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三章(二ターン目〜三ターン目直前)

 外に出て俺は驚いた。外は薄暗く、上空の一点から光が漏れているだけ。それでも瞬間的に俺の目に写ったのは、バスケットゴールとその下に広がる白線の波。そう、俺がいる場所はなんと体育館だったのだ。


(……なぜに、体育館?)


 しかも俺が記憶障害にでも陥ってない限り、俺の学校の体育館だ。見えづらいが右方の壁に恥ずかしげもなく張り出されている、無駄にテンポのいい校歌が目に染みる。あれが有ると無いとでは朝礼が劇的に変わるのだ。たまにやる外での朝礼では、餌を待つ金魚のように口をパクパクさせるだけの者が目立つ。かくいう俺もその一味だ。朝礼の度に釘付けになるから、間違えようもない。

 ただ少し違うのは俺がいる二階か。普段は「コ」の字型の通路と一階へと続く階段が四方にあるだけだ。しかしその二階に四つのドアが無理矢理つけられている。窓の写真にドアの切り抜きをのりでくっつけたような感じだ。俺がいる方に二つ、反対側に二つ。これがプレイヤーの部屋ということだろう。現に今、正面の二つの扉からは人が出てきた。

 シルエットしか分からないが、二人共女であるらしい。ほんの少しの間、俺たちはお互いを牽制し合うように立ち尽くしていたが、俺が下へ降りようと階段方向へ向かったことで他の二人も動き出す。三人とも別々の階段で下へ降り、ついに体育館のど真ん中で初対面を果たした。

 

 俺の真正面の部屋から出てきた女はやけに艶やかな黒髪を腰あたりまで伸ばしており、小顔な彼女には少し大きすぎるくらいの赤色のメガネをかけている。身長は百七十ある俺の肩ほど。体に不釣り合いな胸を右手で抑え、左手でスカートの端を掴んでいる。今は目線を下に落とし暗い顔をしているため分かりにくいが、普段は小柄な美少女なのだろう。俺でさえ妹の三分の一くらいはかわいいと言える。

 もう一方の女の背たけは俺より少し小さいくらいで、『ゆるふわ』な黒髪を肩あたりまで伸ばしている。口元のホクロが印象的って所。少し焦げた肌とまな板のような胸のせいか少年のような印象を受ける。綺麗な顔だけど。ちなむとこちらは右手を腰に当て、左手で青ノートを抱えている。

 

 ちなみに襟章から学年も分かる。前者が三年生、後者が俺と同級で二年生。同じ学校の生徒なんだろうが、両方見たことも無い顔である。俺の学校生徒数が多すぎるため、同じ学年でも顔すら分からないことも多々。だからお互い顔も名前も知る由がない、そう思っていた。

 だが何故か眉をひそめ、俺を見ていた少年っぽい方が意外なことを言い出す。


「君は……ヒシギヨウクくんかい? いや、そうだ。そうに違いない!」


 少年っぽい女はまるでイケメン芸能人がお宅訪問してきた時の、おばさんたちのようにやたら興奮している。こっちはフルネームで呼ばれて気分が悪いというのに。

 知り合いだったか?


「キヨと呼んでくれ。というかなんで俺の名前を?」

「君は有名じゃないか! あの志風光輝が何故か妙に依存している男としてね。光輝ファンの嫉妬の対象だよ!」


 そいつに同調して隣の女も罰が悪そうに言葉を発する。


「私も聞いたことがあります。放課後になる度に旧校舎でこそこそと……その、あまりいい噂ではありませんが……」


 ちょっと待て、なにやら危険な戯言が我が学校の中で流れている気がするのは俺だけだろうか。あいつとは放課後以外はロクに会話もしない仲だぞ。決して変な関係ではないし、なるつもりも毛頭無い。つーか旧校舎自体、最近使わない。

 だがそういう理由で名が知られているのなら納得がいく。なにせ光輝が有名すぎるのだ。高校入って初っ端の模試で上位入賞を成し遂げ、弱小空手部を全国大会出場まで育て上げ、持ち前の愛くるしさで学校中の女の目にハートマークを焼き付けた。そんなやつの隣に常駐していればそらおまけ程度に覚えられるわな。どうも気に食わないが。


「あー、俺の名前を知っていたのはいいとして、お前の名前と方角は?」

「僕の方角は東。名前はツチカドミク、二年B組だよ! 君の隣のクラスなんだけど、見たことない? まあ僕昼も放課後も部活で忙しいし、あんまり教室にいないからすれ違いもしないかもなぁ」

 

 部活とは水泳部だろうか? にしてもなんでこんなにテンションが高いのだろう。わざとらしいほどハキハキペラペラ喋りやがる。本当にわざとなのかもしれないが。


「ミクね、宜しく……あと、あなたの名前と方角も教えてもらえませんか?」


 体格からはとても推し量れないが襟章によると三年生らしいので、一応敬語で話しかけてみる。


「わ、私は西で……三年C組のワダツミヒヨ、と申します」


 年上にも関わらず何故か敬語を使ってきた。人に敬意を払われるほど大層なことをした覚えはないが。どうやら気弱な子らしい。


「ヒヨさんですね、分かりました」


 この名前をどう書くのか想像もつかなかったが、表記は聞かなかった。サインは何も漢字だけとは言ってないし、なにより偽名の可能性も拭えない。信じるには色々と手間がかかりそうだ。


「一つ聞きたい。ミクは最初の一、二ターンで何をした?」

「僕? あぁ! みんなから一個ずつライフを奪っただけだよ!」


 何のために?

 とは聞かないでおく。どうせロクな回答をしそうにないからな。こっちの方が俺にとっては重要だ。


「あなたは?」

「わ、私はニターン目にミクさんからライフを一つ貰っただけです」

「何のためですか?」

「え……いや、あの……取られた分を取り返そうと思って……」


 ヒヨはおどおどとした目で俺を見上げる。そこで俺は自覚した。いつの間にか俺の目は厳しいものになっていたらしい。不自然ながらも表情を戻し、さらに質問を続けようとする。

 しかし彼女の様子を見て、これ以上の追求は無意味だと悟った。例え今何を聞いたとしても空返事のような答えしか返って来ないだろう。

 例え演技だとしても。


「なるほど。ということは俺と最後の一人は動かなかった、ということですね」


 何気なしに南の部屋を見上げる。南の野郎はまだ部屋から出て来ていないらしい。


「――っ!!?」


 ヒヨが突然声にならない声をあげた。何に驚いたのかと思い彼女の視線を追う。すると驚いたことに少年がこちらを眺めていた。しかも教壇の真ん中から。


(いつの間に……出て来たんだ?)


 全く気付かなかった。

 俺たちの視線を受けた少年は一瞬口元に笑みを浮かべると、優然とこちらに向かって歩き始める。少年が俺達の目の前に来るまでの間、俺達は金縛りでも受けたように固まっていた。

 

 理由は、分からない。


 直感に過ぎないが、この少年にある種の邪気を感じたというしかないだろう。少年は俺達の目の前で立ち止まり、全員を見渡してからミクの元へ歩み始めた。そして彼女に一枚の紙を渡す。俺が覚醒する頃には、既に少年は俺にも紙を差し出していた。

 俺は無意味に慌ててそれを受け取る。少年は俺の様子にふっと笑うと、続けざまにヒヨの方へ向かった。ちなみにその間に確認したところ、貰った紙は白紙。


(今の、何だったんだ?)


 改めて見ると少年は……というか、制服を着ているから少年ではないのか。彼はヒヨと同じくらいしか身長が無く、襟章から察するに一年生らしい。茶みがかった黒髪、茶色で染まる瞳、真っ白な肌。どれもが怪しい光を放っているように感じる。姿形から予想出来ないほどに落ち着いた、余裕さえ感じられる態度がそう見せるのだろうか?


「えっと、きみは南の人だよね。この紙はなんだい?」


 俺より先にミクが南の少年に問いかける。さっきまで俺と同じように面食らっていたはずなのに、立ち直りの早い奴だ。


「大した理由は無いですよ、ただの名前確認です。青ノートによる契約には名前が必要みたいなので、皆さんのお名前を知っておきたいと思いまして」


 後から出てきて偉そうなやつだ。というか、こいつ一、二ターン目の行動がやたら遅かった奴じゃないか。それにもう名前の確認なら終えた。知己の仲間となった俺らの中に分け入りたいなら、まずは一言謝って欲しいものだ。

 だがしかし、俺としてもこいつの名前が知りたい。なぜなら俺の中であるイメージが出来ているからだ。ここでその芽を潰してしまうと、後に変な雑草を刈るはめになるかもしれない。ゆえに俺はおとなしく名前を書き込み、すぐにそれを三人に晒した。

 ここで全員の名前が漢字体で判明する。整理すると、北が「日紫喜陽来」、東が「土角美紅」、南が「西田秀」、西が「弘原海珠后」であるらしい。偽名の可能性は高いが。

 しかしヒヨの名前はそう書くのか。これが巷で噂の当て字というものだろう。


「では全員の名前が知れたところで、今後について話し合いましょうか」


 今後について、だと?

 四人で話し合うということに何の意義がある?

 そんな俺の不信感もよそに、秀は話を続ける。


「まず私たちが求めるべき結果は全員の勝利でしょう。なぜならそれを目指す限り裏切りの必要も可能性も無いからです」


 確かに勝てば良いこのゲームで全員の勝利というのは理想的すぎる。でも所詮机上の空論だ。全員が協力するには全員の信頼が大前提だが、名前も疑わしいこの状況ではその前提すら成り立たない。

 土台というのはコンクリートを塗り固めりゃいいってもんじゃないんだぜ?


「まずこれからのニターンですが、白ノートのみを使ってライフ調整をしましょう。まずあなたは……」


 秀がややこしい説明をしている間、俺は全く別のことを考えていた。彼の説明が意味を為さないものと知っていたからである。抽象的にも、具体的にも。その時俺が気にしていたのは秀のサインだ。俺の考えが的を射ているなら、彼は必ず俺とコンタクトを取るはず。なら秀が発するラブコールに答えなければならない。

 ゆえに俺は観賞魚を見つめるように秀を注視している。わざとなのか、そうでないのかは分からないが、彼は説明を終えるまでこちらを一瞬も見てこなかった。


「……というわけで、説明は以上です。残り五ターンで説明したミッションをこなすことが出来れば、理想的結末を迎えることが出来ます」


 洞窟に閉じ込められた若者達が光を掘り当てた時のように、秀の顔は希望に満ちている。よくもまあそんな顔が出来るものだ。


「なるほどな、でも契約はどうするつもりだ? ライフの譲与を考慮しないといけないだろ」

「次のインターバルに契約主が契約相手になればいいので適当で良いでしょう。じゃんけんでもして決めますか?」


 いや、駄目だろう。お前もそれは分かっているはずだ。


「じゃあ俺とお前、ヒヨさんと美紅だ。どうでもいいことに時間をかける必要もないだろ」

「ふふ、そうですね、では契約のための書類を書き上げましょう。書き手は制限されていないので、陽来さんと美紅さんの青ノートを下さい」


 秀は俺とヒヨに向かって両手を差し出す。俺はその瞬間、ある妙な点に気がついた。


「お前のノートはどうしたよ?」

「フフフ、全員の勝利を目指すのに、青ノートは四つもいりませんからね。上から見て、皆さんが全員青ノートを持ってきているのが分かった時点で、部屋に投げ捨ててきましたよ」


 二階から確認して、部屋に戻ったのか……暗かったとはいえ、その気配を全く感じさせないとは。どこまでも不気味な奴だ。

 俺は自分の青ノートから一枚紙を抜き取り、秀に渡す。続いて美紅も同じように紙を渡した。その二枚の紙を大事そうに受け取ると、秀はペンを取り出す。


「では皆さん、しばしお待ちを――」




 ――三分ほど経っただろうか、経ったとしてもそれくらいだろう。秀は紙を床に敷いてペンを走らせ、迷いもなく契約を書き切った。ちょっとくらい自分の考えを疑ったりはしないのか。正体不明の悪寒に苛まれつつ、俺は全員が契約書にサインするのを確認する。


「これで契約終了です。では部屋へ戻って契約を遂行しましょう」

 

 秀の号令を合図に、俺たちは部屋へ戻ろうと自分の部屋に最も近い階段へ向かった。これは当然の行動だろう。誰であれわざわざ遠回りして家には帰らない。小学生が帰り道に友達の家に寄るというわけでもないしな。

 しかし一人だけその規律を揺るがすものがいた。そいつは何故か俺と同じ階段を使おうと、俺の横に並んで歩き出したのだ。


「陽来さん、少しお話があるのです」


 友達でも、ましてや知り合いでもないくせに帰路を共にしようとした人物。


 それは案の定、秀。


「先に言っとくが、陽来と呼ぶのは止めてくれ。キヨでいい」

「ヒシ『ギヨ』ウクでキヨですか……了解しました、キヨさん」


 というか流石に二人が一緒にいるという状況はまずくないか? あいつらに疑われても仕方のないことだ。

 横目で向こう側の二人を追う。しかし二人ともこちらには見向きもせず、そそくさと部屋へ戻ってゆく。こっちを気にしている様子は微塵も見受けられない。あちらの二人はやはりただの阿呆なのか?


「で、何の用だよ?」

「単純です。というより大方予想はついていると思うのですが」


 協力、か。


「やはりな、そう来ると思ったよ。しかも俺とお前がタッグを組むという真っ当なチーム戦でもないんだろ?」

「その通りです。実は密かにヒヨさんへ手紙を渡しておきました。もし彼女が私たちに協力してくれるのなら、五分くらい経ってから再び外へ出てきてくれることでしょう」 


 ちなむとその手紙を渡したタイミングは、さっき名前確認のため全員へ白紙を渡した時。白紙に隠してなんらかの指示を書いた紙切れも同時に渡していたのだ。


 何故分かったか?


 単純に見えたからだ。


 こいつが白紙を渡した時ではない、その時俺は周りを確認出来るほど余裕は無かったからな。俺が見たのはヒヨが自らの服の中に紙を隠した時。彼女はペンを取る動作に被せて紙切れを隠そうとしたのだが、焦りすぎて妙に慌ててしまった。ゆえに俺の目に付き、結果秀の思惑も丸見えになったのだ。


 美紅が気付かなかったのは不幸中の幸いだが、ばれた場合秀はどうしたんだろうな。初っ端から彼女を愛人の名前で呼んでしまった時のような険悪ムードはごめんだぜ。


「俺はどうすればいい? ここで待っていればいいのか?」

「いえ、一度部屋へ戻って下さい。美紅さんが私達を怪しんで確認しに戻って来たら面倒ですので」


 まぁ男二人が秘密裏に密会している場面なんて、どんな状況でもごめんだよな。でも五分以上も方角の点滅が無いというのも考えものだぞ。


「なるほど、オーケーだ。しかし秀、お前やたらと積極的じゃないか? まるでこういうゲームに慣れているような気がするのだが」

「そういう質問をするということは、あなたはこのゲームが始めてのようですね」

「ああ、これが第一ゲームだ」


 第二は無い予定だけどな。しかし秀に俺の状況をいちいち説明する気はない。


「一、二回このゲームを勝ち抜けば、これくらいの余裕は出来ますよ。僕も最初の頃はひどく動揺していました。今は『楽しんで』さえいますけど」


 こいつが動揺している様子など、想像も出来ない。危険と背中合わせのこのゲームを楽しむくらいの余裕を見せているくらいだからな。というか、こいつにリスクを負うだけの願いなんてあるのか?

 『欲』を全くと言っていいほど感じないのだが。


「一つ聞きたい。お前の参加費と賞品は何だ?」

「それは言わないでおきましょう。教えてしまうと、このゲームを楽しめなくなりそうですから、ふふふ」


 不気味な笑みを浮かべ、秀は俺に背中を向けた。そして片手を挙げて自分の部屋へと歩き出す。

 どうやら無駄話は終了ということらしい。秀の薄ら笑いが耳について離れなくなりそうな俺は、水が入った時のように耳を叩く。そして秀が視界から消えるまで待ってから、おとなしく自分の部屋へ引き上げたーー





 ーーそして五分後。

 

 五分後というか秀との雑談も合わせたらもう七、八分経ってそうだが、とにかく俺が思う五分後になった。俺は待ち時間で例によって指でペンを回しつつ、先のことについて考えていた。


 ここで俺の考えの全てを明かそう。俺が表に出る前、何故三対一の抗争になると考えたか。その理由は一、二ターン目の東の暴挙が実は他者によるものだと思ったからである。一ターン目に東のライフが三つ増え俺らのライフが一つずつ減ったことで、東が一つずつ俺らのライフを奪ったのかと最初は考えた。その場合、俺が懸念するようなことは少ない。


 では俺が懸念せねばならないライフ移動とはどういうものか?


 単純、南か西によるライフ移動だ。一ターン目ということで、二人以上のプレイヤーが行動を照らし合わすことは出来ない。加えて一ターン目から動く意味は矮小であるので、一ターン目に初動を開始したのは一人と考えるべきだろう。では南か西……分かりにくいので南だと仮定する。


 南は何をした可能性があるのか?


 ライフを見れば明らかだが、東以外の二人からライフを一つ奪い東にライフを三つ贈ったのだ。


黒ノート 南 ← 1 ← 北、西

白ノート 南 → 3 → 東



 この行動の意味は東が全員からライフを一つずつ奪ったのだと全員に錯覚させること。東以外の二人はただ東の暴発だと思うか、東が何らかの作戦を考えていると思うだろう。つまりその注意は東へ向く。

 また東にしてみれば、まるで自分が全員のライフを奪ったかのようなライフ移動は明らかに誰かの思惑であると気付けるはず。だから表に出た時に来るであろうアプローチを待っていればいい。 

 

 ではその状態で南がする行動とは何か?


 と、考えた時に真っ先に思い付いたのが三対一の抗争である。もし東が皆から一つずつライフ奪ったと思っているならば、東の黒ノート残量は四つ分なので、他三人で組めばほぼ確実にこのゲームに勝利出来ると錯覚するはずだ。だからこそ南はそれを利用する。


 三人で組むということは他二人の行動が知れるということなので、南が秘密裏に東とコンタクトをとれば東は全員の行動を知ることが出来るのだ。東にとって南と組めることは何より頼もしいから、協力を拒否するということは無いだろう。

 

 つまり東の行動を錯覚させることで、南は全員の行動を掌握し、確実にゲームを支配出来る、というわけだ。


 この作戦は非常に難度が高く、上手く立ち回らないと途中でばれてしまうが、ばれなかった時は勝利に直結する。


(なによりそんな行動を一ターン目に思いつき、大胆にも実行に移す方がびっくりだが)


 もしも本当に南か西が……というかあの感じからして南の秀だな。自分の思考の中で隠す必要は無い。秀が本当にそんな高度なことを仕掛けてきたなら、俺も本気を出さないといけない。俺は彼の行動の真意を確かめるため、表に出ようと立ち上がる。そして何気なしにテレビ画面を確認した。


(……て、ちょっと待て。何だこれは?)



 想像し得ない、理解不能な光景が画面上に映されている。


(どうして、どうなったら……こうなるんだ?)


 俺が混乱状態に陥ったと同時に、部屋のドアを乱暴に叩く音が耳に響く。と共に、俺の名を呼ぶ声も。現実に理解が及ばず、訳も分からぬまま俺は自室のドアを開いた。


 そこにいたのは、なんと美紅。


「あぁ、良かった! もうダメかと……」


 彼女は心底安心したと言わんばかりに無い胸を撫で下ろす。ここで俺の混乱も収まってきた。敵であろうがなかろうが、人を見ると安堵するものである。とくにこういう状況では。


「どうして、ここに?」 


 汗を拭うような仕草を見せ、美紅は申し訳なさそうに答える。


「えっと、秀に言われて一度部屋に戻ってからもう一度出て来たんだけどさ、戻って来ても誰もいなくって。しかも秀の部屋を叩いても出てこないし……それで部屋に戻ったらヒヨちゃんはもう……」

「いつ言われたんだ、それらしき様子なんて無かったが?」

「白紙を渡された時にもう一枚小さい紙を渡されて、そこに書いてあったんだよ。『名前の漢字体を違えて契約書を無効化し、解散してから合流しましょう』って」


 気付かなかった。

 これはもう運が悪かったと言うしかないだろう。注意力は人一倍働くつもりだが、どうやら予想以上に動揺していたらしい。いや、秀が美紅に密書を渡す所を目に捉えたとしても、前記の作戦のためだと思ったかもな。ヒヨは発見しても何も言わないだろうし。


(しかしこの状況……明らかに変だよな)


 何が変なのか?

 それは秀が普通やる必要の無い、というよりやってはならないことをしていることだ。


(これでは、まるで……)


 もしかして、そういうことなのか? あいつは自分の願いを叶えたいというよりも、このゲームを……。

 だとすれば悠長になど構えてられない。こちらも脳の起動ボタンを押さなくては。


 では妹の送り迎えを頼まれた時のようにやる気が湧き上がってきた所で、改めて状況を確認しよう。俺が先ほど見たのは西の点滅。俺の登場を心待ちしているはずのヒヨが行動を終えたのだ、混乱するのも分かるだろ?

 だがその後の東の登場で俺は全てを把握した。南と西は二人でタッグを組んでいるのだ。秀が渡した手紙はただの協力要請書ではなく、駆け落ちを促すラブレターだったわけだな。

 しかもただ二人で協力するというわけでもない。彼はわざわざ俺と美紅を外へ引きずり出したのだ。俺と美紅を合流させない方が、秀にとって都合がいいはずなのに。


 これが意味することは一つ。俺と美紅の協力だ。ヒヨと組むだけなら俺達を両方外に放り投げる必要性は無い。むしろ逆効果だ。それなのにそうしたということは、俺と美紅、秀とヒヨが組む状況を作りたかったということ。 

 

 つまりタッグ戦だ。


 秀はこのゲームを全員勝利という生半可な結果で終わらす気は無かった。さらに巧妙に仕組んだ先手を、フル活用するつもりも無かった。ただあいつは、正々堂々闘いたかったのだ。そういう意図を込めて、このタイミングで俺と美紅を合流させたのだろう。


 要するに、あいつはゲームを本当に楽しみたいのだ。


(まさかリスクを伴うゲームを、本当の意味でプレイしたいと考えるやつがいるとは……) 


 だがその油断のおかげで対等な立場に立てた。秀の決定がまだということは俺らの決定を待っているということでもあるからな。予想の材料としては十分。必ず俺を泳がせことを後悔させてやるぜ。ちょっと腹が立つからな。

 俺は美紅と組むべく彼女に最低限の説明をし、三、四ターンに何をすべきかを告げたーー





 ーー二ターン分の契約を終え、美紅が戸惑いをぶら下げながら部屋に戻るのを見届けてから、俺は再び扉を閉めた。ドアノブを手放した瞬間、俺の頭脳に張り詰めていた糸が一斉に緩んだ気がする。


 気付かないうちによほど緊張していたのだろう。なにせこのゲームは先が見えないのだ。将棋やチェスなどのゲームにある一種のセオリーや常識が全くない。初手がどうだからといって次はこうなるというのを予測するには、各人の思惑や作戦を正確に汲み取る必要がある。

 言い方を変えれば、少しの思い違いも思い込みも命取りになるということだ。そういう意味では、この三ターンからが鍵となるかもしれない。


 俺が考えた三ターン目と四ターン目の作戦は無干渉作戦である。このゲームにおいて他二人の行動から一線を引ける状態というのがある。



それこそが、『バーニングマイボート(背水の陣)』。



 ……かっこつけたが簡単に言うとライフゼロだ。ライフゼロの場合、ライフが減ることがない上にライフが増える可能性もある。白ノートは七回分使わなくてはならないということを考えれば、ライフを与えることにデメリットは少ないしな。

 もし最終ターンまでに七回分使っていなければ、最終ターンに足りない分は使わなければならない。逆に言うと他のプレイヤーに白ノートを使うことがバレてしまうのだ。そうなるとライフの可動域は狭くなり、相手に行動を読まれる可能性が上がる。

 

 さらに頭を悩ませるのは無駄と見える残り三回分の白ノートなのだ。使っても使わなくてもいい白ノートが三回分もあるということは、ライフの可動域が大幅に広がる。つまりその分相手も動きづらくなる。

 それらのことを踏まえると、やはり義務化されている七回分の白ノートは早めに使っておくことが望ましい。つまり白ノートを消費出来て、さらにはライフが増える可能性もあるライフゼロ作戦はこの状況に最も適している。

 

 とはいってもライフをゼロにするのは俺だけ。東である美紅のライフを消し飛ばすのは無理がある。ゆえに俺の三つ分のライフを東に与え、東には山となってもらうつもりだ。  



白 : 北(3) → 3 → 東(10)



 こうすれば南と西が東からライフを取ろうともあまり影響は無いし、俺から取ろうとすることは逆に俺らの得になる。

 もっとも秀がミスによってライフを与えるようなことは無いと思うけどな。というかミスと思える行動を起こした方が不気味か。まるで曲者のキャッチャーを見据える三塁走者の気分だ。三塁への牽制球を外したと思い走り出したらレフトが真後ろにいるような、そんな気がする。


 ただ俺と美紅を組ませ、自身がヒヨと組むために手の込んだ誘導をした野郎だ。一筋縄ではいかない。 だからこそこのターンの結果からどれだけのことが推察出来るかが鍵となる。俺は気合を入れ直すためペンを指で一回転させ、二冊のノートに記入を開始したーー






 二ターン   →   三ターン


東  10         9

西  4          3

南  3          8

北  3          0




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