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一章(〜ゲーム開始直前)

「こんにちは、初めまして」



 深い暗闇の中。


永遠に光差すことはないだろう暗闇の中。


諦めと後悔が渦巻く暗闇の中で、突然ある声が響き渡った。



「声、聞こえていますか……て、聞こえていないはずがないのだけど」



 驚きも、恐怖も、興味すら忘れた私には、どういう反応を取ればいいのか見当もつかなかった。


 ただ無感情に、声無き声を失うだけ。



「まあいいや。君、もう一度『生きたく』はないかい?」



 よく、意味が分からなかった。私は死んでいない。心も、魂も。この世界に確かな肉体があり、私はココに居場所を持っている。


 ただ、その空間が闇に包まれているだけ。



「聞き方が悪いかな? じゃあ、質問を変えよう」



 たっぷりと間を空け、その声は一段と低い声で静かに問いかける。




「君……『死にたく』は、ないかい?」






 高校二年生の夏。


 世間から見るとこの時は、まさに青春の瞬間とでも言うのだろうか。ある者はスポーツに熱中して、勝利に歓喜し敗北に涙を流す。またある者は恋人との甘いひと時を過ごすか、新たな出会いを求めて駆け巡る。勿論、大学に向けて友達と勉強会を開きつつ、未来について語り合う姿も青春と言えるだろう。

 しかし現状、俺の高校生活で青春という言葉は放送禁止用語に値している。ほとんどの学生は俺と同じことを感じているはずだ。

 『青春』なんてシロモノはごくごく少数の選ばれし者だけが堪能出来る、印刷のずれたお札並みにレアなものである。


 てか、そう願う。


 後から思い出しても酒のつまみにもならないほどの日々を俺が浪費しているというのに、誰かが日記帳で図書館を建てられるほどの充実ライフを過ごしているなど考えたくない。神様は人の上に人を造らないはず。

 神が平等を重んじるなら、両者を同じ地球の上に産ませるはずがないだろ?

 例え今底辺にいるとしても、いつかは軌道修正されるはず。逆に言えば、今最高な人生を歩んでいる奴らは必ず将来地に堕ちるという理屈だ。


 俺は信じるね、神がいわゆる『リア充』に天罰を下してくれると。


「と、いうわけで無駄なあがきはしないのが身のためだ。別れろ、お前ら」

「……何を言い出す?」


 チェス盤を挟んで、目の前の男が眠たげな眼差しを向けてきた。こいつと顔を合わせるといつも、今が夏だということを忘れそうになる。どうして不意をついて質問したはずなのに、春眠暁を覚えずを体現したような態度を取れるのだろう。


「世の中には逆らっちゃいけない法則ってもんがあるんだ。昔の偉人が残してくれたありがたい教えにいちゃもんつける気か?」

「……昔の偉人?……いちゃもん?」


 くしゃくしゃな髪をいじりつつ、目の前の男は目を細め首を傾げる。そして隣にいる女を見てから、返答を投げ返してきた。


「……よくわからない。けど、別れはしない」

「…………!」


 隣の女がツインテールを振り回して嬉しそうに体をくねらせる。ハート型の髪留めからハートが飛び出しているように見えるのは幻覚だろうか。暑さで脳がやられてしまったのかもしれない。

 

「夏ぐらい少しは離れたらどうだ? 見てるこっちが暑苦しい」

「……嫌だ」

「…………!!」


 再び女が喜びを体現する。この二人の関係に突っ込んだ俺が馬鹿だった。ただでさえ冷房の無い部屋の室温をあげてしまった。


「ああ、鬱陶しい」

「……いいから、早く次の手を」


 目の前の男は俺を急かすように、チェス盤を指差す。……て、いちいち『目の前の男』と表現するのは面倒だな。こいつの名前は『志風光輝シカゼコウキ』、紹介終わり。こいつのための余白は一行ですら勿体ない。

 俺は対話中、ずっとくるくると指先で回していた駒を、机に置いた。そして盤上のクイーンを動かし、席を立ち上がる。


「……まだ」


 光輝が机の向こう側から手を伸ばし、俺の裾を掴んできた。こういう女みたいな引き止め方をするのがモテる秘訣なのだろうか。こちらとしては鳥肌ものだが。


「離せ、気持ち悪い」


 俺は彼の手を振り払ってから盤上の駒を数体動かす。負けを確信した光輝が溜息をつくのを待ってやって、盤ごと駒を自分の鞄に流し入れた。そして肩を落としながら帰り支度を始める光輝を背に、俺は教室のドアへと向かうのだ。

 いや、毎日カッコつけてゲームを締めるのだけは止められんね。趣味の欄に書きたいくらいだ。


「…………」


 そういや今光輝を必死に慰めている女を紹介していなかったな。彼女の名前は『日桜由愛ヒサクラユメ』。友達の彼女ということもあり多くは語りたくないが、これだけは言っておこう。


 彼女は中学時代、声を失った。






 光輝と由愛が追い付いてきたとき、俺はすでに校舎の裏門をくぐっていた。

 ちなみに俺が正門ではなく裏門を利用している理由は、女子マネージャーが黄色い声援を振り掛けるサッカー部の光景を避けているからじゃない。正門を根城とし、生徒への小言で満腹中枢を満たす、生徒指導の嫌味を聞きたくないからだ。


「……これだけは勝てない」


 光輝が頬に空気を溜めてふくれながら呟いた。彼は冴えない表情で、俺が取り忘れたらしい一つの駒を目の前にかざしている。まるで緑黄色野菜と一生関わるまいと決めている少年が、母親に強要されたピーマンを見つめるように。

 それもそうだろう、彼は一度も俺のキングを跳ね除けたことが無いのだから。


「だけは余計だ。俺はやる気が無いだけで、やろうとすれば何だって出来るスーパーマンなのだよ。でも俺が全ての分野で金賞を取り続けていたら他の奴らがかわいそうだろう。だから身を引いてやってるんだ、感謝しろ」


 俺の傲慢な発言を聞き、光輝は仏頂面で反論する。


「……だからキヨの成績は誰よりも遠慮気味なのか」


 由愛がニコニコと笑う。人を馬鹿にして嬉しそうだね。


「俺は下に人を造ることを是としない、慈悲深き人間なんだよ。ていうか、返せ」


 このままだと敗戦の腹いせに駒を持っていかれそうだったので、俺は光輝の手から駒を奪い取ろうと……した。だが出来なかった。驚くべきことに、俺が手を伸ばしかけた瞬間駒は視界から姿を消したのだ。


(……まじで?)


その原因は一瞬で分かった。分かりたくもないのに分かった。磁石の+と+とセロテープで無理やりくっつけたように、脳が事実を激しく反発したにも関わらず、俺はその原因を理解してしまったのだ。


「ふむ、これは何だ? 勉学でも、その他の科目でも使用しそうにないな。とすれば……そうだ、はんこか! なるほど、ついに退学届けに調印する気になったのだな、それならば喜ばしいことだ。どうやら先生の頭痛は治りそうだよ、ヒシギヨウク」


 光輝の手から駒を奪い取った張本人は、駒の底を俺の額に押し付けながら教師にあるまじき発言をかます。なんて嫌味ったらしい野郎だ、俺の額は退学届けじゃなく、復讐届けであることを見せつけてやろうか。毎晩お前の携帯に相談電話をかけて、明け方まで語り明かしてやるぜ。

 授業中=睡眠中の俺に勝てると思うなよ。


「先生、老化による身体の痛みを生徒のせいにしないでください。あなたの脳がボケを始めるほど衰えていることに気付いていないのですか? その証拠にほら、正門と裏門を間違えていますよ」


 本来こいつの役割は正門で生徒を怯えさせることのはずだ。何故こんなところでいらぬ残業をしている? もしこいつが俺の非常口にまで手を回してきたとしたら、今度からは金網を上って登下校しなくてはならないではないか。

 こういう求めてもいないイベントがあるから俺は教室に残りたくないんだ。昔のように誰もいない旧校舎でゆったりと放課後の時間を過ごしたい。

 その校舎は今いる道路を挟んで本棟の反対側にあり、一年前は放課後必ずそこに行っていた。

 しかし何やら幽霊が出たとかいう騒動があって、由愛が怖がるせいで行けなくなったのだ。彼女が来ないということは、俺の遊び相手である光輝も来ないということだからな。ゆえに俺は教室に残るというリスクを負う羽目になっている。


 その結果がこれだ。


「そうか、先生の脳はボケを始めていたのか。確かにそうかもしれない。ただでさえ先生というのはストレスを抱えやすい職業だ。だがなヒシギ。たとえ俺の脳が居場所を間違えるほど衰えているとしても、お前の鞄の中身を改め忘れるほどは腐っちゃいないぞ」


 冗談じゃない。別にゲームの道具を取られることはいいのだ、また買えばいいのだから。しかし鞄の中身はチェスの盤と駒だけ。おもちゃ箱化している鞄のことを知ったこいつの説教など一秒たりとも聞きたくない。やっと脱出できた牢獄、つまりは学校に舞い戻ることなどあれば、一週間は引き籠り症候群に陥ってしまいそうだ。

 俺が生徒指導の魔の手から逃げるべく物理的脱出方法を懸念しかけた時、思わぬ所から助け舟が出た。


「……それ、僕の。返して」


 ナイス光輝! お礼にお前の紹介にもうちょっと項目を加えてやろう。

 ちっちゃい、くしゃ髪、かわいい、以上!


「そんなわけがないだろう? ヒシギはお前に返せと言ったんだ。つまりこの駒はヒシギの物ということだろう?」

「……そんなのいいから、返して」


(馬鹿か、お前は!)


 そうツッコミかけたのも仕方のないことだろう。誰がだだっ子のように返して返して言って、はいそうですかと返すと思う? しかし彼のおかげで何とかこの場を逃れることが出来そうだ。ため息をついた大男が駒を俺の方に投げ返してきた。

 俺に渡すということは光輝の言葉を信じていないわけだ。しかし彼にたてつくよりは俺を見逃した方がマシだと判断したのだろう。光輝は他の生徒が太刀打ち出来ないほど頭脳明晰。つまりは学校の顔。

 しかもこいつの両親が有名な権力者であり、学校側はこいつを相当に重宝している。

 だからこそ放課後の遊興は教師に見つかっても、基本的に素通りされるのだ。光輝は腑に落ちないことがあるとむくれて模擬でもテストでも休み、彼女とのデートに繰り出すからな。

 クラスの風紀より学校の偏差値、という損得勘定だろう。


「じゃあ、もう行っていいか?」

「あぁ。俺も野暮用があってこちら側に来ていただけだ。親の腹に隠れるカンガルーの子供を引きずり出す予定はない。せいぜい親が風邪でも引かないように祈ることだな」


 散々俺を馬鹿にして満足したのか、大男は俺と光輝の間を通って自分の檻へと戻ってゆく。その途中で笑いながら俺の頭を叩いて。後ろから飛び蹴りをしたいぐらい腹が立ったが、成績低空飛行者の苦しみをエサとする、野犬の刃から逃れられたことには違いない。明らかな依怙贔屓もご愛嬌だぜ。

 ちなみに後ろを振り向いたことで分かったが、由愛は数メートル俺らから離れていた。そして学校へ戻る大男を中心に円を描くようにトコトコ走り、俺らの方に向かってくる。


(まあ、彼女は基本的に男嫌いだからな……)


 俺以外の男が彼女に触れようものなら、彼女は猫がテレビの音に驚くように飛び上がるだろう。そして光輝が怒り、一発入れるのだ。見た目とは裏腹に彼は元々空手部所属。俺とつるむようになってから部室に行かなくなったが。


「なぁ光輝。そういやお前、空手部に戻る気はないのか?」

「……ある、キヨに勝ったら」

「つまり無いということか」

「……寝る兎は馬鹿を見る」


 傲慢と言いたいのだろう。でも光輝が勝てないというのは事実。賢いだけあって光輝はなかなか駆け引きが上手い。しかし俺の実力とは程遠いのだ。チェスでも将棋でも囲碁でも、他のどんなゲームであろうと俺は負けたことが無い。

 光輝は人をねじ伏せることに喜びを覚えるサディスト。空手を始めたのも、勉強を極めたのもその性格ゆえ。そんな彼が空手という遊び場を捨てるほど、俺を負かす夢は価値あるものなのだろう。

 そういや最初はパソコンの授業で俺がチェスをしているのを発見し、光輝がネット対戦を挑んできたんだっけ。ボコボコにしてやったのだけは覚えている。


「……じゃあ、この辺で」


 そう言って光輝と由愛が進路を変える。由愛は手を振ってくれたが、光輝はこちらを振り向くこともなく曲がり角に消えていった。ここで別れるということは、今日はそのまま帰るのだろう。いつもは近くのファミレスに行ったり由愛の病院に行ったりするのだが。


 俺は普通と異なった入学の仕方をしたが、俺らの学校は富豪の御曹司や有名人のご子息が通う高貴かつ特殊な学校。そしてその品格を表すように学校自体も一等地にそびえている。にも関わらず光輝も由愛も学校のすぐ近くに家を構えているのだ。

 あいつらの家で放課後のひとときを過ごせたらどんなに快適なことだろう。だが彼らの親は彼らの交際を歓迎していないのだ。互いに超がつくほどのお金持ちであり、権力もある。そして深くは知らないが色々あって変な敵対心があるらしい。二人共家には帰り難いことだろう。

 しかし憎らしいことには変わりない。俺はここから三十分は歩かされるのだ。あいつが今日限りの恩人で良かった。もしあのハプニングが無かったならば、この暑さの中蹴飛ばすための空き缶を探し回らなければならなかっただろう。


 もう季節は秋に近い。しかし子供がおもちゃ売り場にしがみつくように、ねっとりとした暑さが未だに停滞している。なんでもこの夏は数年に一度の暑さだそうだ。俺の記憶では去年もその前にも同じようなことを言っていた気がするが。

 早く家に辿り着きたいものだ。俺の部屋は先に帰っている妹のおかげでオアシスとなっているだろう。夕食時の親の小言さえ乗り切れば、後は妹の世話をしながら寝るだけ。

 明日には何の憂いも残らないはず――




 ――と、その時。まさにそんなことを考えていた時だ。


 何の前触れもなく、本当に何の前触れもなく、俺をある『現象』が襲った。



 病気や天災というものは予期してない時、不意に訪れるものだ。誰も予想なんて出来ない。もしかしたら寝ている時に起きるかもしれないし、風呂に入っている時に襲うかもしれない。

 だから今この時、予想していなかった現象が俺を襲う可能性も充分にあったのだ。そして俺はどんな場面でどんな出来事に出くわそうと、それなりに対処出来るつもりだった。 俺は慌てるのが好きじゃない。どんな現象であれ、それが理屈で理解出来るものであれば、近くの自販機で缶コーヒーでも買って一服出来る自信はある。

 しかしその現象は理解を微妙に超えた。俺はその現象に対して説明を付けることが出来なかった。だからと言ってそれを非現実的な現象だとも思えなかった。ゆえに反応が遅れたのだ。

 眼前の現象を直接的に表現しよう。


 俺を襲った現象は、限りなく小さく、儚いものだった。

 

 俺の『青春』から大きく逸脱したストーリーが始まったのも、この瞬間からかもしれない。




 目の前に『光』が現れたのだ。




(こんな時期に、こんな所に……蛍?)

 

 そう思うほどに光はか弱く、空中をゆらゆらと揺らめきながら俺の方へ近付いて来る。しかもその儚さも最初のうちだけで、謎の光は少しずつ光量を増していた。そして俺の目の前に来る頃にはバレーボールほどの大きさにまで成長していた。


(なんだ……これは?)


 俺の思考力は戸惑いのためかエンストでも起こしてしまったらしい。俺は何も考えられぬまま、無意識のうちにその光へ手を伸ばしていた。

 この時俺は正体不明の光を、少しは警戒するべきだった。

 だが警戒など微塵も出来ない。これもまた無意識の中だが、その光が危険なものとは思えなかったのだ。いや、ある意味危険なものだったが。

 でも仕方のないことだ。すぐにそれが警告ランプだと理解出来る者は、いくつもの修羅場を乗り越えてきた兵士くらいなものだろう。安寧な生活を送る高校生にそれほどの危機察知能力を求める方が酷だ。

だから俺は何の気兼ねもなくその光に触れてしまったのだ。


「――っ!!?」


 触れた瞬間目の前が真っ白になった。光が爆発でもしたかと思い反射的に目をつむるが、しばらくたっても何も起こらない。そして恐る恐る目を開くと、人の形となった光が目の前にそびえていた。俺はさらに困惑し訳も分からぬままその光を見つめていると、やがてどこからともなく声が聞こえてきた。


(ーーこんにちは。はじめまして)


あどけない少年のような声が脳を駆け巡る。と同時に、人型の光がおじぎをする。

 この声は……こいつが放っているのか?


(うん、そう。間違いなくそうだ)


 今日で俺の心臓は三日分の鼓動を強いられそうだ。それほどに驚くべきことは続きまくっている。余計に二日分頑張っているのだから、明日明後日は俺に多大なるストレスをかける学校を休校にでもしようか、自主的に。


「お前、何者だ?」

(ん~、思考が読めるのか? とか聞かない辺りは期待通りかなぁ。じゃあ質問に答えてあげるよ。僕は、神さ!!!)


 神?

 こんなあどけない声をした奴が、神だと?


(声は警戒されないように作っただけだからね。野太い声でも、華奢な声でも、何でも出せるよ。君はどんな声が理想かな?)


 心底どうでもいい。そんなことよりもこの状況、この状況を整理しないと!

 

 まず音だ。こいつの声以外、一切の音がしない。周りが静寂に包まれている。しかも、それだけじゃない。音どころか『動き』も全く無い。視界に映る全てのものが静止している。木も、電線も、猫も、星の光さえも、写真に撮ったように固まっている。

 つまり、これは……時間が……。


(理解したかい、ヒシギ君。僕は時を止めることが出来る。こうやって人型の光となって、地上に出てくることも出来る。アニメや特撮でそういう能力者っていうのは、たくさんいるだろうけど、現実には僕しかいない。現実世界で『神』以外に、光や時の流れを変えられる者がいると思うかい?)


 い……ない。信じがたいが……そういうことらしい。

 俺は自分の中で、彼の『存在』を認めた。というより、認めざるを得なかった。


(信じてもらえたようで良かったよ。僕が接触を図った人たちの多くは、現実を受け入れずに逃げ出したり、僕に攻撃してきたりしたからね。勿論、この空間から逃げることも出来ないし、僕に触ることも出来るはずも無いけど。君とはゆっくり話せそうだ)


 ゆっくり話すなど、出来るわけがない。一刻も早く逃げ出したい気分なのに。緊張と焦りで喉が乾いて仕方が無い。


「……それで、『神』とやらは何故、俺に接触してきたんだ?」

(簡単な話だよ。君にはある『ゲーム』に参加してほしい。ただそれだけだ)

「ゲーム? 何かの大会でもあるのか?」

(まあ僕が主催しているゲーム大会、みたいな感じだね。『参加費』と『賞品』がそこらの大会とは桁違いだけど)

 

 参加費と、賞品……。賞品が桁違いなのはある程度理解出来るとしても、参加費とはなんだ?


(賞品は参加者の希望する『モノ』。金でも女でも、何だっていい。形のある無しに関わらず、欲しいものが手に入る)

「なんだっていいのか? 例えば、総理大臣になりたいって言っても?」

(ふふ、いかにも子供の言いそうなことだね。勿論、総理大臣でもアメリカ大統領でも、世界の支配者だってなれるよ。そういう大きな希望を叶えるには、少し時間がかかるけど)

 

 リアルに合わせる時間。つまり総理大臣になるなら、立候補選挙といった、順序立てが必要ということだろう。しかし時間はかかるとしても、どんな願いでも叶うということだ。


「……で、参加費の方は?」


 神は即答せず、少し間を置いた。そしてその後に発せられた言葉を聞き、俺は真夏の暑さも忘れるほど、肝の凍る思いをした。


(希望に値する『対価』。総理大臣になりたいなら、死くらいじゃ足りないかな)


死すら、足りない……?


死という単語だけでも驚愕なのに、それですら足りないのか?


(まあ、死を超えるケースなんてほとんどないから、安心して。例えば一億円欲しいって願いだったら、一億円に相当するモノをその人の生涯を通して支払ってもらうだけ。ほとんどの場合、命には関わらないよ)


つまり参加費は完全に賞品と比例するということか。小さい願いなら小さい代償が、大きい願いならそれだけ大きい代償が設定されるわけだ。

絶対に願いを叶えたい人にとっては、なんとも魅力的な話だろう。世の中には死んでも叶えたい夢を持つ奴が多くいる。

だが、しかしーー


「もし、そのゲームに参加したくない。と言ったら?」


ーー俺にはそんな夢はない。

お金が欲しいとか、女が欲しいとか、そういう思いはある。でもリスクを負ってまで叶えたいわけじゃない。平穏平静に、生きていければそれでいい。


(ふふ、そう言い出すと思っていたよ。このゲームはギャンブルと同じだからね。手を出さない方が身のためだ。このゲームへの参加を促した時、君が『参加しない』という最善の道を選ぶことは分かっていた。幾つかの選択肢が現れた時、最善の道を選ぶという力。その力を君は持っているからね。君自身気付いていなかったかもしれないけど)


最善の選択かは分からないが、俺は冷静な選択が出来る。

こいつが神ということは信じた。そのゲームが本物ということもな。だからこそ、俺は不参加を選んだ。

俺はそもそも欲という感情が嫌いだ。欲があるからこそ裏をかかれ、焦り冷静さを失い、敗北する。余計な欲をかかないから、俺はチェスや将棋といったゲームを得意としている。


(でも残念ながら、君に拒否権はない)

「……は?」

(僕の主催するゲームは基本、五回セットなんだよ。五回勝ち続ければ勝ち。途中で負ければ負け。流石に一回のゲームの生存率は平均80%くらいあるけどね。ゲームの内容によっては全員勝利もありえる)


つまり一回のゲームで落とされるのは二割ほど。中には頭の弱い奴もいるだろうから、実際の生存率は九割くらいあるのか。


(だけど特別に、君にはまず一回だけ参加してもらう。そのゲームに勝てばそれ以降のゲームに参加しないという『拒否権』をあげよう。負けた場合、以降のゲームには強制的に参加してもらうよ。言うなれば、お試しゲームみたいなものかな)


勝てば脱出、負ければ強制のお試しゲーム、だと?


「……ふざけんなよ。俺に何のメリットがある?」

(他の人は一回目で負けた時点で終わりなんだよ? 一回負けてもいいし、勝ったら五回分の一回にカウントされるなんて、条件良すぎると思わない?)

「どうしても願いを叶えたいやつにとっては、これ以上ない条件だろう。だが俺はそもそも、参加したくないって言ってんだよ!」

(君の気持ちなんて、関係ない。参加はもう決まったことなんだから。腹を割り切った方がいいと思うよ。勝てばいい話なんだし)


随分身勝手な神様だ。こんなやつが言葉も文化も違う、色々な奴から崇拝されているのか。


(……じゃあ、そろそろ行ってもらおうか)


突然、耐え難い眠気が体を支配した。全身の力が抜け、視界が少しずつ狭くなる。俺は耐えられず鞄を手放し、道路に膝をついた。

言うまでもなく、これは神の仕業だろう。そして、神は「行ってもらおう」と言い放った。

まさか、今この瞬間からゲームに参加するというのか?


(あ、君がゲームに参加している間、君の肉体はちゃんといつも通り家に帰って、飯を食べて、眠りにつくから安心してね。ゲームに参加するのは君の魂……というか、意識だけだから)


薄れゆく意識の中、俺はただ単純に思った。






もう 一生、神頼みなんてしないーー








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