第十四夜 メタモルフォーゼ
わたしはヨミちゃんと一緒に、ロゼッタさんとミントさんの囚われている牢屋まで僅かにいた魔物を倒しながら移動し、無事に辿り着きました。
「ロゼッタさん、ミントさんは大丈夫ですか!?」
ロゼッタさんの膝でぐったりするミントさんを前にし、わたしは気が気ではありません。
「すまない……この子にポーションをかけてはくれないか? 両腕を束縛されてはな……」
「う、うん……今ポーションを――」
「あいよ、おばあちゃん!」
もたつくわたしの代わりにヨミちゃんがポーションを振り撒くと、ミントさんが意識を取り戻します。
「うーん……ロゼッタおばあちゃんの匂いがする」
「あっ……ミントさんが目を覚ました!」
「イエーイ、やったねいのりん!」
嬉しさのあまり、わたし達はハイタッチしました。
「うんっ、ありがとうヨミちゃん」
「いーのいーの」
「ふう……ひとまず安心だな。ミントよ、どこか痛いところは無いか?」
「……お腹がとても痛い」
「そうか……少しだけ待っとれ。イノリ達よ、どうにかしてこの牢屋を開けてはくれぬか?」
「うーん、そうは言ってもあたし達カギ持ってないんだよねー」
「ヨミちゃん、ちょっといい?」
「えっ、ちょっといのりん何する気?」
「むっ――たああああああ!!」
困惑するヨミちゃんを無視して、わたしは気合いの篭る雄叫びを上げながら鉄柱二本を両手で外側に曲げました。
これで人ひとりぐらい余裕で通れます。
「なんてバカ力じゃ……人間とは思えんぞ」
「いのりん、ちょっと世紀末すぎ」
「イノリ、かっこいい……っ」
ロゼッタさんとヨミちゃんは呆然とし、ミントさんだけがわたしを素直に褒めました。
「はい、これで通れるよ」
「ああうん……まあいっかー。サンキューいのりん!」
「うんっ!」
「おばあちゃん、ミント、今外すからね?」
「すまん」
ヨミちゃんが、ロゼッタさんとミントさんの両腕を固く縛る縄を、とても器用に解きます。
「ありがとう、ヨミ」
「んーん、それより手首は痛くない?」
「うん、少しジリジリするけど平気」
「そっか、なら良かったー」
ミントさんはもう大丈夫みたいですね。
両手が自由になったロゼッタさんは早速、何かの塗り薬を鞄から取り出します。
「ほれミント、腹を出さぬか」
「イヤだよロゼッタおばあちゃん……2人に恥ずかしい姿を見せたくない」
「バカもの、少しの間だけでいいのだ。それに2人とも女なのだし気にする事などあるまい」
「それでも……恥ずかしいもん」
ミントさんが可愛らしくワガママを言うので、ロゼッタさんが困ってるみたい。
「はあ、仕方ないな。お前さん達、少しだけあっちを向いておれ」
「あっ、はい!」
「オッケーおばあちゃーん」
わたしはヨミちゃんと一緒に、後ろに振り返ります。
「ほれ、早くスカートを捲し上げんかい。いつまでたっても痛みが治まらんぞ?」
「……うん」
ミントさんの甘える声が聞こえますが、しつこく聞いてたら可哀想なので意識しないよう気をつけなくちゃ。
「よし、いい子だ。ったく……クソ共が乙女の体を傷物にしおって」
「恥ずかしいからまじまじ見ないで……ロゼッタおばあちゃん」
「見なければ塗れんだろうが」
「痛っ、ロゼッタおばあちゃんシミる……」
「わしが作った最高峰の傷薬だから痕も残らず治る。少しぐらい我慢せい」
「うう、ロゼッタおばあちゃんのイジワル……」
ですが、聞こえるものは仕方ありませんよね。
「ねえいのりん、ミントかわいいね」
「うん、とっても愛くるしい」
耳打ちしてくるヨミちゃんの意見に賛成です。
「そんなミントの今の顔、見たくなーい?」
「それはダメ。ヨミちゃんだって女の子なんだから、恥ずかしい姿を見られたくないでしょう?」
「うん、まーその通りだけどさー……」
何やらヨミちゃんがつまらなそうに口を尖らせますが、絶対に振り向かせませんからね。
「だから今は2人の姿を想像で補おう、ねっ?」
「いやっ、それだと逆に妄想が捗りすぎて困るー」
「えっ、そうなの?」
「だってさ。可愛い女の子みたいなおばあちゃんが、これまた可愛いミントのお腹を塗り薬で摩ってるんだよ? これもうヤバいよ、想像の域を超えてるよ!」
「ちょっ――そんなイヤな想像しないで! ただおばあちゃんが知り合いのお孫さんにお薬塗ってあげてるだけだよ!」
どうしてヨミちゃんは突飛な想像しかしないのかな。
「あははー、いのりんのムッツリさんめー」
「もうっ……また怒るよ?」
本当に頭を叩きたくなります。
「や、ゴメン。謝るから殴るのはもう勘弁して」
「本当に……いつもヨミちゃんはイジワルなんだから」
「ふう……おい、2人とももうこっちを向いていいぞ」
ロゼッタさんの許可を頂き、わたし達は即座に振り返りました。
「あーい」
「ミントさんのお怪我は無事なんですね?」
「ああ、痛みも痣も残っとらん」
「はい、おばあちゃんの言う通り元気ぴんぴんですっ」
「良かったあ」
「ホントにねー」
本当に一安心です。
「おふたりとも本当にありがとう! 優しい方達でよかったです」
「そんな、わたしなんてっ」
「いいってばー」
「さてお前さん達、聞きたい事は山ほどあるが、まずはミントをタイムの元に届けんとな」
タイムとはミントさんの祖母にあたります。
「はいっ、わたし達もご一緒します」
「するよーん」
「ああ、よろしく頼む!」
それからわたし達四人は洞窟の出口に向かって歩き、辿り着いた出口の前を塞ぐ様に、一匹の大きな角を持つトカゲと五匹の巨大芋虫が密集していたのです。
「うう……さっきの大きなトカゲと芋虫がいっぱいいるよ?」
「いるねー、経験値の山が!」
どうしてヨミちゃんは楽しんでいるのかな。こんなに怖いのに。
「仕方ないの……ミントは隠れてるんだよ?」
「うん、気を付けてねロゼッタおばあちゃん」
「ああっ」
ですが、わたしにはヨミちゃんとロゼッタさんが隣にいますので、先ほど倒した魔物なら倒せますとも。
ひとまずミントさんを岩場の陰に隠れさせてから、わたしはヨミちゃんとロゼッタさんと協力してそれらの魔物を相手にし、あと少しで返り討ちに遭っていたかもしれない寸前の状態で、討伐に成功したのです。
「はあ……はあ……なんとか勝てたけど……もう疲労が限界だよ……」
「いやぁ……長い舌の連続攻撃はキツかった……HPもギリギリだったわー……」
息を切らして地面に膝を付くわたし達を、一番活躍したロゼッタさんは呆れた顔で見ています。
小さな星の欠片を降らせて全体攻撃なんて、強すぎますよね。
「全く、若者が疲労を見せるとは情けないぞ」
「ロゼッタさん、厳しいよお……」
「おばあちゃん、許してー……」
「だがまあ……二人ともよく頑張ったぞ!」
ですがすぐ朗らかな笑顔に戻り、わたし達の肩にポンと手の平を乗せながら労ってくれたのです。
「みなさん、本当におつかれさまです。とても逞しかったですわ」
岩場の陰に隠れていたミントさんもわたし達の元へ駆け付け、褒めてくれました。
「えへへ……それ程でもありません」
「ふふん、もっとほめてよーっ」
「そんなおふたりに私からプレゼントを致します」
わたし達はミントさんから、綺麗なシナジー花を10本ずつ頂いたのです。
「わあっ、ありがとうございます」
「綺麗に咲いた花だねー」
「うふふっ、その花の香りを嗅ぐと元気が出るんですよ? 辛い時は嗅いでみてくださいね」
「うんっ」
「疲れたら嗅いでみるー」
「さて、そろそろ帰ろうか。だいぶ空も暗くなってきたしな?」
ロゼッタさんが言うと、わたし達四人の体が淡く光り輝きます。
「あっ、この感じはまさか……」
「もち、イベントクリアしたからワープす――」
ヨミちゃんが言い切る前に、わたし達はミントさんの家へ飛ばされ、目の前にいたタイムさんが声を掛けてきました。
「おやおや、ミントも無事に帰ってきたようだねえ」
「おばあちゃん、心配させてごめんね……」
ミントさんが深々と、タイムさんに頭を下げます。
「どもー、おばあちゃん」
「ミントさんは御無事ですよ」
「ええ、本当に良かったわあ」
「それよりタイムよ、ここに怪しいヤツは来なかったか?」
「そんな者は、お前さん以外来とらんよ」
相変わらずロゼッタさんにだけは厳しいですね。
「バカ者、今は真面目な話をしとるんだ!」
「ロゼッタおばあちゃん落ち着いて。おばあちゃんも邪険にしないでよ……」
悲しむミントさんを前にしては、流石にタイムさんも落ち着きますよね。
「すまないねえ……ミント」
「ううん、分かってくれたならいいの」
「それで何があったんだ、ロゼッタよ」
「ああ、リンドのヤツが王国を乗っ取る資金繰りのため、人攫いをしとるのは知っておろう?」
タイムさんの顔が醜く歪みました。
「ふん、あのボンクラ子爵の事かい。身分に合わず、未だにつまらぬ国家転覆を企んどるのか」
「そうだ。しかもそいつが雇った荒くれ者を使い、ミントを攫ったのだ」
「なんじゃと!? それは本当なのかいミント!」
「うん、でもこの通り平気だからそんなに興奮しないで。おばあちゃんの体に障るわ……」
「おい、どうしてミントを危険な目に会わせる! 貴様は未だ死神なのか、のうロゼッタ!」
ミントさんの身に危険が迫っていた事を知ったタイムさんは、まるで人が変わった様に怒り狂います。
「おばあちゃんっ! ロゼッタおばあちゃんを悪く言わないで!」
「いいんだミント、死神なのは真実なのだしな……本当にすまなかった」
ああ、ロゼッタさんがタイムさんに大きく頭を下げて。
「謝られても、もうあの人は帰っては来ん! 帰ってくれ……貴様の顔など二度と見たくないわい!」
「すまぬ……もう二度と来んし、ミントとも会わんよ」
「ロゼッタおばあちゃん……そんな悲しいこと言わないで!」
「当然じゃ。ミント、お前も二度と死神の家に近付くんじゃないよ?」
「……おばあちゃんのバカ!」
ミントさんが大泣きしながら自分の部屋へ閉じ籠りました。
非常に気不味い空気が、残るわたし達に降りかかります。
「昼ドラみたいでやだなー」
「シーッ、今良いところだから静かにして」
「あいあーい……」
ヨミちゃんはつまらなそうですが、わたしは結構気になります。
「タイムよ、最後に頼みがある」
「ふん……言ってみい」
「お前さんの中に眠るコリアンダーを起こし、ミントを守るよう命じてくれ」
「元よりそのつもりじゃ。そのほうが今は、ミントのためにも良いだろ……」
何を言っているのか理解できないでいますと、ボソボソと囁くタイムさんの全身が、黄金の光をまとったのです。
「うおっ、眩しーっ」
「すごい……直視できない」
本当に眩しくて直視できません。
ですが少し経つと強い光も瞼越しに来なくなり、目を開けると正面には金髪の美青年が立っていたんです。
その美しい方はロゼッタさんの姿を見ますと、片膝を床につけて頭を下げました。
「ロゼッタ様、話はタイム様から聞いております」
「面倒かけてすまんな」
「いいえ。我が全身全霊をかけてミント様を護りましょう」
「頼むぞコリアンダー……ミントの未来はお前さんに掛かっておるのだから」
「はっ」
コリアンダーと名乗る方は立ち上がると腰に据えた銀の剣を抜いて、剣先を天井に向けるよう構えたのです。
わたしとヨミちゃんは呆然と見ているしかできません。
「うーむ、凄い忠誠心だなー」
「本当だね。まるでミントさんのこ、恋人さんみたい……」
なんだか、自分で言ってて照れくさいな。
「あららー、いのりんったら照れてるのかなー?」
「ち、違うもん!」
「いーのいーの、そんなに照れなさんなってー」
「……イジワルっ」
わたしは思わず、ヨミちゃんから顔を逸らしました。
「あっ、それよりもロゼッタおばあちゃんが家を出るっぽいよ?」
「う、うん……追いかけなきゃ! あっ――コリアンダーさんよろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそ」
わたしは爽やかに微笑むコリアンダーさんに一礼してから、ロゼッタさんの後を追うヨミちゃんを追い掛けるよう家を出ました。
俯きながらとぼとぼと外を歩くロゼッタさんをわたし達は追い、背中を一緒に歩きました。
ですがその途中にロゼッタさんは突然立ち止まり、ボロボロと涙を流してしまうのです。
「うう、わしのド阿呆め……」
「ロゼッタさん、大丈夫ですか!?」
「どうしたの?」
「すまぬ……今は誰にも顔を見せたくない。これは宿代だから村の宿屋で休むと良い」
ロゼッタさんは心配するわたし達に振り返らないよう、二千ゴルド入った二つの袋を後ろに投げました。
「あわわっ――」
「おおうっ――」
わたし達は慌てて両手を前に差し出し、キャッチしたのです。
「話は明日する……じゃあな」
「あ、あの……っ」
わたしが呼び止めてもロゼッタさんは振り返らず、そのまま行ってしまいました。
「ヨミちゃん……わたし何も言えなかった」
「あたしも同じ。でもこうなったら明日まで待つしかないね」
そんなシリアスな時にも関わらず、「あなた方はメインイベント『囚われのミントを救え』をクリアしました」と言うお知らせとコミカルな効果音が鳴り響きましたので、気分ぶち壊しです。
「うう、余韻を壊された……」
「確かにこのお知らせシステムは良くないや。サイレントにして欲しー」
「はあ……。でも、これで一段落着いたよね」
「うん、そうだね。今日はもうヤメようかー。現実ではもう夜8時だし」
時間を聞いて吃驚します。
「うあっ! もうそんな時間なの?」
「あははー、ゲームしてると時間経つの早いよねー。まあ今日でランクもそこそこ上がったし、あたし的にはやや満足かなー。シナリオは暗めでアレだけど」
「うん、辛い話だけど続きは気になるね……」
「んだねー。さて、じゃあ元の世界に帰ろっか」
わたしはヨミちゃんに倣いESDを額に当てました。
「それじゃ――リンクアウト」
「うんっ――リンクアウト!」
その言葉と共に、わたし達はヨミちゃんの部屋へ戻って来ました。
あくまでも意識が、ですが。
「ふわああ……お部屋真っ暗だね」
「そりゃま、8時だからねー」
いきなり、わたしのお腹がとんでもない音を鳴らします。
「うっ、お腹空き過ぎて死にそう……」
「あははははっ、あたしもー」
「うう、今からお家に帰ってもママは絶対にゴハン作ってくれない……そもそも叱られるー!」
やだやだ、もう怒られたくない!
「いやいや、もう既にあたし達の代わりが暮らしてるってば。ほら、机であたしがゲームしてるしー」
落ち着いたわたしは、もう一人のヨミちゃんがゲームに夢中になっている姿を確認しました。
「あわわっ、やっぱり不思議な光景だ……」
「シュールだよねー」
「それにしてもゲームに夢中になってるね。全然わたし達に気付いてない」
「ふふん、これが普段のあたしの超集中力ってヤツさー」
わたしは呆れました。
「自慢にならないよ……」
「まー、そこのあたしは放っておいてファミレスにでも食べに行こうよー」
「えっ、でもお金は?」
「そこはこれ――ESDの出番よ!」
「こ、これが?」
「うん、|エクスキューショナルバンク《EB》ってアプリを起動するとね……」
ヨミちゃんがアプリを起動しますと、ESDがカードに変化したのです。
「な、なにその機能!」
「ふふ、スゴいでしょ。しかもこのカード、全国のお店で使えるんだー」
「ええ……そんな常識外れな」
「いやいや、そんなの今更っしょ」
確かに今までの超常現象を目の当たりにしては、何も反論できませんね。
「そうだね……でもお金はどこから出てるのかな?」
「んー、知らない」
「流石のヨミちゃんでも知らないよね」
「いやー、あたしの知識だって知り合いの受売りだし」
「えっ、知り合いの受売り?」
しまったと言わんばかりの表情をするヨミちゃんが、わたしから顔を逸らします。
「あー……えっとさー」
「なに? わたしには話せない事なの?」
何か知っているのなら、話して欲しいのですが。
「いやっ、そーゆーわけじゃなくてさ」
「だったら話してよ……隠し事はイヤだよ」
ワガママなのは分かってますけど、わたしは感情を抑えられません。
「ふう……ごめんね、いのりん。ファミレスで大切な話するからさ。とにかく行こーよ?」
「うん、お腹空いたものね……」
わたし達はヨミちゃんの家を出てファミレスへと向かいましたが、道中で言葉はありませんでした。