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ボクたちの千羽鶴2ー1

越谷和司は頭を悩ませていた。


平日の午後。

窓から太陽の光が降り注ぐ白い壁の診察室に、何故か退院したはずの雅人がいる。

昨日、雅人から直接相談したいことがあると言われた越谷は、彼を診察室に呼んでいた。

すっかり不安に苛まれて元気のなくなった雅人を見て、心の底から気の毒だと思う。

話を聞いた限りでは、どうやら他人の感情が彼に移って来るらしい。

はっきりと言葉で表せるものではないが、何かに触れるだけで色んな思いが彼の心に流れ込んでくる。

倒れたときに頭を打ったのか、それとも精神的におかしくなったのか、と、顔を白くして真剣に話してきた。


「先生、どうですか……」


今にも泣きそうな声で雅人が話しかけてくる。

越谷は脳のスキャン画像を注意深く観察したのだが、どこも悪くない。

入院するときに一通りの検査は済ませているし、その時には異常は見られなかったはずだ。

見落としがあってはいけないと再び脳をはじめとする全身のスキャンを行ったのだが、やはりどこにも異常は見られない。


「体に異常は見られないんですけどね……」

「でも、本当なんです。 急にイライラしたり、哀しくなったり、嬉しくなったり……。 決まって誰かに触れた時なんですよ。 まるで、その人の感じていることが流れ込んでくるみたいで気味が悪くて……」


不安げな雅人の様子を見る限りでは、好きで妄想に駆られているわけでもなさそうだ。

発狂するわけでもなく、ただ漠然とした不安に苛まれている、といった状況なのだろう。

しかも、自分がおかしいと思って診察に来る患者のほとんどは正常である。

困るのは、自覚がない方の患者たちだ。

基本的な精神鑑定も少しやってみたのだが、やはり健常者と変わらない結果が出た。

診察をいくらやっても、心の病になるような要素は見受けられない。

そもそも心療内科の専門ではない越谷からすれば、雅人の訴える症状は専門外である。

普通であればすぐに心療内科か精神科の病院を紹介するのだが、越谷は自分が一度担当した患者としっかりと向き合っておきたかった。

さらに雅人は犯罪被害者である。

事件に巻き込まれたショックで心に傷を負うことは珍しい事ではない。

しかし、雅人の場合、退院するまでは深く悩んでいる様子はなかったし、雅人の見舞いに来た人々がナイフを使おうとしても怯える様子は見られなかった。

今診察していても、事件がトラウマになっていてここまで悩んでいるとは考えにくい。

事件の内容を知っていて、さらに顔見知りの自分が診察をしてから、ほかの専門機関に回した方がいいと判断したから相談を受けることにしたのだが、越谷には全く分からなかった。

しかし、雅人は精神科にかかることを極度に怯えているようにも見える。

どう伝えればいいか、越谷は悩んでいた。


「松伏さん、そんなに気負いすることはないですよ。 脳にも、他のどの器官にも異常はありませんから、病気ではないんです」

「じゃあ、これは何なんですか……」


越谷は、小さく背中を丸めて座っている雅人に微笑みかけた。


「人の感情って、他人に移ることがありますよね……」

「え?」


独り言のように呟いた越谷に、雅人は顔を上げる。


「医学的根拠は何もないですし、これは私個人の勝手な意見なんですけど。 ほら、一緒にいる人がイライラしていると、こっちまでイライラしてくる、みたいなことってありませんか?」

「確かに……。 でも、僕は本当に体調が悪くなったりするんです」

「それは、松伏さんが普通よりちょっと敏感だってことなんじゃないですか? 感情アレルギー、みたいな」

「アレルギー……」


心なしか雅人の顔に生気が戻ってきた気がする。

越谷はそれを見て少しだけホッとした。


「これは私個人の、完全に医学を無視した意見です。 もし本当に困っているようなら、妹さんの言うように、専門の医療機関に相談することをお勧めしますよ」


雅人は再び不安げな表情で越谷を見つめた。


「先生、またここに相談に来ていいですか? こんな話、妹は信じてくれないし、ましてや祐ちゃんに話したらそれこそ病院に引っ張って行かれそうだし……」

「私でよければ、いつでも相談に乗りますよ」


そう言うと、初めて雅人の顔に笑顔が浮かんだ。


「ありがとうございました」


雅人は深々と頭を下げ、診察室から出て行った。



本格的にエピソードがスタートしました。

越谷先生の話です。

お楽しみに♪

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