1-6
黒く日焼けした刑事は格闘家のような風貌をしている。
スキンヘッドだったら完全にヤバい。
「入ってもいいか?」
太いバリトンの声で、短くそう述べる。
越谷がハルクに近づき、何か小声で話すと、ハルクが頷いた。
それから雅人に近づいてくる。
それと反対に、越谷と看護師は病室から出て行った。
ベッドサイドの丸椅子を引っ張り出すと、男はドカッと腰かけた。
黒いスーツを着て白いワイシャツを着ている。
目の下には隈ができているように見える。
刑事の目に隈ができるなんて、日本も恐ろしい場所になったものだ。
彼はスーツのポケットから警察手帳を取り出して雅人にかざして見せた。
「大宮恵介だ。 今回の事件を担当することになった。 今日は挨拶だけして帰るが、今度は事件の話をしてもらうことになると思う」
大宮は雅人を安心させるように笑って見せる。
体が大きく日焼けしていて筋肉質なためハルクにしか見えないが、それ程悪い人には見えない。
疲れているのか表情は無い。
それでも気を使って笑ってくれようとしている心遣いが嬉しく、それでいて少しだけ申し訳なかった。
「じゃ、俺は行くから」
突然祐がそう言いだす。
いつの間にかコートを羽織って出て行こうとしていた。
「え、行っちゃうの?」
「行くよ。 また明日来てやるから」
「待ってよ……」
「先生のいうこと聞いて、おとなしく寝てろ」
そう言い残して祐は出て行った。
この超人ハルク、もとい、大宮と二人きりになってしまった。
「少し前まで妹さんと話をしたんだ。 悠里さん、だったよね」
「はい」
雅人の一歳下の妹は非常に口が悪い。
刑事さんに失礼なことをしていなければいいのだが。
「容疑者にも話を聞いたんだが、どうやら完全な人違いだったみたいだな。 君からしたら迷惑な話なのだろうけど。 あの男とは面識はないんだね?」
「全然知らないです」
「そうか」
「あの……」
「なんだ?」
「あの人は何だったんですか?」
大宮がため息をついて話しはじめた。
「恋愛トラブル、だと。 あいつはストーカーだったんだ」
「ストーカー、ですか」
大宮が頷く。
彼によれば、雅人を襲った男は、春奈という女性の元彼氏。
現在春奈さんが付き合っている男性を逆恨みして嫌がらせを繰り返していた。
そこで春奈さんと今の彼氏で、話をつけようとしていたようだ。
春奈は雅人と同じ大学の生徒。
襲ってきた男の方は社会人で、大学のジャージは、学内をうろついていても怪しまれないように購入したものだった。
春奈さんたちは話し合いのつもりだったらしいが、男にとっては相手を襲ういい機会。
そして春奈さんが来る前に待ち合わせに来たのは雅人だったわけだ。
「わけのわからない事件ばっかりで嫌になるよ」
大宮は再び大きくため息をつく。
その直後に大宮の携帯が振動した。
メールをチェックした大宮は面倒くさそうに唸り、席を立つ。
「すまない、戻らなきゃいけなくなった」
「いえ、そんな、お構いなく……」
「じゃ、また話を聞かせてもらうから。 しっかり休めよ」
大宮は雅人の肩を軽くたたいた。
その瞬間だった。
胸が締め付けられるような痛さ。
それは物理的な痛さではなく、内側から湧き上がってくるような感覚。
思わず顔をしかめた雅人を見た大宮は、怪訝な表情を浮かべた。
「大丈夫か? 誰か呼んだ方がいいんじゃないか?」
「いえ、大丈夫です……」
不思議そうな表情を浮かべながら、大宮は部屋の外に出て行った。
廊下を革靴で歩いていく大宮の足音が遠ざかっていくにつれ、その痛みも薄れていく。
これは何だろうか……。
病室が静寂に包まれ、腹の傷は痛む。
話すのも少し辛い。
力を抜いてベッドに全ての体重を預けると、すぐに眠気が襲ってくる。
雅人は、その睡魔に身を任せ、深い眠りにはいった。