第九夜 お姉さんの名前を聞き忘れました
現在時刻は午後二時です。
わたしはヨミちゃんと一緒に小さな公園で、見た感じ優しそうなお兄さんと戦闘中のお姉さんを待っておりました。
「ヨミちゃん、あの人ちゃんと来るのかな」
いくらあの人が強くっても、きちんと約束を守るかは分からないもの。
「大丈夫、きっと来るよ。自分から待ち合わせ場所まで指定したんだし」
「そうだったんだ」
「うん――ほら、噂してたら早速来たー」
あっ、本当に来ましたね。
あの怖い人相手に傷一つ無いのは予想外すぎて、憧れてしまいますが。
「わあ、綺麗な黒髪のお姉さんだ……」
「さあ、早めに質問を」
あれ、褒めたのに無視された?
「うん、それじゃあさ。規則を発行してる執行本部の事を教えてよ」
「別に構わないけれど、そんな事でいいのかしら?」
でもヨミちゃんを無視しないなんて、なんだか腹が立ちます。
「いいよ。怪しい組織なのかどうか気になるだけだから」
「ふふっ、鋭い子なのね。卯ノ花ヨミさんは」
「えっ、あたしの名前知ってんの!?」
「ええ、あなたの背中にいる子も把握しているわ」
「あう……」
いきなりわたしに振らないで欲しいです。
「それはお姉さんが管理者だから?」
「そうよ、私は東京の管理者なんですから」
「東京の管理者ってことは、お姉さんみたいなのがあちこちにいるんだー?」
「当たり前よ、流石に私ひとりでは身が持たないわ」
お姉さんは怠そうに溜息を吐いてます。
「うん、まあそりゃそうだよね」
「あの……」
「どうかしましたか、鬼頭イノリさん」
「お姉さんは……閻魔さまを知っているんですか?」
「ええ、バカな上にクソみたいな私の上司――もとい、監督官ですから」
あわわ、この人かなりの毒舌家にちがいありません。
「うう……閻魔さまはそんな悪い人じゃ……ないのに」
「確かに人ではありませんね、畜生よ」
「まあまあ落ち着いて、いのりん。お姉さんのやさぐれた感じだと、かなりヤられてるんだってば」
だとしても、恩人を悪く言うのは許し難い事だと思います。
「あら、本当に賢くていい子ね。できればあなたを管理者候補に推薦してあげたいぐらいだわ」
「あはは、ちょっと興味あるかもー」
「でもそんなの……わたしには関係ないもん」
「……それに比べて鬼頭さんはダメね。全く現状が理解できてないわ」
なんでしょう、この人。
とても印象が悪く感じるのですが。
「むうっ、この人絶対悪者だよヨミちゃん……間違いなく」
「ふふ、勝手に言ってなさい。あなたにどう思われようと私は動じないわ」
「むうーっ!」
とても苛立つのですが!
「まーまー二人ともっ! とにかくいのりんの知ってる閻魔様ってのは、あたしら断罪者から見たら最高責任者ってわけ?」
「その通りよ。この断罪者システムを考案した最低最悪の悪魔よ」
「閻魔さまは……悪魔じゃないっ」
わたしの命を救い、助言をくれた人を悪魔呼ばわりとは許せません。
「ではその閻魔様のおかげで、何人の子供達が犠牲になったか鬼頭さんには分かるかしら?」
「そ、それは……考えたくないよ……」
そんなの決まってるじゃないですか。
「そうね、私も考えたくないわ。だけど三年前から、罪も無い子供達を断罪者にしたのだから考えるしかないの」
「うう……」
そんなこと言われたら、何も言い返せません。
「ちょっと待ってお姉さん。三年前からってどーゆーこと?」
「そうね。普段は誰にも教えない機密事項なのだけど、あなた達には教えてあげます。今は監視機能を妨害してますし」
「えっ、監視ってどゆこと?」
「分からないかしら。あなた達が断罪者である以上、監督官や管理者から一方的に監視されているのですよ」
「あー、それなら分かる。なるほどねー……ヤな気分だわ」
なんでしょうか、わたしには二人の会話から、さっぱり理解出来ないのですが。
「正直、私も子供達のプライベートを侵害してる様でイヤよ。これも私の仕事の一つだから止められませんが」
「うん、お姉さんもいのりんと一緒で真面目そうだもんねー」
こんな毒付いた人と一緒にしないで欲しい。
「わたしはこの人とは違うもん……」
「私も同意見よ、鬼頭さんの様に爪も心も甘くはないわ」
「むうっ!」
なんなのこの人、やたらと突っ掛かって来ちゃって!
「とにかく落ち着きなよ二人ともー! それでさ、お姉さんの口ぶりだと三年前より以前も断罪者システムが存在したわけ?」
「そうよ。当時は断罪者の数も少なく、子供達はほとんどいなかったけれど」
「なるほどー、もしかしてそれってコレが関係あるの?」
ヨミちゃんはESDを取り出し、まじまじと見つめてます。
「よく分かるわね。その端末が生産されてから、未成年の子達が断罪者選びのターゲットとなってしまったのよ」
「あの……それはどうして?」
どうせ教えてくれないのでしょうけれど。
「流石にそこは教えられないわ。あなた達が管理者にでもならない限りはね」
「うう……」
ほら、やっぱり。
「えー、お姉さんのケチー」
「ごめんなさいね。その真実が少しでも広まると、この断罪者システム自体が破綻してしまうから」
何が破綻するのかさっぱり分かりません。ああ腹立つ!
「んっ、まあいーけどね。最後に一つだけいいかな?」
「ええ、忙しいので次で最後になりますが」
「うん、大丈夫。執行本部の本拠地って言うのかな。どこにあるの?」
「あっ……それはわたしも気になります」
「あら、執行本部の所在地ならあなた達のランクが10になればイヤでも分かるわ」
なんで勿体ぶるのですか!
「えっ、マジで!?」
「本当に存在するんだ……そんなところ」
「勿論よ、拠点が無いと私達が自由に働けないでしょう? まあ今回は特別にランクの低いあなた達に、私の権限で教えてあげます」
とか言って、きっと教えてくれないのですよ。こう言う人は。
「おっ、なんか得した気分だー」
「別に怪しい組織では無いのよ。表向きは」
そう思ってたら、本当にメールみたいな機能で情報を送ってくれました。ですが、まだ信じませんけどね。
「んあっ、東京の本部は市ケ谷にあるんだ!?」
「すごい……全国にこんな組織があるなんて信じられないよ」
本当に信じられませんが、きっと存在しているのでしょうね。
「それと毎週木曜日の18時には各執行部で『断罪者に向けた自由参加型教育プレゼン』が有りますので、そこで学びなさい」
「えっとー。ESDをカードに化かして提示すれば執行部の施設に入れるの?」
「その通りよ。ではこれで失礼しま……いえ、その前に鬼頭イノリさん」
なんですか今度は、あまり脅かさないで欲しいのですが。
「は、はい……なんでしょうか?」
「……あまり閻魔様を信用し過ぎてはいけません。それと自分の身は自分で守る癖を付けなさい」
「むうっ……!」
どこまでも腹立たしい人です!
「では、あなた達の無事を影から祈っているわ」
「ほーい、さよならー」
こんな人に挨拶なんていりません。
パッと消えても無視です、無視!
「……ヨミちゃん、わたしあの人ニガテだよ」
「えー、あんな優しいのにー?」
「ヨミちゃんには優しかったかも知れないけど、わたしには厳しかったもの……」
本当に腹立たしくて堪りません。
「んー……でもあたしから見たら、いのりんが心配で仕方ないって感じだったけどなー」
「うそ、そんなの信じられないよ……。閻魔さまの事だって悪く言うし……」
寧ろ、それが嫌なんです。
別にわたし自身は、何を言われても仕方ない性格ですし。
「あー、まあそこは気にしなくていいんじゃない? お姉さんの立場だと、閻魔様ってのは手厳しい人なんだよきっと」
「お姉さんの立場って……?」
「えーっと、つまりね。あたし達断罪者を見守らないといけない管理者だから、それなりに圧力掛かってるんだよ」
少し頭を回転させなくちゃ。
「えっと……テレビでよく聞く中間管理職の立場ってこと?」
「そそ、まさにそんな感じ! だからお姉さんがいつも苛立ってる感じなのは仕方ないんじゃないかなー」
「それでもヨミちゃんには優しかったもん」
そう、わたしには八つ当たりしてるような感じがするからムカつくのです。
「あー……まあいいじゃん! あんまりお姉さんがうるさく言う様なら、このあたしが誤魔化してあげるからさー」
「ほんとう……?」
ヨミちゃんは無表情ですが、自身たっぷりに胸を張っております。
「まかせなさーい」
「うん、じゃあ気にしないっ。その代わり、わたしもっと強くなる! あのお姉さんに文句言わせなくないもの!」
あの人に負けたら、今後どんな悪口を吐かれるか分かったものでは有りません。
「おー、いのりんが燃えてる……あたしも……られない」
「ん? ヨミちゃん、今何か言わなかった?」
本当に聞こえなかったので、気になって仕方ありません。
「ううん、なんでもなーい。じゃあ、あたしもいのりんの特訓に付き合ったげる!」
「あっ、うん。是非ともお願いします!」
わたしは深めにお辞儀してしまいました。
「ふふん、別にいーのよ畏まらなくてー」
「えへへ、ごめんなさい」
「うん、じゃあそろそろあたしんちに行こっか?」
「えっ、学校に戻らないの?」
別に戻りたくはありませんが、義務教育は大切ですし。
「ううん、今は自分の代理がいるから戻らなくても大丈夫よん」
「あっ、そうだったね」
すっかり忘れてましたが、わたしの分身が学校にいるのでした。
「というわけで、あたしんちに行こー!」
「え……ええっ!?」
なんだか、悪い事をしている気分です。
「ほらっ、LOKでクエストも進めたいし。ランクも上げたいしーっ」
「うう、でもそれは遊びじゃないかな……」
「ううん、これは罪人に返り討ちされないための演習。つまり仕事の一環だよーっ!」
「あっ、確かにその通りだね……。わたしももっとランクを上げて、怯えたりしないようにもっともっと度胸を鍛えなくちゃ!」
もうヨミちゃんの足手まといには絶対になりたくありませんもの。
「おーっ、その意気だよいのりんくん!」
「うんっ、それじゃあ行こう!」
「オッケー!」
そうと決まれば、ヨミちゃん家までレッツゴーです!