ある春の日の話
今、俺は全力で街を駆けている。理由は単純、待ち合わせに遅刻したからだ。昼からの約束だと高を括っていたら寝坊した。
相手は女の子だがデートではない。自称ロボットの不思議ちゃんに日用品の買い出しに誘われたのだ。
待ち合わせ場所に彼女が居る。見た目は至って普通の女の子。黒髪ショートで控えめな格好をしている。
「悪い、待ったか?」
「十二分三十二秒待ちました。行きましょう。」
あんまりにあっさりしていて拍子抜けしてしまう。悪いのはこっちなのでちっとは謝らせてほしい。
「おいおい、怒らないのか?」
「何故です?怒らないとおかしいですか?」
おかしい、と言いかけたのをグッと堪える。
喋り方も無機質で感情が感じられないが、相手は自称ロボットだ。会話が成り立たっていれば、細かいことは気にしてはいけない。
「いや。ただ、遅刻して悪かったな」
一応謝っておくが、反応は無かった。
日用品の買い出しということだが、具体的には何を求めてるのだろうか。
「まずは、何から買うんだ?」
「一人暮らしに必要な物全部です。まずは家具から買いましょう」
昨日転校して来て、家具無しか。それしか思わなかった。今日の買い物がどれだけ大変になりそうか、考えたくもなかった。
「分かった。家具ならこっちだ」
非リアな俺にとっては貴重な、女の子と過ごすチャンスだ。相手が不思議ちゃんだとしても、だ。最後まで付き合おうと覚悟を決めた。
買い物は意外にも順調だった。俺がしたのはほぼ案内だけだ。俺の覚悟は無駄になりそうだ。ロボ子は一切の迷いを見せずに商品を選んでゆく。
本音ではもっと女の子らしい買い物を見たかったが、相手はロボ子だ気にしてはいけない。
ちなみにロボ子というのは、俺の中で勝手に決めた愛称だ。今更、本名なんて知らないとは言えない。
「買い物はあとどのくらいだ?」
「もうほぼ終了です。あとは夕飯の材料だけです」
自称ロボットなのに飯が要るのかと心の中で突っ込みつつも、一つ提案を出す。
「少し休憩にしないか?喫茶店にでも入ろう」
「いいですよ。今日のお礼に奢りましょう」
いや、奢れとまでは言ってない。
「お前は今日ずっと買い物しててお金無いだろ。俺が出す」
そう言って近くの喫茶店に入る。
女の子に奢ってみたかっただけというのは内緒だ。
お互い無言のままジュースを飲む。俺としてはもっとお話したいのだが、何の話をすれば良いのかさっぱり見当もつかない。
「どうかしましたか?」
「いや、何で自分の事をロボットなんて言ってるんだ?って思ってさ」
咄嗟に言ってしまったが、地雷を踏んだ、と思った。こいつのような本格派中二病は、語り始めたら止まらない気がする。
「何で、と言われましても。実際私はロボットですし。」
ロボ子はあっけからんと答える。顔色を変えずに言うものだから、一瞬、信じそうになった。
表面上は無関心を装いながら、内心は全く逆だった。
「信じられねぇ。どう見ても人間だし」
そう言うと、ロボ子は周囲を見回して誰もこちらを見ていないことを確認し、こちらに右手を伸ばす。
「証拠をお見せします」
すると、その右の手の平の真ん中に小さな孔が開く。その孔からは冷風が吹く。
そのありえない光景に見惚れてしまった。
俺は完全にロボ子を信じた。こいつは自称などでは無く、正真正銘ロボットだ。
「では、記憶を消させていただきます」
俺がその言葉を聞き終えるより先に、青い閃光が目を焼く。意識はそこまでだった。
帰り道。俺の心は羽毛の様に軽かった。相手が自称ロボットの不思議ちゃんとはいえ、女の子とのデートだ。人生初の快挙である。
喫茶店で別れたが、週明けにはまた会える。重度の中二病という事を加味しても、ロボ子は十分に魅力的だった。むしろそのおかげで、ロボ子に俺以外には誰も寄り付かないのはとても良い事だ。
ふと、自分がロボ子を好きだという事に気付く。
その無意識な恋はいつからだろう。
その何気ない疑問が解けることはない。
それに気付く事もなく、考えれば考えるほど彼は少女にに惹かれてゆく。
平凡な少年とロボット少女の淡い恋の物語。




