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鬼の末裔の少女〈断罪者編〉  作者: 美浜忠吉
1章 断罪者
16/18

第十五夜 お昼に会ったイケメンさんは、変態さんでした

 只今の時刻は午後八時三十分ですが、わたしはヨミちゃんと一緒に駅近くのファミレスで食事をしていました。


「ねえヨミちゃん……」

「ん?」


 わたしの目の前にある巨大なビーフハンバーグも少し焦げた大っきいビーフステーキも、とっても美味しそうなので早く食べたいですが、その前にヨミちゃんと話を付けなくては遠慮なく頂けません。


「その、ヨミちゃんのお知り合いの話だけど……」

「うん、安心してよー。全部話したげるからさ」


 ヨミちゃんがいつもの軽い感じで、少しホッとします。


「あ、うん」

「でもちょいとだけ話しまとめさせて。順序が大切だからさー」

「あっ、そうだよね」

「ほらほら、いのりんは特大ビーフハンバーグとステーキでも食べて待っててよー。お腹空いたでしょ?」

「あっ、えと……」


 遠慮しても、お腹から正直な音が鳴りました。


「あはは、ほらね」

「あう……それじゃ、お先に頂くね」

「おうともよー」


 ですからハンバーグを短冊に切り分け、先に頂きました。


「もぐもぐ……美味しいっ!」

「あはは、本当にうまそうだー」

「うん、だって美味しいもの」

「そだね。そんないのりんを見てると、こっちも幸せになってくる」

「えへへ、ありがと――っぱく!」


 今度はステーキも切り分けて食べましたが、やっぱり美味しいー!


「いのりん、食べながらでいいからあたしの話を気楽に聞いてよー」

「うん!」

「まず、あたしが初めて罪人を処刑した時の事は話したよね?」


 重たい話みたいですし、今は食べるのを止めなくちゃ。


「うん、ヨミちゃんがとても怯えてたってお話しだったよね」

「そうそう。でもそれに馴れれば、今度は逆に罪人を処刑したくなっちゃってね」


 なんだろう、気持ちは分かるのに理解したくないこの感じ。


「うーん……それはまだわたしには分からないかな」

「あはは、まあいのりんもこれからイヤってほど理解できるよー」

「えへへ、ちょっぴり怖いな……」


 いいえ、寧ろとても怖いかもしれません。


「うん、本当に馴れって怖いよ。何せ歯止めが効かなくて無茶しちゃうんだから」

「無茶?」

「そう無茶、それがこれから話す事でね。実はあたし、前に調子乗ってさー。四人目の処刑時に自分より10はランクの高い罪人を、たった一人で狩ろうとしたんだー」

「えっ、どうしてそんな無茶を!?」


 普通の感覚でしたら、そんな危ない事はしないと思うのですが。


「そうだねー……一言で言えば慢心かな」

「慢心って……賢いヨミちゃんらしくない気が」


 ヨミちゃんは首を横に振りました。


「ううん、別にあたしはそんなに賢くないよ?」

「えっ、でもINTは60以上あるよね?」

「それはあくまでも数値であって、実際の行動知能とは伴わないってー」

「そうなの?」

「そうだよ。というか昼に美術館で闘った黒い刀を持った恐ろしいイケメン(霧崎悠里)を相手した時だって、いのりんと一緒なら絶対倒せるって勝手に思い込んでさ」

「ああ、あのかっこいいけど怖い男の人……」


 思い出すだけで体が震えてきます。


「そう。でも結局倒せなかっただけじゃなく、いのりんにも危険な目に合わせちゃったし……。あのお姉さんが来なかったら確実にあたし達は死んでたよ!」


 ヨミちゃんが歯を食い縛ってますので、よほど悔しかったのですね。


「で、でもほらっ! あの時は白衣姿の変わった人を処刑できたよ?」

「それでもいのりんを危険な目に合わせた事に変わりない。だからあたしは自分が悔しくて仕方なかったんだ」

「あう……」


 そこまで心配してくれるヨミちゃんを前にすると、何も言えなくなります。


「ごめんいのりん。ちょっと熱くなりすぎた」

「ううん、ヨミちゃんが全部悪いわけじゃないよ。あの時はわたしも必死に止めるべきだったもの」

「あはは、本当にいのりんは優しいなー。やっぱり大好きだよホントーに」


 べた褒めされたわたしは照れ臭さのあまり、顔が熱くなってしまいました。


「えへへ、別にわたしは優しくなんてないけど……ヨミちゃんありがとう」

「こちらこそー。じゃあさっきの話を続けるね」

「うん」

「4人目の罪人が想像以上に強くて返り討ちされそうになったんだけどさ。そこをとあるチームのリーダーに助けてもらったんだー」


 チームなんて単語は初耳です。


「ヨミちゃんごめんね。チームって何?」

「ああ、ごめん。同じ志を持った断罪者の集まりって感じで覚えとくといいよー。ただし人数制限があるけどね」

「うん、分かった! メモメモ……」

「でね、そのリーダーは神堂昭彦さんって言うんだけど、この人がまたとってもいい人でさー。助けてもらったその後、断罪者生活を快適にするための知恵を沢山教えてもらったんだー!」


 なんでしょうか。いつもよりヨミちゃんが元気というか、とてもハツラツとしているのですが。



「そうなんだ。それでヨミちゃんはあそこまで断罪者のことに詳しいんだね」

「うん、そういう事! しかもそのチームがまたスゴいんだよ?」


 なんだかわたしと話している時より、楽しそうな気がする。


「もぐもぐ……ふうん、どうすごいの?」

「聞いたらビックリするんだけどさ。そのチームってば全国のチーム中で一、二を争うぐらい優秀なチームなんだってさ!」

「うん、確かにそれはすごいね」


 すごいけど、別にわたしには関係ないもん。


「しかもさ。あたしのランクが20を超えたら、そのチームに入れてくれるって約束までしてくれたんだ!」


 なるほど、そういう事でしたか。


「ねえ、もしかして早くランクを上げたいから強い相手ばかり積極的に選んでるんじゃないの?」

「えっ、まあそうだねー……うん、確かにそうだ! 早くランク上げて少しでもあの人に追い付きたいなー」


 四人目で無茶をしていながらもまだ危険な目に会おうだなんて、お願いだから止めて。


 それと、先程から腹が立って仕方ないです。


「じゃあ……ランクが20になったら、ヨミちゃんとわたしはお別れになるんだね?」

「えっ、どして?」

「だって、わたしはその人の知り合いじゃないもん。それにチームに入る約束はヨミちゃんだけなんでしょ?」


 わたし、だいぶ感情に流されているかもしれません。

 ですが苛立ちを止められないんです。


「あっ……んーと、その時は相談してみるってー。いい人だしきっと大丈夫!」

「でもチームは人数制限ありなんでしょ? それで断られちゃったら、わたしはどうすればいいの?」

「えっーと……なんとかなるってー」

「いっつもなんとかなる、なんとかなるって――なんとかならないよ!」


 わたしは悶々とした怒りのあまり、ついテーブルを本気で叩き、食器を散乱させてしまったのです。


「ちょっ、いのりん!? 他の人に迷惑だってば――」

「――もう知らない! ヨミちゃんなんか1人で自由に生きればいいんだ!」


 もうダメだ。わたしは自分とヨミちゃんに対する怒りと悲しみで居ても立っても居られなくなり、そのまま店を飛び出してしまいました。


 店の外を全速力で走った結果、ママが働いている病院の前へ辿り着いたのです。


 今日は夜勤に当たってませんから、安心して病院内のベンチに腰掛けられます。


「はあ……はあ……! 全力で走ったら少しスッキリしたよ……」


 隣で一緒に飛んでいる赤く丸い鳥のアベちゃんをわたしは優しく掴み、そう語り掛けました。


「でも疲れたなあ……」


 原付よりも早く走っていたみたいで、かなり飛ばしていたのでしょう。おかげで息が上がりました。


「ふう……なんでわたし、こんなイライラしてるんだろ。ヨミちゃんは何も悪くないのに」


 ですが、あの時にヨミちゃんが喜んでる顔を思い出すと、また苛々してきたのです。


「むう……このモヤモヤ気分はなんかヤダ」


 そんなとき、ESDにメールみたいなものが届きました。


「えっ? ええと……A級罪人緊急処刑指令?」


 メールにはこんな内容が書かれております。

 ――都内に在住する断罪者へ緊急指令。東京の管理者に牙を向けた愚者『霧崎悠里』が三鷹、調布、多摩、府中近辺に渡って現在も逃走中。罪人の現在地点をSOEで常に表示するので、迅速かつ確実に処刑せよ。


「うう、府中ってこの近辺だ……SOEを起動しなくちゃ」


 急いでSOE(サーチオブエクスキューショナー)を起動しますと、画面に映る地図上に赤い点が表示されました。


「ちょっとこの赤い点……わたしの目の前!?」


 顔を上げると、昼頃にわたしとヨミちゃんが返り討ちされそうになった怖い雰囲気のイケメンさんが、正面に立っていたのです。


「おやおや、誰かと思えばキミは……あの雷鞭女の仲間じゃないか」

「――死刑執行!」


 わたしは恐怖心を抑えながらも即座に死刑執行状態へ移行し、手中に現れた大剣の刃先をその方に向けました。


「あなたは確かお昼の……覚悟してください!」


 この方は間違いなく昼の美術館で殺気立っていたイケメンさんなのですが、何故だか全く恐く感じません。


「ふむ。どういう理屈なのか知らんが学生服から軽装鎧姿に変わるとはいつ見ても興味深い。そもそもその赤くて丸い物体は生き物なのかい?」

「えっ? ええと……この子はわたしのペットで……って、そんなこと罪人のあなたに関係ないです!」


 それよりも、どうしてこの方はわたしが変装している事を知っているのでしょうか。一般人には見えない筈なのに。


「まあそんな事はどうでもいい。こんなにも君は美しいのだから」

「ええっ!?」


 誠実な見かけによらず、キザな方みたいです。


「若くして完成されたその肢体。整った顔立ちを幼く見せる一本のサイドテール。そんな君が痛みで苦しみ、許しを請いながら死んで行く様を眺めたら、きっと僕は快欲の海に溺れるのだろうな」

「ひっ……」


 違う、この人はただの変態さんだ!


 しかも紫刃の刀を腰から抜いてこちらに向けるんですから、怖くて堪りません。


「ははは、そんなに怯えないでくれよ。今すぐ僕の人形にしてあげるから――さ!」

「わたしひとりでも……負けないもん!」


 とにかくヨミちゃんがいなくともわたしは戦えます。

 それを、この変態さんを倒す事で証明してあげますから。


「たああああ!」


 わたしは全力で変態さんに駆け付け、戸惑う事なく大剣を振り落としました。

 すると変態さんも刃の腹で受け止めましたが、その顔は少し苦しそうに見えます。


「ぐぬぅっ——」

「やあああっ!」


 そのまま力任せに刃を落としきったのですが、後ろに跳ねて斬撃の軌道を逸らしました。


「なんて力だ。君は本当に鞭女の背中で怯えていた少女なのかい?」

「その時のことはもう忘れました。今はアナタぐらい1人で処刑しないと――ダメなんですから!」


 わたしは大剣を斜上に固定して変態さんとの間合いを即座に詰め、渾身の力で地面に振り下ろしました。


「くっ――!」


 変態さんが素早く後ろに跳んで避けた事で、大剣の刃がコンクリートに深く突き刺ささりました。


「むうっ、避けられた……たあっ!」


 ですが少し上に力を加えただけで、刃はすんなりと抜けてくれます。


「はは……コンクリートの地面を容易く抉るとは度し難いね」

「次は当てます――たああああ!」

「くっ――」


 わたしは気にせず変態さんの胴体を狙い、水平に薙ぎました。

 すると変態さんは咄嗟に刀で受け止めましたが、まるでバットで打たれたボールの様に吹き飛んだのです。


「うあ――!」

「――逃がしません!」


 これは倒すチャンスだと思い、吹き飛んだ変態さんを素早く追いました。


「次は外しません!」

「ちっ――!」


 まだ体勢を直していない変態さんの体ど真ん中を目掛け、わたしは天に掲げた大剣を全力で振り落としました。


「やああああ!」

「くそっ——!」


 ですが変態さんが横に転がり避け、刃が地面に深く刺さるだけに終わり、腹が立って仕方ありません。


「もう……避けないでください!」

「無理を言うな――怪力娘め」

「ち、違います! 普通の女の子……なんですから!」


 連続で大剣を振り続けて疲れたわたしが手を休めますと、その間に立ち上がった変態さんが刀を鞘に納めてしまいました。


「ど、どうして刀を納めるんですか?」

「ふう……決まっているじゃないか。手負いの体では勝負にならないからさ」

「刀を納めても……アナタを処刑しますからね?」


 わたしの言葉を聞いて覚悟を決めたのでしょうか。

 変態さんは納めた刀をわたしの足元へ投げ捨て、両手を上げながら膝に着き、降伏したのです。


「分かっているとも。だからせめて痛みの無いよう斬首してくれないか?」

「あの、その……やっぱりわたし……」

「さあ、早く斬ってくれ。僕をいつまでも苦しませないでほしい」

「で、でも、わたし……っ」


 どうしてかな。

 あれだけ処刑する事を心に決めていた筈なのに、闘う気力のない変態さんの命を奪う事に恐怖を覚え、体が震えてきたのです。


「どうしたんだい、この僕を殺すのがそんなに怖いかい?」

「ち、違……」

「そう、その怯えた目を見る限りだと怖いんだね」

「ひうっ……」


 この人、わたしの心を見透かしているのかな。やだ、とても怖いよ。


「なに、怯える事なんて何もない。一度殺ってしまえばそれが快楽に変わるよ」

「違います……わたし、好きで人殺しなんてしたく……ありません」


 ですが、心の中では殺戮の限りを求めている自分が確実にいて、それがあまりの恐怖となって涙が止まらなくなるのです。


「はあ……それで本当にキミは断罪者なのかい? なんて優しい……いいや、甘すぎる!」

「ひぐっ、ぐすっ……」

「そんな甘さでは僕は殺せないよ。いや――僕を殺す権利すらないね」

「うえええーんっ!」


 もうやだ。全てを投げ捨ててしまいたい。


「ふう……君には失望したよ。至極美しい少女の手で最後を迎えたかったのに……。まあ、嘘なんだけどね?」


 変態さんがわたしの前に来て刀を拾った様ですが、もう知りません。


 このまま斬られた方が気分的に楽なのですから。

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