第十六夜 ひと時の幕引き
わたしは現在処刑中にも関わらず地面に座り込み、泣き喚いておりました。
「うああああん!」
「もうこちらを見る気も無いのか。本当にただの女の子なんだね。非常に残念だけど仕方がない」
「うう……もうやだあ!」
「さあ……お別れだね美しき少女。このあとキミは僕のコレクションのひとつとなる。安らかに逝くといい!」
いよいよわたしも終わりですが、これでいいのです。
「やめろおー!!」
「なにっ——ぐわああああ!!」
そんなとき、バチバチ凄まじい電流音と甲高い叫び声がわたしの耳に響いたもので、思わず顔を上げました。
「はあ――はあ――っ!」
「イノリ、落ち着いて!」
すると、安堵するヨミちゃんがわたしの体を強く抱き締めながら背中を摩ってくれました。
「ぐすっ……ヨミ……ちゃん?」
「うん……さっきはごめん」
「……どうして謝るの?」
わたしが謝られる理由なんて何もないのに。
「だってあたし、いのりんの気持ちを一切考えないで一方的に語ってたもん」
「……わたしこそゴメンなさい。勝手に怒って騒いだり、逃げたりして」
「いいってばそんなの――とにかく詳しい事は後で話そ?」
そうだ、わたしは何を馬鹿な事を思ってたんだろう。
わたしが死んだら、優しいヨミちゃんが酷く悲しむに決まっているじゃないか!
気付けばわたしはヨミちゃんと一緒に武器を構え、変態さんに矛先を向けていました。
「うん……馬鹿な事で悩んでないで、わたしも覚悟を決めなくちゃ」
「ふふ、そーだね」
こちらにゆっくり近付いてくる変態さんも致命傷を負って苦しそうですし、息の根を止めて楽にしてあげなくちゃ。
「クソっ……また貴様か雷鞭女……!」
「はあ? あんた、このあいだ鬼のお姉さんに処刑されてた筈のイケメンじゃん。なんで生きてんの?」
そう言えば、そうですよね。
「ふははっ、まあそいつは雑魚だったんだろう」
「わけ分からないんだけど」
「そんな事はどうでもいい。とにかく地獄の底から蘇って来たんだ。貴様に復讐を果たすためにな!」
理解不能ですが、ヨミちゃんに手を出す気なら許せません。
「ホント意味不明だけど――あんたは生かしちゃダメな人間だから処刑してやる!」
「本当です!」
ヨミちゃんが素早く鞭を振るいますと変態さんが刀で弾き、凄まじい電流音が辺りに響きます。
「クソッ——相変わらずバチバチとうるさい鞭だ!」
「いのりん、まずはオオツノトカゲ作戦実施!」
「あっ――うん、わかった!」
すぐにその意味を理解したわたしは大剣を強く握り締め、変態さんがヨミちゃん相手に夢中になっている隙に、彼の死角へ回り込みました。
「クソっ、バチバチと眩しくて五月蝿い武器だな……。だがもう貴様の攻撃は見切っているさ、もう当たらないよ」
「あーあ、避けられて面倒だなぁ――と思うじゃん?」
「なに……まさか!」
変態さんが見事にわたしの気配を見失い、今が絶好のチャンスだと思い全力で高くジャンプし、彼の脳天目掛けて大きな刃を振り落とす前準備を済ませました。
「おい、あの少女はどこだ!」
「さあね、もう自分ちに帰り着いたんじゃない?」
「折角の上玉を――貴様!」
空高くジャンプしている際、ヨミちゃんがお尻を叩いて変態さんを挑発している姿が見えます。
「ふふん、悔しいかーい?」
「――貴様を人形にして永遠に弄んでやる!」
「おーこわー……まっ、さっきのはウソなんだけどー」
「なっ——まさか上か!?」
「たああああ!!」
やっと変態さんが直上を落下しているわたしの気配に気付きましたが、避ける隙はありませんから。
「正解、でも気付くのが遅かったねー。その脚じゃもう避けられないっしょ」
「なっ……何時の間に!?」
だって、彼の足首はヨミちゃんの鞭が巻き付き、固定されていたんですもの。
「ふふん、あたしの鞭は伸縮自在だしー、電流だって流さなくても使えるんだよねー」
「くっ、こんな鞭斬り裂いて――ひぎゃあああ!」
たぶん微量の電流を流したんでしょうけど、変態さんが痛そうな悲鳴を上げます。
「ああごめん、先走って流しちったー。さあいのりん、そのまま真っ二つにしちゃってー!」
「その命――いただきます!!」
変態さん、あなたはきっと生かしているだけで罪も無い人に害を与える存在ですから、迷う事なく命を奪わさせて頂きます。
「くそ……僕はまだ……百合枝の夢を叶えていないと……言うのに」
「これで終わりです――!」
今にも脳天から叩き斬ろうと覚悟を決めたわたしですが、それはいつまで経っても叶いません。
「えっ、ええ!?」
「ああんもうっ、何を殺されそうになってるの~ん、龍三郎どん!」
だって、派手な民族衣装をまとう背の低くて可愛いらしい女の子が、とても重たい筈の大剣——アニムスバスターの刃を、たったの人差し指一本で受け止めていたんですもの。
「なっ——ウソだろ!?」
私もですがヨミちゃんも驚くしかありませんよね。
「ひょーい、っと」
「あわわわっ!」
そのまま人差し指をちょんと動かすだけでわたしの体が大剣ごと吹き飛び、コンクリートの地面に情けなく尻餅をついてしまいました。
「うああっ、お尻痛いー!」
「ちょっといのりん、大丈夫!?」
ヨミちゃんが慌てて、わたしの体を介抱してくれます。
「コラコラ龍三郎どーん。あんな小娘共になーに殺られそうなってんですかね?」
女の子は笑いながら細く鋭い棒を右手に出現させ、変態さんに絡み付く荊を斬り払ってしまいました。
「ふん……少し手負いだっただけさ。今度はこの手で斬り捨てるとも」
「はいはい、ちょい待てーい」
「うご――!?」
紫刃の刀を構えてこちらに近付こうとする変態さんの襟首を、女の子が掴んで止めます。
「何をする、このアマ!」
「バカもの龍三郎どん! この天鈴がその場にいる限り、例え誰だろうと命を落とさせちゃならにゃいって決まりなんだよう。まー勅令があれば別だけどん」
「なんだそれは……?」
「ちゅーばっか今あの子らに向かったって今の君じゃ勝てねって。泥人形なんかに頼りっぱなしの君じゃねえ?」
「くっ……」
あれだけ暴れていた変態さんも、怪力の女の子には逆らえないようです。
「ちょっと、ちょっとー!」
「ありゃん?」
それでもヨミちゃんは恐れる事なく女の子に近付くものですから、わたしも後を追いました。
「ちょっとヨミちゃんっ——」
「あんたがどこの断罪者か知らないけど、その罪人はあたし達の獲物なんだぞー。勝手に取らないでくれない?」
「近付いたら危ないよ!」
興奮してたヨミちゃんは話を聞いてくれません。
「んん? 断罪者ってこの天上人の天鈴ちゃんが?? あっはっはっはっは、笑わせんなよーう鬼人の分際でにゃぁ!」
「何この子……いきなり大笑いするなんて危険な子すぎるよ……」
何をするのか分からなく、個人的に一番怖いタイプなんです。
「あっはっはっは、ごめんねごめんね鬼さ~ん! だってあまりにも鬼人が楽しい事言うんだからにゃあ?」
「と言うか鬼人とか天上人って何さ。意味が分からないんだけどー」
「んもうっ、そんなの鬼人相手に教えるわけないでしょ~お? 因みに天鈴ちゃんは龍三郎どんの回収に来ただけなのだ!」
言いながら女の子は、変態さんの大きな体を容易く抱えました。
「おい、何をするこのアバズレ!」
「暴れんにゃよ~! 腰がぶち折れても知らんぞお?」
「離せっ、僕はひとりでも動ける!」
「だからそれじゃダメなんだってばぁん」
しかも、そのまま空中に浮いたのです。もう意味が分かりません。
「あっ、こら待て逃げるなよ変なヤツー!」
「やだよぉ~ん。悔しかったら鬼の力に頼らず、我が神を拝むんだにゃ~」
子供らしくこちらにアカンベーをしてから、すごい勢いで何処かへ飛んで行ってしまいました。
まるで嵐の後の静けさの様に、残されたわたし達は呆然と立ち尽くすしかできません。
「……行っちゃったね」
「ああー……そーだねー」
「えと、とりあえず場所を変えない? 騒いじゃったから人が集まって来るかもだし」
「うん、いのりんの言う通りだねー。じゃーそうしよ!」
「うん!」
わたし達は死刑執行状態を解除して、少し離れた誰もいない公園まで駆け付け、ブランコに並んで座りました。
それからしばらく、わたし達の間に会話はありません。
「ねえ――」
「あのさ――」
お互い息ぴったりに声を掛け合ったのは、それから五分近く経った時の事です。
「あっ、ヨミちゃんから先にどうぞ」
「いやいや、いのりんからどぞー」
「わたしは大丈夫だから先に話して欲しいな」
「ごめん、じゃああたしから話すね」
「うん、お願い」
突如ヨミちゃんが立ち上がってわたしの前へと移動し、思いっきり頭を下げてきました。
「いのりん、今日は勝手な事ばかりしてごめん!」
「えっ……そんな!?」
思わずわたしも立ち上がり、全力で頭を下げてしまいます。
「わたしこそごめんなさい! 勝手に暴走して!」
「ううん、あの時はあたしが悪かったし!」
「そんなことっ! ヨミちゃんは何も悪くないよ!」
「いいや、あたしが悪いねー!」
「全然っ、悪いのはわたしだってば!」
ああもう、なんだか腹が立ってきた。
「あたしー!」
「わたしだって!」
「むー、強情だねいのりんは」
「そういうヨミちゃんこそ強情だよ」
「じゃあアレだ、じゃんけんで負けた方が悪いって事で!」
「あっ、いいねそれ。わたしが負けるんだから!」
わたし達の間で急じゃんけん大会が始まりましたが、十回してもあいこが続き、勝負がつきません。
「うう、なかなか決まらないね……」
「そだね……なんかもうどうでもよくなってきた」
「あっ、じゃあこうしよう!」
「んっ、いのりんも同じ事考えてるっぽいねー」
「うんっ、それじゃあ『せーの』で言い合いっこね」
「おうともよー!」
「せーの――」
わたし達二人は少し間を置いてから、ぴったりとこう叫びます。
「わたし達2人とも悪かった!」
「あたしもいのりんも悪かったー!」
続いて、嬉しさや楽しさのあまり大笑いしちゃいました。
「ああ……ヨミちゃんったら本当におかしいんだから」
「ふふん、そーゆーいのりんもね」
落ち着いて見上げた空は真っ暗で何もありませんが、わたしの心は鮮やかな絵具で彩られてます。
「ねえ、いのりん?」
「なあに?」
「あたしね、ランク20超えても神堂さんのチームには入らない事にする」
「えっ、どうして!?」
「だってさ、初めての親友のいのりんを差し置いてチームに入りたくないもん」
わたしの為にヨミちゃんがそこまで思ってくれるなんて、感極まって仕方ありません。
「うん、ありがとう……でも、神堂さんはヨミちゃんの憧れなんでしょう?」
「んー……憧れてないって言えば嘘になるけど、あたしが目指すのは神堂さんじゃないしねー」
「そうなの?」
「そうだよ。あたしが最終的に目指すのはただ一つ――この世の誰も、あたしの上に立たせないって事だし!」
「おおー、とても格好いいねヨミちゃんっ!」
格好良すぎて拍手喝采が止まりません。
「ふふーん、もっと褒めてくれたまえー」
「それじゃあね……わたしはその隣で精一杯手助けしたいな!」
「うん、あたしといのりんが力を合わせれば、なんでもできる! それはさっきの連携で証明できたでしょー?」
「うんっ、最後はあの男の人を確実に処刑できてたよ! ……謎の女の子が現れなかったらだけど」
あの女の子から指一本で吹き飛ばされた事を思い出し、わたしは気を落としました。
「ああ……あの謎の子は仕方ないよ。きっと今のあたし達じゃどうしよーもないぐらいランクが高い子だったんだってー」
「……ヨミちゃんはあの子を断罪者だと本当に思ってる?」
寧ろわたしは、断罪者でも罪人でも無い別の存在だと考えております。
「んー……そうに違いないってば。そう思わないとやってられないしー」
「うん……そうだよね」
ヨミちゃんも内心では、女の子を同じ断罪者とは思ってない様に思えます。
「そうそう――おろ、なんかメール入ってる?」
「あ、うん。こっちもきてるよ? ええと――A級罪人緊急処刑指令の解除命令だって」
「うあっ、ついさっき闘ってた罪人の処刑解除命令じゃん。ちょっと解除早すぎなーい?」
「……霧崎悠里さん、さっきの女の子に連れ去られて行方不明になったのかな」
まあとんでもない変態さんなので、二度と会いたいとは思えませんが。
「まあ、そーゆー事なんじゃない? もういいじゃん、あんなイケメン変人の事なんか忘れてさ」
「うん、それは同意するけど……でもなんだかね。近いうちにまた現れそうな気がして怖くって……」
また変な事言われるんじゃないかと思うと、怖くて仕方ありません。
「きゃああっ!?」
「んもー、そんなにビビるなよいのりーん。あたしが一緒にいるじゃないかー?」
そんなわたしの背中から、ヨミちゃんが覆いかぶさるよう抱き着きました。
「あう……確かにそうだけど」
「じゃあこうしよう。またあのイケメン変人が来る事に備えてさ、あたし達ももっと処刑なり修行なりしまくって、もっともっと強くなるの」
「うん……」
「それで返り討ちにしちゃおーぜー。あたし達2人の力を合わせてねっ」
「うんっ!」
何処までもポジティブなヨミちゃんに釣られ、わたしも笑顔が止まりません。
だけどね、一つだけヨミちゃんを叱らなければいけない重大な事案が、真っ只中で起こってるんですよ。
「ねえヨミちゃん、ひとついいかな?」
「なんだい、いのりーん?」
「ヨミちゃんはどうしてドサクサに紛れてさ、わたしの胸を揉んでるのかな??」
「えっ、そりゃあんさん、柔らかくて気持ちーからに決まってるじゃーん」
反省の色なし。ペナルティ確定ですね、これは。
「そう……じゃあわたしも投げ飛ばすの気持ちいいから——こうしてあげる」
「あだだだだっ!?」
ヨミちゃんが腕をねじ曲げて痛がろうともわたしはお構い無しに両手を引っ剥がし、手加減する事なく斜め上空へぶん投げました。
軽く五メートルは宙を舞った筈ですね、はい。
「ふぎゃああ――あ痛っだ!」
「ヨミちゃんの変態!」
半分ぐらい怒ったわたしはヨミちゃんを置いて、公園を先に出ました。
「あうー……待ってよいのりーん。あたしが悪かったってばー」
「……許して欲しかったら、いつかヨミちゃんの手料理食べさせてよね!」
「あっ、そう来たか――いつでもいいよー」
早足で来たヨミちゃんがわたしの横に並ぶと、躊躇する事なく手を繋いできました。
とても温かくて、なんだか安心してしまいます。
「じゃあどんな料理がいいー?」
「ええっと……ヨミちゃんの得意料理がいいなあ」
「おうっ! それじゃあオムレツだねー」
「わあ、楽しみだっ!」
「それでね、いのりん――」
わたしの楽しみが一つ増えた後も、わたし達はそれぞれの家へ帰宅までの間、和気藹々とお喋りしながら道を歩きました。
時刻は夜中の十一時です。
パパやママにバレないよう極めて静かに自分の部屋に戻ると、もう一人のわたしである代理人が勉強する手を止め、わたしに頭を下げます。
「おかえりなさい、わたし」
「あっ、ただいま……スゴイね、お勉強してるの?」
普段のわたしは、こんな遅くまで勉強しないのに。
「うん、あなたの帰りを待ってたから」
「そんなっ、先に寝てても良かったのに……」
「いいの、わたしは疲労しない体だから」
「そうなんだ……見た目は全く一緒なのに不思議だね」
「それでね? わたしを消す場合はアプリEPに従えば消せるけど……」
なんだか、もう一人のわたしが悲しそうに俯きます。
「あの、消えたくないの?」
「あ、ううんっ? そうじゃなくてね!」
ですがすぐに顔を上げ、慌ただしく首を横に振りました。
「その、寂しいから一緒に寝たいなあって思って……」
「あ、なるほど……って、その為にパジャマに着替えてたんだ」
「お風呂も頂きました……あなたが辛い仕事してる時に、わたしばかりごめんね」
「いいの、いいのっ! 気にしないで!」
わたしも慌ただしく気を使ってますけどね。
「じゃあお風呂入ってくるから、先にベッド温めてて?」
「うんっ、まだ寒いものね」
「そうだねっ」
まずはパパとママを起こさないよう静かに浴室へ行ったわたしは、今日の妙な疲れと一緒に埃っぽい体を洗ってからシャワーで流し、バスタオルで髪の水分を丹念に拭いつつ体を拭いては寝巻に着替え、洗面を済ませてから部屋へ戻り、もう一人のわたしが寝転ぶベッドに潜りました。
「おまたせ。寂しくなかった?」
「うん、抱きしめていいかな?」
まるで双子の妹に甘えられている様で、とても心が温かくなります。
「えへへ……いいよ」
「失礼します」
抱きしめてきたもう一人のわたしの体は温かくてポカポカしてました。
「あなたの体、温かいね〜」
「あなたこそっ」
「それっ——」
わたしも負けじと抱きしめ返して頬を擦り合わせますと、もう一人のわたしがくすぐったそうにします。
「あはははっ、それやめて〜」
「えへへ、ごめんね。悪ふざけしすぎちゃった」
同じ自分という事で遠慮しなかったのですが、これではヨミちゃんの事を言えませんよね。
「ふうっ……だけど温かくて幸せです」
「えへへ——わたしもっ」
やはり似た者同士と言うか、全く同じ性格だからウマが合うのですね。
「ねえ?」
「なあに?」
楽しく談笑している中、もう一人のわたしが真剣な顔を向けてきます。
「最近と言うか……あなたが一度死んで蘇ったあの時から、体の調子はどうかな?」
「あっ、うん。体の方は全然平気どころかやたらと調子良いけど……ボンタンの事を思うと辛くなって……」
「ご、ごめんね! 辛い事を思い出させるつもりはなかったの!」
もう一人のわたしが一生懸命に励ましてくれるので、辛い気持ちも軽減されます。
「うん……辛いけど、わたしが慰めてくれたから平気っ」
「ホッ……良かったぁ〜」
「それにしても、なんでこんなに体の調子がいいのかな?」
「あの、それはね……」
何かをわたしに伝えようとしましたが、途中で口を閉ざしました。
「どうしたの?」
「あう、ごめんなさい。ここから先の単語は機密事項みたいで言葉にできないの」
「そうなんだ、残念だなぁ」
それはつまり、もう一人のわたしが人では無いという証明になるのかな。
「あっ、だけどこっちなら言えそう」
「どんなこと?」
「あのね、あなたは蘇生してから尋常じゃなく身体能力が上がってるの……うん、言えた!」
もう一人のわたしは嬉しそうに笑いますが、話を聞いたわたしは戸惑います。
「うう……つまり、ますます人間離れしたってこと?」
「あっ、女の子なんだからそれは嫌だよね……ごめんなさい!」
そんなに一生懸命謝らなくても、わたしはあまり気にしてません。
「ううん、平気っ。そのおかげでヨミちゃんと一緒に戦えるんだし別にいいよ」
「うん……わたしもそう思うっ」
「えへへっ、あなたは学校でヨミちゃんを助けてあげてね?」
せめて人道を踏み外すわたしの代わりに、もう一人のわたしには幸せに過ごしてもらいたいですから。
「うんっ。ああ、でも……お勉強の件で助けられる側になってるかもしれないけどぉ〜」
「あー……あはははっ」
「ふああ……えへへっ」
流石に頭の良さはどうしようも無いと思ったわたし達は、笑っている事しかできませんでした。
「はあ……楽しいね」
「うん、とっても」
「できれば、こんな幸せな時がずっと続いて欲しいな」
「わたしもそう思う」
それからもわたし達は何て事ない話をしたりふざけ合ったりして時を過ごし、いつの間にか深夜一時を超えている事にわたしは気付きました。
「もうこんな時間——ふわあ〜……んっ!」
いくら体調は良好でも流石に眠気を感じ、大きな欠伸をしてしまいました。
「あっ、あなたはもう寝なくちゃ明日に支障でるね……」
「うん、もう寝よう。目覚ましは朝の六時に掛けとくからね?」
「あの、わたしは消さなくて……いいの?」
「うん……消したくないもの」
なんだかそれは、今のもう一人のわたしの記憶をリセットしそうで怖いですから。
「あなた……」
「ねえ、あなたにアダ名を付けてもいい?」
「えっ、うん……是非とも欲しいなっ」
「そうだねえ……双子っぽくフタバでどうかなっ?」
「わあ……ありがとうっ。とっても可愛いアダ名だよ!」
自慢気に考えたアダ名を、もう一人のわたし——フタバが喜んで受け入れてくれました。本当に嬉しいです。
「えへへ……フタバ、これからもわたしの代わりをよろしくね!」
「うんっ、イノリも大変だろうけど……絶対に死なないよう頑張ってね!」
「安心して、わたしにはヨミちゃんが着いているんだから」
「えへへっ、そうだったね……じゃあお休みなさい」
「うん、フタバもお休み……って、確か眠れない体だったのかな?」
フタバは首を横に振ります。
「わたしの事は気にしないで。こうして隣にいるだけでリラックスできるから」
「それなら気にしないけど——ふわぁ……もうらめ……おやすみぃ……」
「うん、おやすみなさい」
眠気のピークを迎えたわたしは、フタバと抱き合ったまま深い眠りに就いてしまいました。
明日からの事なんて考えもせず、幸せ心地に浸りながら。