしのもブサかわいいね。でもイノリのマジサポは妙に熱苦しい顔してんね」
「うーん、好みの男性にパパの名前を入れたから?」
「あー、なるほど納得だわ」
「ねえねえ、ヨミちゃんはどんな男の子がタイプなの?」
わたしは気になって仕方がありません。
「ええっと、まあアレだね。あたしもいのりんみたいなモンよ」
「それってヨミちゃんもお兄さんをタイプに選んだのかな?」
「ああうん……まあそうだよ」
「そっかあ、ヨミちゃんも好みの男子はいないんだ」
「まあ……そうだと思う」
なんだか歯切れが悪くて心配になります。
「あの、ヨミちゃん大丈夫? 少し顔色も悪そうだけど、体壊したりしてない?」
「ううん、あたしは大丈夫だよいのりん。それより早く次の説明をするね」
「あ、うん。お願いするね」
「デフォルトの格好だけどいのりんの格好はとくにエロいよねー。主張するボディラインが丸分かりでさー」
「えっ――もう!」
だからそういうセクハラするのは止めてって、前にも言った筈ですよね。
思わずわたしは大剣を投げ捨ててまで、両腕で胸を隠してしまいました。
「そんなにジロジロ見ないで!」
「それにその大きさ、堪らないねー」
「うう、だから見ないで……っ」
しつこくて泣きたくなります。
と言うか、殴ってもよろしいですか?
「ふふん、ほれほれー」
「ひっ……!」
遂にそういうイジワルするんですね。
もう悲しくて、涙が溢れてきちゃいます。
「うああああんっ! ヨミちゃんのイジワル!」
「ああゴメン、ちょいとやり過ぎたゃったね。ほら、もうイジメないから泣きやみなよ」
本当に反省してるか怪しいけど、とりあえず気持ち悪いジェスチャーをやめてくれたので、わたしは泣くのをやめました。
「ぐすっ……もう、イジメない?」
「うん、イジメないよ」
「じゃあ……衣装のこと教えて」
「いいよ。まずESDの画面を二回右にフリックして、EAv——エクスキューショナルアバターってツールを表示して」
言われた通りに操作すると、沢山の四角い枠が画面下に、その上にわたしの全身が表示されました。
「表示したけど枠がほとんどハテナばかりだよ?」
「そうだよ、最初は全然ないんだ。まああるのは処理執行専用制服と遊装ぐらいかな。それも規則に載ってるよん」
処理執行専用制服とは、断罪者が正式に着用する緑色の制服、と規則には書いてます。
遊装とは、ヨミちゃんの話だと「あたし達って若者だから、きっとそれに合わせたお遊び用の衣装なんだよ、うん」と、適当な事を言っておりました。
「なるほど……。もっと種類増えないのかなあ……」
「まーまー。EXPが溜まったりすれば交換できるらしいし、気長に頑張ろー」
「うん、頑張るね!」
これで少し、EXPを上げるモチベーションを維持できそうです。
「因みにいのりんは、どんな衣装が最初にあるの?」
「ええと、処理執行専用制服一式、布の服、鉄の胸当てと腰当て、リボン、ネックレス、それに革のブーツがあるよ」
と言うか、ヨミちゃんが着ている衣装が見当たりませんね。
「うん、じゃあその中でいのりんが気に入ったものをタップして装備するといいよ」
「うん、分かった。ええと……露出が少なくて可愛く見えるのは……コレとコレと……」
わたしは鉄の胸当て、鉄の腰当て、リボン、ブーツをタップしました。
すると画面に映るわたしの全身像の右サイドテールにリボン、全身青タイツの上に鉄の胸当て、鉄の腰当てが装着されます。
そして、肩甲骨に大剣を納める大きな革製の鞘と革のブーツをタップすると、先ほどと同様に全身像へ装着されました。
なんだかその格好は、指輪物語に出てくる戦士様みたいでカッコ良かったのです。
「わあ……本当にカッコいい!」
「うん、鉄製の軽装鎧が大剣とマッチしてていいね。それで決定をタップしたら装備完了だよー」
言われた通りに操作すると、わたしの体にも戦士様な遊装が装着されました。
あまりの嬉しさに、くるくる回ってはしゃいでしまいます。
「えへへ、ヨミちゃんありがとう!」
「オッケーよ。はい、これ」
ヨミちゃんが大剣を拾って渡してくれましたが、腕がプルプルしてて重そうに感じます。
「あ、わざわざごめんね」
「ううん、気にしないで。それにしてもその大剣、めちゃくちゃ重いねー」
「えっ、そうかな。わたしには金属バットの重みぐらいしか感じないよ?」
なんだか軽すぎて物足りなく感じます。
「おーう、なんて怪力……」
「えっ?」
「いや、なんでもなーい。それじゃあ戦闘始めようか?」
「あっ、うん!」
ヨミちゃんが「リンカーバトル・ルール・イーブン」と叫んだので、わたしも続けて同じ事を叫びました。
するとヨミちゃんの頭上に、緑色の棒と青色の棒が表示されました。
「よ、ヨミちゃんの上に変な棒が表示されてるよ?」
「うん、これが仮想世界で戦闘時に出てくるゲージなんだ。まあダンジョンだと出っぱなしだけど」
「そうなんだ……」
少し斜め上を見ると、わたしの上にも同じ棒——ゲージが表示されております。
「そんな事より――闘いはもう始まってるよ!」
「えっ?」
わたしから素早く後ろへ跳ねたヨミちゃんがトゲの鞭をいきなり振ってきたものだから、わたしも条件反射で持っていた大剣の刃を横に構え、咄嗟に盾にしてしまいました。
そして鞭が大剣に触れた瞬間、バチバチと大きな火花を散らすのです。
「きゃああっ!」
わたしの両手に低周波電流が流れたような痛みが走り、緑色のゲージが2割ほど削れたのが見えました。
「うう、いきなりひどいよっ!」
「ふふん。だけどリアルだったらこんな感じで罪人から襲われる事だってあるかんね!」
そんなのもう経験済みだから知ってますとも。
とか頭の中で思っていると、ヨミちゃんが容赦なく鞭をビュンビュン振るってきます。
その度にバチバチッと大きな火花の音が鳴り響き、それが怖くて大剣で受け止める事しかできません。
しかも微弱な痛みが走るのですから、堪ったものではないのです。
緑ゲージも残り55%程度まで減っておりました。
「こ、怖いっ、痛いっ!」
「さらに連撃ー!」
「ひゃあっ!」
残りゲージ、後40%です。
もう止めて、このままでは死んでしまいそう。
「まだまだこんなもんじゃ無いよ! 最後に……稲妻落とし!」
「ひっ……」
まるで、これで終わらせてやるぞと言う気概を持つように、ヨミちゃんは上空でビュンビュンと電流を帯びた鞭を多めに振り回し、勢いに任せてわたしの頭上目掛けて激しく叩き付けました。
その軌道はまるで、雷のようです。
「きゃあああーっ!」
わたしは恐怖に身震いしながら大剣を盾にして必死に受け止めましたが、かなり強めの電流がわたしの全身に激痛を走らせてくれ、そのまま後方へ派手に吹き飛んでしまったのです。
吹き飛びながら薄れゆく意識の中で見えた緑色だったゲージは、完全に真っ黒になっておりました。
○