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二章(ゲーム開始〜二ターン目)

(――さん、ヒシギヨウクさん)


 俺を呼ぶ声が聞こえる。よりによって嫌いなフルネームで人を呼ぶなんて、一体どこのどいつだ? 人がせっかく気持ちよく寝ているというのに。

 俺は可愛らしくさえずる妹アラームでしか起きないと決めているんだ。それ以外は例え地震警報だろうが火災報知器だろうが起きる気はない。母親の怒鳴り声なら別だが。


(なるほど、だったら君の期待に沿う形で起こしてあげるよ。おにぃ〜ちゃん!)


 全身を悪寒が駆け巡り、体中の鳥肌が逆立つ。俺が驚いて飛び起きると、目の前には人型の光がたたずんでいた。あの気味の悪い声を出したのはこいつか。


(ようやく起きたね! ほっとしたよ、他の人たちを待たせすぎるのもいけないし)

「他の人?」


 辺りを見渡してみるがここには俺たち以外誰もいない。


(ようこそ。希望と絶望のひしめくゲーム世界、スリーノーツへ!)


 スリーノーツ……このゲームの総称か。


「てか、ここはどこだ?」

 

 灰色一色で六畳ほどの大きさ。家具は何もなく、俺の背後に扉があるだけ。いや、光の背後にも何かあるな。あれは……壁掛けテレビか。

 ちなみに自分の服装はというと、何故か学校の冬服を着せられている。俺が滅多に付けない襟章と学年章も完備という親切さだ。夏服を思いっきり着崩していたはずなのに。


(スリーノーツのために、僕が作った領域さ。勿論、この部屋は現実世界には存在しない)

「扉もテレビも床の冷たさも、お前が作り出したっていうのか?」

(その通り。君の体もね)


 自分の両手を目視し、軽く動かす。作り物とは思えないほど、精巧に出来ているようだ。見た目は完全に自分の手だし、間接を曲げれば骨の軋む音がする。


「……なんでわざわざ異次元世界に部屋と体を作り出すんだ? 現実世界に部屋を作って、肉体を瞬間移動でもさせればいいじゃないか」

(理由は三つあるよ。まず仮想世界の肉体には痛覚がない。そして怪我はすぐに修復する。だからこの世界で暴力は全くの無意味)

「それは暴力によるゲーム支配をさせないためか?」

(うん、そうだね。気の弱い人もいるから、脅されて相手に従ってしまったら、ゲームの面白みが半減してしまう)

「気の弱い奴なんか参加させるなよ……で、二つ目は?」

(二つ目は時間。この世界の一年は現実時間の一秒にも満たない。これはゲームに時間制限がないことが原因だね)

「時間制限がない、てことは永遠に悩み続けることも出来るってことか?」

(そうだよ、ふふ)


 光が不気味に笑った。

 タイムリミットがないということは、全員が『ゲームをこれ以上進めない』という選択肢を、持っているということ。つまり一人仲間はずれを作って、他の全員で勝利を目指す、という作戦は使えない。その除外された一人が選択を拒否すれば、全員死ぬまでこの空間に閉じ込められることになるからな。

 仲間を作りすぎず、敵を作りすぎず、最後の最後まで相手を騙し続ける必要がある。


(時間制限の無い難しさを、よく理解したようだね。そして最後の理由は、現実世界で足を骨折してたり、病気で動けなかったりする人を、このゲームに参加させるため。むしろそういう人達こそ、このゲームに参加したがっているからね)


 このゲームに参加しているプレイヤーはリスクを負ってでも、願いを叶えようとしている。病気を治したい、怪我を治したいという人がいるのは当然だ。そういう人達にとって、このゲームは最後の希望だったりするのだろう。

 そのゲームに、とくに夢の無い俺が参加して、それで……。


(話が長くなったね、そろそろお暇するよ。ゲームの説明はこの紙に書いてあるから)


 そういうと光は懐から……て、懐かどうかも分からないが仕草的に懐だろう。懐から一枚の紙を取り出し、俺に渡してきた。そして俺が紙を受け取ると同時に光は爆発する。


(期待しているよ)


 という捨て台詞を残してーー





ーー俺はしばらく紙を握りしめ、その時を待っていた。その時、とはどの時か分かるだろうか?


 無論目がダメージから回復するまで。あの神とやらがわざわざ光を散乱させて消えたせいで、目を閉じるのが遅れてこのような状態になってしまった。痛みだけじゃなく、こういう無意味な感覚も消して欲しかった。

 さて、段々視界がまともになってきたぞ。一番上に最も大きな字で書かれた、タイトルのような文字列が目に飛び込んでくる。



[ライフゲーム(生命奪与ゲーム)]


 本当にただのタイトルだった。しかしタイトルから察するに、このゲームでは命を奪い合うのだろう。神の言い方からすれば本当の命ではなさそうだが。


(というか、本当にただのゲームをするんだな……)


 全てが冗談だと、微かな希望を抱いていたが、どうやらそうじゃないらしい。友達の家でいきなり取り扱い説明書を渡され、対戦しろと言われている気分だ。練習も無しにぶっつけ本番なんて随分と無茶を言う。


 俺は気持ちを抑えるためにもう一度目を閉じ、静かに目を開いた。


[このゲームには三冊のノートを使用する。名称は黒ノート、白ノート、青ノートと呼ぶことにする]


 そこまで読むと目の前に何かが降ってきた。俺が読むのを中断して落下物を確認すると、黒と白と青のリングノートを発見した。あいつは自分が死神だとでも言いたいのだろうか。わざわざノートを使うとは。


[各プレイヤーは初めからライフを五つ所有している。最終的にライフが五つ以上あればこのゲームの勝者となる]


 目の端で突然壁掛けテレビの画面が変わる。確認すると、右下に「南5」左下に「西5」左上に「北5」右上に「東5」という方角と数字が映されていた。他が黒色なのに対し、北だけが赤色な所を見ると俺は北なのだろう。




 東         南

   5     5




   5     5

 北         西




 ていうか読み進めるごとに何かが起きるのは仕様だとしても、いちいち目を離さなければならないのは面倒臭い。神だったらルールを脳にインプットするぐらい出来ないものか?


[では黒ノートの役割から。黒ノートには自分の名前と方角を書き込むこと。書き込んだ方角から書き込んだ方角の数だけライフを奪う。名前は証明書のサインと同義]


 つまり「東東南」と書き込めば東から二つ、南から一つのライフを奪うわけだ。そうすると俺のライフが8となり、東が3、南が4となる。


[次に白ノート。黒ノートとは逆にライフを与える。使用方法は黒ノートと同様。自分の保有するライフを超える数は書き込めない]


 奪与ゲームだから当然与える方もあると予想はしていた。だが何故与える必要があるのだ。いつぞやの武将と違って俺は敵に塩は送らんぞ。敵を目下にしてこれ見よがしに舐めまくってやる。


[補足。黒、白ノートによるライフの使用上限は十つ、一ターンに三つまで。また白ノートは七つ分使用しなければならない。そして使用優先順位は白ノートが最も高く、黒ノートはサイン順である。なお最終ターンは一つの方角から二つ以上のライフを奪えない]


 消費義務によって白ノートの存在意義も少しは出てきたな。それでもただ使えばいいというのも味が無いが。

後半の優先順位は当然の配慮だろう。なぜなら全てをサイン順に託してしまうと矛盾が生じるからだ。例えば俺が三つのライフを持っていたとして、三つのライフを誰かに与えようとしたとき、先に黒ノートでライフを奪われては贈ることが出来ない。

 白を優先させれば、その時点で持っている分以上のライフを贈ることは出来ず、順番がどうであれ矛盾は無くなる。

 また最終ターンの規則は最後になって運頼りになるのを防ぐためだろう。一か八かが当たってしまっては面白みがない。


[最後に青ノート。このノートは契約書として扱う。契約内容は黒白ノートに関することのみで最高二ターン分。双方のサインにより契約は確定する。なお契約違反は即時敗北]


 ……ん?

 契約なんてものが有効だったら、ノーゲームに出来るんじゃないか? 全員で話し合って、最終的にライフが五つで揃うようにすればいいんだし。


[また契約には契約主と契約相手の関係があり、所有する青ノートを使った方が契約主となる。契約終了時、契約主は契約相手にライフを一つ贈る。主と相手が重複した時の契約、実現不可能な契約、そして無関係者のノートでの契約は無効]


 ここにきてゲームの奥深さが一段と上がった。結局俺が契約主で南が契約相手の場合、俺のノートを使って南と契約すればいい。そして契約終了時に俺が南にライフを一つ贈るわけか。


(……というか、それぞれのノートに違いはあるのか?)


 そう思い床に落ちているノートを取って見てみると、全てのページの右下に北と刻印されていた。さすがにぬかりは無いようだ。話がずれたが、その後俺のノートを使った東西との契約は無効。俺と南との契約に東西のノートを使っても無効ってわけだ。

 つまり『無効となる契約書』で相手を騙せばそれを利用することが出来る。もちろん契約をまともに使うことも出来るが。


[ゲームは七ターンに分かれており、二ターンごとに扉の鍵は開く。持ち出すことが出来るノートは青ノートのみ。なお黒白ノート双方へのサインが施錠の合図]


 ということは二ターン経過しなければ外には出ることが出来ない。ゆえに三回しか他プレイヤーには会えないことになり、契約がより重要視されるわけだ。 


(よく考えられている、よく考えられているが……)


 ここまでのルールではそれほど難しい展開になるとは思えないし、矛盾が残ったまま。白ノートの使い道が契約に依存しすぎている。誰が好き好んでライフを与えるというのだ。契約で譲与分のライフを返してもらうくらいしか使い道が無い。


[特殊ルール『グリードオーバー』。相手の所持数以上のライフを奪おうとした時、その行為を無効にする。さらにその後、相手とライフを交換する]


 来た。

 これだ、これで全てが繋がった。

 やっと三冊のノートがそれぞれ意味を為すというものだ。


 例えば俺が三つのライフを、南が五つのライフを持っているとする。まず俺が白ノート使って南へ三つのライフを与える。その時点で俺のライフは無くなり、南のライフは八つとなる。この状態で南が俺からライフを奪おうとすると、グリードオーバー発動。俺のライフが八つとなり、南のライフは無くなるという寸法だ。



所持ライフ 北 3 南 5

白ノート 北 → 3 → 南

黒ノート 南 ← 1 ← 北

結果ライフ 北 8 南 0



 このルールがあることで白ノートの有用性が飛躍的に上がった。相手が自分のライフを奪うタイミングで白ノートを使い、ライフをゼロに出来れば本来ライフを減らすはずの白ノートでライフを増やすことが出来る。他にも様々な用途が考えられるし、間違いなく白ノートこそが勝敗を分ける鍵になることだろう。


[以上で説明を終える。ご健闘を]


 最後まで読み終えると、煙を出して説明書は消える。その代わり煙の中から一本のペンが落ちてきた。


(パッとしないが始まった、ということか)


 始まったのだ。

 訳も分からず入り込み、訳も分からず説明され、訳も分からず今スタート地点にいる。一体どんな悪いことをしたらこんな状況に陥るというのだ? 昨日飲みきった缶コーヒーをペットボトル用のゴミ箱に入れたのが原因だろうか。


(なんて、下らないこと言ってても、現状は変わらないよな……)


 俺はゲームを放棄することを諦め、ゲームについて真面目に考え出した。


 さて、記念すべき一ターン目。何事も動き出しは肝心だ。坂道発進に失敗して坂を滑り落ちるのだけは回避しなければ。二ターン目以降の契約を見据えて動き出すことにしよう。


(……て、無理だろ)

 

 相手がどう動くかもどんな奴かも知らないのだ。作戦のための調整すら困難。一度顔を合わせてから始めればいいのに、最初の二ターンは無意味としか思えない。俺はすぐにこのターンやるべきことを確信した。

 森とか山とかで遭難した時、どう振る舞えばいいか。動かないことだ。むやみに歩き回れば怪我をするかもしれないし、体力も奪われる。行動を開始するのはヘリや捜索隊が来てからでも遅くはない。

 

 というわけで黒と白のノートに名前だけを書き込む。するとある変化が起きた。画面の北が点滅しだしたのだ。遅れて東と西も点滅する。どうやらこの点滅順が黒ノートの使用順であるらしい。

 しかし妙なことに南だけがなかなか点灯しない。故障しているわけではないだろうし、何か打つ手でも考えているのだろうか。俺でさえ考えつかないのに?

 傲慢かもしれないか、こういうことに関しては自信がある。どうせ考えたとしても、大した行動は出来ない。無駄な熟考なら早く決断して欲しいものだ。


 そして全ての方角が点灯した瞬間、ライフは直ぐさま変動した。





零ターン    →   一ターン


東  5          8

西  5          4

南  5          4

北  5          4





 ライフが、動いた?


 この結果が示す各人の行動は大体予想出来る。北南西は動かず、東が全員のライフを奪うというやんちゃをしでかしたのだ。全くもって意味が分からない。

 契約がある以上このゲームは仲間作りがキーになる。にもかかわらず黒ノートを無駄に使ってしまえばそれだけ仲間も作り難い。誰だって対戦ゲームで武器の少ないキャラは選びたくないはず。

 

 俺は不信感を抱きつつもさっさと名前を書き、一番乗りで方角を点灯させ……いや、二番手だった。いつの間にか東が点灯を始めている。なんと東がもっとも早く記入を済ませていたのだ。

 ただの自信家か、それとも余程の……。

 妙な不安を取り払うように首を振る。悪い癖だ、何にでも深い意味があると考えてしまうのは。もしかするとこういう動揺を誘ってのことかもしれない。なら雑念は取り払わなければダメだ。準備せねばならないこともあるからな。

 俺は西と南が点灯するまでの間、ペンを指先で回しながら打開策が無いかずっと考えていた。




 一ターン   →   二ターン


東  8         10

西  4         4

南  4         3

北  4         3




 長かった、本当に。

 西は割と早く点灯したが問題は南だった。休日に寝床からテコでも動かないサラリーマンのように、南の文字は長い間微動だにしなかった。大した案も考えつかないのに考え続けるのはもう拷問に近い。南の野郎に焼きの一つでもいれてやりたい気分だ。でもその前に、懸念すべきこともある。無論この二ターン目の結果についてだ。

 前ターンのことも踏まえて単純に考えれば、東が俺と南から二つ奪ったか、もしくは全員から一つずつライフを奪って西が東からライフを一つ奪ったのだろう。どちらにせよ何の意図も感じられない。

 いらつきを覚えつつも俺は青ノートとペンだけを持って立ち上がった。ようやく契約の出番なのだ。もしかしたら東や西の行動も契約によって輝き出すかもしれないし、無意味と決めつけるのは外に出てからにしよう。

 俺はペンを胸ポケットに入れ、外へと続く扉のドアノブを回した。



 ……と、ここで本当の話をしよう。


 俺は他プレイヤーを軽視しながらも、ある一つの可能性だけは取り払えなかった。だがなるべく考えないようにしている。俺はその考えを認めたくなかったのだ。そんなことを仕掛けてくるなら、俺は本気で脳に鞭打たなければならない。なぜならその作戦は、やられなければ気付かないほどの巧妙な罠だからだ。

 誓ってもいい。

 

 もしも俺が心の片隅で考えた作戦を、誰かが使っているなら、必ず三対一のゲームになるだろうとーー


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