第十二夜 鬼心
現実世界の時刻は午後八時半を回ってましたが、わたしとヨミちゃんはそんな事つゆ知らず、LOKと言う世界でロゼッタさんと一緒に盗賊のアジトへ侵入していました。
「ねえおばあちゃん、ここ本当にアジトなの?」
「ああ、そうだよ」
「その割に誰もいないけど、何故ゆえー?」
「そこはわしも疑問に思っとるところだ。盗賊の巣にしては、あまりにもいなさすぎるしな」
「もしかして、盗賊達も魔物に襲われた……とかでしょうか」
「うむ、そうなるとミントの身も危ういな」
わたし達が話し込んでいるその時です。
アジトの奥から唐突に、軽く武装した盗賊十数人と、貴族みたいな服を着た中年の男性が出てきたのです。
「うそっ、こんなに沢山いるの……?」
こんなの聞いてないし、怖くて堪りません。
「なるほどな、そういう訳か」
「まったく、やり口が汚い奴らだなー」
ですがわたしには頼りになる方が二人もいますので、怖さは半減です。
それより二人が何を察しているのか理解できないのですが。
「えっ、2人ともどういう事……?」
「おやおや、これはこれはロゼッタ様ではありませんか」
「ふん、人攫い主犯が誰かと思えばドラグーン王側近のリンドとはな。やはり現王は人を見る目がないのだな」
なんかわたしを無視して会話が始まってますし。
「ふはは、少しは口を慎み給えロゼッタよ。お前の大事な友の孫が見えないのか?」
「なんだと!?」
「そんなっ——」
なんと奥から猿ぐつわを咥えさせられたミントさんが、野蛮な殿方一人に曲刀の刃先を首元に当てがわれながら連れて来られたのです。
「んーっ——むー!」
「さあ、お連れの2人も武器を投げ捨てなさい」
「くそ、卑怯者めっ!」
「あーあ……こりゃ捨てるしかないじゃん」
「うん……ひとまずはね」
ミントさんの命を守る為、仕方なくわたし達は揃って武器を投げ捨てました。
「ふひひ……そいつらを拘束して吾輩の部屋に連れていけ」
「はい、リンド様!」
下卑た視線をわたしに向ける盗賊が、わたしとヨミちゃんの両手を縄で拘束しました。
「ちょっと縛らないでよー!」
「やめて、痛いです!」
「うへへ、こいつぁ上玉だ……やっちまいてえなぁ~」
「ひっ……!」
この人、わたしの体を狙っているの? ゲームなのに?
嫌だ、あまりにも生々しいよ……この世界。
「このクソ変態め、いのりんに手を出す……」
「おい貴様ぁ!!」
「んにゃっ!?」
「ひゃあっ!?」
わたしが恐れている横で貴族のおじさまが怒鳴り声を上げたものですから、わたしもヨミちゃんも驚愕しました。
「分かってるな、吾輩より先に手を出したら……殺すぞ」
「わ、分かってますってリンド様ぁ~っ!」
なんなの、この人達。
「リンド様、こいつらの武器はどうします?」
「そんなもの右奥の倉庫に突っ込んでおきなさい」
「承知しました」
ああ、わたし達の武器が盗賊達に持ってかれます。
「おら、お前らもこっちへ来い」
「ひうっ……」
「おい、そんなに引っ張るなー!」
結局、わたし達も豪華な飾りの施された部屋まで連れてかれ、幽閉されてしまったのです。
「なんだよあいつら……俗物ばっかりじゃないのさ」
「お、抑えてヨミちゃん……わたしはまだ平気……だから」
ヨミちゃんも同じ事を思っていて、少しだけ安心しました。
「分かった……でもいのりんが危ない目に会うなら、あたしは絶対に容赦しないからね。例えあの子を見殺しにしてもさ」
「ヨミちゃん……」
そんな事言わないで。誰も犠牲になんかしたくないんだから。
「とにかくESPで今の状況を確認しようか」
「えっ、そんな事できるの?」
「簡単だよ。こうして、こうすれば——」
ヨミちゃんはESPをポケットから取り出すと画面を指で操作しました。
すると画面から、ロゼッタさんとリンドがやり取りしている場面が3D映像機の様に映し出されたのです。
「さあ、ここからはお仕事の話ですよロゼッタ様」
「……この老いぼれに何をしろと?」
ロゼッタさんは盗賊に両手を拘束され、動けそうにありません。
リンドという気味の悪いおじさまがロゼッタさんの周りを歩きつつ、背中に回って両肩を掴み、顔を覗き込みます。
「あなたには錬金術を用いて頂き、石ころを純金に変えて頂きます」
「きさま……金が目当てか?」
「その通りでございます。その金と我が権力で兵を雇い、王に対して謀反を起こすつもりです」
話を聞いたロゼッタさんがとても驚いてます。
「なっ……そんな事してタダで済むと思っとるのか!」
「ええ、タダでは済みませんな――ドラグーン王がですが」
「つまり……きさまはこのわしに、そんなつまらん陰謀の手助けをしろと言うのか?」
「その通りです。ですがそれも悪くはないでしょう? 何せ現王はもはや国民にも疎まれている存在。未来を見据える先見性も無ければ、無駄に税金を搾取するしかできない無能ですものな」
話が長くて理解できませんが、小難しい話題に違いありません。
ヨミちゃんは真剣に耳を傾けていましたが。
「ふん……例えそうだとしても誰が貴様の様な外道に手を貸すか。そんなことに手を貸すぐらいなら、舌を噛んで死んだ方がマシさ」
ロゼッタさんは本気の眼です。どうかそれだけはやめてください。
「あなたのことですからそう言うと思って、この娘がいるのですよ。アイン、娘の猿ぐつわを解きなさい」
「承知しました」
「……ぷはっ!」
盗賊の一人が猿ぐつわを外した瞬間、ミントさんは深く息を吸い込みました。よほど苦しかったのですね。
「ふひひ、ツヴァイは少女の腹に一発ぶち込んでやりなさい」
「へい!」
わたしが耳を疑った瞬間、その盗賊がミントさんのお腹を心底から嬉しそうに殴ったのです。
「おばあちゃ——うげっ!」
「きさま、ミントに何をする!!」
「はあ……はあ……げほっ、げほっ!」
苦しそうに咳き込むミントさんの目が虚ろになっています。
どうして、この人達はこんな酷い事を平然とできるのでしょうか。
「分かりませんか? あなたが快く返事をしてくれるまで、この娘が解放されることはないとね。ドライ、やりなさい」
「へっへっへ、リンド様の命令とあらば!」
また、ミントさんがお腹を殴られて……吐いております。
だんだん、わたしの中に潜む何かが心を汚染する。
「うええっ……おえっ!」
「うお、こいつ二発目で吐きやがりましたぜリンド様」
「ふひひ、たいへん愉快ですねえ~」
「やめろ……」
「さあ、次はフィアの番です」
「承諾しました」
ふざけているのか……こやつらは。
「うぐっ! あう……」
何の罪もない幼子を気絶するまで痛ぶり続けるなどと!
「もうやめてくれ!」
「ふむ、そうだな。娘も気絶してしまったことだし続きは明日にしよう。お前たち、ロゼッタ様と娘を牢屋に閉じ込めておきなさい」
「承知しました」
我は、この外道共を絶対に許す事はできぬ。
「リンド貴様……絶対地獄に落としてやる!」
「んん、聞く耳持ちませんねえ」
そう、意地でも屈服する事のない幼き老婆の様に、我もこやつらを地獄に叩き落とさねばならぬ。
特に、下卑た馬鹿笑いを続けるリンドとか言う下郎は絶対に。
「こんなの……許せるものか……っ」
「クソ……胸糞悪すぎる」
「あやつらは……罪人……みな地獄へ落とすべき存在」
もはや我は一人の少女ではない。こやつらを地獄に送る鬼に過ぎぬ。
「ちょっといのりん……いつもと口調が違うし目が赤いけど、どうしたの?」
「みな……地獄へ叩き落としてくれよう!」
「いのりん!?」
両手を拘束する縄など容易く断ち切り、襖の様に柔らかい扉など体当たりでぶち壊した我は、容易く部屋の外へ出た。
「うひゃーっ、な、なんだ一体!?」
「き、貴様あの女かぁ!?」
こやつら二人もあの下郎の仲間だ。故に地獄へ送らねばな。
「まずは刀を抜こうとしたお前——」
「ひっ――」
我は一匹の雑魚の顔を鷲掴みし、ぐしゃりと音がする勢いで地面に叩きつけてやった。
頭蓋骨が陥没しておるし、即死だろう。
「ば、化け物めえええ!」
もう一人の雑魚が曲がった刀で斬り付けてきたが、二本の指で受け止めて刃を折ってやった。
「な、なんて怪力だあああ!」
「……雑魚めが」
「めごっ!!」
我の掌底を顔面にお見舞いしてやると壁にめり込み、容易くひしゃげてしまったらしい。歯応えが無くてつまらんな。
「やつらめ……どこに隠れている?」
「イノリ、ちょっと落ち着いて! もう大丈夫だから!」
我が楽しんでいる時、何者かが背中から力強く抱き着いてきおった。
そやつの顔を振り返って見た瞬間、我の内に秘められた暴力的な衝動と記憶は跡形も無く消え去り、いつものわたしを取り戻しました。
「えっ……あれ……ヨミちゃん?」
「ふう……なんとか戻ったかー」
なんでこの盗賊二人は……頭がひしゃげているの。
それにわたしの手、どうして血塗れなの?
「ねえヨミちゃん……わたし、何してたの?」
「それは……まあ……」
「ねえ何をしたの、わたしは!」
自分に対する怒りのあまり、思わず怒鳴ってしまいました。
「この盗賊共をさ、いのりんが1人でやっつけてた」
やっぱり、そうだっだんだ。
「そんな……わたし、また……っ!」
「ねえいのりん、昔何かあったの?」
「ヨミちゃんになら……話しても大丈夫……かな」
「うん、それで少しでも楽になるなら話してよ」
そうだよ、親友のヨミちゃんになら寧ろ隠し事は厳禁だ。
こうして優しく抱き締めてくれているのだし、嫌われるのは怖いけど全てを話さなくちゃ。
ああ、呑気に部屋を飛び回るマジサポ二匹が羨ましい。
「ヨミちゃん……」
「だって大事な友達がこんな怖がってんだもん。放ってゲームなんて出来ないって」
「ありがとう……っ」
ヨミちゃんの温もりがわたしの不安を消し飛ばしてくれるので、落ち着いて過去のお話しができます。
「あれは小学三年生の時だったの……」
「うん」
「当時ものすごく構ってくる男子が3人もいてね。わたしが何かする度にからかってきたの」
「そっか、大変だったね」
ヨミちゃんは優しく聞いてくれます。
「うん……それから日時が経つに連れて嫌がらせも激しくなってきてね。途中、わたしの苗字をバカにしてきたの」
「そっか」
「その時わたし……自分を見失っていたのかな」
ああ、考えるだけで体の震えが止まりません。
「どうゆうこと?」
「教室で泣き叫ぶ生徒達の声を聞いてわたしは意識を取り戻したんだけど……わたしをからかった男の子達は顔や体中あちこち赤く腫れあげて床に倒れ込み、しかも先生も床に引っくり返ってたの……無意識の内にわたしがやったんだよ!」
ああ、どうしてわたしはあんな酷い事をしたのだろう。
「いのりん……」
「それからすぐ男の子達は病院に運ばれ、わたしはママを学校に呼ばれて先生との三者面談を受けたんだ」
「そっか、大変だったね。それから?」
「その時の面談で先生はこんなことを言ってたの。わたしが『我の名を侮辱する者、万死に値する』って。それに鬼のような形相だったって……」
「なるほど……」
ヨミちゃんは真剣な顔で頷きました。
「翌日、わたしは怒り狂ったママと一緒に男の子3人とそのご両親へ謝りに行ったんだけど、男の子達も先生と同じように、揃ってわたしを『鬼が来た!』と一心不乱に叫んで逃げるの。だからわたしは……鬼に憑かれてるんだよ」
「いのりん、それは気のせいだよ……」
気のせいだったら、どんなに良かった事か。
駄目だ、わたしまた自分の感情を抑えられなくなってきちゃった。
「あっ、そうか、それからママはわたしの事を嫌いになったんだ……。そうだ、そうに違いないよ!」
「ちょっと、いのりん?」
わたしは聞く耳持たず、溜まった感情をぶち撒け続けます。
「確かにあの時から厳しくなったもん! 迷惑ばかり掛けてわたしのバカ、わたしの大バカ……っ!」
「ちょっと落ち着いてってば」
「わたしなんて……産まれてこなければ良かったんだ!」
「……いのりん、ちょっとこっち向きなさい!」
ヨミちゃんが力強く、わたしの両肩を掴みました。
「えっ……いきなりなに?」
「いいから向きなって!」
「あわわ――」
そのままわたしの体を180度回転させると、バチコーンと大きな音が鳴り響く程のヨミちゃん全力のデコピンが額に打たれたのです。
「いったあああーい!!」
「いのりん、ひとついい?」
「あううう……っ」
うう、ゲームの世界の癖してあまりの痛さに涙が止まりません。
「いのりん、自分の世界に入り込みすぎ」
「うっ」
「それにバカみたいに喚いてさ」
「ひぐっ、うう……っ!」
そこまで言わなくてもいいじゃないですか。
「何が、わたしなんて産まれてこなければいい……なのさ。そんな悲しい事言われたらさ……あたしまで辛くなるじゃんか!」
「あっ……」
ですがヨミちゃんに涙を流されて、どうして怒られているのかバカなわたしはやっと気付いたのです。
「ヨミちゃん……こんなわたしのために泣いてくれるの?」
「当たり前じゃんか! だって……イノリはあたしの初めての親友なんだよ!」
「ううっ……! ヨミちゃん……ごめんなさい!」
思わずヨミちゃんの体を抱き締めてしまいました。
「ちょっ、強っ、強いし胸苦しいっ!」
「うわあああーん、ごめんなさあーい!」
ヨミちゃんが何か言ってますが、わたしには聞こえません。
「わかったギブギブっ、マジであたし死んじゃう!」
「うあああーん!」
「おあ……だんだん意識が遠退いて……ゲームの世界なのに……?」
あれ、ヨミちゃんの体がヤケに冷たく感じて?
「ひっく……あれ、ヨミちゃん……ヨミちゃん!?」
「うああ……うああ……」
わたしは気付かないうちに、ヨミちゃんの意識を奪ってしまったらしいんです!
「わ、わたしったらなんて事を!」
とにかくヨミちゃんの体を回復させなくちゃダメだと考えたわたしは、精神衛生的に受け付けないベッドには寄らず、地面に敷いてある赤い絨毯に正座しました。
そして、膝の上にヨミちゃんを寝かせてあげたのです。
「ひとまずこれで……大丈夫だよね?」
こうしてヨミちゃんが意識を取り戻すまでの間、じーっとヨミちゃんの顔を眺めながら待っておりました。
「ふふっ……ヨミちゃんの寝顔、とっても可愛いな」
ヨミちゃんはふだん無表情なので、目を瞑ると可愛らしい顔を拝見できるんです。なので長い間見ていても飽きません。
「——うーん……あれ、あたしなんで気絶してたんだっけ……」
「あっ……ヨミちゃんが目を覚ました!」
実時間10分程度でヨミちゃんは意識を取り戻しましたが、それだけわたしの抱擁はダメージがあったのでしょうか。
「んあ……つーかあたしなんで、いのりんの膝で寝てるわけ?」
「あっ、ごめん……わたしのお膝、気持ちよくなかったかな?」
そう言うとヨミちゃんがわたしの膝で顔を動かし、のんびりしてました。
少しくすぐったいですが、暖かくて心地良かったので気にしません。
「んーん、ふかふかで気持ちいいー。こりゃもう男の子だったら病みつき確定だねー」
「もう……恥ずかしい事言わないでっ」
「そーやって照れる所もポイント高しー」
そう言って口元をニヤつかせられると、とても腹が立ちます。
「あのね……また気絶したいの?」
「やっ、覚えてないけど、それはちょっと勘弁かなー」
「まったく……ヨミちゃんは基本イジワルなんだから」
「悪いねー。曲がった性格なもんでさー」
「本当にもう……あははっ!」
だけど不思議と笑いが込み上げてきます。
「んっ、どったのいのりん?」
「うん。こうして膝枕してると、この間のこと思い出しちゃって」
「この間のことー?」
ヨミちゃんは覚えてないみたい。
「ほら、この世界に入った初めての日。ヨミちゃんが雷電で一方的にわたしを叩いて気絶させたでしょ?」
「あー……あの時はマジごめん!」
やっと思い出してくれたヨミちゃんが、必死に謝ってくれました。
「ううん、もう気にしてないからいいの」
「ほんと?」
「ほんとだよ。それでその時わたしもヨミちゃんの膝枕を味わったけど、それはもうとっても気持ち良かったよ。マシュマロみたいに柔らかかったもん」
「えっへっへー……そう言われると、ちょっと恥ずいな」
珍しくヨミちゃんが照れ臭そうに顔を逸らしました。
「わたしの気持ち、少しはわかった?」
「ん、まーちょっとはね」
「わたし……ヨミちゃんとお友達になれて本当に良かった」
「それはあたしも……ね」
「うんっ」
「じゃあ落ち着くまでここで休んでよっか。動かなければ次のイベント進行しないし」
ヨミちゃんのその一言で、とある事を思い出しました。
「そういえば……ヨミちゃんはこの世界がゲームみたいだって少し前に言ってたよね?」
「うん、言ったよん」
「でもね、わたしは思うの。本当にこの世界はゲーム……空想の世界なのかなって」
主にロゼッタさんとミントさんが苦しむ姿を思い出し、そうとは思えなくなるのです。
「どうしてそう思うの?」
「だって……ミントさんのあの苦しそうな顔やロゼッタさんの憎悪……。まるで人間そのものみたいだったもん」
「まあ生々しいだけで、イベントってのはそういうもんだよ」
「そう……なのかな」
「いのりん気にしすぎ。そんなんじゃ身が持たないよ?」
「うん、ごめんね」
だけど、やっぱり気になって仕方がないんです。
「……それっ」
「きゃあああ!?」
何を考えてるのかヨミちゃんがわたしの胸と鎧の隙間に両手を入れ、ぐにぐにと揉んできたのです。
「あー、やっぱここが一番やらかいなー」
「や……やめてよおおおお!!」
「うぎゃっ――!」
思わずヨミちゃんの脳天に握り拳の鉄槌を落としたら、またまた気絶させてしまいました。
ですが悪いのはヨミちゃんなので、この件でわたしは反省しませんから!