プロローグ:始まりはこの日
雪は溶け、自然が初春を迎え始めたころ、谷には緑の草原が広がっていた。初春といってもまだまだ肌寒く、草丈もそれほど高くは無い。
その草原の中にちょこんと一つ、屋根一面の枯れ草を生やした古屋があった。古屋は、澄んだ空気や、ただ風だけが吹きぬける草原の中にあるせいか、とてもわびしく見える。こんな陰気なところに誰が隠棲しているのか、と聞きたくなるが、ここに在住する隠者はこのわびしい雰囲気を裏切る活発な者である。
ちょうど今、その者が戸を開け、草原に飛び出してきたところだった。
「今日はいつになくあったかいなぁ!」
少年はニっと笑って独り言を言った。とても揚々とした声だ。
彼の名はアルハ。いつもニッコリお元気な性格の、十五歳の少年である。髪は綺麗にまとまった黒をしており、長さは耳を過ぎるくらいで、長くもなく細くもないちょうど中間くらいだ。顔は目がくりくりして大きいのが特徴で、全体的に柔和な顔立ちをしている。体格はすっくと締まった身体と、この年代にしてはそこそこ高い、百七十センチ過ぎの身長が印象的だ。服装は素朴な感じの旅人の服で、茶色い衣を羽織っている。また、胸につけた透明色の宝石のペンダントが特徴だ。
アルハは大きく伸びをした。静かな風が髪をなでる。彼は青空を見上げ、次に古屋を見つめた。古屋はいつ見てもオンボロで、でもいつ見ても懐かしみのある寂然とした建物だ。
アルハは微笑みかけるように古屋を眺め、こう呟いた。
「お前とは今日でお別れだ。母さんも、今日でお別れだ。次会うときは何年後になるかわからないけど、それまでに潰れたりなんかすんなよ!」
そしてにっこりと笑った。
――――これは、アルハが旅をして出会った数々の物語である……
▼次章より本編